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第1章:夢の始まり
第14話:嵐の前の静けさ
しおりを挟む暖かい毛布に包まれ心地の良い眠りに浸る一守
。寝返りを打つと共に身体に走った激痛に眠気を覚まされ、起床する。
「頭痛ぇな畜生……なんだよ全く。イテテ……ってドロシーはまだ起きてないのか」
前日の激戦の傷跡がまだ痛む中、弱る身体に鞭を打ち、ドロシーが眠るリビングへと向かう。
一守が契約しているアパートは1LDKで、ドロシーが一守の家に来てからと言うもの、一守は寝室で寝てドロシーはリビングのソファーで寝るスタイルが定着していた。
一守はリビングへと向かい、そっと扉を開け中の様子を伺う。
すると、ソファーの上ですやすやと眠るドロシーの姿があった。
悪い夢でも見ていたのだろうか、ドロシーのその大きな瞳には涙の跡が残っていた。
昨日の凄惨な戦いの後なので悪い夢を見るのは当然の事なのだが……
一守の中にはどうしてもドロシーとの約束を完全に果たせなかった罪悪感が根付いていた。
過ぎ去った事は仕方がない、後悔しても仕方がない。
大体の人がそんな事を言って自分を甘やかし、そして誤魔化す。
しかし、二階堂 一守は『それ』をしない。
『出来なかった』では済まさず、次は必ず『出来る』ように努める。
それに備え、思索し、準備する。
それが二階堂 一守の『やり方』なのだ。
一守はドロシーの瞳から伝う涙を指で拭い、毛布をかけ直す。
そして、ドロシーがいつ起きても良いように朝食の準備に取り掛かる。
「んーいい匂い……ん? あ、カズ君、おはよ」
調理する音を目覚ましに、ようやく目を覚ましたドロシー。
朝食の匂いに釣られキッチンまで足を向けた。
「おはよう、ドロシー。よく眠れたか?」
「うん、もうスヤスヤだったよ。それよりカズ君、昨日の夜はカズ君すごい酔っ払っちゃって大変だったんだからね!」
朝の挨拶を終え、ドロシーから衝撃の事実を知らされる一守。
昨晩の一守の飲みっぷりと言うものの、怪我をしているのにも関わらずドロシーの知られざる秘話を舞流から語られ、それはご機嫌になり酒が進むこと早2時間……怪我のせいもあってか、最後は夏祭と共にぐでんぐでんに酔っ払い舞流とドロシーに連れられタクシーで帰路に着いた。
その後は泥のようにベッドに崩れ落ち爆睡したとドロシーは語った。
「まじか……今朝の頭痛は二日酔いだったのか……」
「あんまり心配させないでよね! それよりカズ君、今日の夜は陣君と舞流ちゃんと会う約束したの覚えてる?」
ドロシーに醜態を晒してしまい面目を失う一守。
そんな中、またしても一守が知らない情報が舞い込んで来た。
「ん? それは初耳だな。何時からなんだ?」
「もう、初耳じゃないでしょ! カズ君から誘ってたんだからね! 19:00に上野駅? って所で待ち合わせって言ってたよ!」
一守は「了解」と相槌を打ち、時計に目を向ける。
時刻は11:20分。
随分と遅い朝食になってしまったが、一守は急ピッチで朝食の準備に取り掛かった。
「少し遅くなっちゃったけど、朝ごはんにしよう。そんじゃ、頂きます」
「ありがとう、カズ君! いただきます!」
こうして二階堂家の少々遅めの朝食が始まった。
「そうだドロシー、飯食い終わって少ししたら『買い物』に行きたいんだけど」
「いいけど、また『武器』になる物を買いに行くの?」
「その通りだよドロシー。『降らぬ先の傘』って奴だよ」
一守はそう言い放ち、箸を進める。
しかし、その目はどこか遠い目をしていて、思考を巡らせている、そんな表情であった。
————————————————————
——PM19:00 上野駅前 『居酒屋 魚さん』にて——
《それでは、ここで今月末に見られる『スーパームーン』の特集へと移ります》
居酒屋の個室席内にある壁付けテレビでは、今月末に見られる『皆既月食』についての特集でもちっきりだ。
「やっぱり、この『スーパームーン』が篠塚 瑛斗が言ってた『月食聖戦』の事だよね……?」
テレビに視線を合わせながらレモンサワーを飲む橘 舞流がそう切り出した。
「間違いないっすよ。もしかして……この『スーパームーン』が今月末ってことは……これからもっと『秘密結社』の動きが活発になるんですかね?」
「ほー陣の割には的を得た事を言うじゃねぇか。まぁ次にその『秘密結社』とやらが襲ってきたら、俺ちゃんの秘められた『想像能力』が開花して華麗に追っ払ってやるから安心しな」
「太郎丸はいつも真っ先に逃げるじゃないすか! この臆病者が!」
「イデッ……おい陣、俺ちゃんの頭を叩くんじゃないよ。喧嘩おっ始めてやろうか!!」
恒例の如く夏祭と陣の貶し合いが始まり、取っ組み合いにまで発展した。
しかしながら、太郎丸の身長は夏祭の半分以下の為、すぐに夏祭に捕まり『くすぐりの刑』に処された。
「確かに陣の言う通りだ。その猫に関しちゃこの中で1番逃げ足が速い」
「……おいおい、誰が猫だと糞ワカメ。俺ちゃんはな『百獣の王』こと太郎丸様だぞ。どつき回してやろうか」
すかさず追い打ちの罵声を浴びせた一守に対し、太郎丸の怒りの導火線に火が点いた。
至近距離で火花が散るほどのガンの飛ばし合いが始まり、それを見て途方にくれるカイル。
そんな混迷とした場を舞流が仕切り直す。
「ダメだこの人達……ちゃんとした話し合いは私達だけでやりましょう、ドロちゃん!」
「確かに舞流の言う通り……あの3人はいつもふざけるからダメダメね」
ドロシーの辛辣な言葉に固まる一守。あまりのショックに項垂れている所を、すかさず太郎丸が一守の頭を引っ叩く。
「んな!? 何やってんすか太郎丸! 暴力はダメっすよ!」
「俺ちゃんからの愛の鞭だぜワカメ。ありがたく思え」
「……お前らのせいでドロシーに嫌われた……全員アキレス腱極めさせろ」
先程、舞流とドロシーから指摘を受けたのにも関わらず、またしても茶番劇を始めてしまう夏祭&太郎丸と一守。
そんな3人を目の端で捉えていたカイルは呆れ顔のカイルが一言こぼす。
「……そんなだから呆れられるんだよ、3馬鹿」
『3馬鹿』認定をカイルから受けた3人は、その魔の手をカイルにまで伸ばす。
その一方で舞流とドロシーは女子トークを始めていた。
—— その時だった。
テレビから聞こえてきた音声に反応し、先程前までのおちゃらけた表情とは打って変わって一守が顔色は酷く青ざめた物へと変わった。
「お……おい、テレビを見てみろ」
一守のその一言に反応し、皆んなは後ろを振り向く。
そして、衝撃的なニュースを耳にする事になる。
《【臨時ニュース】です、台東区秋葉原のマンションの一室で、20代男性の死体が発見されました。『篠塚 瑛斗』さん(28)が複数ヶ所を刃物で刺され、亡くなっているのが発見されました》
「……ま、マジっすか……」
「……これって……もしかして大変な事に巻き込まれちゃった……?」
この場にいる殆どの者が驚愕し、絶望した。
青ざめた表情で、驚愕を隠せない言葉を漏らす夏祭 陣と橘 舞流。
そんな中、一守とカイル。
その2人だけは表情に『驚愕』や『恐怖』などは一切なく、ただ純粋な『警戒心』だけが表情から読み取れる。
「……動き始めたか」
一守はそう言葉を零す。
たった一つのニュースで崩れ始める日常。
そこには、ただ真っ直ぐに険しい表情でテレビのニュースを見続ける一守の姿があった。
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