43 / 86
ローティアス5
1
しおりを挟む「う~~~ん……」
「……殿下?」
「ううう~~ん……」
「殿下──」
副官ラティモの困ったような呼びかけに気づいたのは、恐らくその何回目かでのことだった。
「あ。ごめん、ラティモ。なんだい?」
「決済していただく書類をお持ちしました。閲覧が必要なデータはいつものように、殿下の画面へ表示しておりますのでご確認ください」
「あ、うん。わかった。ありがとう」
「……なにかおありでしたか」
「へ?」
「……いえ」
ラティモはちょっと言いよどんだ。言うか言うまいかを逡巡する様子を見せる。温和なようでいて意外と決断力に恵まれているこのマーモット顔をした青年にしては珍しいことだ。
「先日から、すこしお悩みのように見受けられましたもので。余計なことでしたら申し訳ありません」
「いや……いいよ。そんな俺、わかりやすい?」
「……ええ、まあ」
奥歯にモノが挟まったみたいな返事に、ローティアスは吹き出した。
「あははは。いやごめん、笑っちゃって。いやあ……そうかあ。そりゃ、ラティモにはお見通しだよね」
「いえ、滅相もないことです。余計なことを申しました」
深く一礼して副官が退室していくと、あらためてローティアスは溜息を吐き出した。
「はああ……」
先日。あの《第二人間保護区》の学校での運動会のあった日。あの夜。
ケントを背負って帰ろうとしたローティアスの耳に、思いがけない言葉が滑り込んできたのだ。
──『ローティ。……好きだよ』。
(いやいやいや! そんなわけない、そんなわけないんだよ俺! 「好き」って言ったって色んな「好き」がこの世にはある。リョーパパだってそう言ってたじゃないか!)
「友達としての好き」「家族としての好き」。世の中にはいろんな「好き」の状態があって、なんでもかんでも恋愛的なアレコレに置き換えて自分に都合よく考えるのは非常にまずい。ましてや自分たちは王族だ。相手の方が逆らいにくい身分である場合がほとんどなのだから、あまり身勝手に相手の感情を決めつけて考えてはまずい場合がある。……と、魔王エルケニヒにもリョウマ父上にも、幼いころから繰り返し言われてきたのだ。さすがは名君と呼ばれる父たちである。いやまあ、「名君」と呼ばれているのはとりあえずエルケニヒ父上だけかもしれないが。
(う~~ん。でもなあ……)
あの日、ケントから聞こえてきた様々な声や音は、ローティアスが勘違いしてしまうには十分な情報量を持っていた。
ローティアスが少し近づいたり、体に触れたりするたびに、ケントの鼓動は恐ろしく早くなり、声は上ずり、呼吸は早くなった。時々、息を飲んだりごくりと喉を鳴らしたりする音まで聞こえた。
そしてあの、言葉である。
自分は《地獄耳》の持ち主だ。やろうと思えば、何百キロ先のコインが落ちる音だって聞き逃さない自信がある。普段からその状態でいると頭が変になりそうなので、意図的に蓋を閉じて聞こえにくくしているとはいえ、それでも一般的な魔族や人間よりははるかに耳がいいと言えるだろう。
その自分の耳に聞こえてきた、あの言葉。
すぐに確かめようとしたけれど、すっかり疲れていたらしいケントはそのまま夢の中へと旅立った後だった。それをわざわざ起こしてまで確かめる勇気は自分にはなかったのだ。
しかもその後は、いわゆる「運動会シーズン」というものが到来してしまい、魔王と約束した通り、ローティアスはあっちこっちの学校の運動会へ親善の目的で駆り出される羽目になっていた。こちらの行政区での仕事もあり、多忙の上に多忙が重なってケントには会いにいけていない。
(ケントさんが俺を嫌ってないことぐらい知ってる。それは嬉しい。でも……)
ただそれだけでは、もう自分は到底満足できないところまで自分の気持ちを育ててしまっているのだ。
彼のあの言葉がどういう意味だったのかを、知りたい。どうしても、知りたい。
「ああっ、もう! あなたって人は、なんて罪つくりなんだ。ケントさん……」
情けない王子の溜め息を、窓外の木々とそこをわたる小鳥たちだけが聞いている。
10
あなたにおすすめの小説
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない
muku
BL
猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。
竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。
猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。
どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。
勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新するかもです。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる