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愛をください※
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<side暁>
慌ただしく去っていった田辺を見送り、残りのカレーを味わいながら食べ終えた。
小田切先生に連絡でもしてみようか。
迷惑になったら申し訳ないと思いつつも、
――これからはいつでもどんなことでも連絡してください。
と言われたことを思い出して、勇気を奮い立たせる。
<お忙しい中すみません。会ってお話しがしたいんですが、都合のいい日はありますか?>
震える指で送信ボタンをタップする。
ああ、送ってしまった……。
ドキドキする。
そう思ったのも束の間、あっという間に既読が付いたと思ったら、すぐに返信がきた。
<今日はお仕事何時に終わりますか?>
えっ、今日?
えっと……
<今日はいつでも大丈夫そうです>
こんな返事、社会人として不思議な気がするけどと思いながら送ると、またすぐに返事が来た。
<では少しお待たせしますが17時に会社の前に車を呼んでおきますので、それに乗ってください。運転手に行き先は伝えておきますので北原さんは乗るだけで大丈夫ですよ>
えっ、そんなのいいのかな……と思ったけど、ありがたく受けることにしよう。
<わかりました。お気遣いいただきありがとうございます。先生にお会いできるのを楽しみにしています>
という言葉と共に、早く会いたいと可愛い猫が駄々を捏ねているスタンプを一緒に送ってみた。
可愛すぎるかと思ったけど、えいっ! と気合を入れて送ると、
しばらく既読になったまま、返信がない。
ああ、失敗したと思っていると、
<私も楽しみにしています>
というメッセージと共に大きな犬が可愛い猫を優しくなでなでしているスタンプが送られてきた。
ふふっ。さっき駄々こねてるスタンプだったから合わせてくれたんだ。
ほんと、小田切先生ってこういうところも優しいんだな。
僕はあまりの可愛さに何度も何度もそのスタンプを見返してしまっていた。
あと少しで、小田切先生に会えるんだ……。
そう思うだけで胸がときめく。
ああ、こんな感情久しぶりだ。
中学生で自分がゲイだと認識してから憧れるだけで我慢していたけれど、大学に入ってからは憧れることもやめていた。
勝手に期待して傷つくくらいなら最初から憧れなんてやめてしまおうと心に蓋をしていた。
だけど、成人男性として欲求は深まるばかりで……。
その結果、安田さんみたいな人に身体を奪われることになってしまったわけだけど。
そのおかげと言っていいのかわからないけど、僕が不感症だということもわかったからこれでより一層、誰かに憧れるとか、好きになるとかやめようって思えた。
でも……。
あの日以来、小田切先生にはときめいてしまう。
何もかも知られてて、受け入れてもらえないと思っているのにときめきが止められない。
でもわかってるんだ。
小田切先生は僕を不憫に思って優しくしてくれているだけってことは。
だから期待するのはやめよう。
ただもう少しだけときめいていたい。
久しぶりのこの幸せな感情をいつでも思い出して幸せに浸れるように。
こんな時間にオフィスを出るなんて不思議な感じだ。
緊張しながらエレベーターを降り、玄関に向かうと本当に一台の車が停まっていた。
これかな? 小田切先生の言っていた車は。
でも、違ってたりしたらどうしよう。
どうしていいかわからずにいると、運転席からビシッと黒いスーツを着た男性が降りてきて、
「北原暁さま。運転手の白井でございます。小田切さまからお送りするようにもうしつかっております。さぁ、こちらにお乗りください」
と後部座席の扉を開いて中へと案内してくれる。
と同時に胸ポケットに入れていたスマホがブルっと振動するのを感じた。
急いでスマホを開くと
<連絡が遅くなってすみません。白井という運転手に行き先を伝えていますので、北原さんは乗るだけで大丈夫ですよ>
というメッセージと共に車の詳細な情報も載せられていて、目の前のこれが小田切先生の用意してくれた車に間違いなさそうだ。
