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第2章:雪上の誓い
第28話:硝子細工は心に火を
しおりを挟む——翌日——
昨晩の凍える寒さで雨樋から小さいながら氷柱が掛かり、雪解けと朝の匂いに包まれた正午。
主屋にある木造作りの別室。
金髪の逆立てた髪に寝癖を作った大男、片桐 雷火が顎鬚を撫でながら太郎丸とカイル、そしてドロシーに話しかけた。
「てな訳で、お前らには修行とやらに励んでもらうわけだが、最後に一つ確認しておくが……止めるなら今のうちだ。しんどいぞ……半強制的に想像力を開いて想像能力を覚醒させるのは」
雷火のその忠告はドロシーと太郎丸の心に深い釘を刺した。
そして、それと同時に不安と恐怖に駆られたのであった。
しかし——
「……大丈夫。私はやる。強くなりたい」
「俺ちゃんも右に同じだ。さっさと始めようぜ」
ドロシーと太郎丸は迷いのない目線で雷火に啖呵を切った。
二人の瞳に映っていたのは強い感情。揺るぎない決意であった。
「修行のし甲斐があるじゃねぇか——が、お前には修行なんて必要無さそうだなぁ……なぁカイル。一目で分かったぜ、実力者だってなぁ」
そう言って片眉を上げカイルの方へと目線を配る雷火。
「買い被りすぎだ。自分と舞流の身は守れる程度だ。それと……修行とやらは俺には必要無さそうだから離れるよ」
そう言い残し部屋を後にするカイルを釣れない表情で見送る雷火。
そんな中、椅子に座っていた宮森 縁が重い腰を上げた。
「頼もしい限りじゃな。それじゃあ……始めるかの」
宮森 縁は部屋の奥にある木製の引き戸をゆっくりと引いた。
そこには——大きな部屋が広がっており、手前には大人が丸々入れる程の大きさの『水瓶』が二つ左右均等に並べられている。
そして、その奥には壁から壁へと何本もの透明な『糸』が上下左右不均等に張り巡らされていた。
「これから行う修行は主に3つ。1つ目は『水瓶』による想像力の開栓。2つ目はこの張り巡らされた『糸』による想像力の伝達。そして最後は『実戦』による想像能力の具現化じゃ」
鋭い眼光で修行の概要を説明する宮森 縁は皆の前に立ち、水瓶を手の平でトントンと叩いた。
「この水瓶の中にある水に想像力イマジンを浸透させ、他者の想像力イマジンにより全身を刺激し己の想像力イマジンを開栓する作業なのじゃ」
そう語る宮森 縁の表情は険しく、この先に待ち構えている修行の厳しさを物語っていた。
「察する通り、この修行は苦痛を伴う。無理矢理栓をこじ開けるんだ、痛えぞ。うちのハーディーなんて何回根をあげたことだか」
「うちの雷火は話を大きく話す癖があるから、間に受けない方が賢明だ」
雷火の減らず口を軽くいなすハーディーは手を大きく振りリアクションをとった。
その時だった——
入口の引き戸が引かれ、人の姿ではない二体のタルパが部屋へと入ってきた。
子供程の体格に黒いハットに黒いスーツ。英国紳士風な装いに、腰に西洋剣を携えた人ではなく『猫』が入口に佇んでいた。
そして、もう一体はサッカーボール程の大きさで、白と青の和服を身に纏う前髪が綺麗に揃った黒髪の少女。
一番目に止まるのが、その手に持った大きな『フキの葉』であった。
「昨晩は狩りに出てて挨拶が遅れたのだが、私のタルパじゃ。『ジェット』、『ウタリ』、挨拶を」
宮森 縁が紹介を促すと、その英国紳士風の装いの『猫』が大きな素ぶりで喋り出した。
「私の名前は『ジェット』。以後お見知り置きを。そして、このコロポックルのタルパが『ウタリ』。この子は恥ずかしがり屋なので優しく接してやって下さい」
「よ、宜しくお願いします……」
悠々と自己紹介を述べる『ジェット』と名乗る猫のタルパとは正反対に、顔を俯かせ着物の橋を手で弄りながら挨拶を述べたコロポックルのタルパ、『ウタリ』。
「この修行は時間と莫大な想像力を有する。それまでは交代でアンタ達を私達でサポートするからね。……耐えるんだよ」
静かに頷くドロシーとサングラスで表示を隠す太郎丸。
——そして、ドロシーと太郎丸。二人の己を変える為の試練が始まった。
—————————————————————
降り積もる雪を搔き退け、除雪を行い終えた主屋の裏庭では片桐 来羅による『座学』が行われようとしていた。
「はい、注目ー! 今から大事な話するから聞いてね!」
来羅の底抜けな明るい声が朝の裏庭に響き渡り、舞流と陣は目線を向けた。
すると、来羅の背後に見慣れぬ強烈な大男が佇んでいるのが目に入り、驚愕する陣。
「うぉっ!? 誰っすかあなた!?」
「あぁ、私の事などお気になさらずに」
「いやいや、全体的に気になっちゃいますよ」
ワックスを塗りたくったのであろう七三分けの髪型に緩いカーブを描いた口髭。長い睫毛にくっきりとした目元。180cm後半は超えているあろう身長に筋骨隆々の体。
そして、極寒の地での半袖生活にケツアゴ。
その全てが陣達にとって異質その物であった。
「申し遅れました。私の名前はブルース・ハート・ロマンチスト。皆さんからは『ブルさん』と呼ばれておりますので、愛称で呼んで頂いて構いません」
ブルースと名乗る半袖の大男は微笑みながらそう受け答えをしてみせた。
しかし、男のキャラの濃さを感受する事ができず顔を痙攣らせる舞流と陣。
「ツッコミ所が多すぎて何から手を付けていいか分からないっすよ」
「陣君、この人絶対に関わっちゃいけないタイプの人よ。見て見ぬ振りしなさい」
「ハッハッ、手厳しいですな舞流殿。私わたくし、昨晩の晩食に立ち会えず舞流殿をお初にお目にかかりましたが、誠に容姿端麗で麗しゅう姫君ですな」
初対面ながらベタ褒めしてくるブルースに対し困惑を隠せない表情の舞流は、ついつい後退りをしてしまう。
すると、舞流にとって聞き慣れた声が耳に届いた。
「おい変態、あんまり舞流に近づくな」
舞流の後方からカイルが現れ、罵倒に近い指摘をブルースへと浴びせた。
「手厳しいですなカイル殿」
カイルの辛辣なコメントに対し、トホホと苦笑いをし緩やかなカーブを描いた口髭に手をやるブルース。
「ねーブルさんうるさい。今から大事な話するところなんだから黙ってて」
「ハッハッ、四方からの罵詈雑言。まさに四面楚歌ですな」
「見た目通りヤバいっすわこの人」
やれやれと言わんばかりに両手を広げお手上げポーズのブルース。
それを見て呆れた表示を浮かべる陣であった。
「それじゃ今から大事な話をします! 尚、私は説明とか苦手なのでカンペで説明するから質問とかは後回しでお願いね!」
来羅は眩しいくらいの笑顔を浮かべ、何とも頼りなく保険代わりの前説明を述べた。
「来羅姉さん、説明役に適してないっすよ」
陣はその言動とは裏腹に後ろ向きな前説に指摘を入れる。
そして、来羅はオホンと咳払いをし続けてカンペに目を通し言葉を続けた。
「まずはタルパについてね。タルパとは本来、大きく【創造型】・【邂逅型】に分けられるの」
説明を始めた来羅は不器用なのか、目線はカンペに釘付けとなり皆の方へと目線を向けようとはしなかった。
「【創造型】は人の神経網から発せられる磁気力が想像力に作用し、想像を具現化する事。そして【邂逅型】が自然や人から放出された残留磁気力が集まり、自然派生したタルパの事。いわゆる精霊や妖怪の類はこれに含まれます。太郎丸君の場合は【創造型】だけど、無意識の内に創造していたから『イマジナリーフレンド』に近いものね。幼少期の子供が目に見えない友達を作ってしまうっていうアレよ」
「ええ……自分、幼少期の子供と同じっすか……」
太郎丸出生のヒントを得た陣は、何とも言えないマイナスの感情に陥り、溜息を吐いた。
「はい! 質問禁止! メモとったら次の話ねー!」
来羅は質問を遮断し早々に次の話へと切り替えた。
