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ケント3
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しおりを挟む「うわ、すごいな……」
ケントは髪と頬に微風をうけながら、知らず頬をゆるませていた。赤いドラゴンとなったローティアスの背中は思っていた以上に爽快だった。彼が自分の体のまわりに張ったシールドは、不要な強風や薄い空気から完璧に乗り手を守ってくれている。これ以上に快適な状態はないほどだ。ただし、尻の下のごつごつしたドラゴンの鱗状の肌や棘の不快感を除けば、だが。
もちろんケントも《レンジャー》として《変身》すれば空を飛ぶことができる。自在に空中を飛び回るあの経験も言葉に表せないほどの爽快感を覚えたものだ。まあ、実際は訓練時や戦闘時なので、目の前の仕事に必死で飛行そのものを十分に楽しんだとは言えなかったけれども。
《大丈夫ですか、ケントさん。ご不快やご不便がありましたら、すぐに言ってくださいね》
「ああ、ありがとう。大丈夫だよ。すごく気持ちいい……」
浮き立つ心のまま素直にそう答えたのに、なぜかローティアスはしばらく謎の沈黙を返してきた。
「ん? どうかしたか、ローティ」
《いっ、いいえ。それはよかったです》
(???)
なんとなく不思議な感じがしたが、ケントはすぐに深く考えるのをやめてしまった。それぐらい、目の前の景色が魅力的だったからだ。ぐんぐん後ろへ飛んでいく雲。その上の空は、地上から見るよりもずっと濃い紺から次第に夜空の色へと近づくグラデーションになっている。足のずっと下を鳥たちの群れが飛んでいる。
魔都を離れたローティアスの翼は、緑の多い山々の方向を選んでさらに進んだ。
《少しだけ寄り道をしたいのですが……いいですか? ケントさんと一緒に行ってみたかった場所があって。パーティが終わるころには戻りますから》
「ああ、うん。構わないよ。魔王とリョウマには連絡がついてるんだろ?」
《はい! ありがとうございます!》
(ローティ──)
一国の王子とも思えぬ控えめな申し出は、「これ以上ケントさんの心のどこも、少しも傷つけたくない」という彼の心の現れだろうか。いつも思うが、この勇壮な姿に似合わぬ繊細な気遣いと思いやりにあふれた王子だ。あの尊大で常に我が道を往くタイプの魔王とはだいぶ違う。
最終的にうまくおさまったとはいえ、なにしろ最初はリョウマの身体を強引にわが物にしたというのだから、あのクソ魔王の野郎は!
あの魔王に王としての器がないとまでは思わないが、ケントはこのローティアスこそが王の器にふさわしいと密かに思っている。優しくて心が広く、穏やかで相手の気持ちを細やかに慮れる能力は、王族の立場にある者にはなかなか備わりにくいものではないだろうか。
彼らの側にはいつでも誰かがいて面倒を見ようとか、命令に従おうとかしている。何か言えばすぐにはいはいと動く者たちに囲まれて幼少時から育つわけだから、「わがままになるな」と言う方が無理な相談かもしれないのだ。
まあ、それはあのどこまでも「俺様」な魔王を見てきた自分の偏見かもしれないけれども。
今のところ、魔王は誰を自分の後継者にするのかを明示していない。もしかすると、非常に優秀だと噂も高い第二子サファイラがその座に就くのかもしれない。しかし、ケントはローティアスこそが王座にふさわしいと思っている。大人になった彼との交流が深まるにつれ、どんどんその思いは大きくなってきている。
あれこれと考えているうちに、眼下はますます山深く、峻険な高山が連なる地域へと変貌していた。
「ローティ。ここは?」
《北方の山岳地帯です。国立自然公園に指定されている場所ですが、人はほとんどいません。……ほら、目的の場所がそろそろ見えてきましたよ》
「ん?」
ドラゴンが大きな目と首で指し示した方を見ると、山間になにかがきらりと光ったのが見えた。
近づくにつれ、それが林立する高山の狭間に奇跡のように生まれた大きな湖であることがわかった。
「こんな山深いところに湖があるんだな」
《もう少し季節が進むと、雪が降りだして氷が張りはじめます。今でも少し寒いですが、俺がいるから大丈夫。あなたに寒い思いなんてさせませんから》
「え? えーと……。ありがとう」
なんだかふと頬が熱くなって、ケントは意味もなく視線を遠くへ彷徨わせた。
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