金槐の君へ《外伝》~恋(こひ)はむつかし~

るなかふぇ

文字の大きさ
7 / 25

7 恋しとも

しおりを挟む

「その行為がスムーズにいくかどうか」。海斗でさえそれを気にして──恐らく気にしたのだろうと思われる──こうして検索して調べていたとは。
 なんだか頭がくらくらしてきた。律は思わずうつむいて額を押さえた。

「大事ありませぬか」
「……大丈夫。ちょっとびっくりしたけど」

 まさか、この落ち着いた海斗がこんなことをしていたなんて。
 だが海斗の方では律の返事に少し不満そうに見えた。

「当然ではないでしょうか。この国では昔とちがって、セックスを描いたエンタメ作品やAVなどが非常に多く作られて頒布はんぷされているとはいえ、そうしたものの多くが間違った性の知識に基づいているらしいですし」
「……ん? そうなのか」
「ええ。最近ではいろいろと問題になっています。若い者ほどああしたものを見て、つい『自分でもやってみたい』と思ってしまうのは普通のことでしょうし」
「ああ、うん。そんな風に言われてるのは見たことがあるな、私も」
「そうでしょう」

 そういうのは普通、SNSでよく目にする意見だ。
 世に流布されている様々なエンタメ作品に出てくるセックスシーン。そこから得られた、断片的で中途半端な知識だけで本番に臨むのは、実は危ないことも多いという。
 男女であればなんとなくやってもどうにかなるようなことでも、同性同士となると難しいことも多いらしい。だからこそ、律もあれこれと調べていたわけで。
 いわゆるエンタメ作品の中でも、最近ではようやく、本物の当事者の意見を入れてなるべく不自然なことのないように作るよう工夫されるようになってきたとは聞いているけれど、それはまだまだごく一部の話である。

「自分は、わずかでもあなたに苦しい思いや不快な思いをしていただきたくない。……そう思って、こうして調べておりました」
「そ、そうなんですか」
「当然ではありませんか」

 そう言う海斗の目は真剣そのものだった。

(なるほど、単なる興味本位でないと。……まあ当然か)

 なにしろこの海斗なのだから。調べていた理由についても、それはいかにも海斗らしいと思われた。

「ご無礼をお許しください。……ですが、当時も今も、あなた様はまだ、その……ご経験がおありではない。と、そうお聞きしていたもので」
「あ……。う、うん」

 なんだか耳が熱くなる。
 それは事実だ。今生の「律」は当然のことだったけれど、前世の「実朝」だって他人と肌を合わせた経験は皆無だった。
 大切な奥方はいたし、一族をあげて嫡男を望まれていたのも身に染みて知っていたけれど、彼女との夜の営みはなにをどうやってもうまくいかなかった。……この体が、どうしても言うことを聞いてくれなかったのだ。
 彼女のことは人として大好きだったのに。でもそれは、当時の自分にとって性的に興奮するような類のものではなかった。

 だから本当は、今だって少し怖い。
 この人とそういう風になったとして、また自分の体が思うようにはならなかったら。
 そんな風に考えなかったと言ったら嘘になるからだ。

「……ご心配なさいますな」
「えっ」

 目をあげると、さっきよりもさらに近いところから海斗の瞳にのぞき込まれていた。いつのまにか、肩に腕を回されている。
 その手がとんとんと背中を優しく叩いてくれて、ふと肩から力が抜けた。
 そのまま、触れるだけの口づけがおりてくる。

「……ほら。ちゃんと反応してくださっている」
「そ、そうなのか?」

 自分ではよくわからない。
 確かにぞくりと肌が粟立あわだって、体の芯に熱を覚えることは多いけれど。

「そうですとも。軽く触れ合わせるだけでも、こうして頬や耳が染まって……美しゅうございます」
「うえっ? そ、そうなのかっ?」
「ははっ」

 額を合わせて海斗が笑う。まつげが長い。
 やっぱりこの男は、「いけめん」だ。

「お可愛いらしいです。あなたは……まことに」
「か、……海斗、さん」

「この先にあまり進まなかったのは、もちろん知識がまだ十分ではなかったからでもあります。ですがなにより、急ぎたくなかった」
「ど、どうして?」
「あなたを怖がらせたくなかった。ゆっくりゆっくり、できるだけ大事にしたかったのです。慌てて進めたくなかった。あなたが……尊すぎるから」
「えっ? そ、それは──」

 ですが、と海斗は言葉を継いだ。

「本当は、いざ、あなたとそうなってみて『やっぱりちがった。やめたい』と言われるのが怖かった……のかも、しれませぬ。申し訳ありませぬ。自分の不甲斐なさにございますね。そのためにあなたを不安にさせるなど……本末転倒にございます」
「そんな! あ、あやまらないでくれ」

 海斗の言葉を少しずつ聞くうちに、律は自分の胸の中にあったしこりがゆっくりと溶けていくのを覚えた。
 それはむしろ、心地よい時間だった。



 恋しとも 思はで言はば ひさかたの 天照あまてる神も 空に知るらむ
                    『金槐和歌集』(実朝歌拾遺)706
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...