墜落レッド《外伝1》揺籃(ようらん)の思ひ出

るなかふぇ

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ケント5

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「あの……聞こえた、と思うんですけど。もう一回、言ってもらっても……?」

 ケントは苦笑して見せ、腹にぐっと力を籠めた。

「『好きだ』って……言ったんだよ。聞こえたか?」
「ううっ……」
「えっ」

 突然、ローティアスが腹のあたりを押さえてその場にしゃがみこんでしまい、ケントは慌てて駆け寄った。

「え、どうしたんだよっ。なんだ、どこか痛いのかっ?」
「ち、ちがいますぅ……」
 見れば本当に子どもみたいに両手で顔を覆って、大きな背中を丸めてしまっている。
「ち、力が……抜けちゃって」
「はあ? なんだよそれ……」

 思わず笑ってしまってから「いやいやダメだ」と必死に頬肉を叱咤した。手を貸してそっと起き上がらせてやると、ローティアスの目が明らかに潤んでいるのがわかって、またどきんと胸が高鳴った。

「本当……なんですよね? ウソじゃないんですよね、ケントさんっ……」

 ローティアスの声は信じられないほど掠れて、震えている。縋り付くみたいにしてケントの肩を掴んでいる、その手までわなないている。それでまた、ケントの胸がぐっと詰まった。掴んでくれているローティアスの手の上に、自分の手を重ねてやる。

「ほ……本当だよ。こんなことで嘘なんか言うかよ──ん、なにすんだよっ」

 ちょっとムッとなって口を尖らせ、そっぽを向くと、顎を捉えられて正面を向かされた。思わずその手をぐいと押し戻し、下から睨みつける。

「これでも散々悩んだんだからな、俺だって。リョ、リョウマとのことだってあるし……もしかして、代わりだと思われるんじゃないか、とか。お前のこと、傷つけるんじゃないか、とか──」
「そんなことっ! ……な、ないとは、言えないですけどおっ」
「そら見ろ!」
「でもっ! でも俺、嬉しいですうううっ」
「うわあああっ!?」

 両腕でガバッと力任せに抱きしめられて、一気に呼吸困難になった。次第に目の前が暗くなる。だめだ。これは命の危険を感じるレベルの締め付け──

「あっ! あっあっ、ごごごめんなさいいいっ。俺、またあっ」
「ぶっはあああっ」

 慌てて両手を離されて、呼吸が楽になるのと同時に大きく何度も吸って吐いてを繰り返した。

「それ、死ぬぞマジで。冗談じゃなく人、殺すぞお前えっ」
「ごめんなさいごめんなさいいっ! 最近、たまにラティモにやっちゃって、気を付けてはいるんですけどおおっ」

(ラティモ……気の毒に)

 今だって、なんだかんだで席を外すことが多いこの王子の代わりにいろいろな政務の仕事を肩代わりして大変なのだろうに。そのうえ、日常的に興奮したこの王子に絞め殺される危険まであるというのか。可哀想に。
 頭を抱えているケントを見つめて、ローティアスが自分の顔の前で左右の人差し指をちょんちょんと突き合わせている。なんだか可愛い。

「でもあの……とにかく。俺の、聞き間違いじゃない、んですよね……?」
「ああそうだよっ。何度も言わせないでくれよな、は、恥ずかしい……し」

 言ってしまってから、またかああっと体じゅうの血が逆流したようになった。顔も、首も耳も熱くてたまらない。きっと自分は顔じゅう真っ赤になっているにちがいなかった。

「……あのさ。誤解するなよ? でも、『リョウマとは全然関係ない』って言ったら嘘になるとは思ってる」
「えっ?」
「あ、大丈夫! 不安にならないでくれ。だからその……お前はどうしたってあいつの息子だし。あっちこっち、あいつのいいとこ、たくさん受け継いでるわけだしな。親子なんだから。そこはどうしたって避けて通れない部分なんだから」
「は……はい」
「でも、俺は『リョウマの息子だから』ってお前が好きになったわけじゃない。今ではもう、きっぱりそう思えるし、言えるんだ。だからこそ……こ、こくはく、したんだから」
「ケントさ──んっ!」
「うわあっ! だから力加減をしろと──ぐふううっ」

 いや、今度こそダメだった。
 骨が軋むほどに力いっぱい抱きしめられて、ケントの意識はあっさりと遠のいた。
 でも、最後の意識ではっきり聞こえた。
 巨躯の可愛い王子が必死にこう叫んでいるのが。

「うわああっ。ケントさんごめんなさいごめんなさいい~っ! 俺も、俺も大好きですケントさ──んっ! うわああーん、死なないでええっ!」と。

(バーカ。まだ死ねるかよ、バーカ)

 それがその日の、ケントの最後の意識となった。
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