さすが弁護士さん。
僕が心配にならないようにしてくれたんだな。ありがたい。
「あの、ありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を下げ、車に乗り込んでから小田切先生に
<今、車に乗りました>
とメッセージを送った。
すぐに
<私はもう到着していますので、安心してください>
とメッセージが返ってきた。
続け様に可愛い犬が忠犬ハチ公のようにお利口さんに待っているスタンプまで送られてきて、思わず笑ってしまう。
「ふふっ。小田切先生、可愛い」
こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに……。
でも安田さんのことも解決したし、今日できっと終わり。
ずっと胸につかえていたものを綺麗さっぱり無くしてくれたし、それにこんなときめきまで思い出させてくれた先生には感謝しかない。
僕にできるせめてものお返しは支払いだけだ。
就職して4年。
それなりに稼いでいたし、ほとんど何もつかっていないから貯金だけはあるし、たっぷりと払わせてもらおう。
こんなにいっぱい払ってくれた気前のいい人がいたなというくらいの存在でいいから思い出してもらえるように……。
「お待たせいたしました。お気をつけてお降りください」
車が停まり、白井さんが後部座席の扉を開いてくれる。
「あ、ありがとうございます」
ドキドキしながら降りた僕の目に飛び込んできたのは、大きな一軒家。
「えっ、ここ、ですか?」
「はい。少々お待ちください」
白井さんはそういうと、その家のインターフォンを鳴らした。
ガチャリと鍵の開く音が聞こえて、中から小田切先生が駆け寄ってくる。
「北原さん、こんなところまでお越しいただきありがとうございます」
「あ、あの小田切先生。ここは……?」
「ここは私の自宅です。その方がゆっくりとお話しできると思いまして」
ああ、そういうことか。
確かに誰に聞かれているかわからない場所でする話じゃないもんな。
そのためにわざわざ自宅に案内してくれるなんて……本当に小田切先生っていい人だ。
「さぁ、どうぞ中に入ってください」
白井さんも車もいつの間にか帰ってしまっていて、僕は一人で家の中へと案内される。
リビングに足を踏み入れた途端、いい匂いが漂ってくる。
「なんか、いい匂いがします」
「ふふっ。わかりましたか? 夕食を用意しましたので、一緒に食べましょう」
「――っ、そんなっ、いいんですか?」
「ええ。北原さんに召し上がってもらおうと思ったら、久々に腕が鳴りました」
「えっ、これ……小田切先生の手料理なんですか?」
「はい。料理は趣味みたいなものなんですよ。いつも自分で作って食べているので、北原さんに召し上がっていただけると嬉しいです」
まるでレストランかと思ってしまうほど、美味しそうで綺麗に盛り付けられた料理が並んでいるのにこれが全部手作りだなんて……。
先生、すごすぎ……。
「さぁ、こちらに座ってください。せっかくなので、ワインも開けましょう」
「あっ、僕あまり強くなくて……」
「そうですか、じゃあ軽い口当たりのものにしておきましょうね」
そう言って先生が出してくれたのはりんごのスパークリングワイン。
「これはアルコール度数2%ほどのものですから、楽に飲めますよ」
「わぁ、そんなのがあるんですね! 楽しみです」
お酒の味自体は嫌いじゃない。
いや、むしろ好きなくらい。
ただ弱いだけなんだ。
壊れそうなほど繊細なワイングラスに注いでもらい、グラスを掲げると小田切先生がにこりと笑みを浮かべる。
その笑顔にドキドキしながら一口飲むと、まるでりんごそのものを食べているような濃い甘みが感じられた。
「わっ、美味しいです」
「ふふっ。よかったです。さぁ、料理もぜひ召し上がってください」
「は、はい。いただきます」
どれから手をつけていいのかもわからないくらい美味しそうな料理に迷ってしまう。
「この鴨肉のソテーは手前味噌ながら美味しくできたんですよ、どうぞ」
小田切先生が切り分けたお肉をフォークに乗せて差し出してくる。
えっ、これって……食べていいのかな?
