9 / 96
第一部 トロイヤード編 第二章 秘密
4 告白(1)
しおりを挟む伝言を頼んですぐに、シュウはレドの部屋に呼び出された。
見張りの兵士に案内され、階段を上がると、そこは二階の突き当たりの広い一室だった。シュウの部屋の二倍ほどの広さだろうか。
あそことは違い、ここには何脚もの燭台が持ち込まれ、夕闇の迫る時間帯であるというのに室内は昼のような明るさである。
長めの長衣を纏った秘書官らしき中年の男が三人、忙しげに書類を移動させたり、そこになにかを書き込んだりしている。大きなベッドは脇に寄せられ、真ん中に広いテーブルが持ち込まれていた。
卓上はもちろんのこと、ベッドにも乗り切らなかった羊皮紙が山と積まれ、いずれも細々と沢山の文字が書きつけられている。卓上の書類の上には、インク壺や羽ペン、王家の印章などといったものが、無造作に放り出されていた。
「来たか」
レドは書類の山の向こうにいた。読んでいた羊皮紙から目を上げてシュウを見た途端、おもむろに立ち上がり、にやりと口角を引き上げる。
今は旅の装束からさっぱりとした部屋着に着替え、王族らしい紅のマントを緩やかに羽織っている。こういう姿を見ると、改めて本当にこの男が王なのだなと実感する。
「正直、驚いたぞ。まさかお前の方から俺に話があるとはな」
「あ、はい……」
彼は見るからに機嫌が良かった。面倒な政務から少しの間でも解放されることが単純に嬉しいらしい。誰の目にもそれがあまりにも明らかすぎて、なんだかシュウは心配になる。気のせいかも知れないが、文官たちの視線が痛い。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「構わん構わん。こやつらが少々、神経質に過ぎるのだ」レドが片手をひらひらさせて、文官たちを顎で示した。「そんなに急ぐ仕事でもあるまいに。いつも大騒ぎしすぎだ、まったく」
文官たちの発する冷気が、一気に部屋の温度を下げた気がした。シュウは身が竦む思いでその場に凍りつく。
(だれが《気配りの王》だって……?)
少なくとも手下の文官に対しては随分な扱いのようである。どうやら普段からこういう調子であるらしい。
「で、話は何だ?」
「あ、え、えっと……」
シュウは戸惑い、傍らにいる文官のほうをさりげなく見やった。
「ふむ」レドが即座にその意図を察する。「すまん、はずしてくれ」
あっさりと言い放つ国王に、シュウはまたしても身が縮む。
(わーっ! すみませんすみませんすみません──!)
文官たちからの更なる冷たい視線を覚悟したのだが。
彼らは意外にも、こちらに妙な視線を投げるでもなく、王に一礼しただけで速やかに退室していった。恐らくこういう場面にはもう慣れっこなのだろう。あるいはまた、ここでこの男を相手に難色を示したところで、単純に時間の無駄になるだけだと達観しているのかもしれない。
その後ろ姿を見送って扉が閉じられるのを確認してから、シュウは知らず、止めていた息を吐き出した。
そんな様子を面白そうに眺めて、レドが頬を緩ませる。
「いちいち気を使うな。お前は俺の客人だ」
「は、はあ……」
そう言われても、慣れないものは仕方がない。そんな扱いをされるのは、生まれてこの方これが初めてなのだから。
レドが今まで座っていた簡易な木の椅子を持ち上げ、テーブルを迂回してシュウの傍らにやってくる。シュウは思わず一歩下がった。
しかし、レドは寝台の前に椅子を置き、寝台上に積まれた羊皮紙の束を適当に押しやってシュウに座れと促しただけだった。単なる安宿の一室には、そもそもソファなどという贅沢なものはない。
シュウを寝台に座らせると、自分の方は椅子に反対向きに、跨るようにしてどかりと座り、丁度シュウと向かい合う形になる。
「さて」そうして片手で椅子の背に肘をつき、あらためてにっこり笑った。「『内密の話』とやらを聞こうか?」
印象的な碧い瞳に見つめられ、シュウの心臓は、また違った飛びはね方を始める。
(なんなんだよ、もう……)
自分でも、何をどぎまぎしてしまうのかよくわからない。内心の動揺を押し隠すように胸をひと撫でし、深呼吸をしてから口を開く。
「あの……。その前に、ひとつ、お約束していただけないでしょうか」
「ふむ。何をだ」
予期していたのか、特にレドは驚く風もない。最前同様、肘をついた姿勢のまま口元ににこやかな笑みを浮かべているだけだ。シュウは続けた。
「今からお話しすることは、誰にも口外しないで頂きたいのです。でなければ、お話しすることはできません」
「ま、そういうことになろうな、当然」
シュウは体を硬くした。続くレドの返事を待つ。
レドのほうでも、椅子に座った姿勢ではあるが肘をつくのはやめ、少し居住まいを正したようだ。
「わかった、約束する。今からお前の話すこと、俺の腹のみに収めよう」
「ありがとうございます」
シュウは、ようやくほっとした。
そうして訥々と、自分の過去を語りはじめた──
0
あなたにおすすめの小説
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
セカンドライフ!
みなみ ゆうき
BL
主人公 光希《みつき》(高1)は恵まれた容姿で常に女の子に囲まれる生活を送っていた。
来るもの拒まず去るもの追わずというスタンスでリア充を満喫しているつもりだったのだが、
ある日、それまで自分で認識していた自分というものが全て崩れ去る出来事が。
全てに嫌気がさし、引きこもりになろうと考えた光希だったが、あえなく断念。
従兄弟が理事長を務める山奥の全寮制男子校で今までの自分を全て捨て、修行僧のような生活を送ることを決意する。
下半身ゆるめ、気紛れ、自己中、ちょっとナルシストな主人公が今までと全く違う自分になって地味で真面目なセカンドライフを送ろうと奮闘するが、色んな意味で目を付けられトラブルになっていく話。
2019/7/26 本編完結。
番外編も投入予定。
ムーンライトノベルズ様にも同時投稿。
勃たなくなったアルファと魔力相性が良いらしいが、その方が僕には都合がいい【オメガバース】
さか【傘路さか】
BL
オメガバース、異世界ファンタジー、アルファ×オメガ、面倒見がよく料理好きなアルファ×自己管理が不得手な医療魔術師オメガ/
病院で研究職をしている医療魔術師のニッセは、オメガである。
自国の神殿は、アルファとオメガの関係を取り持つ役割を持つ。神が生み出した石に魔力を込めて預ければ、神殿の鑑定士が魔力相性の良いアルファを探してくれるのだ。
ある日、貴族である母方の親族経由で『雷管石を神殿に提出していない者は差し出すように』と連絡があった。
仕事の調整が面倒であるゆえ渋々差し出すと、相性の良いアルファが見つかってしまう。
気乗りしないまま神殿に向かうと、引き合わされたアルファ……レナードは、一年ほど前に馬車と事故に遭い、勃たなくなってしまった、と話す。
ニッセは、身体の関係を持たなくていい相手なら仕事の調整をせずに済む、と料理人である彼の料理につられて関わりはじめることにした。
--
※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。
無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。
自サイト:
https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/
誤字脱字報告フォーム:
https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる