墜落レッド《外伝1》揺籃(ようらん)の思ひ出

るなかふぇ

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ケント7

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「ケントさんっ!」

 思わず大声を上げたローティアスは、次の瞬間にはハッとして自分の口を塞いだ。そのままカプセルの表面に口を寄せて囁いてくる。

「目が、覚めたんですね……ケントさん。お医者さんを呼んできます」
「……いや。ま……まって」

 自分でもびっくりするほど掠れた声しか出ず、戸惑う。一体自分はどれほど眠っていたのだろうか。
 ゆらゆらと意識が覚醒してきたとき、真っ先に目に入ったのは、今にも泣きそうな顔をしている魔族の王子様の姿だった。この王子がそんなにも情けない顔をして憔悴した様子は、彼が子どもの頃に一度だけ見せたきりだ。

「医者は……あとで、いいから」
「そ、そんなわけには」
「ローティ」

 カプセルのカバー越しのため、やや声が聞き取りにくい。ローティアスの方は素晴らしい《地獄耳》もちなので問題ないのだろうが、こちらはそうはいかなかった。ケントはゆっくりと身じろぎをし、寝返りをうってローティアスの方へ顔を近づけた。筋肉の強張り具合から、どうやら丸一日以上は横になっていたと推察される。

「いま、何日……? ここ、どこだ」

 ローティアスはようやく少しだけ落ち着いた目の色になり、肩から力を抜くと、今日の日付と時刻、そしてここが《第二人間保護区》内の病院であることを教えてくれた。

「そうか……。俺、倒れたのか。情けない──」
 幸い、学校は冬休みに入ったばかりで、生徒への影響は最小限で済んだはずだが。
「ごめんなさいっ、ケントさん!」
「……え?」

 いまやローティアスはカプセルにぴったりと張り付くようにしている。すっかりしょげかえり、非常に悲しげな瞳でこちらをじっと見つめている。

「俺がっ……俺が、いけなかったんです。あなたに無理を言って、困らせて──」
「え? いやちょっと待て」
「本当にごめんなさいっ! これからは、もっとちゃんと気をつけます。本当に本当にごめんなさい……!」
「いやローティ──」
「お医者さん、呼んできますね!」

 「待てよ」と叫んだつもりだったが、掠れた声はろくに彼の耳には届かなかったらしい。ローティアスは脱兎のごとく病室から駆け出していき、すぐに夜の担当らしき医者がやってきた。
 こちらの医師は人間の姿をしている。《勇者の村》の人々にはまだ十分な教育が施されていないため、《第一人間保護区》出身の医師である。比較的若々しく見えるが、中年の男性医師だ。
 医師はカプセルのカバーを開き、カプセルに付属している様々な機器のデータを眺め、ケントの顔色や体調の問診を行ってからこう言った。

「基本的には過労が原因だと思われます。そのほか、重大な病的事案があるわけではありませんのでご安心を」
「よ、よかったあ……」

 医師の背後で真剣な眼差しをして立ち尽くしていたローティアスが、一気に膝から崩れ落ちて、むしろそちらの方にびっくりしてしまう。

「ローティ。大袈裟なんだよ……。いや、倒れたのは悪かったし、心配してくれたのは嬉しいんだけどさ」

 医師が退室してから、ケントはローティアスから水の入ったコップを受け取りつつ言った。カプセル内のベッドは上体を起こす形に変形させられるので、今は座った状態だ。水は適度に冷えていて、乾いた喉に甘露のように沁みとおった。

「本当に心配しましたよ。ハルトさんやコジロウさん、サクヤさんもものすごく心配してましたよ? あっ、リョウマ父上も来てくれてたんですけど、父上も──」
「えっ。リョウマが……?」
「は、はい」

 ケントの反応を見て、ローティアスが明らかに「しまった」という顔になった。

「……あの。父上ももちろん、すごく心配してましたよ。でも、城での仕事や他の子どもたちの世話があるので……日が高いうちに戻らないといけなかったらしくて」
「いや、大丈夫だよ……」

 きっと、そのことでケントが傷つくことを恐れたのだろう。「どうして付き添ってくれなかったのか」と彼を恨む気持ちになっている、と勘違いさせてしまったらしい。ローティアスは心配そうに「本当に大丈夫ですか?」と何度も念押ししてきた。

「本当に大丈夫だって。……お前が、いてくれたんだから」
「えっ……」

(……あれ?)

 するりとでてきた自分の言葉に、自分でも驚いた。
 目をぱちくりさせていたローティアスが、やっとその意味を理解したのかふっと笑った。

「……そうですか。だったらよかった。あ、俺、みんなに連絡してきますね。ケントさんが目を覚ましたって」
「あ、うん……」

 にっこり笑って出ていくローティアスの背中を見送り、なんとなく室内を見回す。

(……不思議だ)

 リョウマのことに関して、ほんの小さなことでもあれほど波立っていたはずの心が凪いでいる。
 それはきっと、今出ていった広い背中を持つ魔王国の第一王子のおかげなのだ。

「ローティ……」

 気が付けば、唇が笑みの形をとっている。
 そのまま吐息に乗せるようにして、誰もいない空間へ「ありがとう」と告げてみた。
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