58 / 96
第六章 罠
9 陰謀
しおりを挟む《楽しそうだね、勇太くん。察するに、女性とのデートは初めてなのかな?》
ごほっ、と俺は咳き込んだ。アイスコーヒーが一瞬で変なとこに入って、盛大にむせる。
ぞわぞわと背筋にいやなものが走った。体じゅうの毛が逆立つ。
覚えのある声。
もちろん、あいつだった。
「だ、大丈夫ですか? 渡海さん……!」
「あ、だ、大丈夫」
慌ててハンカチを出して立ち上がりかけるゆづきちゃんを片手で制止する。その間も、頭の中に気味の悪い声は響きつづけている。
《彼女のペンダントに気がつくとは、なかなかお目が高いことだね。実は私の手による特別製なんだ。どんな風に特別なのか、聞きたくないかい?》
《てめえ……シルヴェストル》
血が逆流して頭痛がし始める。声はふふっと軽く笑った。
《覚えてくれてて嬉しいよ。まさか君、私があの程度のことで本当に消えるなんて思っていなかったよね?》
《うるっせえよ。ゆづきちゃんに何かしたのか。許さねえぞ、てめえ──》
間違ってゆづきちゃんを睨んでしまわないように、俺はまだむせているふりをしながら体をひねって顔を手で覆い、背中を丸めた。そのまま周囲に視線を走らせる。
見た限りでは、妙な動きをしている奴はいない。一般客はそれぞれ、自分たちの会話に忙しくてこっちなんて見てもいない。警護に来てくれているヴァンピールとウェアウルフたちだけが、戸惑ったようにちらちらと目配せをしあっている。
怜也さんの顔をした怜二も、敢えて視線はよこさないものの眼鏡の奥の目が厳しくなっているのが分かる。間違いなく、あいつも俺の様子に気付いている。
《おっと。あまり余計な真似はしないほうがいい。彼らに余計なことは言わないように。彼女の命は、すでに私の掌中にあるんだからね》
《なんだと……? てめえっ、ゆづきちゃんに何を──》
《はいはい、熱くならないの。稀な血を持つとはいえ、人間としては凡人に過ぎない君がここでいくら吠えたところで、この女の子は救えないんだから。おとなしく話を聞いた方が、君とその子のためだと思うよ?》
《ってめ……!》
思わず口で叫びそうになって、俺は必死に顔をおさえ、声を飲み込んだ。今の俺の顔は、恐ろしく血の気が引いていることだろう。俺、腹芸とかほとんどできねえ奴だし。全部顔に出ちまってるにちがいない。情けねえけど、こんな状況でゆづきちゃんに普通の顔でにこにこ笑ってあげられるほど、肝は据わってねえもんな。
ゆづきちゃんは心配そうな顔でそっと俺の顔色を窺っている。このままじゃまずい。
仕方なく、「ごめん、ちょっとトイレ」と断って席を立つ。周囲のヴァンピールとウェアウルフたちが、あからさまに視線をよこさないように気をつけながらも神経を張りつめさせ、俺の動向を窺っているのが肌でわかった。
俺はそのまま、なるべく普通の顔を装いつつトイレに向かった。
《どうしたの、勇太》
頭の中で、怜二の厳しい声がした。でも俺は、それに返事をするわけにはいかなかった。
けど、きっとそれだけで怜二なら気づいてくれるはずだった。
外には凌牙だっている。姿を隠してくれていたけど、そばにはずっとクロエもいてくれている。大丈夫。きっと、大丈夫だ。
個室に入って鍵をかけ、俺はあらためてシルヴェストルに話しかけた。
《てめえ、シルヴェストル。ゆづきちゃんに何をしやがった》
《簡単に言うと、とあるものを仕掛けている。まあ、ちょっとした時限爆弾みたいなものかな》
シルヴェストルの思念は憎たらしいぐらいに落ち着き払っている。
《彼女の体内に、私の細胞の一部を仕込ませてもらった。あのネックレスは特別仕様でね。ちょうど、蚊が人の皮膚を刺す時のように、人間に刺されたことすら感じさせずに体内に侵入できるシステムなのさ》
《なんだと……?》
凌牙がよくこいつらをモスキート呼ばわりするけど、本当に蚊か! てめえらは蚊なのかよ!
《私はこれでも用心深い方でね。君たちが先日、私の身体を破壊してくれる前。一応、ちゃんと保険は掛けておいたのさ。レイジ君とその手下たちだけなら負けるつもりはなかったけれど、君、なんとウェアウルフの次期頭首までたらしこんでいたとはね。あれにはやられた。恐れ入ったよ。君はなかなかの人たらしだね》
次期頭首って、つまり凌牙のことか。「人たらし」ってなんだ、人聞きの悪い。
《何をしれっと言ってやがんだ。いいからやめろ。ゆづきちゃんに手を出すな! あの子はなんも関係ねえだろがっ。それに、あの子の伯母さんはどうしたんだ。てめえ、まさか──》
《いやいや。安心してよ。妙齢のメスなんてちっとも美味しくはないからさ。味見すらしてないよ。彼女が可愛い姪にプレゼントを選んでいたのは知っていたから、宝石商に化けてうまく誘導したまでだ。彼女が選んだ素敵なアクセサリーに、ちょっと細工をさせて頂いた。それだけのことさ》
そうか。それならひとまず伯母さんのほうは安心だ。でも。
《ゆづきちゃんに何をしやがった。まさか──》
《私の細胞をごくごくわずか、ペンダントに仕込んでおいた。それを極細の針で彼女の身体に注入してある。本人はまったく気づいてないけどね》
《な……なに……?》
愕然とする。目の前が一瞬、暗くなった。
まじか。一体なにしてくれてんだ!
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
百合豚、男子校に入る。
揺
BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。
母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは――
男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。
この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。
それでも眞辺は決意する。
生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。
立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。
さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。
百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!
ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。
そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。
翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。
実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。
楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。
楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。
※作者の個人的な解釈が含まれています。
※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる