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1 時雨ふる
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恋愛は、難しい。
近頃とみに、そんなことばかり考えてしまう。
男女間の恋愛だってきっと簡単ではないのだろうから、同性間のそれとなったらもっともっとハードルが上がるのは当たり前ではあるけれども。
あの鎌倉旅行で彼とは心が通じあった。少なくともそれは間違いではなかったと思う。
思うのだが、今度はまた違う悩みが最近の律の頭を占めて、ずっと重たく取り籠めている。
人目をはばかるような内容を検索するのに、学生食堂やカフェテリアほどふさわしくない場所もない。ということで、大抵の昼休み、律は人通りの多くない場所を選びがちになっている。
キャンパス内にはあちこちに植え込みを配した小さなスペースがあるものだ。「中庭」と呼べるものは比較的大きいし中央にあるため、むしろ隅のほうにある小さな場所を選ぶ。そこにある、植え込みや木々の陰になって見えにくい位置にあるベンチ。
検索のことを別にしても、ここが最近の、律と彼とのたいせつな逢瀬の場ということになっている。
べつに、今のふたりの関係が「人目をはばかるもの」だなんて思ってはいない。いないけれど、やっぱり恥ずかしさの方が先に立ってしまうのだ。
「男同士」「セックス」「方法」「準備」。
そんなもろもろの、人には決して見せられない検索ワードを打ち込んで、律はスマホ画面を凝視したまま、難しい顔で考えこんでいる。
……とかく、同性の恋愛は難しい。
いや律の場合、前世も含めて片恋以外の恋愛経験というものが壊滅的に少ないため、もはや異性だろうと同性だろうと同じことかもしれなかったが。
「お待たせしましたか、律くん」
もはや聞きなれた涼やかな声で、ぱっと顔をあげると、最近恋人になってくれたばかりの長身の「いけめん」が、微笑みながらこちらへ足早にやってくるところだった。律はさりげなくスマホをポケットに押し込んだ。
この男、最近になってようやく律を「殿」とは呼ばなくなってきたものの、相変わらずの敬語使いは抜けない。本当は律よりひとつ上の先輩であるにも係わらず。
もちろんそれは、お互いの前世の関係が深く関係しているわけだが。
「いえ。どうぞ」
言って少し脇へよけると、バックパックと昼食の入ったビニール袋をおろして、海斗はそこへ座りこんだ。
袋から、いつもの缶コーヒーとサンドイッチ、ホットドッグなどが現れる。
律にとっては二年生、海斗にとっては三年生の前期が始まって、まだ間もない。学内の緑は春から初夏への期待をあらわにして、青々と嬉しそうに葉を繁らせている。
「まだ四月だというのに、少し急ぐと汗をかきますね」
「……そ、そうですね」
「どうしたのですか、律くん。食べないんですか」
「あ、いえ」
言われて律も、海斗と同様に買ってきていた自分の昼食に手をつけた。今日はおにぎりとペットボトルのお茶である。地面に落としてしまわないよう気を付けながら、三角形のおにぎりのフィルムをはがす。
「今日は四限まででしたね。和歌愛好会へは行かれますか」
「あ、うん。……そうしようかと思ってます」
「では、同行しましょう」
海斗はにっこり笑って缶コーヒーに口をつけた。
(……あの、唇が)
自分のそれに触れるようになって数週間がたつ。
それだって、八百年も前にずっとひとりで勝手に懸想していたころから考えれば天国のような事態だ。
まさか自分が、源実朝だった自分が、かつて北条泰時であった彼とこんな関係になれるとは。
(だから……これは、ぜいたくな悩みなんだ)
いつもいつも、そう思う。
口づけ以上の何かを彼に求めるのは、きっと自分には分不相応なのだと。
しかし前世で命を喪ったときよりもはるかに若い今の体は、勝手にその先を求めてしまう。……こればかりは、人として生まれて生きている以上は仕方がないことなのだろう。
(……でも)
ほんとうは、恐ろしい。
自分とはちがってこの人は、本来、女性を愛することができる人だったから。
