血と渇望のルフラン

るなかふぇ

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第三章 侵入者

9 長い夜

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 結局、その夜はあんまり眠れなかった。考えなきゃなんねえことがいっぱいあって、ちゃんと寝ようと思うのに、頭の中がぐるぐるでどうしても寝付けなかった。
 クロエは決して俺のそばを離れようとせず、いまは俺の膝裏あたりのふかふかの寝具の上で、すやすやと眠っている。
 それにしても、めちゃくちゃ手触りのいい寝具だ。やっぱり高そう。
 その中で、そろっと自分の頭を触ってみた。
 さっき、怜二がそっとキスしていった場所だ。

(あんな、可愛いチューとかさ……。ほんとに千年も生きてるヴァンピールなのかよ、お前)

 見た目が若いってことだけじゃなしに、ときどきものすごく可愛い時があるんだよな、あいつ。普段は結構したたかだし、口じゃ誰にも負けねえだろうし、特に凌牙に対しては隙なんか小指の先ほども見せねえわ、態度はひでえわ……なのにさ。
 なんか知んねえけど、俺のことになると急に必死になるし。「誰にも渡さない」ってあんな思いつめた目をして言っちゃうし。そんで、しまいには泣きそうな顔になって「嫌いにならないでよ」なんて、お願いまでしちゃってよ──。

(あー、ダメだ。ほんとダメだ。なんだかんだ振り回されすぎだろ、俺)

 もそっと何度目かになる寝返りをうつ。
 その拍子に足元のクロエがころりと転がり、「きゅう」とか寝言みたいな声をたてた。けど、またすやすや眠りはじめる。

(マズい、よなあ……このままじゃ)

 わかってるけど、それで邪険にできるほど、怜二のことを嫌いにはなれない。
 俺が実は小中高とけっこうもててて、それをこれまであの手この手で邪魔しまくってたんだってわかっても。
 それも全部、俺のことが大事で大好きだから……なんだろうし。

「はあ……。でもなあ」

 俺、あいつと同じ分量の気持ちなんてあいつに返せるか?
 だってあいつのって、要するに……あ、ああああ、愛、なんだろ?
 俺のって、とりあえず今んとこは「友情」っていう枠にきっちり収まっちまってるぜ? 
 そりゃ友情だって立派なもんだと思うけど、「恋人としての愛情」と比べられるようなもんじゃねえんだろうし。ってか絶対に違うだろうし。
 そこから踏み出すのって、なんかめちゃくちゃ勇気が要る。なんつっても、あいつとはガキの頃からずっと友だちとしてつきあってきたんだもん。なおさらじゃね?
 そのへんのこと、あいつ、ちゃんとわかってんのか……?

「うー。ダメだ」

 俺はとうとう、むくりと起き上がった。頭がグルグルで、とっても寝つけねえ。
 仕方がないので、貸してもらったパジャマの上からジャケットを羽織って、別に行きたくもねえのにトイレに行くような顔で、ふらふらと寝室を抜け出した。そういえばこのパジャマ、妙に俺に似合ってるしサイズもぴったりだったんだよな。
 まさかとは思うけど、そのために前から買ってあったとか?
 考えたらこええけど、これ、可能性大なんだよなあ。
 ……ああもう、怜二ってばよお。
 正直、重いわ。お前の気持ち。

 と、突然背後で「ぴゃっ?」と声がした。
 「あ、そうだ。クロエ」と思った瞬間、すぽんと壁をつきぬけて黒い物体が現れる。そのまますぽーんと、俺の胸に飛び込んできた。
「うわっ!」
 俺はぎょっとなって足を止めた。手の中に、ふわふわの黒い塊。
「クロエ! お前、壁とか通過できんのかよ……?」
「にゃあにゃあ」

 クロエは今、丸くてぽってりした黒いふさふさの身体に、猫耳と先の尖った尻尾と蝙蝠の羽がくっついた面白い格好をしている。色んな生き物のいろんなとこがオンパレード状態だ。それでもかわいい。クロエは羽をぱたぱたさせてよたよたと飛びあがると、今度は俺の肩にぽすんととまった。
 なんかそれで目を細めて「ひと安心」「むふ~ん」みたいな顔になってんのが、また可愛い。まだ半分ねぼけてるんだろう。体全体が、なんとなくぐらぐら揺れている。でも、こうやってクロエなりに一生懸命俺のことを守ろうとしてくれてんだよな。そこがなんかいじらしいっていうか。
 俺は柔らかくて温かいクロエの身体を軽くなでながら、広い廊下をトイレに向かって歩きかけた。
 でも、何ほども歩かないうちに、早速会いたくない顔に出くわした。

「くぉら。ウロウロ歩き回るんじゃねえ」
 凌牙だった。
「ちょっとでも寝とけ。体力もたねえぞ」
 壁に背中を預けて腕と足を組み、怖い目でこっちを睨んでいる。俺は口を尖らせた。
「お前こそ、こんなとこで何してんだよ」
「なにしてようが俺の勝手だろ」
「そりゃそうだけど。お前こそ、寝てなくっていいのかよ」
 凌牙は目をひんむいて、「はあ!?」と呆れた顔になった。
「こちとら、お前らみたいに夜にきっちり眠らなきゃあどうこうなるような、ヤワな体してねえんだわ。蚊トンボ野郎だって同じこったろうよ」
「え、怜二も寝てねえの」
「そりゃそうだろ? 手下の吸血鬼やら使い魔やらとバリバリ連絡取り合って、指令を出しまくってんぜ。っていうか、もう忘れたのかよ。何がお前を狙って来てんのか」
「いや、そうじゃねえけど」
「だったらいいがな」

 凌牙は軽く吐息を洩らすと、壁から背中を離してこっちへ近づいて来た。
 俺はなんとなく体を固くする。
 そう言えば、こいつからも告白されたんだよな、俺。

 凌牙は腕組みをしたまま、ぐいと顔を近づけてきた。
 途端、クロエがカッと目と口を開けて、本物の猫さながらに「フシャーッ!」って凌牙を威嚇した。全身の毛が逆立ってる。本当に猫みたいだ。
 でも、凌牙は無造作にクロエの顔を真正面からむんずと掴んで押しのけた。

「あんま安心してんなよ? お前を怖がらせねえように、あいつ、かな~り言葉を選んでたけどな。実際、まったく舐められるような相手じゃねえんだ。ここの結界だって、いつ突破してきやがるかわかんねえしよ」
「……そうなの?」

 なんかまた、心臓が喉元までせり上がって来たような感覚に襲われて、俺は黙り込んだ。

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