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第1章:夢の始まり

第11話:ロック・スコープ・シューティング

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 煙草の紫煙が部屋内に充満する『BARレジスタンス』


 先程、この場から去った篠塚 瑛斗が恐らくブレーカーを入れたのであろうか。
部屋内の電気は復旧し、照明に明かりが灯っていた。

飛散した家具やインテリアの残骸の中、横たわる化け物を見下しながら煙草を吸う男、二階堂   一守。


 「コソコソと隠れてないで出て来いよ。篠塚 瑛斗」

 一守のその一言によって怯えた反応を見せる影が、奥の部屋から姿を現わす。篠塚 瑛斗であった。
その表情はというと、蒼白で異様に回数の多い瞬き。
この状況を理解するのに脳の処理が追いついていない。と言ったところか。


 「お、お前がコレをやったのか……?」

 「だったら何だ?  敵討ちでもしようってか?  笑わせんな『モヤシ野郎』」


 そう返すと、すかさず残りの煙草を深く吸い、肺の中をニコチンで満たす一守。


 一守は思考を巡らせていた。

 ドロシーとの約束は果たした。
後は当初の目的を果たすだけ。
『情報収集』である。

 篠塚 瑛斗が所属する『タントラ』という組織について。
そして、その組織の『目的』
『構成人数』に組織の『活動場所』など……
それらを聞かなければ元を取れない程の修羅場であった。
早急に目的を果たす為に取り掛かる一守。


 だが、状況が状況なので『情報収集』ではなく、少々手荒な『事情聴取』になるのは目に見えているが、方法は至ってシンプルだ。


 ——そう『拷問』だ。


 聞こえは悪いが、見当違いの事でもない。
もし、篠塚 瑛斗が口を割らなければ、それ相応の手段に出なければならないのは致し方ない状況だ。

 ヴァニティは生きてはいるが瀕死の重体だ。当分は動けない『はず』だ。
しかし、起き上がる可能性は十分にあり得る。
それに備える為に一守は残りの『催涙スプレー』を常に握りしめておく。


 「あんた、今から俺の質問に正直に答えるか、もしくは手酷くぶん殴られるか……どっちがいいよ?」


 一守は怒りを隠しながら質問を投げかけた。
篠塚 瑛斗が行った残虐非道な行為を一守は忘れていない。
そして、ドロシーを泣かした罪は何よりも重い。


 ——警戒は緩めず。
 ——重心は常に低く。
 ——冷静さを忘れず。


 そして、怒りをアドレナリンへと変換させた。


 「は……はァ!? な、何言ってんだよッ糞ニートがァッ!  これ分かるか?  ナイフだよナイフ!!  い、今からお前を……ハァッ……ぶっ殺してやろよォッ!  二階堂ォッ!!」

 手に刃渡り15㎝程のナイフを手にした篠塚 瑛斗の表情は狂気に染まっていた。

 「そうきたか……そんじゃ、遠慮なくやらせてもらうぜ……」


 ——怒りを爆発させる。


 一守は軸足に重心を蓄え、篠塚が間合いに入ってきた瞬間に一守が繰り出そうとしていた技は——

 二階堂 一守が持つ技の中で『最長のリーチ』かつ『最速の蹴り技』

 刃物を所持する敵を相手にする場合、なるべく間合いの広い技を繰り出すべきだ。
加えて冷静さを欠いてるとすれば、先程行ったブラフを再利用しようと考えていた。『催涙スプレー』を囮に使い、『最長かつ最速の蹴り技』を繰り出すと一守は決めていた。

 その『最長かつ最速の蹴り技』とは——


 "" 横前蹴り ""


 この技は空手で多く用いられる技で、半歩遠い間合いから射程距離に入り込み、横向きに前蹴りを蹴り込む技である。

 一守は『最長のリーチ』かつ『最速の蹴り技』である "" 横前蹴り "" を繰り出そうと、そうした時だった——


 「ギッッ……に、人間、がァァッ……」


 一守の後方3m程の距離で、顔を血で濡らしたヴァニティフェザーが佇んでいた。 


 --おいおい冗談だろ。まだ立つのかよ。クソッ!  挟まれるのはマズい--


 現在の位置関係は一守を挟むように前方には篠塚 瑛斗、後方にはヴァニティが臨戦態勢をとっていた。
一守は、刃物を持った篠塚と瀕死ではあるが飛び道具である『羽』を持つヴァニティに挟まれるのは非常に危険だと考えた。
そして、一守は壁際後方へとすぐさま退がり、背中を壁に預け両者を目で捉えられる位置取りをした。


 「ハァ……流石だよヴァニティ。それでこそ僕の上位タルパだ。さぁ、死ねよッ二階堂ォッ!」

 形勢が逆転したと判断した篠塚 瑛斗は笑みを浮かべながら意気揚々とヴァニティを褒め称える。
そして、手に持っていたナイフを胸の高さまで突き立て臨戦態勢を取った。


 一守は当初の予定を少し変更し、『横前蹴り』をヴァニティへと蹴り込み、蹴り込んだ左足を軸足とし『右回し蹴り』をヴァニティのがら空きの左側頭部へと打ちかます。
篠塚 瑛斗は二の次だ。
そう算段を決めていた。


