上 下
3 / 40
第1章:夢の始まり

第2話:可視化する絶望

しおりを挟む

 「えーっと……そんじゃ、掻い摘んでまとめると、俺はタルパの精製に成功したと。そんで君の名前は『ドロシー』そして、俺がドロシーの『使役者』って奴で、普通の人にはタルパの姿は見えないって事でいいんだよな?」

 未だに状況を噛み砕けない一守は探り探り順に確認するかの様にドロシーに同意を求める。

 「その通りだよ一守くん。私はあなたに精製されたタルパ。そもそも私達タルパは人間界で言う『霊体』に近い存在なの。本来は『微精霊』と言った存在で、古くからエレメンタルやピクシー。日本ではコロポックルが身近だよ」

 未だに動揺を隠しきれない一守を他所にドロシーはタルパの生い立ちを流暢に語り出した。

 「あのさ、素朴な疑問が二つ程あるんだけど……」

 一守は思考を巡らし、頭の中に浮遊していた質問をする許可を取る。そしてドロシーはそれを待ってましたと言うばかりに質問を促す。

 「まずはタルパの存在を認識できる人間がいると言っていたが、どのぐらいの人間が認識できるのか。それと、タルパとして精製される前の記憶は残っているのか?」

 「んー多分、ほとんどの人は私達の存在に気づかないと思う。気づく人は一守と同じくタルパを使役している人、それと人間界で言う『霊感』がある人。あと……『満月の日』に見え易くなる人もいるって聞いた事があるよ」

 「それと私が一守君に精製される前の記憶は多少残っているよ。多分、人間も子供の時の記憶は薄っすら残っているでしょ?それと一緒だよ」

 なるほどと合点があったかのように頷く一守。しかしその後は沈黙が続くばかり。
頭の中には聞きたい事がある山程あるのに言葉として纏まりがないので、喉まで出しかけて飲み込むのを繰り返す。
そして緊張&コミュ症特有の質問しか会話が成り立たない謎の現象に陥り、耐え切れず項垂れる一守。
そんな中、ドロシーが沈黙の空気を破った。

 「ところで一守くんはどうしてそんなに顔色が悪いの?」

突拍子もない質問に呆気にとられた表情の一守。その悪気の無い純粋な質問をしたドロシー本人は、何故驚かれたのか分からず首を傾げる。

 そして一守は自分の顔色の悪さを他人に指摘され、いかに今までの生活が不健康だったのかを振り返り、軽く気を落とす。そんな一守の顔を心配そうに覗き込むドロシー。

 その思いやりの眼差しに罪悪感を覚え、一守は観念したかのように彼女に精製に至った今までの経緯を辿ろ辿ろ語り始めた。その語りには嘘偽りはなく、ドロシーだけには嘘はつかない、そんな姿勢が垣間見えた。


 「なるほどね。そんな大変な目にあってたのに、部屋の中に篭りっぱなしなんて勿体無いよ!  今まで自由にできなかった分、これからは精一杯遊ぶよ ほら、行こうよ!」

 そう言ってドロシーは一守の手を引き連れ外に連れ出した。その手は強引でもあり、どこか思いやりに溢れた、そんな優しい手だった。


 ふと、部屋着だった事に気付き慌てふためく一守。玄関の前で2人してわちゃわちゃする。そんな変哲も無い暖かな光景を、午後の暖かい木漏れ日が優しく照らしていた。


————————————————————


 街行く人々は、羽織っていた上着を脱ぐ素振りがあちこちで垣間見える、そんな秋晴れの午後の陽気。

 一守とドロシーは家の近所の大きい公園へと出向いた。公園には大きい池があり、鯉や亀などが優雅に泳いでいるのが伺える。緑が生い茂り下町の風情が垣間見える落ち着いた公園だ。

 「いい天気だね一守くん。どう?久々のお散歩は?」

 「うーん、まぁ眩しいよね。それと身体が気怠い。でも何だか楽しいよ、ありがとうなドロシー」

 秋の陽気に包まれ池の橋を渡る。
池の中の生き物を探したりしながら一守とドロシーは生暖かい時間を過ごす。

   日々磨耗する生活から手を引かれ連れ出された先に、一守の追い求めた『理想』があった。長年求め続けた憩いの場。安堵に満ち溢れたその『理想』の場に連れ出してくれたドロシーに心の中で感謝する。


