血と渇望のルフラン

るなかふぇ

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第六章 罠

9 陰謀

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《楽しそうだね、勇太くん。察するに、女性とのデートは初めてなのかな?》

 ごほっ、と俺は咳き込んだ。アイスコーヒーが一瞬で変なとこに入って、盛大にむせる。
 ぞわぞわと背筋にいやなものが走った。体じゅうの毛が逆立つ。
 覚えのある声。
 もちろん、あいつだった。

「だ、大丈夫ですか? 渡海さん……!」
「あ、だ、大丈夫」

 慌ててハンカチを出して立ち上がりかけるゆづきちゃんを片手で制止する。その間も、頭の中に気味の悪い声は響きつづけている。

《彼女のペンダントに気がつくとは、なかなかお目が高いことだね。実は私の手による特別製なんだ。どんな風に特別なのか、聞きたくないかい?》
《てめえ……シルヴェストル》
 血が逆流して頭痛がし始める。声はふふっと軽く笑った。
《覚えてくれてて嬉しいよ。まさか君、私があの程度のことで本当に消えるなんて思っていなかったよね?》
《うるっせえよ。ゆづきちゃんに何かしたのか。許さねえぞ、てめえ──》

 間違ってゆづきちゃんを睨んでしまわないように、俺はまだむせているふりをしながら体をひねって顔を手で覆い、背中を丸めた。そのまま周囲に視線を走らせる。
 見た限りでは、妙な動きをしている奴はいない。一般客はそれぞれ、自分たちの会話に忙しくてこっちなんて見てもいない。警護に来てくれているヴァンピールとウェアウルフたちだけが、戸惑ったようにちらちらと目配せをしあっている。
 怜也さんの顔をした怜二も、敢えて視線はよこさないものの眼鏡の奥の目が厳しくなっているのが分かる。間違いなく、あいつも俺の様子に気付いている。

《おっと。あまり余計な真似はしないほうがいい。彼らに余計なことは言わないように。彼女の命は、すでに私の掌中にあるんだからね》
《なんだと……? てめえっ、ゆづきちゃんに何を──》
《はいはい、熱くならないの。稀な血を持つとはいえ、人間としては凡人に過ぎない君がここでいくら吠えたところで、この女の子は救えないんだから。おとなしく話を聞いた方が、君とその子のためだと思うよ?》
《ってめ……!》

 思わず口で叫びそうになって、俺は必死に顔をおさえ、声を飲み込んだ。今の俺の顔は、恐ろしく血の気が引いていることだろう。俺、腹芸とかほとんどできねえ奴だし。全部顔に出ちまってるにちがいない。情けねえけど、こんな状況でゆづきちゃんに普通の顔でにこにこ笑ってあげられるほど、肝は据わってねえもんな。
 ゆづきちゃんは心配そうな顔でそっと俺の顔色を窺っている。このままじゃまずい。
 仕方なく、「ごめん、ちょっとトイレ」と断って席を立つ。周囲のヴァンピールとウェアウルフたちが、あからさまに視線をよこさないように気をつけながらも神経を張りつめさせ、俺の動向を窺っているのが肌でわかった。
 俺はそのまま、なるべく普通の顔を装いつつトイレに向かった。

《どうしたの、勇太》

 頭の中で、怜二の厳しい声がした。でも俺は、それに返事をするわけにはいかなかった。
 けど、きっとそれだけで怜二なら気づいてくれるはずだった。
 外には凌牙だっている。姿を隠してくれていたけど、そばにはずっとクロエもいてくれている。大丈夫。きっと、大丈夫だ。
 個室に入って鍵をかけ、俺はあらためてシルヴェストルに話しかけた。

《てめえ、シルヴェストル。ゆづきちゃんに何をしやがった》
《簡単に言うと、とあるものを仕掛けている。まあ、ちょっとした時限爆弾みたいなものかな》
 シルヴェストルの思念は憎たらしいぐらいに落ち着き払っている。
《彼女の体内に、私の細胞の一部を仕込ませてもらった。あのネックレスは特別仕様でね。ちょうど、蚊が人の皮膚を刺す時のように、人間に刺されたことすら感じさせずに体内に侵入できるシステムなのさ》
《なんだと……?》

 凌牙がよくこいつらをモスキート呼ばわりするけど、本当に蚊か! てめえらは蚊なのかよ!

《私はこれでも用心深い方でね。君たちが先日、私の身体を破壊してくれる前。一応、ちゃんと保険は掛けておいたのさ。レイジ君とその手下たちだけなら負けるつもりはなかったけれど、君、なんとウェアウルフの次期頭首までたらしこんでいたとはね。あれにはやられた。恐れ入ったよ。君はなかなかの人たらしだね》
 次期頭首って、つまり凌牙のことか。「人たらし」ってなんだ、人聞きの悪い。
《何をしれっと言ってやがんだ。いいからやめろ。ゆづきちゃんに手を出すな! あの子はなんも関係ねえだろがっ。それに、あの子の伯母さんはどうしたんだ。てめえ、まさか──》
《いやいや。安心してよ。妙齢のメスなんてちっとも美味しくはないからさ。味見すらしてないよ。彼女が可愛い姪にプレゼントを選んでいたのは知っていたから、宝石商に化けてうまく誘導したまでだ。彼女が選んだ素敵なアクセサリーに、ちょっと細工をさせて頂いた。それだけのことさ》

 そうか。それならひとまず伯母さんのほうは安心だ。でも。

《ゆづきちゃんに何をしやがった。まさか──》
《私の細胞をごくごくわずか、ペンダントに仕込んでおいた。それを極細の針で彼女の身体に注入してある。本人はまったく気づいてないけどね》
《な……なに……?》

 愕然とする。目の前が一瞬、暗くなった。
 まじか。一体なにしてくれてんだ!

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