こういうのがマナーだっけ?
あまりにも緊張しすぎて何も考えられず、僕は言われるがままに口を開くと小田切先生はそれを僕の口に運んでくれた。
「あっ! すごく美味しいですっ!!! うわっ、何これ。初めて食べたけど、本当に美味しいですっ!」
びっくりするほど美味しくて興奮してしまう。
「ふふっ。お口にあったようで何よりです。こちらの鯛のポワレも自信作なんです。どうぞ」
あまりの興奮に僕は出されるがままに食べまくってしまった。
夕食を終え、片付けを手伝おうとすると
「食洗機ですぐに終わりますから、ソファーに座っていてください」
とにこやかにかわされる。
無理やり手伝いますともいえなくてソファーに座って待っていると、本当にあっという間に片付けが終わった。
先生は冷蔵庫を開けながら、
「甘いものはお好きですか?」
と尋ねてくる。
もちろん、甘いものはどんなものでも大好き。
はいと答えると冷蔵庫からケーキが出てきた。
「えっ、もしかしてこれも先生の手作りですか?」
「はい。もちろんですよ。チーズケーキは比較的簡単に作れますから」
「えーっ、すごい、です……」
仕事もものすごくできるのに、料理だけでなくデザートまで作れるなんて……本当にスーパーマンみたいな人だな。
「このチーズケーキには、この前のあのコーヒーがよく合うんですよ」
ソファーの前にあるテーブルに置いてくれたのは、あの時と同じコーヒーの香り。
「いい香り……。僕……実は、コーヒーが苦手なんですけど……」
「えっ? そうだったんですか?」
「はい。でも……小田切先生が出してくれるこのコーヒーだけは好きです。本当に無理してるとかじゃなくて、本当に美味しくて好きなんです」
「ふふっ。そうなんですね。実は、私もコーヒがあまり得意ではないんですよ」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。でもバリスタの友人が私にも美味しく飲めるコーヒーを調合してくれて、それだけは飲めるようになったんです。そのバリスタの友人曰く、コーヒーの好みがピッタリと合う人は運命の相手なんだそうですよ」
「え――っ!!」
運命、の……相手?
うわっ……冗談でも、たとえ嘘でも嬉しいっ!!
「それくらいコーヒーは奥が深いってことらしいんですけどね。ほんの少しの配合の違いで全く違う味になるそうですから、同じ味が好きというのが運命だというのはあながち間違いじゃないかもしれませんね」
それって、小田切先生も僕のことを運命の相手だと思ってくれてる、とか……?
いやいや、そんなことあるわけない。
だって、僕は男だし……先生も男だし……。
僕はゲイだけど、先生は違うに決まってる。
こんな素敵な人、女性が放っておくわけないんだし。
期待しちゃダメだ。
こんな素敵な時間を過ごせるだけで十分なんだから。
ケーキとコーヒーを味わっていると、先生はソファーの隣に置いていた鞄から書類を取り出した。
ああ、あの話だ。
夢の時間もこれで終わり。
シンデレラみたいに夢から覚めるんだ。
少し寂しく思いながら、チーズケーキの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
「北原さんから請け負ったあのご相談の件ですが、全て解決いたしました」
「はい。ありがとうございます」
田辺の言った通りだ。
ああ、小田切先生と過ごせる時間も本当にもうこれで終わってしまうんだ……。
安田さんとのことが解決して嬉しいはずなのに、これから先生と過ごせない方が辛くてたまらない。
一緒に過ごせないどころか、先生からのメッセージも、あの可愛いスタンプももう見られなくなっちゃうんだな。
この数日、先生からのメッセージが届くたびにドキドキして、胸の奥が疼いて幸せな時間だったのに……。
僕の話を真剣に聞いてくれたのが先生が初めてで、ただの憧れだと思っていたのに、僕はいつの間にか本気で先生のことを好きになっていたみたいだ。
