金槐の君へ《外伝》~恋(こひ)はむつかし~

るなかふぇ

文字の大きさ
23 / 25

23 夏衣

しおりを挟む
 律が必死におし隠していたのに、海斗は勝手に「お体がつらいでしょう」と決めこんでしまい、義之が置いていった車で家まで送るといって聞かなかった。

「だ、大丈夫ですよ。このぐらい。ひとりで──」
「我が家にもっと大きな鏡があれば、ご自分がどのくらい不自然な歩き方をしているか、とくとお見せいたすところなのですが……まことに申し訳ありません、すべて自分の責任です。まこと、修行が足りぬことで申し訳もなきことです」

 海斗はひとり、なんとなく憮然とした顔でそんなことをぶつぶつ言うだけで、律の言うことなんて完全にスルーしている。
 そのまま身支度をさせられてしまい、気が付けば彼の父の車に押し込まれていた。昼過ぎになれば、いつ義之が帰ってきてもおかしくない。週末なので大学は休みだが、なんとなく追い立てられるように彼の家を後にした。

(まったくもう……)

 過保護がすぎるというものだ。今後のことが今からひどく思いやられる。
 助手席に座り、荷物の入ったバックパックを抱いてややむくれた顔で外を見つめていた律は、やがて道が自分の家へ向かうものでないことに気づいた。

「え、ええと。どこへ行くんですか……?」
「まだお時間はありますでしょう。ご無理はさせませぬゆえ、少しお付き合いくださいませぬか」

 車のハンドルを握りながらそういう言葉遣いをされると、違和感があるなどというものではない。武士としての正装と烏帽子で馬にまたがる勇壮な姿が見えたような気がして、律は思わず目をしばたたいた。

「え……と。どこへ?」
「さほど時間はかかりませぬ。どうぞ、お任せを」
「……わかった」

 諦めて、ぽすんとシートに背中を預けた。
 車は次第に街を離れて、建物の多い地域から山道に入っていく。車体が右に左にゆるやかに振られるのを、律はぼんやりと感じていた。
 緑の木立がつづく景色をしばらく見つめるうちになんとなく目を閉じたら、そのまま少しうつらうつらしてしまったらしい。はっと気づくと、車が止まっていた。

「着きました。さ、お手を」

 助手席のドアを開いて、海斗が外から手を差し出している。
 まるでご婦人にするようにされたことに少し面食らったが、律は「いやいや。これは腰の痛みを労ってのことだし」と自分を納得させ、彼の手を借りて車から降りた。悔しいが、その瞬間少しだけ腰に鈍痛が走ったのは否めなかった。
 
 見晴らしのいい山の展望台である。稜線が重なった向こうには市街地と港、そして船影がいくつか浮かぶ海が遠望された。
 車に乗っていた時間からして、さほど遠い場所ではないようだ。律の思惑を察したように、隣に立った海斗が微笑んだ。

「大事ありませぬ。本来なら由比ヶ浜にすべきでしたが、まさかそこまでお連れするわけにもいかず」
「あ、当たり前だろう!」

 そんなもの、車で行こうと思ったら何時間かかると思っているのか。だが、海斗はどことなく残念そうなのだ。
 律は呆れた。

(まったく、この男は)

 もしも由比ヶ浜が比較的近い場所だったなら、間違いなくそこへ連れてこられていたに違いない。あの鎌倉旅行での再現でもしたかったのだろうか。

「すぐにご自宅にお送りできますので」
「あ、いや、うん。それは心配してないです……」

 海斗はほんのわずか、じっと律を見つめたが、すぐに笑顔に戻ると、そばのベンチへと律をいざなった。自分もすぐに隣に座る。
 どうぞ、と手渡されたのはいつもの缶コーヒーだ。途中、どこかでコンビニにでも寄ったのだろうか。

「あ、ありがとう」

 どうやら自分は、そんなことにも気づかぬぐらいに眠り込んでいたらしい。急に恥ずかしくなって、どぎまぎした。


 夏衣なつごろも 龍田の山の ほととぎす いつしか鳴かむ 声を聞かばや
                     『金槐和歌集』118
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...