墜落レッド《外伝1》揺籃(ようらん)の思ひ出

るなかふぇ

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ローティアス5

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「う~~~ん……」
「……殿下?」
「ううう~~ん……」
「殿下──」

 副官ラティモの困ったような呼びかけに気づいたのは、恐らくその何回目かでのことだった。

「あ。ごめん、ラティモ。なんだい?」
「決済していただく書類をお持ちしました。閲覧が必要なデータはいつものように、殿下の画面へ表示しておりますのでご確認ください」
「あ、うん。わかった。ありがとう」
「……なにかおありでしたか」
「へ?」
「……いえ」

 ラティモはちょっと言いよどんだ。言うか言うまいかを逡巡する様子を見せる。温和なようでいて意外と決断力に恵まれているこのマーモット顔をした青年にしては珍しいことだ。

「先日から、すこしお悩みのように見受けられましたもので。余計なことでしたら申し訳ありません」
「いや……いいよ。そんな俺、わかりやすい?」
「……ええ、まあ」

 奥歯にモノが挟まったみたいな返事に、ローティアスは吹き出した。

「あははは。いやごめん、笑っちゃって。いやあ……そうかあ。そりゃ、ラティモにはお見通しだよね」
「いえ、滅相もないことです。余計なことを申しました」

 深く一礼して副官が退室していくと、あらためてローティアスは溜息を吐き出した。

「はああ……」

 先日。あの《第二人間保護区》の学校での運動会のあった日。あの夜。
 ケントを背負って帰ろうとしたローティアスの耳に、思いがけない言葉が滑り込んできたのだ。

 ──『ローティ。……好きだよ』。

(いやいやいや! そんなわけない、そんなわけないんだよ俺! 「好き」って言ったって色んな「好き」がこの世にはある。リョーパパだってそう言ってたじゃないか!)

 「友達としての好き」「家族としての好き」。世の中にはいろんな「好き」の状態があって、なんでもかんでも恋愛的なアレコレに置き換えて自分に都合よく考えるのは非常にまずい。ましてや自分たちは王族だ。相手の方が逆らいにくい身分である場合がほとんどなのだから、あまり身勝手に相手の感情を決めつけて考えてはまずい場合がある。……と、魔王エルケニヒにもリョウマ父上にも、幼いころから繰り返し言われてきたのだ。さすがは名君と呼ばれる父たちである。いやまあ、「名君」と呼ばれているのはとりあえずエルケニヒ父上だけかもしれないが。

(う~~ん。でもなあ……)

 あの日、ケントから聞こえてきた様々な声や音は、ローティアスがしてしまうには十分な情報量を持っていた。
 ローティアスが少し近づいたり、体に触れたりするたびに、ケントの鼓動は恐ろしく早くなり、声は上ずり、呼吸は早くなった。時々、息を飲んだりごくりと喉を鳴らしたりする音まで聞こえた。
 そしてあの、言葉である。

 自分は《地獄耳》の持ち主だ。やろうと思えば、何百キロ先のコインが落ちる音だって聞き逃さない自信がある。普段からその状態でいると頭が変になりそうなので、意図的に蓋を閉じて聞こえにくくしているとはいえ、それでも一般的な魔族や人間よりははるかに耳がいいと言えるだろう。
 その自分の耳に聞こえてきた、あの言葉。
 すぐに確かめようとしたけれど、すっかり疲れていたらしいケントはそのまま夢の中へと旅立った後だった。それをわざわざ起こしてまで確かめる勇気は自分にはなかったのだ。
 しかもその後は、いわゆる「運動会シーズン」というものが到来してしまい、魔王と約束した通り、ローティアスはあっちこっちの学校の運動会へ親善の目的で駆り出される羽目になっていた。こちらの行政区での仕事もあり、多忙の上に多忙が重なってケントには会いにいけていない。

(ケントさんが俺を嫌ってないことぐらい知ってる。それは嬉しい。でも……)

 ただそれだけでは、もう自分は到底満足できないところまで自分の気持ちを育ててしまっているのだ。
 彼のあの言葉がどういう意味だったのかを、知りたい。どうしても、知りたい。

「ああっ、もう! あなたって人は、なんて罪つくりなんだ。ケントさん……」

 情けない王子の溜め息を、窓外の木々とそこをわたる小鳥たちだけが聞いている。
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