異世界に飛ばされた俺は、ゴリゴリの復讐者となって世界を敵に回す

ふりたけ(振木岳人)

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◆第一部終章 運命の分岐点

51 血の収穫祭

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 荒涼とした大地は、生きる為の希望を人々から奪って行く。
それが、昔から荒れ果てた土地ならば諦めもつくのだろうが、つい最近まで緑の生命に溢れた土地であるなら、尚更人々は希望と諦めの天秤でもがき苦しむ。


 ここはクラースモルデン連邦共和国に属する街で、名前はリジャ。エルゲンプレクト大陸随一の穀倉地帯と呼ばれた地域の中心都市。
首を長くして春の訪れを待つこの時期、自宅でじっとしてられない農民たちが街に溢れて活気に満ちているのだが、今のリジャにそれは見られない。

 真っ茶色の枯れた大地に囲まれ、シンと静まり返った街のあちこちに転がる、やせ細り骨と皮だけの家畜の骸。そして弔いもされずに転がる人間の死体、死体、死体。
空腹を癒そうとするのか、それらの骨にしゃぶりつく亡霊の様な人々。人々が人々を襲ってその肉を食べる人肉食すら横行している。

 ……死……まさしく死。
街全体が死神の懐に抱かれて、完全に死んでいるのだ。


 原因はもちろん飢餓、飢饉。
連邦共和国政府が食糧増産五カ年計画が発表され、クラースヌイベート党指導の元でここリジャも、農業改革に着手したのだが見事に失敗してしまった。
独裁者に媚びを売る政治将校の、とっておきの机上の空論は大飢饉と言う結果となって、地域住民の生命に危機をもたらしたのである。

 多くの者は絶望の街リジャを去り、哺乳類の肉を求めて北方のアンカルロッテの森に赴く者、ほどこしを受ける為に海運都市サレハルートに向かった者などもいたが、
クラースモルデン連邦共和国が建つ前に、自分で開拓し、自分で耕し、その収穫に喜びを感じていた者たちの一部は、その思い入れから土地を離れる事を良しとせず、未だにこの街に残した未練に取り憑かれていた。

 もはや次の農機に撒く筈であった種もみも食い尽くした。
自分の家族の様に可愛がった家畜たちも食った。犬も食った、猫もネズミも人も……。


 ーーこの世に現れた地獄。

 もはや人としての理性や矜持など持ち合わせていない人々が、正気を失った様な表情で食料を求めて彷徨う……そんな地獄絵図の様なリジャの街、ある日の午後にパンパンパァン!と、乾いた炸裂音が街の空に轟く。

 冬の終わりの晴天、やっと太陽の陽射しが肌に温もりを与えてくれる今日に限り、雷雨の荒々しい足音がするなどあり得ない。
つまりは人工的な炸裂音、意外性も突発性も無い、誰かが意図してその音を出したのだ。

 【マスケット銃】
マスケットと言う単語自体が銃を表しているので、銃を語尾に付ける必要は無いのだが、日本語的にこの名称で広まった、先込め式の歩兵銃である。

 この世界においては、どの様な知識がどの様なルートで技術者にもたらされたのかは不明だが、火縄による点火発射式機構の時代を飛び越え、いきなり火打ち石を利用したフリントロック式の銃が発明され、連邦共和国兵士たちの標準兵装として支給され始めていた。

 考えてもみて欲しい。
剣と魔法で組織された部隊を前者、マスケット銃で組織された部隊を後者とする。

 前者の場合、盾を持った重槍歩兵隊で壁を作り、その背後に剣士が盾の隙間から敵を討つ機を狙い、さらにその背後から弓兵が敵陣に矢の雨を降らせて、敵陣から一番遠い魔術士が様々な効果の魔法を駆使して敵を混乱させる。
様々な特徴ある部隊を効率的に配置する、理にかなった運用方法ではあるが、いかんせん瞬発力……スピードに難がある。
そして勝っている間は良いが、最前列の重槍歩兵隊の守りの盾が瓦解するとその場で大混戦が始まり、弓兵や魔術士などの軽装歩兵に大きな致命的ダメージを負う事となる。

 しかし、後者のマスケット銃で組織された部隊「マスカティアー・銃士隊」の運用は、前者のそれとはまずコンセプトからして違う。

 敵の集団に対して、まず遠距離からの射撃を行い、比較的薄い盾や鎧を全て撃ち抜いて敵の防御力を無力化させるのだ。
敵の鉄壁の防御さえ崩れれば、もう恐れるものは何も無い。マスカティアーが開けた穴にドラグーン(マスカティアーで編成された騎兵隊)が発砲しながら突撃して敵陣を瓦解させ、前進していたマスカティアーは銃剣をもって相手を屠るのである。

