SAND PLANET

るなかふぇ

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第三章 マレイアス号

6 アジュール

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「愛し、すぎてる──」

 言って突然、フランは両手で顔を覆った。
 膝に載せていた食事のトレーがかしゃんと落ちてひっくり返る。

「フラン……?」
「だから……危ない。彼は君を……君たちを、許さないから」

 彼の肩がガタガタ震えだしたのを見て、ヴォルフは慌てて彼の隣に座った。その肩を抱きよせる。彼の激しい震えは、それでも一向に止まらない。

「彼は、最初っから……こうするつもりだった。僕との間に、何かの不具合があって子供ができないって分かった時から……ずっと」
「なに? どういうことだ」
「この惑星をステルス・システムで見えなくして。それで、ずっとずっと……僕と、二人だけでいることを選択したんだ」

──誰にも、邪魔をさせないために。

(なんてこった──)

 ヴォルフは奥歯をギリリと鳴らした。
 溺愛する双子の弟。
 その弟とふたりっきりの、どこまでも閉じた世界。
 そこでこのフランを独り占めにし、がんじがらめにして愛し続ける。
 恐らくそれも、相当身勝手な愛し方なのだろう。だが、それでヴォルフにも合点がいった。フランがなぜ、男に抱かれることにかなり慣れている様子だったのか。

 ……だが。
 それは、果たして「愛」なのだろうか。

「なあ。フラン」
 ちょっと考えてから、ヴォルフは言った。
「訊いていいか? お前ら、いつからこの惑星ほしにいる」
 フランはそこでまた、少し黙った。
「ええっと……この惑星の自転周期は、大体二十五時間なんだけど。それは知ってる?」
「ああ」
 それは最初にこの惑星を発見した時、マックスが計測してはじき出したデータの中にもあった情報である。
「僕らの船がこの星を見つけて、僕らがあの地下世界で生まれてからだと──」
 フランはまた、天井の方を見てちょっと考えた。
「大体……百三十万時間は過ぎているかな。たぶん」
「な……!?」

 絶句した。

(百三十万時間だと──?)

「いや、もしかするともっとかも知れない。真面目に数えなくなってずいぶんたつから、正確にはわからないんだ。ごめんね……?」
「…………」

 ヴォルフもざっと暗算してみる。が、何度やってみてもそれは、自分たちの感覚で言うところの百五十年にも相当するのではないかと思われた。
 自分はやっと三十年ばかり生きて来た身だけれども、こいつはその五倍もの時間を、ここでその「兄」と過ごして来たということなのか。

「いま、アジュールは『バース・システム』で療養中だ。ちょっと前に、ひどい怪我をしちゃってね。あの中にいる間だけは、彼も外界のことを知るのが難しくなる」
 ヴォルフの肩に頭を載せたままうつむいて、フランが力のない声で言った。
「だから、僕は……その間にこっそりとこの星の『ステルス・システム』を切った。いつも、ちょっとしたチャンスを見つけてはそうしてきたんだ。もしかして、万が一にも……僕らとは別の誰かが、ここを訪れてくれないかと思って。その人から、遺伝情報を受け取れないかと思って……。でも」
 そこまで言って、フランはたまらずまた顔を覆った。
「そんなこと、するべきじゃなかった。どんなに……どんなことがあったって。だからって、こんな風にほかの誰かに迷惑を掛けるなんて……!」
 激しくその肩が揺れる。
「君たちの中に死ぬ人が出るなんて、思わなかった──」

 ヴォルフは再び、彼を強く抱きよせた。
 彼の言う「どんなことがあっても」という言葉の中に、どれほどのことが含まれていることか。
 それは、想像に余りある話だった。

 百五十年だ。
 そんなにも長い年月にわたって、彼はたった一人のその「兄」に凄まじい執着をもって「愛されて」きたというのだから。
 その「バース・システム」とやらがある以上、簡単に死ぬことすら許されなかったのに違いない。その「兄」に発見されて、そこに突っ込まれれば元の木阿弥。強制的に健康体に戻されて、同じことが繰り返される。
 そいつだって馬鹿ではないのだろうし、以降はフランの行動への監視も強めてきたことだろう。
 考えるだに、ぞっとする。

「でも、それだけじゃ済まない。だって彼は……この船に気付いたら、ここにいるみんなを皆殺しにする。この惑星の存在を、誰にも知らせないために。……僕を、誰かに奪われないようにするためにだ」
「…………」
「容赦なくズタズタにする。全員、だれ一人生かしておかない。それだけは、分かってる……」

 背筋に冷たいものを覚えて、思わずヴォルフも黙り込んだ。
 聞けばそいつは、この青年と同じ顔をしているのだという。そんな奴がそこまで他者に対して問答無用で残虐な殺戮に及ぶというのが、さっきまではどうにも想像がつかなかった。

──だが、わかる。
 今ならわかる。
 彼を奪われたくない、独り占めにしたいという狂気にき動かされれば、その兄はどんな酷薄な暴挙にも望んで及ぶ男なのだろう。

「だから……ダメなんだ。早く逃げて。みんなで逃げて。彼が目を覚ます前に。……全部、僕のせいだけど」
 見ればもう、顔を覆った指の間からぼたぼたと雫が落ち始めている。
「本当に、ごめん……。ごめんなさい……!」

 フランの声はすっかり歪んで、もう言葉のていをなさなかった。
 泣き声の合い間にときどき、「ごめんなさい」がどうにか聞こえる程度。
 ヴォルフは両手を回して、彼の体をしっかりと抱きしめた。

「バーカ。泣くなっつの」

 また子供にするようにして、頭をぽすぽす叩いてやる。そうすると、腕の中の声が一段と大きくなった。
 フランはもう、子供みたいにヴォルフにしがみついてわんわん泣きじゃくっている。鼻の頭が赤く染まって、宝石みたいな目からどんどん、その結晶のような雫がこぼれ落ちている。
 ヴォルフは、彼が顔を隠しているその手をつかんでそっとよけさせた。
 まだ雫を落としている瞳が、至近距離からこちらを見上げる。

 ヴォルフは黙って、ちょっと口の端を歪めて見せた。
 それから、しょっぱい雫で濡れている彼の唇に、自分のそれをそうっと重ねた。
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