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ローティアス2
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しおりを挟む「お兄様。王になる者にとって最も大切な資質。それはなんだとお思いですか」
「え、ええっと……」
ひたすらに戸惑って、ローティアスは目を泳がせた。
王族教育の教授たちの顔をちょっと思い出してみて、恐る恐る言ってみる。
「ええと……『民に優しく』とかかな」
「御名答。そこまで単純な話ではありませんが、端的に言ってそういうことになりましょうか」
「はああ、よかった……」
一応は及第点がもらえたようだ。
と、これまで厳しかったサファイラの視線が少し、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「お兄様に大いにあって、わたくしには非常に乏しいもの。それが王者になる者にとって最も求められる資質なのです。そうと自覚するまでには時間もかかりましたが、今では納得しておりますわ」
「え? サファイラだって本当に素晴らしい──」
「慰めは結構です。お優しいお兄様ならそうおっしゃることは織り込み済みですわ」
「いやいや、別に慰めてるわけじゃないよ! サファイラは公明正大、清廉潔白なすばらしい姫御子だ。それはみんな言ってることだぞ」
真剣に言い募ったが、サファイラはやや悲しげに苦笑しただけだった。
「……それ『だけ』ではダメなのですよ。まことの王者たるものは」
「それだけって……それだけなわけないだろう! サファイラには素晴らしい才能も、人望もいっぱいあるんだぞ。間違いなく素晴らしい魔王国の女王になれる資質がある。俺が保証したってなんの意味もないことはわかってるけど、これは本当に本当だぞ!」
「……ありがとうございます、お兄様」
さらに微笑んで、サファイラは再び扇子で口を覆い、その下で「そういうところですわよ」とつぶやいた。常人ならまず聞こえなかっただろうが、《地獄耳》もちのローティアスにはほとんど筒抜けも同然だった。
「わたくしに必要なのは、他者を──それがたとえ、同じく王座を競う相手であろうとも──正当に私情も挟まずきちんと評価し、心から褒め称えられるほどの度量。『心の広さ』や『おおらかさ』とでも呼ぶべきものです。それは決して、常人には持ち得ぬものです。下々の者たちが心おだやかに、心から笑って日々働ける環境を作るのは上に立つの者の使命ですが、これらの資質が最も求められるのはだれよりも王位にある者ではありませんか」
「サ、サファイラ……」
ここまでくると、もう愕然として言葉にならなかった。
まさかこの妹が、こんなことをずっと考えていたなんて。
しかも先ほど、この子は「それを飲み込むには時間がかかった」とまで吐露していた。恐らくはローティの知り得ぬところで、彼女は彼女なりにさまざまな悩みや葛藤があったのに違いない。それらをすべて飲み込み、理解し、納得した上でこうして自分に話をしに来てくれたのだ。
(なんてことだ。サファイラ。君って子は──)
頭を抱えて呆然としているローティアスの前で、サファイラはすっと立ち上がると、腰をかがめ、王族の姫としての一礼をした。とても丁寧な礼だった。
「兄上は間違いなく、立派な魔王におなりになれます。それは、生まれてからずっと同じ教育を受けて兄上を見てきたわたくしが保証いたします。不肖サファイラ、今後はそのお傍で存分に補佐としての任に当たらせていただきましょう」
「えっ。サファイラ──」
「なんとおっしゃられようと、この意思は変わりません。わたくしにはこのお役目が何よりも合っていますし、これが最も国に貢献できる方法だと確信しているのです」
「だけど──」
「ですからどうか、兄上もご自覚をお持ちになってくださいませ。まだ遥か先のことではありましょうけれども、エルケニヒ父上が退位なさった暁には、そのあとを襲ってこの国の魔王になられること。それを決してご辞退なさらないことを、しかとお約束くださいませ。その未来を、今からでもしっかりとお心に留めていただきたいのです」
なんの衒いもなく、ただただ清廉で毅然とした妹の立ち姿を前に、ローティアスはもう一言もなかった。
ただ「わかった……」と小さくつぶやき、こちらもぎくしゃくと立ちあがって、「ありがとう」の言葉とともに、兄として妹への一礼を返すことしかできなかった。
(……俺が、王。次期魔王、だって……?)
その日は一日じゅう、頭の中に同じ言葉がずっとぐるぐると回り続けた。
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