 まず、重い鎧や盾や槍を軽々と操る豪傑など必要無くなる。長い期間に渡って技能の習得を必要とする、ひとつの専門職とも言える弓兵も、存在もかかるコストも必要無くなる。
その絶対量を補うのも苦心し、個人的な資質に左右されてバラつきも調整出来ない魔術士などは、最早過去の遺物。

 これら熟練者や異能者などのスペシャリストで編成された戦闘群を、短期間の教練を受けた銃士隊があれよあれよと駆逐する様は、まさに新しい時代の到来と言っても過言ではなかった。

 これが独裁者ユゼフ・ヴィシンスキイが開発を急がせて、強力に推し進めたマスケット銃部隊、マスカティアー。
その轟砲が、リジャの静寂を切り裂いたのである。


「……リジャの同志諸君に告げる!……」


 部隊の先頭に立った指揮官がメガホンを使い、レンガ造りの街並みに向かって叫ぶ。街の入り口から街に話しかけているのだ。

「同志諸君らは、クラースヌイツベート党が推進する農業政策について、真摯に向き合って取り組んだとは思えない結果を出した。さらに自らを省みる事もせずに、連邦共和国の財産であるこの街とリジャの田畑を荒らし放題に荒らした!」

 聞く者にとっては、おいおい!お前ら政府側の失策で飢饉が起こったんだろと、思い切り大声で言い返したくなる内容なのだが、そもそも元気に反論出来る者などこの街にはいない。
家の中や路地裏で漠然とそれを聞いていても、軍隊が救済に訪れたのではなく、何やら剣呑で鼻息の荒い態度で現れれば、食糧を求めて反応したくても反応出来ないのだ。

「……クラースモルデン連邦共和国の経済成長に対するサボタージュ工作と判断し、連邦共和国法の労働者勤労義務違反をもって、同志諸君らを収監する!収監を妨害したり逃走した場合は、国家反逆罪を適用して裁判を省略、威力行使をもって死刑とする!」

 もっともらしい言葉をずらずら並べたのは、形ばかりの宣言なのだろう。
銃士隊は既にマスケット銃を構え、銃騎兵隊は別の路地の前に揃い、双方とも突入の号令を今か今かと待っている。
そして背後には空の荷台を曳く馬車がズラリと並び、連行されて来るであろう罪人……リジャの人々を、輸送部隊が待っている。

 全てが既定路線の実力行使であり、銃士隊に拘束されれば収監され、拘束を拒んだり逃走を図ったら射殺。この先リジャの人々に待っているのは、地獄しか無い。


 地上の楽園や労働者の楽園と喧伝される共産主義国家や社会主義国家では、凶悪犯罪者の存在自体あり得ないとされている。

 あくまでも対外向けプロパガンダに属する嘘なのだが、その主張は資本主義による貧富の差や、奴隷や人種差別が存在しないコミニュズム世界では、根本的に犯罪自体が起きないと言う内容なのだが、
五十人以上の女子供を殺した連続快楽殺人犯、アンドレイ・チカチーロを排出したのは間違い無く共産国家であり、平和な地上の楽園を謳う国が警察権力を排したなどとは聞いた事が無く、必ずしもそこが犯罪の無い夢の様な世界では無い事が明らかである。


 そもそも、楽園国家、千年国家は他者を大量に殺して成り立つ国家である。
思想の異なる者や、思想が同じでも自分の利に叶わない者を問答無用で大量に殺し、絶えず近隣諸国と国境紛争を起こし、時には道理無く侵攻し、思想が似通った同盟国家に対しては、その道理など無視して大量の武器や経済援助を行う国が、楽園である訳が無い。
ご多聞に漏れずこのクラースモルデン連邦共和国も楽園を謳っており、犯罪者はこの国には表向き存在しないのだ。

 よって犯罪者収監施設と言うものは存在せず、あるのはクラースヌイツベート党が指導管理する労働者再教育キャンプ……。
それは実質的に強制収容所の事で、生きて出た話など聞いた事の無い終末処理場を意味する。


 銃士隊に連行されれば、強制収容所送りとなって浄化される。それを拒否すればその場で射殺される。

リジャの街を無人化した後に新たな住民を移住させ、農業政策を続行させる。その為には現住民を完全排除させる必要がある。

 ……ジェノサイド、民族浄化に分類される虐殺行為。


 後の世に【リジャ、血の収穫祭】【リジャ虐殺事件】と呼ばれる悪夢が始まったのだ。



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