 「そういえばドロシーは腹とか減るのか?」

 「もちろんだよ!  私達タルパがご飯を食べる時とか触ってる物は基本的に他の人間に感知され難くなるんだ!」

 身体は霊体なので食べ物だけ浮いて見えるのかと、頭の中で勝手に想像していた一守は胸を撫で下ろす。

 「そんじゃ、あっちでアイスクリームでも食べようぜ」

「本当?嬉しい!ありがとう、一守くん」


 --あぁ、そうだ。これが俺が心の底から欲した安息だ--


 理想の情景を瞼に焼き付けながら、二階堂一守は歩き出す。


————————————————————


 「あのさドロシー、いくら俺の行きたい所に行こうって言ってもよ……この場所でいいのかよ」

 「いいの!  こんな時は自分が1番行きたい所に出向いて、1番欲しい物を買い、1番食べたい物を食べるのが1番良いの!」


 出会って数時間。そんな短い時間の中でさえ、彼女の性格は手に取る程理解できた。明るく、元気で卒直。嘘偽りのないその眼差し、引っ張っていくその手は力強く、そして優しい。

 そんな彼女に連れられ俺は何故かこの街へとたどり着いた。


 --秋葉原 電気街 改札前--


 この街特有の雰囲気の中、改札を抜けまず最初に目の当たりにするSEGAを見上げ、心を踊らせる一守。


 一守がSEGAに入り浸っていた頃と何一つ変わらない風景がそこにはあった。変わったとしたら、今期のアニメがでかでかと宣伝されている事に真新しい感覚に囚われる一守。


 --駅を降りた瞬間から戦いは決まっていた。よし!  まず最初の1件目はSEGAで喫煙タイムだ!--


--喫煙ブースにて--


 「くさーい、一守くん……それはなんなの?」

 「ふふ……ドロシー、これは大人だけが嗜める至高の紙タバコってやつだ。哀愁漂う大人の渋さを増長させるマストアイテムなんだぜ」

 「ただの臭い煙よ。それもとびっきりね。公害よ」

 「辛辣だな……公害は言い過ぎだろ。旨いんだけどなぁ『ペリック』まぁ吸い終わったらゲームで遊ぼうぜ」

 タバコを吸い始めた途端ご立腹な様子のドロシーを横目に、小言を細々と言いながらアメリカンスピリット:ペリックを肺に詰め込む。


 ドロシーの機嫌を取ろうとクレーンゲームを物色していたが思わぬ物を発見してしまった一守。

 なんと、以前一守がハマっていたアニメのヒロインがフィギュア化しているではないか。しかも精巧なディテールに良きポージング。
しかし、尊いフィギュアを一心に見つめる一守をよそにドロシーはあるクレーンゲームに釘付けになっていた。

 「ドロシー、そのぬいぐるみ欲しいのか?」

 ドロシーが熱烈に見つめる先には黒いパグのぬいぐるみがあった。俺の目にはその黒パグのぬいぐるみもドロシーを見つめているように見え、俺は居ても立っても居られなかった。

 「え?…う、うん!欲しい!一守くん、取ってください!」

 「任せろ!俺のヒロインの為なら俺はクレーンゲームの鬼と化しても構わない」

 「ありがとう一守くん!  ん?  ところでその『ヒロイン』って言うのはどういう意味なの?」

 つい口を滑らせてしまった……説明に困ったものだな。これは致し方無い。どう説明したものか……

 焦った表情で慌てふためく一守をよそにドロシーは答えを追求するかのよう一守の身体を揺さぶり追撃をかけた。

 「あ…ああ。そうだな、『可愛い女の子』って意味かな……」

「ふーん……まぁでも、言われて悪い気はしない言葉なんだね。わかりました!」

 ドロシーはまた一つ謎を解き明かしたかの様な満足げな顔で頷いた。
それと同時に『可愛い』と言われた事に気が付き、頬を赤らめる。


 ドロシーには微精霊時代の記憶の欠片が存在し、ぼんやりとした形で会話の仕方や物事を覚えているのであろう。しかし、実際はこの世に形を持ったばかり。周りの物は知らない物ばかりで不安や恐怖があるだろう。
だが、それ以上の期待や興味が今のドロシーには満ち溢れているのが垣間見える。


