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第1章:夢の始まり

第9話:ブラックアウト

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 轟音が鳴り響き、風が渦巻くマンションの一室『BARレジスタンス』


 --クソ……視界がグラつく。右目に血が滲んでうまく見えねぇ……身体中が糞痛え……--


 ヴァニティの『爆風』を受け、目も当てられない姿へと変貌したリビング。カーテンは破れ、窓も扉も割れ、家具等が至る所に散乱している。
そこら中が瓦礫の山となっている。
その瓦礫の隙間から「うぅ…….」と体を横に転ばせる一守。


 --や、やばい。アイツが来る……今追い撃ちされたら終わる……!?  いや、待てよ。もしかして、あの化け物……--


 一守が察した通り、ヴァニティは蓄積されたダメージにより四つん這いの状態から動けないでいた。


 --あの化け物は今弱っている。
そりゃそうか、そうでなくちゃ困る。
あれだけ頭部にダメージを与えて、おまけに安全靴で内臓を蹴り上げてんだ……あの化け物も回復に時間がかかるはずだ--


 両者共に戦闘を行えない程に深手を負っており、共に間合いを保ったまま動こうとはしなかった。 
そして一守は『追い討ち』が来ないよう、『平然』を装う。
そして、拳を握り立ち上がる。


 --視界は大丈夫、手足は…….骨、鼓膜…….大丈夫。出血はあるが、大丈夫いける…….けど、視界が揺れる。クソ……三半規管がダメージを受けてんだ…….早く回復させないと--


 あの『爆風』の最中、一守は咄嗟の判断でダイニングテーブルを『防壁』として利用し、辛うじてダメージを軽減させたのだ。
爆風と共に飛んできた『風邪を纏った羽』が壁や天井の至る所に刺さっており、その羽や爆風の破片は一守の体にも傷を負わせていた。
その傷は致命的な物ではないものの、頭や肩、手足に切り傷を負っていた。
部屋の痕跡を見る限り、ヴァニティの『爆風』の威力が桁違いであった事は容易に想像できる。


 「……お……おい、二階堂……お前、『自分は死なない』って思ってるタチの人間だろ……」

 鼻から血を流した篠塚 瑛斗が瓦礫を掻き分けよろめきながら立ち上がる。

 「人はすぐ死ぬぞ……簡単にな。残りのタルパも全員殺してやる……特にお前のタルパ、可愛い可愛い『ドロシーちゃん』だっけ?  散々痛めつけてから殺してやるよ……」

 「そして、ディナーの後のデザートは『お前』だよ二階堂。ハァッ……お前のタルパを散々いたぶって殺した後、お、お前も殺してやるよ!!  ハァッ、ハァッ……人間はッッ、初めてだけどッ……ブッ、ぶっ殺してやるよおッッ!!」

 もはや篠塚 瑛斗は正常な精神状態を保っておらず、狂気に近い状態だった。
狂気に身を投じた篠塚はドロシーと一守の殺害を宣言する。

 だが一守は挑発には乗らない。
話を長引かせ、揺れている三半規管及び身体のダメージの回復に徹する。
今挑発に乗って追い討ちをかけられれば、平衡感覚が崩れている一守は間違いなく倒される。
平然を装い、会話を長引かせ平衡感覚を取り戻すしか選択肢は残されていないのだ。


 --『罠』は仕掛けてある。一瞬でも隙ができれば--


 一守はヴァニティに不意打ちを食らわす前に、ある『罠』を仕掛けていた。


 その『罠』とはリビング内のメイン照明近辺のコンセントに『業務用ドライヤー』をセットしておき、リュックサックで隠しておいたのだ。


 後はドライヤーのスイッチを入れるだけ。
運が良く、その照明と同じ回路で尚且つ20Aのブレーカーであればブレーカーは『遮断』される。

 だが、その『罠』をセットした位置まで10m弱。
今の一守の状態ではそこに届く前に、きっと転倒する。
そう一守は判断を下した。
今はただひたすらに体力の回復に専念し平衡感覚を戻す。
その為に一守はあの篠塚 瑛斗の話を長引かせる方向へと方針を固めた。


 「ま、待ってくれ……篠塚さん、あんたは俺の事なんてすぐ殺せるんだから、死ぬ前に1つだけ教えてほしい。こんなオフ会まで開いてあんたの『狙い』は何なんだ?」

 「この期に及んでッ……まぁいいだろう。僕が欲しいのはただ1つ、『想像力イマジン』だよ。タルパの『コア』である『想像力イマジン』を殺して奪うのが、我々『タントラ』の構成員に課せられた命だからね」


