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30 新たな仕事

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「おいおい~。なんか歯切れがわりいなあ」

 わざとニッカリと歯を見せて笑ってやったが、シンジョウの硬い表情が変わることはなかった。
 ともかくもだ。
 トラヴィスはその後、本部の上層部に掛け合って自分の「権利」の一部をシンジョウに委譲することを提案した。
 許可が下りてその事実を知るに至って、シンジョウがすっ飛んできたことは言うまでもない。まあこの男なら当然の話だった。

『いくらなんでも、そんなことまでしてもらうわけにはいかん』──。

 案の定、男はかたくなにそう言い張った。
 だがトラヴィスも譲らなかった。

『アホなこと言うな。これはお前のためじゃねえ。皇帝ちゃんのためだ』。

 つまり、お前に断る権利はないと。それですべてを押し切ったのだ。
 そうでなくてもクソ真面目なこの男が、このことでトラヴィスにさらなる借りをつくったと考えるのは避けたかった。この件がなくても十分、この男はトラヴィスに対して恩に着ていることがあるのだ。これ以上この男の負担になりたいとは思わなかった。

『愚帝のときはいざ知らずだな。今じゃ俺だって、皇帝ちゃんには感謝してんの。皇帝ちゃんがいなかったら、俺らはこんな所で安穏と平和に過ごせるはずもなかった。そうだろうが』。
『だからこれは、俺個人から皇帝ちゃんへの礼であり、プレゼントだ。おめーのことはよ』

 ここまで言って、ようやくシンジョウは首を縦にふったのだ。
 「なあに、気にすんな。俺はああいう田舎より、都市部で暮らす方が性に合ってんだしよ」と言ったのは、慰めの意味もあったが別に嘘でもなかった。
 この家が皇帝ちゃんとシンジョウのものであろうが自分のものであろうが、大した違いはないのだ。どの道、こうしてさいさい彼らの新居を訪れるのだから。





「う~うっと……」

 昼間の陽光がこずえを通して落ちてくる。トラヴィスは思いきり伸びをした。
 二人と一緒に表の草原に出て、近くの牧草地をゆったりと歩いている牛や馬を見ていると、ここが未来世界であることをついうっかりと忘れそうになる。ひどく長閑のどかだ。いまにも欠伸がでそうになる。

「はあ、いいねえやっぱり。ほっとすんぜ。こうして自然の中にいるとよ」
「そうだろう? ここに住めるようになって、本当にお前には感謝しているんだ。前よりずっと食欲も出るようになった。ありがとう、レシェント」

 皇帝ちゃんは、こっちへ来ても相変わらずその名で自分を呼ぶ。

「ふふ。いいってことよ」
「レシェントはどうしているんだ? 今はもう仕事もないんだろう?」
「あ~。いや、それがよ──」

 トラヴィスは鼻の下を軽く指の背でこすった。
 実際、地球上の生き物たちのうち数を激減させたのは人類だけではなかった。ありとあらゆる生き物たちが、次第に年をとって高温になっていく地球環境の中で絶滅の危機に瀕している。
 人類は彼らを出来うるかぎり救い出そうと、壮大なミッションに手をつけ始めたところだ。

 すなわち、人類のみならずありとあらゆる生き物を宇宙船に乗せ、「第二の故郷」となる惑星を探す旅に出る。生きたままでは難しいので、植物なら種を、動物なら受精卵などごく小さな状態のものを冷凍させて運ぶことになるだろう。
 創世記のノアが方舟によって救い出した生き物はわずかなものだったが、今度はその何十倍、何百倍の生き物を救い出さねばならない。やがて滅びゆこうとする、この地球から。
 歴史を変化させようと奮闘してきたタイム・エージェントの仕事とは異なるが、これもまた人類にとって厳しい挑戦になるだろう。

 となれば、難しい局面を乗り越えて来た経験をもつ自分たちエージェントの出番も恐らくあるだろうということだ。

「えっ……。また危険な仕事をするということか? トウマも?」

 ぱっと皇帝ちゃんの顔に不安が走る。
 トラヴィスは慌てて手を振った。

「あ、いやいや。これも希望者優先だからよ。すでに社会貢献としちゃあ十分すぎるぐらい働いたんだ。だからタイム・エージェントは『絶対に参加』って決まってるわけじゃねえ。シンジョウは志願しねえだろ? ぴっかぴかの新婚だし」

 最後のひと言で、皇帝ちゃんの顔が林檎のような色になる。
 その肩を隣からそっと抱いた男が言った。

「……そうだな。今のところそうするつもりはない」
「だろうと思った」

 実は自分は、「できれば彼を誘ってくれないか」との本部からの密命を受けてここへ来た。……が、はなからそんな真似をするつもりはない。それは無粋にすぎるというものだ。

「心配すんな。本部にはテキトーに言っといてやる」
「……恩に着る」
「いいってことよ」

 笑いながら片手を振りつつ、「しまった」と思う。図らずも、またこの男に恩着せがましい言い方をしてしまった。

「『結婚したばっかの可愛い彼氏が心配して泣いちゃうんで、とてもじゃねえが出られねえ』って言っとくわ~」
「…………」

 半眼でにらまれた。が、このぐらいがちょうどいいのだ。

「それより、お前らどーすんの」
「どうする、とは?」

 ふたりに妙な顔で見つめ返され、意図的なにやにや顔を作って見返す。

「だーかーらー。まあ、新婚生活は十分楽しみゃいいと思うんだけどよ~。せっかく今や、シンジョウも子どもが作れる体になったんだしィ?」
「……!」

 今度こそ、皇帝ちゃんが真っ赤に茹で上がった。
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