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ローティアス2
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しおりを挟む「兄上。なんですかそのお顔は」
「んあ? なんか変かい? いつもと同じだと思うけどなあ」
「そうではありませんっ」
ひょいと自室の鏡を覗き込んで自分の顎を撫でたローティアスに、背後に立ったサファイラはびしっと声を投げつけた。「自室」とは言ったがこちらは西方の地方行政区である。先日ケントがお忍びで訪問してくれた行政機関の建物だ。
「その緩み切ったお顔はどうしたことか、と申し上げているのです。王族として恥ずかしい態度にございますわよ。先日ケント様が訪問してから、どうも様子がおかしいと聞いて来てみれば」
「ってサファイラ。いったい誰がお前にそうやってぼくのあれこれを細かく告げ口してるんだよ……」
「それにお答えする義務はございませんわ」
扇子をパッと顔の前に広げて、釣りあがった美しい目をすっと細められる。こうなったら、この妹はテコでも動かなくなるのだ。何を訊いてもうんともスンとも答えなくなる。ローティアスは密かに溜め息を飲み込んだ。
「お前が心配してくれてるのはわかってるよ。だから、こうやってぼく……俺は俺なりに頑張っているんじゃないか」
「よい傾向です。どうかそのまま、ご自身の能力を存分に発揮しつづけられますように。さすれば兄上がお望みのことだって近づいてこようというもの」
「サファイラ……」
「正直、あの細っこい人間の伯父上のどこがいいのかとは思いますけれどね、個人的には」
「えええ~っ。ひどいじゃないか! ケン兄ちゃ……ケントさんは、とってもとっても素敵な人なんだぞ! ちょっと生真面目すぎて面白味がなくて地味で融通が利かないところはあるかもしれないけど、本当に心の優しい、清廉潔白な人なんだから!」
「……褒めていらっしゃるのか貶していらっしゃるのか定かではありませんが、ひとまずわかりました」
「本当にわかったのかなあ……」
「それよりも」
「んえっ?」
今度はびしっと、畳んだ扇子を突きつけられてぎょっとなる。
「いい加減に、その一人称のブレはどうにかなさいませ。『ぼく』ではなく『俺』または『私』。使う場面に応じて素早く正確に使い分けをなさらなくては」
「あ。うん……」
「それから。いまだに『ケン兄ちゃん』呼びがつい出そうになってらっしゃいますでしょう。魔王になるべきお方としてはいただけません。『ケントさん』や『ケント殿』などで統一するようになさらないと」
「あ、うん……。でも、ケン兄ちゃんに会うとつい──」
言いかけたら、眉根をきゅっと寄せて溜め息をつかれてしまった。
「ケント様と二人きりのときはお好きになさいませ。そこまでいちいち関知いたしません。大事なのはTPO。TPOにございますわよ、お兄様」
「……は、はい……」
まったくもって、この妹には頭が上がらない。
すっかり大きくなった体をできるだけ小さくして、このところ日常になってしまった妹からの怖くて厳しい、しかし愛ある「ダメ出し」を受け続ける。
どうしてこの妹は、こんなにも自分を応援してくれるのだろう。ケントはああ言ったけれども、どうもそれだけとは思えないのだ。
「サファイラ。どうしてそんなに、俺を推してくれるんだい。俺が王座を望んでないことは知っているだろう。それに、俺なんかよりずっとお前のほうが──」
「お兄様っ!」
「うひっ?」
瞬間、カッと全身で怒りを放出されて、ローティアスはびくっと体を竦ませた。
「何度も申しているではありませんか。わたくしなどより、兄上の方がずっと、はるかに魔王にふさわしいと」
「そ……そんなはず、ないと思う……んだけど」
王族教育のために集められた教師たちの授業でも、AIによる教育プログラムにおいても、評価はサファイラの方がはるかに高い。自分はしょっちゅう授業を放り出しては《保護区》のケントに会いに行っていたのだから当たり前のことだ。
真面目で勤勉で優秀なサファイラのことは、教師たちも城の臣下たちも非常に高く評価している。父であるエルケニヒ魔王は今のところ、だれに王位を譲るかを明確にしていないし、サファイラが継いでもなんの不思議もない。むしろ彼女の方がはるかに能力も高いのだから、是非彼女が次期魔王になってくれればよい。ローティアス自身、心からそう思っているというのに。
そういう気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。サファイラは悲しいとも寂しいとも怒りともつかない不思議な表情を浮かべたまま、急にしばらく黙り込んだ。
「……お兄様」
「ハイ」
「お兄様は、なにかをひどく勘違いなさっていますわ」
「え?」
勘違いとはなんぞや。
完全に「キョトン顔」になったローティアスを横目で見て、サファイラは頭痛を抑える人のようにこめかみを指で揉んだ。
「……ああもう。本当にっ……!」
そのこめかみのあたりに、ピキピキピキと血管が浮き出てきているのを見て、ローティアスはぎょっとした。
これは非常によくない傾向なのである。
(や、ヤバい。本気で怒り出したぞ……!)
そうなのだ。恐るべき美貌を持つこの妹は、ひとたび怒り狂うとそれはそれは恐ろしいことになるのである。
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