金槐の君へ《外伝》~恋(こひ)はむつかし~

るなかふぇ

文字の大きさ
5 / 25

5 秋の田の

しおりを挟む

 ──「そなたのことを考えていた」。
 ついまた過去の口調に戻ってしまったことには気づいたが、律はそのまま続けた。

「やはり、いろいろと勝手が違うからな。……過去と今とでは、社会はもちろんだがそなたと私の関係も随分変わってしまっているし」
「……はい」

 海斗が少し目を伏せて、また上げた。

「それで……なにをご不安に思われているのでしょう」
「うん……ええと」

 ここから先は、非常に説明がしにくい話題だ。しかしここまで詰められて、なにも言わぬというわけにはいかない。

「え……と。時間がかかりますよ。いいですか?」
「もちろんです。明日は講義がありませんし。律くんも確か午後からでしたよね」
「う、うん」

 うなずいて、手元のコーヒーカップをちょっといじる。ひと口飲んで、しばらくどう言おうかを考えた。

「鎌倉で……こうなって。いや、こう。とても嬉しかったんです。本当に」
「それは……自分もです」

 言われてちらっと目をあげると、じっとこちらを見つめている海斗の瞳と目が合ってしまった。あわててそらす。
 今生こんじょうではじめて出会ったときに、思わず「泰時」と呼びかけてしまったあの瞳。
 真摯で、嘘がなくて誠実な温かい瞳だ。今ではそこに、なんとも言えない慈しみまで含まれてきているようで、それを感じるたびにくらくらしてしまう。この瞳に見つめられて、律の胸が高鳴らなかったことはない。

「か、考えていたのは……いろいろなことで」
「はい」
「げっ、下世話なことでも……あって。だから驚かせてしまうかも。あっ、だからやっぱり、今日はやめておいた方が──」

 慌てて立ち上がろうとした律の腕を、海斗があっさりとつかんで引きとめた。

「構いません。なんなりとおっしゃっていただきたく」

 そのまま、ダイニングテーブルから、リビングのソファへといざなわれる。テレビはすでに消されていた。
 律をソファへ座らせて、海斗はすぐ隣へ腰をおろした。

(……ふう。落ちつけ)

 向かい合わせでいた時よりも、隣に座ってもらえたことで少し呼吸がしやすくなったかもしれない。
 膝の上で組み合わせた手をもじもじさせながら、律は囁くように語り続けた。ひとつずつの言葉を選び、吟味しながら語る。それはまるきり、亀の歩みそのものだった。

「そなたは……今も昔も、女性にょしょうを相手にするのが自然だろう」
「……そういう面は否めませんね」
「それでも、私とこんなふうになって。……そのことは、嬉しい。今だって全部が夢のようで……とてもうつつのこととは思えぬほどで」
「はい」
「手を、つないだり。そ、そのほかのことも……うれしくて。いつもいつも、愚かなほどに舞い上がってしまって……地に足もつかない。実のところ、勉強だって手につかないぐらいで」
「それは……困りますね。ご両親に叱られてしまいます。しかし」

 膝の上で握りしめていた手を、上からそっと手が重ねられる。

「嬉しゅうございます。自分も同じ思いにございます」
「え──だって」

 海斗はいつだって、優しくて落ち着いていて。舞い上がってあたふたしているところなんて、見たこともないのに。
 そんな思いがありありと顔に出ていたのだろう。海斗は苦笑して首を左右にふった。

「顔に出さぬように努めていただけにございます。もしもこの胸を開いてお見せすることができるなら、ずいぶんと恰好の悪いものをご覧になるだろうと存じます」
「まさか」
「執権として、そのあたりのつらの皮は厚いに越したことはありませんでした。初々しさが足りぬことは自覚しておりまする」
「そっ、そんなことは言ってない!」

 そなたに初々しさを求めて言っているわけではないのだ、と、もごもご説明するうちにも、手を握る彼の手の強さが増していく。

「どうぞ、もっとお話しください。お悩みの、その先を。もっと」
「え、……ええと」

 海斗の声がさっきよりも近くに聞こえる。なんとなく、耳元にささやかれているような感じなのだ。

(う、うわわわ……)

 首も耳も顔も、なにもかも全部が真っ赤になっているに違いない。その自覚をすればさらに、あるじの希望などそっちのけで全身が熱くなっていくばかりだった。



 秋の田の 穂の上に巣がく ささがにも いと我ばかり ものは思はじ
                    『金槐和歌集』(実朝歌拾遺)699
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...