 また出てきた『タントラ』というワードに眉を寄せる一守。
そして一守は限られた情報を元に思考を巡らす。


 --こいつらは『タントラ』って組織に属していて、尚且つその組織の目的が他のタルパを殺して『想像力イマジン』ってのを奪い回っているって事か……クソが--


 「その……タルパを殺してまで欲しがる『想像力イマジン』ってのは一体何なんだ?……」

 「……聞きたいことは『1つだけ』って話だったよな。それに……お前、そんな大事な事を教える程、僕が間抜けに見えるのかッッ!?  そしたら心外だなァッ!!  余計痛め付けたくなってきたよォッ!  そんな事より二階堂……お前もしかして、苦しいんだろ?」


 「………………」
 篠塚の問いかけに対して一守は何も答えない。
いくら平然を装っていても、あれだけの負傷を負っていれば身体の至る所が悲鳴を上げる。
苦痛のあまり汗は流れ落ち、呼吸は乱れ、足はフラつく。

 篠塚 瑛斗は苦しみ足掻く一守の本心を見抜き上げたのであった。


 「ほら、もう立ちなよヴァニティ。あの男を痛めつけてきておくれ」

 蹌踉よろめく身体に鞭を打ち、主人の命令に忠実に従うヴァニティ。


 迫り来る『物理的な死』が一守を追い詰めた。


 --十分時間は稼いだ。あとは--


 その瞬間、一守は胸ポケットに入っていた『催涙スプレー』を咄嗟に取り出し、ヴァニティの顔面をめがけて噴出した。


 "" プシュウッッーー ""


 催涙スプレーは真っ直ぐにヴァニティの顔面に直撃した。はずだった……

 目を疑う事に、催涙スプレーの粉末はヴァニティの顔から逸れたのだ。


 「そんな手が2度と通用すると思うなよッッ!!  『変性する翼トランスガウン』を舐めるなッッ!!」


 ヴァニティが有する『想像能力イメージスキル』の『変性する翼トランスガウン』の効果で纏っていた風で、催涙スプレーの粉末を吹き飛ばしたのだった。
催涙スプレーの粉末は顔の前で分散し、ヴァニティは無傷であった。


 しかし、一守は罠に罠を重ねていた。
 
 
 催涙スプレーを噴出した瞬間にスタートダッシュをきり、セットした『業務用ドライヤー』の場所まで走った。
『催涙スプレー』を捨て駒に使い、本命に一か八かの『ブレーカー遮断』の作戦に移行したのだ。


 「なにッッ!?  逃すなヴァニティ!!!」

 ブラフに掛かり、支持のタイミングが遅れた篠塚はすかさず追尾を命令した。


 まだダメージが残る中、決死の勢いで『業務用ドライヤー』のセットされているコンセントまで走る。


 --罠に罠を重ねる。これが俺の戦い方だ--


 そして、一守の視界は反転する。


 セットしていた『業務用ドライヤー』まで残りわずか2m程の距離で、一守は頭から大きく転倒した。


 一守は歩みを止めない。
ナメクジのように地面を這いながらでも、可能性に賭けた。
仕掛けた罠を目指し、ただひたすらに前を向いて。


 ふと、一守の脳裏に彼女の顔が過る。

 あの太陽のような笑顔を周りに配る強かなドロシーが、泣きながら『皆んなを助けて』と懇願するあの悲痛めいた表情が脳裏に焼き付いて離れない。


 --ドロシー……--


 その時、一守の顔のすぐ横を一陣の風が切った。
色彩豊かな羽が、一守の頬を掠めフローリングに突き刺さっていた。
それでも一守は歩みを止めない。
頬から流れ落ちる血液は這いずる動きでフローリングへと伸びていく。


 「無様だね、二階堂。ヒーロー気取りの君は、非力で何も成し遂げられずにただ逃げるだけ。地べたを這いずり回る芋虫だ。そんな醜い虫は、もう死ねよ」

 這いずり回る一守を見下し、高笑いをする篠塚 瑛斗。その笑う表情の目の奥には、『冷たい殺意』が内にこもっていた。


 ヴァニティが大きく翼を広げる。
這いずり回る一守を狙い、風を纏わせ、羽を逆だてる。


 「殺れ、ヴァニティ」

 冷酷な命令が静かにリビング内に響き渡った。


 ——その時だった。


 「クソ食らいやがれ」


 その一言が部屋中に轟き、二階堂 一守は静かに笑う。
そして、手に取ったドライヤーのスイッチ入れた。


 そして篠塚 瑛斗とヴァニティフェザーは『常闇』へと飲み込まれた。






 

 
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