墜落レッド《外伝1》揺籃(ようらん)の思ひ出

るなかふぇ

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ケント2

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「ああ……。俺、なにしてんだろう」

 自分にあてがわれた部屋で、ケントは頭を抱えている。すでに日はかなり傾いて、バルコニーに面した大窓が、夕暮れ時の独特の風を運んできていた。
 つまり。
 結局、今夜はこの庁舎の一角の泊まることになってしまったのである。

「もっとしっかり断るべきだったのに! なにやってんだよ俺」

 あてがわれた部屋は、ここを訪問する者のために普段から準備されているものだった。貴族など高貴な身分の者もよくやってくるので、比較的落ち着いた色目の上質な内装となっている。
 その後、ローティアスを追いかけるようにして飛んできた文官たちが到着し、彼はすぐに政務に掛からねばならなくなってしまった。「じゃ、俺はこれで」といよいよ腰を浮かしかかったケントを、ローティアスが必死になって引き留めてきたのである。

「いいじゃないですかあっ。明日もお休みなんですよね? 明日、ちゃんと最速で俺がお送りしますからあっ」

 周囲の者らの目も構わず、その場に跪いて大きな手でケントの着ているスーツの裾に取りすがったローティアスは、完全に「子どものローティアス」に逆戻りしていた。

(「無理しないで」ってあれだけ言っといて、これなんだもんなあ)

 思い出すと、ついくすりと笑みがこぼれる。
 どんなに体が大きくなっても、やっぱりローティアスは自分にとって、可愛い王子だ。親友であり、勝手に恋心を抱き続けてしまった彼の息子。あの真摯な性格と年に似合わぬかわいらしさは、やっぱりどう考えてもリョウマ譲りだと思えてしまう。間違っても、あのクソ憎たらしい魔王譲りであるはずがない。

 ローティアス曰く「必要なものは何でも侍従に言ってください」とのことで、扉の外で待機している侍従に頼み、コーヒーだけは運んでもらったのだが、それを頂きつつここで待ち始めて、すでに三時間ほどが過ぎてしまった。どうやら、ローティアスが多忙な王子であるのは事実であるらしい。
 日もすっかり落ちて夜空に星が輝き始めた頃合いで、今度は侍従が「先にお食事をなさっていただいてもよいとのことですが、いかがいたしましょうか」「先にご入浴をなさっては」等と声を掛けてくれたのだったが、ケントは固辞した。

「できれば食事はローティアスと。いつまででも、待ちますよ」
「……承知いたしました」

 それから、さらに数時間。
 ようやく廊下をバタバタと走る足音が響いてきたかと思うと、扉が激しく開かれた。

「うわあああっ。お待たせしました、ケントさーん!」
「……いやもう、待った待った」

 そのころにはもう、ちょっと苦笑してしまうぐらいには腹ペコになり果てていた。すぐに侍従たちが食事の間へと案内してくれ、ふたりでようやく夕餉にありつくことができた。
 食事の内容は、栄養豊かではありつつも、決して豪華なものではなかった。あの魔王もそうだが、基本的に魔王国の王族たちは「質実剛健・質素倹約」を旨とするのだ。
 ただローティアスは、とにかく量を食べる。そしてとにかく、肉を食う。
 彼の目の前に置かれた皿はあっというまに空になり、次々と運ばれてくる料理がどんどん彼の胃袋に消えてゆく。まるで魔法を見ているようだ。

「……ぷはっ」
「ん? なんでふか、けんろはん」
「ちゃんと咀嚼してからしゃべれよ」
「んぐんぐ……はいっ。なんですか、ケントさんっ」
「ぷはははっ」

 とうとう大笑いしてしまった。

(やっぱりローティは、ローティなんだな)

 すっかり、こんな美丈夫のイケメンになってしまっても、中身はやっぱり自分が可愛がっていたあのローティアス王子そのままなのだ。いやもちろん、大人になった部分はしっかりあるのだろうと思うけれど。

「すみませんでした、思っていたより仕事が遅くなっちゃって……。おなかすいたでしょう? ケントさん。いっぱい食べてくださいね」
「うん。頂いてるよ」
「あとでお風呂にも入りましょうねっ」
「うん。……えっ」

 ぎょっとなった拍子に、フォークに刺したミニトマトがころりと床へと落下した。
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