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7 恋しとも
しおりを挟む「その行為がスムーズにいくかどうか」。海斗でさえそれを気にして──恐らく気にしたのだろうと思われる──こうして検索して調べていたとは。
なんだか頭がくらくらしてきた。律は思わずうつむいて額を押さえた。
「大事ありませぬか」
「……大丈夫。ちょっとびっくりしたけど」
まさか、この落ち着いた海斗がこんなことをしていたなんて。
だが海斗の方では律の返事に少し不満そうに見えた。
「当然ではないでしょうか。この国では昔とちがって、セックスを描いたエンタメ作品やAVなどが非常に多く作られて頒布されているとはいえ、そうしたものの多くが間違った性の知識に基づいているらしいですし」
「……ん? そうなのか」
「ええ。最近ではいろいろと問題になっています。若い者ほどああしたものを見て、つい『自分でもやってみたい』と思ってしまうのは普通のことでしょうし」
「ああ、うん。そんな風に言われてるのは見たことがあるな、私も」
「そうでしょう」
そういうのは普通、SNSでよく目にする意見だ。
世に流布されている様々なエンタメ作品に出てくるセックスシーン。そこから得られた、断片的で中途半端な知識だけで本番に臨むのは、実は危ないことも多いという。
男女であればなんとなくやってもどうにかなるようなことでも、同性同士となると難しいことも多いらしい。だからこそ、律もあれこれと調べていたわけで。
いわゆるエンタメ作品の中でも、最近ではようやく、本物の当事者の意見を入れてなるべく不自然なことのないように作るよう工夫されるようになってきたとは聞いているけれど、それはまだまだごく一部の話である。
「自分は、わずかでもあなたに苦しい思いや不快な思いをしていただきたくない。……そう思って、こうして調べておりました」
「そ、そうなんですか」
「当然ではありませんか」
そう言う海斗の目は真剣そのものだった。
(なるほど、単なる興味本位でないと。……まあ当然か)
なにしろこの海斗なのだから。調べていた理由についても、それはいかにも海斗らしいと思われた。
「ご無礼をお許しください。……ですが、当時も今も、あなた様はまだ、その……ご経験がおありではない。と、そうお聞きしていたもので」
「あ……。う、うん」
なんだか耳が熱くなる。
それは事実だ。今生の「律」は当然のことだったけれど、前世の「実朝」だって他人と肌を合わせた経験は皆無だった。
大切な奥方はいたし、一族をあげて嫡男を望まれていたのも身に染みて知っていたけれど、彼女との夜の営みはなにをどうやってもうまくいかなかった。……この体が、どうしても言うことを聞いてくれなかったのだ。
彼女のことは人として大好きだったのに。でもそれは、当時の自分にとって性的に興奮するような類のものではなかった。
だから本当は、今だって少し怖い。
この人とそういう風になったとして、また自分の体が思うようにはならなかったら。
そんな風に考えなかったと言ったら嘘になるからだ。
「……ご心配なさいますな」
「えっ」
目をあげると、さっきよりもさらに近いところから海斗の瞳にのぞき込まれていた。いつのまにか、肩に腕を回されている。
その手がとんとんと背中を優しく叩いてくれて、ふと肩から力が抜けた。
そのまま、触れるだけの口づけがおりてくる。
「……ほら。ちゃんと反応してくださっている」
「そ、そうなのか?」
自分ではよくわからない。
確かにぞくりと肌が粟立って、体の芯に熱を覚えることは多いけれど。
「そうですとも。軽く触れ合わせるだけでも、こうして頬や耳が染まって……美しゅうございます」
「うえっ? そ、そうなのかっ?」
「ははっ」
額を合わせて海斗が笑う。まつげが長い。
やっぱりこの男は、「いけめん」だ。
「お可愛いらしいです。あなたは……まことに」
「か、……海斗、さん」
「この先にあまり進まなかったのは、もちろん知識がまだ十分ではなかったからでもあります。ですがなにより、急ぎたくなかった」
「ど、どうして?」
「あなたを怖がらせたくなかった。ゆっくりゆっくり、できるだけ大事にしたかったのです。慌てて進めたくなかった。あなたが……尊すぎるから」
「えっ? そ、それは──」
ですが、と海斗は言葉を継いだ。
「本当は、いざ、あなたとそうなってみて『やっぱりちがった。やめたい』と言われるのが怖かった……のかも、しれませぬ。申し訳ありませぬ。自分の不甲斐なさにございますね。そのためにあなたを不安にさせるなど……本末転倒にございます」
「そんな! あ、あやまらないでくれ」
海斗の言葉を少しずつ聞くうちに、律は自分の胸の中にあったしこりがゆっくりと溶けていくのを覚えた。
それはむしろ、心地よい時間だった。
恋しとも 思はで言はば ひさかたの 天照る神も 空に知るらむ
『金槐和歌集』(実朝歌拾遺)706
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