68 / 86
ローティアス7
4
しおりを挟む「おっ、落ち着いて、ローティ!」
「落ち着くでござるっ。ケントはいま、眠っておりまするゆえ」
受付で病室を尋ね、まっすぐケントのいる病室を目指したローティアスは、入口のところで待ち構えていたハルトと《BLブラック》コジロウに押しとどめられた。
時刻はすでに夜間であり、病院内はひどく静かだった。ほかの患者に配慮してだろう、ハルトもケントもほとんど囁き声だった。
「まずは落ち着いて。僕の言い方が悪かったんだよね、ごめん。そんなに心配するほどのことじゃないから」
「そうでござるよ。むしろ、今はゆっくり休ませてやることこそ大事」
「は、はい……」
二人の青年に胸のあたりを押し戻され──二人ともケントとさほど身長は変わらないのだ──ようやくローティアスは体の力を抜いた。
「本当に……大丈夫なんですね」
不覚にも、語尾が子どものように震えてしまった。
ハルトが優しく微笑んで、下からローティアスの背中へ腕を回し、とんとんと叩いてくれる。
「本当だよ。信用してよ」
「魔王がよき医者を送ってくれておるし、《医療カプセル》とかいうものも優秀ゆえ。明日にも目を覚ますはずとのことだぞ」
「そうですか……」
「寝顔をちょっと見るぐらいならいいと思うよ。でも、静かにね」
「あっ、はい……」
ローティアスは大きくなってしまった体をなるべく縮めるようにして、ほとんど足音も立てずに病室に滑り込んだ。
魔王国では、基本的に医療は《医療カプセル》によって行われる。単純な症状であればそれだけで回復するため、どこの医療機関にも数十台は置かれている。人の医者の存在ももちろん重要なので、必ず配置されている。今回のケントの状態は、人の医者がまず診察し、「カプセルでの治療で十分」との判断が下されたという。
薄暗い病室は個室のものだった。
部屋の中央に、卵をぎゅっと縦に長く伸ばしたような楕円形をした、クリーム色の《医療カプセル》が設置されている。魔族には個体差があるため、サイズは様々に存在するのだが、こちらは《人間保護区》であるため、基本的にはヒューマノイドに合うタイプとなっている。
カプセルのすぐ脇には、《BLイエロー》のサクヤが腰かけていた。ローティアスを見るとすぐに立ち上がり、彼女もまた音もなく席をあけてくれる。その場所へ、ローティアスは大きな体を滑り込ませた。
「ケントさん……」
カプセルの蓋が閉じられているため、透明なカバー越しにしか見えない。けれども、いつもの浴衣を着て眠っているケントの顔色はそんなに悪くはなかった。ただ、だいぶ痩せてしまったようにも見えた。
カプセルの表面に手を添えて、ローティアスはそこへ額をつけた。
「ケントさん……どうしてですか」
なぜ、こんな風に倒れてしまうまで誰にも気づかれずに?
いや、わかる。真面目で頑張り屋で、普段からほとんど弱音を吐くこともない彼のことだ。自分の許容量を超えて頑張りすぎてしまったに決まっている。
しかも今は、大事な睡眠時間を削ってほぼ毎晩、自分と通信をしてくれていた。
「ごめんなさい、ケントさん……」
「って。あんたが謝ることはないんじゃないの?」
後ろからやや尖った声がした。サクヤだ。
「でも──」
「あんただって知ってるでしょ? コイツは無駄に頑張りすぎるところがあんのよ。慣れない仕事で、でも『子どもたちのため』って毎日頑張ってたし。一人暮らしをさせちゃったのも良くなかったかもね。本人が『大丈夫』って言うもんだから、あたしたちとしては本人の意思を尊重したつもりだったんだけどさ」
「そうなんですか?」
「そうよ。ほんとは前みたいに、コジロウやハルトと一緒の家で協力して暮らしたらどうかって言ってたんだけど。でもなぜか『一人がいい』って譲らなくて」
「…………」
どきん、と胸の音がした。
(それは、もしかして)
「とっ、とにかく。話は外でしようよ。ケントはちゃんと寝かせておかなきゃ。でしょ?」
ハルトのひと言で、サクヤはうなずき、踵を返した。彼女の目線に呼ばれるように、ローティアスも病室の外へ出る。病室にはコジロウが一人残った。
病室が集まっているエリアから少し離れ、面会者などが使う待合室のロビーへ案内される。何組かの丸テーブルと椅子やソファなどが供えられた、落ち着くインテリアの空間だった。
ハルトが壁際に備え付けられたサーバーからカップ入りのコーヒーやお茶などを持ってきてくれて、ローティアスは進められるまま椅子にすわった。向かいにサクヤとハルトが腰かける。
出されたコーヒーに一度だけ口をつけてから、ローティアスは思い切って言った。
「あの……もしかして、やっぱり俺のせい……でしょうか」
出たのは自分でもびっくりするくらい、不安そうな小声だった。
0
あなたにおすすめの小説
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない
muku
BL
猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。
竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。
猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。
どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。
勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる