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第2章:雪上の誓い
第36話:憤懣の化身
しおりを挟む——翌日——
先日の晴天とは打って変わって空は曇り模様。
氷点下を超える中、いつ雪が降り出してもおかしくはない天気である。
主屋の中を足音も立てずに足早に進むカイルは、端にある倉庫の扉を開けた。
すると、そこには救急箱を手にした舞流の姿があった。
「カイル……二階堂君の包帯変えにきたんだけど、どこか行っちゃったみたい……」
舞流の言葉を「そうか」と受けたカイルは、やりきれぬ感情を抑えるように唇を歪ませた。
「ねぇカイル。二階堂君は大丈夫なのかな……?」
「さぁ……俺達は黙って事の成り行きを見届けるしかないだろうな」
心許なげな舞流の表情を察したカイルは「ただ……」と言葉を続けた。
「俺はアイツを高く買ってる。こんな所で終わるような男じゃないだろ」
カイルは舞流を安堵させるかのように、強く真っ直ぐな目線で訴えた。
そして、舞流は「そうだね」と頷き、不安を払拭するかのように話を切り替えた。
「そうだカイル、どうせ暇なら私に銃の撃ち方を教えてよ!」
「嫌だね、そもそも、そんな必要ないだろ。その……俺がいるんだから」
カイルはそう言いながら、照れた様子で自分の鼻頭を指で掻いた。
「なんでよ! 暇人なんだから教えてくれるぐらい良いじゃない! ケチ!」
「……凄い言われようだな」
剣幕に言いよる舞流に圧倒されたカイルは観念したかのように、ポンチョの中から小銃を取り出しレクチャーを始めたのであった。
—————————————————————
早朝から『糸』の修行に専念する太郎丸に稽古を付けているのは雷火とハーディーであった。
一守同様に顔を青紫色に腫らせ、乱雑に巻かれた包帯姿の雷火。
満身創痍の状態で床の上で胡座をかきながら太郎丸の修行を見守っていた。
「よお太郎丸、ちょっと見ない間にえらい進歩してるじゃねぇか。大したもんだ」
「へっ、こっちは惚れた女に良い所見せたいだけだよ! 」
太郎丸が握る『糸』からは放たれた青白い光が糸を伝達し、部屋中に張り巡らされた『糸』の隅々まで伝達する事に成功していた。
太郎丸の男らしい台詞に感銘を受けた雷火は眉を上げ、ニヤリと笑ってみせた。
「……格好良いじゃねぇかお前。いいね、気に入った! 俺の弟分にしてやるよ!」
「逆にお前が俺の舎弟になってもいいんだぜ。それより……一守の野郎はどうなんだ?」
「……心配なのか?」
聞き捨てならない一言を聞き、眉を動かせた太郎丸は途中で修行を取り止めた。
そして不機嫌そうな表情で雷火をサングラス越しで睨んだ。
「ハッ、馬鹿な事言うな。アイツはドロシーのパートナーなんだから、しっかりしてもらわないと困るって話なんだよ」
「素直じゃねぇな。まぁアイツは大丈夫だ。必死に戦ってるぜ、自分とよ」
「迷惑ばかりかけやがってよ……」
雷火の言葉に安心したのか、太郎丸は深い溜息と共に不安を吐き出した。
「太郎丸は本当に素直じゃないな」
太郎丸の捻くれた反応を見てハーディーは横槍を入れた。
その横槍に対し太郎丸はすぐさま睨みを利かせハーディーを威嚇した。
その時だった——
後方にある引き戸が大きな音と共に引かれた。
引き戸を開けた人物を見て少し驚いた表情を浮かべた雷火。
しかし、すぐさま口角を上げてみせた。
「……見違えたな。何の用だ?」
そこには——雷火と拳を交えた時とはまるで別人のような、覚悟に満ちた表情の一守が佇んでいた。
その横には同じく瞳に灯を宿したドロシーの姿があった。
そして、一守は一呼吸置いた後重い口を開いた——
「なぁ雷火さん、もう一度勝負してくれよ。俺と……いや、『俺達』と!」
言葉に誓いを重ねる——
決して折れぬ様に、誓いを心でなぞる。
そして——誓い、覚悟、決意を言葉に含め、一守は力強く言い放った。
「ははっ、良い顔つきになったじゃねぇか。なぁ一守!!」
つい口元を緩めた雷火は額に巻かれた包帯を取り払った。
そして、重い身体に鞭を打ち立ち上がった。
「やられっぱなしは性に合わねーだけだよ」
対する一守もニッと口角を上げ減らず口で応戦してみせた。
決して表情には出さないが、一守の袖口を強く掴むドロシーの手には不安と緊張が見えた。
その様子を察した一守はドロシーへと不安を払拭するように目配せをした。
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空は陰り白雪が降りしきる主屋の中庭。
そこには一守と雷火。
二人の男が面と向き合ってタバコを吸っている。
二人の口元から放たれた支援は雪に混じり空へと消える。
そして、中庭の周りには舞流とカイル、陣に太郎丸。
そして来羅やブルースやジェットにウタリ。
そして宮森 縁までもが見守る中、一守と雷火、そしてドロシーとハーディーは合間見えた。
一際目立つ大男のブルースは口髭をなぞりながら静かに呟いた。
「雷火殿も研鑽し合える共に出会えたのですな。今日も今日とて穏やかな日になりそうですな」
「もー止めてよね! ブルさんがそう言う時は大体外れるんだから!」
ブルースへの当たりが強い来羅はブルースの背中を平手で叩き、乾いた音を響かせた。
「ついに始まるっすね……一守さん……」
「強者同士の身の削り合い。しかとこの目に焼き付けましょう」
不安げな陣の背中を押す様に、紳士の装いをした猫のジェットは中庭に設置されたベンチに腰をかけ静かに言葉を発した。
一守と雷火、互いにタバコを吸い終え、意識を尖らせる。
そしてヘッドギアにグローブ、そしてレガース等の防具を身に付けた。
「よし。そんじゃ……始めるとすっか」
「雷火、その身体なんだからあまり無茶をするなよ」
雷火の身体を気遣うハーディーも臨戦状態に入り、身体を構成している『藁』を伸縮し拳の形を形成した。
「……リベンジマッチと行きますか。なぁ、ドロシー!」
「大丈夫。これまで頑張ってきたんだもん。私もカズ君と一緒に戦う……!」
暫しの間沈黙が流れ互いに間合いを確保しファイティングポーズを取った。
場に緊張が走り、各々の呼吸音だけが雪上の中静かに溶けていった。
その時だった——
「お楽しみのとこ失礼するぜッ」
聞きなれぬ男の声が耳に届き、中庭に居た一同は驚きのあまり一点に目線を集めた。
その声の持ち主は声色を怒りに染め上げ、苛立ちを込めた口調で荒々しく言葉を続けた——
「お前達が片桐と二階堂かァ? 俺は『疾患名』NO.6の『癇癪』だ。なァ……俺と喧嘩してくれよッ」
戦慄が走る。
唐突な憤怒が舞い降り、雪上を恐怖で染め上げた。
癇癪によって発せられたした『怒り』は『恐怖』に変わり、一同の心を侵食した。
降りしきる雪は先程よりも増し、その寒さは凍える風と共に身体を芯まで冷やす程であった。
そして——雪が降りしきる氷点下の中、一守と雷火は憤懣の化身と相見えた。
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