 --俺はこの子を精製し、この世に生み出した。だからこそ俺はこの子に色々な景気を見せ、色々な体験をさせてあげよう。俺にひと時ながら安らぎを与えてくれたドロシーに恩を返そう。この子を守り続けよう--


 「ところでドロシー、なんで黒パグのぬいぐるみが欲しかったんだ?」

 「それはもちろん『一目惚れ』よ!  この子の名前は『トト・バーチソルト・バンダーウッド』って名前にしたの!」

 「ネーミングセンスが尖ってるな!  こんな垂れ目の黒パグにそんな渋い名前がつくとは……」

 ドヤ顔で黒パグのぬいぐるみに命名するドロシーは全身から自信が溢れ出ていた。それに思わず突っ込む一守。
そして2人して『黒パグのトト』目線を向け笑い合う一守とドロシー。


 「よし、そんじゃ次はアニメイトに行ってグッズを買って駿河屋でゲーム漁り、そしてイエローサブマリンにMTGでも物色しに行くか!  あと忘れちゃいけないのがケバブな!」

 「行こっか!  ん?  ところでケバブってなーに?  一守くん!」


 秋葉原の空気と理想のヒロインに手を引かれどこか浮き足立っていた。
そんな俺はドロシーの手を引き次の店へと足を運ばせた。


————————————————————


 「ケバブ美味しかったね!それに一守くん、いっぱい買い物したね!」

 「ああ、ケバブはやはりミックスに限る。それに、思った以上に買い物が捗ってしまってさ……掘り出し物のゲームに前期アニメのタオル、そして何より勢いでカミカゼで買ったTシャツがすこぶる良い!』

 急に興奮する一守は片手にたらふく荷物を持ち、もう片方の手でドロシーの手を引く。


 秋葉原の駅へと向かう為、歩行者天国の信号待ちをしていた。
信号を待つ人が賑わい、観光客は写真を撮り休日を楽しんでいる。

 一守は人混みの中、ドロシーの手を引く。人の波に飲まれないように、決して離さないように。


 信号が変わる直前、不意に不自然な『何か』が目の端に映った。しかし信号が青に変わり、その違和感を探す暇もなく人の波が押し寄せる。

 そして、歩き出した一守はその現実離れした『何か』目の当たりにした。

 唐突に秋葉原の歩行者天国に現れた『何か』は反対側の横断歩道からこっちへ向かってきていて、人の群れより頭三つは飛び抜けているであろう巨躯を上下に揺らし歩行していた。

 そして、遠くからでもその異常さが分かるのが、頭部の頭蓋がむき出しなのだ。そして何より不気味なのが全身漆黒の毛皮に包まれており、恐怖のせいか身体に纏うオーラまでもがドス黒く感じた。


 髑髏頭の巨大な化け物がこちらへ向かってきていた。


 --何なんだあの化け物は!  何で誰も気付かないんだ!? 何で誰も逃げない!--

 全てが異常のこの状況の中、一守はその『答え』たどり着き咄嗟にドロシーに耳打ちする。

 「……なぁドロシー、タルパってのは化け物みたいな見た目をした奴もいるのか?」

 ドロシーに状況を悟られない様、恐怖の微塵も表情に出してはならない。
彼女を恐怖の手が届かない所へ逃がさないと、一守の頭の中はあの化け物からドロシーを守る事で一杯になっていた。

 「え?  うーん、人間界の昔話とかおとぎ話とかのモンスターみたいな風貌のタルパも居るはずだよ!  人間が想像できる姿でタルパは存在するからさ」

 救いのない答えが返ってきた。
おおよそ20m前方にいる黒い化け物は間違いなくタルパだ。そしてそのタルパは使役者と共に正面から歩いてきている。


 一守は絶体絶命の中、跳ね返る心臓を整える事も忘れる程息を潜め、黒き化け物の通過を待つのであった。


 可視化する絶望を目の端で捉えながら。
しおりを挟む

処理中です...