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第一部 トロイヤード編 第二章 秘密
4 告白(1)
しおりを挟む伝言を頼んですぐに、シュウはレドの部屋に呼び出された。
見張りの兵士に案内され、階段を上がると、そこは二階の突き当たりの広い一室だった。シュウの部屋の二倍ほどの広さだろうか。
あそことは違い、ここには何脚もの燭台が持ち込まれ、夕闇の迫る時間帯であるというのに室内は昼のような明るさである。
長めの長衣を纏った秘書官らしき中年の男が三人、忙しげに書類を移動させたり、そこになにかを書き込んだりしている。大きなベッドは脇に寄せられ、真ん中に広いテーブルが持ち込まれていた。
卓上はもちろんのこと、ベッドにも乗り切らなかった羊皮紙が山と積まれ、いずれも細々と沢山の文字が書きつけられている。卓上の書類の上には、インク壺や羽ペン、王家の印章などといったものが、無造作に放り出されていた。
「来たか」
レドは書類の山の向こうにいた。読んでいた羊皮紙から目を上げてシュウを見た途端、おもむろに立ち上がり、にやりと口角を引き上げる。
今は旅の装束からさっぱりとした部屋着に着替え、王族らしい紅のマントを緩やかに羽織っている。こういう姿を見ると、改めて本当にこの男が王なのだなと実感する。
「正直、驚いたぞ。まさかお前の方から俺に話があるとはな」
「あ、はい……」
彼は見るからに機嫌が良かった。面倒な政務から少しの間でも解放されることが単純に嬉しいらしい。誰の目にもそれがあまりにも明らかすぎて、なんだかシュウは心配になる。気のせいかも知れないが、文官たちの視線が痛い。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「構わん構わん。こやつらが少々、神経質に過ぎるのだ」レドが片手をひらひらさせて、文官たちを顎で示した。「そんなに急ぐ仕事でもあるまいに。いつも大騒ぎしすぎだ、まったく」
文官たちの発する冷気が、一気に部屋の温度を下げた気がした。シュウは身が竦む思いでその場に凍りつく。
(だれが《気配りの王》だって……?)
少なくとも手下の文官に対しては随分な扱いのようである。どうやら普段からこういう調子であるらしい。
「で、話は何だ?」
「あ、え、えっと……」
シュウは戸惑い、傍らにいる文官のほうをさりげなく見やった。
「ふむ」レドが即座にその意図を察する。「すまん、はずしてくれ」
あっさりと言い放つ国王に、シュウはまたしても身が縮む。
(わーっ! すみませんすみませんすみません──!)
文官たちからの更なる冷たい視線を覚悟したのだが。
彼らは意外にも、こちらに妙な視線を投げるでもなく、王に一礼しただけで速やかに退室していった。恐らくこういう場面にはもう慣れっこなのだろう。あるいはまた、ここでこの男を相手に難色を示したところで、単純に時間の無駄になるだけだと達観しているのかもしれない。
その後ろ姿を見送って扉が閉じられるのを確認してから、シュウは知らず、止めていた息を吐き出した。
そんな様子を面白そうに眺めて、レドが頬を緩ませる。
「いちいち気を使うな。お前は俺の客人だ」
「は、はあ……」
そう言われても、慣れないものは仕方がない。そんな扱いをされるのは、生まれてこの方これが初めてなのだから。
レドが今まで座っていた簡易な木の椅子を持ち上げ、テーブルを迂回してシュウの傍らにやってくる。シュウは思わず一歩下がった。
しかし、レドは寝台の前に椅子を置き、寝台上に積まれた羊皮紙の束を適当に押しやってシュウに座れと促しただけだった。単なる安宿の一室には、そもそもソファなどという贅沢なものはない。
シュウを寝台に座らせると、自分の方は椅子に反対向きに、跨るようにしてどかりと座り、丁度シュウと向かい合う形になる。
「さて」そうして片手で椅子の背に肘をつき、あらためてにっこり笑った。「『内密の話』とやらを聞こうか?」
印象的な碧い瞳に見つめられ、シュウの心臓は、また違った飛びはね方を始める。
(なんなんだよ、もう……)
自分でも、何をどぎまぎしてしまうのかよくわからない。内心の動揺を押し隠すように胸をひと撫でし、深呼吸をしてから口を開く。
「あの……。その前に、ひとつ、お約束していただけないでしょうか」
「ふむ。何をだ」
予期していたのか、特にレドは驚く風もない。最前同様、肘をついた姿勢のまま口元ににこやかな笑みを浮かべているだけだ。シュウは続けた。
「今からお話しすることは、誰にも口外しないで頂きたいのです。でなければ、お話しすることはできません」
「ま、そういうことになろうな、当然」
シュウは体を硬くした。続くレドの返事を待つ。
レドのほうでも、椅子に座った姿勢ではあるが肘をつくのはやめ、少し居住まいを正したようだ。
「わかった、約束する。今からお前の話すこと、俺の腹のみに収めよう」
「ありがとうございます」
シュウは、ようやくほっとした。
そうして訥々と、自分の過去を語りはじめた──
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