時雨ふる 秋の山辺に 置く霜の 色には出でじ いろにいづとも
『金槐和歌集』(実朝歌拾遺)693
近頃とみに、そんなことばかり考えてしまう。
男女間の恋愛だってきっと簡単ではないのだろうから、同性間のそれとなったらもっともっとハードルが上がるのは当たり前ではあるけれども。
あの鎌倉旅行で彼とは心が通じあった。少なくともそれは間違いではなかったと思う。
思うのだが、今度はまた違う悩みが最近の律の頭を占めて、ずっと重たく取り籠めている。
人目をはばかるような内容を検索するのに、学生食堂やカフェテリアほどふさわしくない場所もない。ということで、大抵の昼休み、律は人通りの多くない場所を選びがちになっている。
キャンパス内にはあちこちに植え込みを配した小さなスペースがあるものだ。「中庭」と呼べるものは比較的大きいし中央にあるため、むしろ隅のほうにある小さな場所を選ぶ。そこにある、植え込みや木々の陰になって見えにくい位置にあるベンチ。
検索のことを別にしても、ここが最近の、律と彼とのたいせつな逢瀬の場ということになっている。
べつに、今のふたりの関係が「人目をはばかるもの」だなんて思ってはいない。いないけれど、やっぱり恥ずかしさの方が先に立ってしまうのだ。
「男同士」「セックス」「方法」「準備」。
そんなもろもろの、人には決して見せられない検索ワードを打ち込んで、律はスマホ画面を凝視したまま、難しい顔で考えこんでいる。
……とかく、同性の恋愛は難しい。
いや律の場合、前世も含めて片恋以外の恋愛経験というものが壊滅的に少ないため、もはや異性だろうと同性だろうと同じことかもしれなかったが。
「お待たせしましたか、律くん」
もはや聞きなれた涼やかな声で、ぱっと顔をあげると、最近恋人になってくれたばかりの長身の「いけめん」が、微笑みながらこちらへ足早にやってくるところだった。律はさりげなくスマホをポケットに押し込んだ。
この男、最近になってようやく律を「殿」とは呼ばなくなってきたものの、相変わらずの敬語使いは抜けない。本当は律よりひとつ上の先輩であるにも係わらず。
もちろんそれは、お互いの前世の関係が深く関係しているわけだが。
「いえ。どうぞ」
言って少し脇へよけると、バックパックと昼食の入ったビニール袋をおろして、海斗はそこへ座りこんだ。
袋から、いつもの缶コーヒーとサンドイッチ、ホットドッグなどが現れる。
律にとっては二年生、海斗にとっては三年生の前期が始まって、まだ間もない。学内の緑は春から初夏への期待をあらわにして、青々と嬉しそうに葉を繁らせている。
「まだ四月だというのに、少し急ぐと汗をかきますね」
「……そ、そうですね」
「どうしたのですか、律くん。食べないんですか」
「あ、いえ」
言われて律も、海斗と同様に買ってきていた自分の昼食に手をつけた。今日はおにぎりとペットボトルのお茶である。地面に落としてしまわないよう気を付けながら、三角形のおにぎりのフィルムをはがす。
「今日は四限まででしたね。和歌愛好会へは行かれますか」
「あ、うん。……そうしようかと思ってます」
「では、同行しましょう」
海斗はにっこり笑って缶コーヒーに口をつけた。
(……あの、唇が)
自分のそれに触れるようになって数週間がたつ。
それだって、八百年も前にずっとひとりで勝手に懸想していたころから考えれば天国のような事態だ。
まさか自分が、源実朝だった自分が、かつて北条泰時であった彼とこんな関係になれるとは。
(だから……これは、ぜいたくな悩みなんだ)
いつもいつも、そう思う。
口づけ以上の何かを彼に求めるのは、きっと自分には分不相応なのだと。
しかし前世で命を喪ったときよりもはるかに若い今の体は、勝手にその先を求めてしまう。……こればかりは、人として生まれて生きている以上は仕方がないことなのだろう。
(……でも)
ほんとうは、恐ろしい。
自分とはちがってこの人は、本来、女性を愛することができる人だったから。
時雨ふる 秋の山辺に 置く霜の 色には出でじ いろにいづとも
『金槐和歌集』(実朝歌拾遺)693
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