 ——その刹那、音もなく三つの『閃光』が一守のすぐ前を過ぎ去った。


 「ガッ……アァガッ……アァ……」

 一守の前に佇んでいたヴァニティの各翼の根元に500円玉程の小さな『穴』が二ヶ所空いており、そして腹部にも『穴』が空いていた。
そしてヴァニティは声にもならない声を発しながら、頭から崩れ落ちた。


 「…………え?」

 何が起きたのか理解が追いつかない。
そんな表情で篠塚 瑛斗は恐怖のあまり、手に持っていたナイフを床に落とす。

 一守には『状況判断に割く時間』も『決断した事への迷い』も一切なかった。
ただ修正する。
ヴァニティが倒れた事によって、用意していた作戦を別の相手に繰り出すだけである。


 篠塚 瑛斗がナイフを床に落とした、その瞬間——

 一守の繰り出した『横前蹴り』が篠塚 瑛斗の腹部へとめり込んだ。
その威力は強烈で、篠塚はくの字型に折り曲がりながら壁際へと吹っ飛んだ。

 嗚咽を上げながら、床の上でうつ伏せになり悶絶する篠塚 瑛斗。

 しかし一守はうずくまる篠塚には目もくれず、床に落ちたナイフを遠くへと蹴り、『閃光の出所』へと目をやった。


 「そこにいるんだろ?  ……カイル」

 そう言い放った一守言葉が静かに響く。その数秒後に、玄関の方から自身の身長より高いライフルを背にした銀髪の少年。
橘 舞流のタルパの『カイル』が姿を現した。


 「お前、ずっと見てたな?」

 「……そうだ。殴るか?」

 「……いんや、殴らねぇよ。怒ってすらねぇ。むしろ感心してるぜ。俺もお前と『同じ事』をやろうとしてたしな」


 一守の言葉には嘘偽りなど全くない本心であった。
現に一守は、ドロシーからの『迫真の説得』を受け決死の戦いへと挑んだ。
それが無ければ、一守はカイルと同じ行動をしていたであろう。
夏祭と太郎丸をヴァニティへの『餌』として扱い、隙を突いて攻撃を仕掛けたであろう。

 それ程までにドロシーの説得は一守にとって大きく、そして重要な事なのであった。

 一守の本心を聞いたカイルの口元はどこか先程とは違く、柔らかく見えた。


 「に、二階堂さーん!   大丈夫すか!?   ちょっと、押すなよ太郎丸!」

 「う、うるせぇよ!   さっきから武者震いが止まらねぇんだよ」


 未だに鍋をヘルメット代わりにし、忍び足でやってきた夏祭と太郎丸。
夏祭の手には何故か『フライパン』が。

 「あぁ、大丈夫だよ。それよりドロシーはどうだ?」

 「はぁ、ドロシーちゃんなら……その、悲しんでるというか泣いてるというか……」


 夏祭のその言葉を聞き、一守は少しうつむく。
その表情には陰りが見え、自分への罪悪感や自己嫌悪、そんな負の感情が垣間見えた。
 

 一守は想う—— 救えた命もあるが、救えなかった命もある。と……
最適解への道を通ってきたつもりだが、それでも犠牲を被った事態に一守は心を痛める。


 「迷うな二階堂 一守。立ち止まっても座り込んでも構わない。だけど、一度決めた事に迷うな俺」

 そう自分自身に言い聞かせ、ピシャリと自分の両の頬を掌で強く叩く。
その表情は先程とは打って変わって、覚悟を目に灯した、そんな表情だった。


 人間とは元来、『迷い』『悩む』生き物だ。
それでも二階堂 一守という男は物事を決め、行動する。
シンプルだが難しい生き方をもがき苦しみながら進んで行くのだった。


 「おい篠塚 瑛斗。もう一度聞くぞ、俺の質問に正直に答えるか、ぶん殴られるか。どっちがいい?」

 一守は目的を果たす事を決めた。
そして、篠塚 瑛斗に最終勧告を促す。

 「クッ……クソがァッ!!  クソ共がァッ!  お前らなんかに話すことなんて—— 」

 「それじゃあ、『コレ』ならどうだ?」


 静かに篠塚 瑛斗の反論を遮ったカイルの冷たい声が静かに響く。
その手には迷彩柄のポンチョから取り出した『小銃』が握られており、そしてその『小銃』の銃口を篠塚 瑛斗のこめかみへと押し付けた。


 「ひ……ヒィィッ……やめろッ、話す、話すから……」

 「ちょ……何やってんすかカイル君!?   やめろっす—— 」

 見慣れぬ銃に強烈な恐怖感を覚える篠塚 瑛斗と夏祭 陣。
即座に止めに入ろうとする夏祭を一守が制止する。
目で頷き、説得する。
コレが必要な事なのだと——
その目力に気圧されたのか、夏祭は事態を見守る事を決めた。


 「時間がない。洗いざらい話してもらうぜ。仮に嘘をついたのが分かったら、お前のこめかみに風穴が開くからな」

 その台詞を聞き、恐怖に飲み込まれた篠塚 瑛斗はゴクリと息を飲んだ。
そして、篠塚 瑛斗は震える声で『洗いざらい』話した——


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 『BAR レジスタンス』での戦いはこうして幕を閉じた。
各々に消えぬ傷跡を残しながら。
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