もう会えないとわかってから自分の思いに気づくなんて、僕はどれだけばかなんだろう。
「安田はすでに警察に身柄を拘束されています。今回の逮捕は公務執行妨害での逮捕ですが、すでに皆さんに書いていただいた告訴状と告発状は受理されていますので、その件でも逮捕されることになっています。一応初犯ですが被害人数とその悪質性から他にも余罪があると思われますのでそちらの捜査もされることになっています。今回は間違いなく実刑になりますので、北原さんの前に安田が現れることは当分ありません。ご安心ください」
「小田切先生……本当にありがとうございます。僕……なんてお礼を言ったらいいか……」
「私は弁護士としてやるべきことをやっただけですから」
先生にとって仕事の一つでも、先生と出会えたことは僕にとって大きな人生の転機だった。
だから、精一杯のお礼をしないと。
「あの、僕……本当に感謝してるんです。だから、お礼はいくらでもお支払いします。お好きな額を仰って下さい!」
「えっ?」
「僕、仕事ばっかりで趣味もないし、買い物も全然してないんでお金だけは貯まってます。だから、先生にいくらでもお支払いできると思います。僕の感謝の気持ちなので、先生のお好きな額を仰って下さい」
せめて先生の記憶にでも残れたらそれだけでいい。
他の望みなんて僕には勿体無い。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい。北原さん、お金なんて結構ですよ」
「えっ……どうしてですか?」
僕が小田切先生にできる唯一のことなのに……。
「私は、北原さんの力になりたくて、私ができることをしただけです。北原さんにお金をいただくつもりは最初からありませんでしたよ」
「でも、それじゃあ……僕の気が済まないんです。あの、じゃあお金じゃなくても何か僕にしてほしいことはありませんか? 僕も先生の力になれることはありませんか? お願いです。僕にも何か先生のためにさせて下さい」
「北原さん……」
「お願いします!」
僕は必死に頭を下げた。
なんとかして先生の記憶に残りたい。
その思いでいっぱいだったんだ。
「じゃあ、北原さん……あなたにしか、頼めないことをお願いしてもいいですか?」
「えっ、僕にしかできないことですか?」
「ええ。どうでしょう?」
「はい。どんなことでも言って下さい。僕、なんでもしますから」
「その言葉……私以外には言ってはいけませんよ」
「えっ?」
何を言われたのかわからなくて聞き返そうとすると、先生は何も言わずにスッと立ち上がりそのまま僕の隣に腰を下ろした。
「わ――っ! えっ、あの……」
急に手を握られてドキドキする。
何?
一体何がどうなってるの?
「北原さん」
「は、はい……」
何?
どうして先生に見つめられてるの?
綺麗な瞳に見つめられて、心臓がもたないよ!
「私の、恋人になってください」
「……えっ? い、ま……なん、て……?」
「北原さんを初めて見たときから惹かれていました。北原さんの憂いが解決するまではと思って必死に抑えてきましたが、もう我慢できないんです。絶対に幸せにしますから、私の恋人になってほしいんです」
「えっ、あっ……えっ? あ、あの……ほ、んとうに? じょう、だんとか……?」
「冗談でこんなこと言いませんよ。私は弁護士ですから、嘘をついたり騙したり決して傷つけたり泣かせたりしないと誓います。ですから、北原さんの恋人にしていただけませんか? はい以外の言葉は聞きたくないです。北原さん、どうか……」
小田切先生の切羽詰まったような瞳に、僕は夢見心地のまま
「は、い……せん、せいの……こい、びとに、して、ください……」
と答えていた。
「ああっ! 暁っ!」
「――っ!!」
先生に名前を呼ばれただけで胸がドキドキする。
その上、ギュッと抱きしめられたら心臓がおかしくなってしまいそう。