「次の話はうちの村についてね! 100年前……私達の先祖、この地に根付いた『スルク族』は結社タントラに滅ぼされかけたの。その時に村の一部の人々を守ったのが『カカラ』という一人の男なの」
村の話をした途端、来羅は表情がに影を落とした。
「『カカラ』は仲間達と共にタントラと戦い抜き一部の村人を守ったけど、ほとんどは殺されたらしい。それでもカカラは一人残りタントラと最期の時まで戦い抜いた。その意思を私達は継いでタントラと戦ってるってわけ!」
「タントラ……そんな昔から悪事を働いてたなんて……」
スルク村と結社タントラ。二つの因果が100年にも渡る深き因縁へと繋がっていることを知り、より険しい表情を浮かべる舞流と陣。
「タントラはいつの時も日本社会の裏側に潜み、月食聖戦の為に準備を重ねております。彼奴らの狙いは恐らく社会転覆。もしくは『征服』に近い形なのかもしれませぬ」
先程までおちゃらけていたブルースもタントラ絡みの話となると表情を一変させた。
「征服って……」
「本当にとんでもない事に巻き込まれちゃいましたね…….」
巻き込まれた事の大きさに顔面蒼白になる舞流と陣。
しかし、以前としてカイルは表情を変えなかった。
「タントラの目的を阻止する為に私と弟がタントラを監視していたって訳なの。でも力の差は歴然。やっとの思いで敵の幹部2人を弟と倒す事には成功したけど、雷火は酷い怪我を負い、私のタルパも……」
来羅は顔を俯かせ言葉を詰めた。
凄惨な過去を回想し唇を噛み締めた。
「そうだったんですか……」
「それはさておき……あなた達にも座学だけじゃなくて戦闘訓練と想像訓練を受けてもらうからね」
追い迫る過去を振り払うかのように来羅は明るく振る舞った。
その痛々しい態度に舞流と陣は心を痛めた。
「想像訓練の内容は主に『瞑想』よ!ひたすら考え事をしてもらうから! 担当は……暇そうだからブルさんね!」
「御意でございます」
急遽、抜擢されたブルースは大きく胸を張り来羅の期待に応えるかの様に小さくう頷いた。
「絶対集中できない……」
「瞑想どころじゃないっす」
ブルースの濃いキャラが未だに馴染んでいない舞流と陣は、この後に待ち構えている『瞑想』する際の懸念材料に目をやり、頭を抱えた。
「ハッハッ、それも鍛錬ですぞ」
「アナタのせいで難易度爆上がりじゃないっすか」
そんな、たわいの無いやり取りが再び場の空気を和ませた。
「そして……実戦訓練の担当は、私、片桐 来羅が担当します!」
「え!? 来羅さんが!?」
「またまたー何かの冗談っすよね」
突然の宣言に驚きを隠せない二人。
細身でか弱そうな女性に戦いを教えられるのかと、そう言わんばかりの雰囲気であった。
「こう見えても私、結構強いんだからね! 弟にだって喧嘩で負けた事ないし」
来羅はニッと笑い、胸を張って宣言した。
舞流と陣、使役者サイドでも辛く厳しい修行が幕を開けた。
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大きな水瓶に肩まで浸るドロシーと太郎丸。
その額からは大量の汗が流れ、苦悶な表情を浮かべ歯を食い縛っていた。
猫のタルパ・ジェットが両の手で左右にある水瓶に自分の想像力イマジンを流し込み、ドロシーと太郎丸の想像力の栓を刺激する。
全身を針で深く刺されるような鋭い痛みに苛まれ、今にも泣き出しそうな面持ちの太郎丸。
「お…….おい、ドロシー。あんまり無理す——」
太郎丸は苦痛の渦中にいるドロシーへと目を向けた。
しかし、太郎丸はドロシーの姿を見て言葉を飲み込んだ。
——ドロシーの決意は生半端な物ではなかった。
太郎丸の言葉に対し反応を見せず、集中しきった様子でひたすら耐えるドロシー。
「クソ……あぁ、無理してやろうぜ」
太郎丸はドロシーに背中を押されるかの様にポツリと零した。
こうして、苦痛と困難が連続する修行が幕を開けた——
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