「せん、せぃ……」
「違う、智と呼んでください」
「さとし、さん……」
「ふふっ、暁に呼ばれるだけで嬉しいですよ」
先生……智さんも僕と同じ気持ちなんだ……。
「智、さん……僕も嬉しいです……」
「暁……キスしても?」
「えっ!! き、キスですか?」
「ええ、ダメですか?」
「い、いいえ。は、初めてなので、うまくできるか、わからないですけど……」
「えっ? 初めて?」
智さんの反応に驚きながらも頷くと、智さんは茫然として僕を見つめた。
目を丸くして驚いている智さんを見て、一気に顔が赤くなる。
やっぱりこの歳になって初めてなんて引かれたかも。
「あ、あの……い、いやに、なっちゃいましたか?」
「そんなことっ! あるわけないだろう!!」
「――っ!!」
突然変わった智さんの口調にびっくりしてしまう。
でも、そんな少し荒々しい口調の智さんもカッコよくてドキドキする。
「ああっ、すみません。驚かせてしまいましたか?」
「いえ、今の口調がいいです。今のが素の智さんですか?」
「暁……ああ、そうだよ」
「ふふっ。かっこいいです。あ、あの、キス……してください。僕、智さんと、キス、したいです……」
「ああっ!! 暁っ!!」
「んんっ!!」
智さんの肉厚で柔らかな唇が重なった瞬間、甘い痺れが身体中を駆け巡った。
その刺激にびっくりして唇を開いた瞬間、智さんの舌がスッと滑り込んできた。
「ふぁ……っ……んんっ」
智さんの舌がまるで生き物のように僕の口内を動き回る。
クチュクチュと唾液の絡まるいやらしい音を立てながら舌先に絡みつかれ吸いつかれるだけで身体の奥が疼いてくる。
なんだろう、この感覚。
今まで感じたこともない。
「んぁ……っん」
キスをしながら、智さんが僕の耳たぶを弄ぶ。
こんなとこ触ったって何も感じるわけがないのに、どうして身体の奥がゾクゾクするの?
もう自分の身体じゃないみたいだ。
口内をこれでもかというほど貪られ智さんとのキスに溺れていると、ゆっくりと唇が離れていく。
智さんの熱が消えていくのが嫌なのに、情熱的なキスに身体の力がすっかり抜けて動けない。
「さ、とし、さん……も、っと……」
「ふふっ。暁はキスが好きか?」
優しい声に頷くと、もう一度唇が重なった。
チュッチュッと唇を啄まれるだけですごく気持ちがいい。
僕、本当にキスが好きだ。
いや、違う。
智さんとのキスが好きなんだ。
「暁、愛してるよ」
「さと、しさん……ぼ、くも……」
「暁、このまま抱きたい……いい?」
「――っ!!」
その言葉に自分の気持ちとは裏腹に身体がピシッと強張るのを感じた。
「暁?」
「あ、あの……ぼ、く……」
なんて言えばいい?
抱かれても何も感じないって?
そんなこといったら智さんに絶対に嫌われてしまう。
智さんには知られたくない!
「あの……ごめん、なさい……っうっ、ぐすっ」
智さんが好きなのに……。
ごめんなさいしか言えない……。
辛くて涙が滲んでくる。
すると、突然身体がすっぽりと包まれて、
「どうして暁が謝るんだ? 暁は何もしてないだろう? 私は性急すぎただけなんだ。恋人になってくれただけで幸せなのに、早く暁を自分のものにしたくて……暁の気持ちを考えてなかった。私こそ、悪かった」
と本当に申し訳なさそうに謝ってくれた。
「ちが――っ、智さんは、ぐすっ、悪くないです、うっ……うっ」
「無理しないでいい。時間をかけてゆっくりと恋人になろう」
「ちが――っ、本当に違うんですっ。僕が……僕が……何も感じないから……智さんがつまらないと、思って……」
「暁……それはどういう意味なんだ?」
これを知られたら嫌われる……。
でも、もう隠しておくことなんてできない。
だって、僕の身体がおかしいんだから。
「僕……何も感じないんです……。あ、あの……や、安田さんに、その……されてた、時も……痛くて、気持ち悪いだけで、何も感じなくて……ずっと早く終わればいいって、そればっかり考えてて……だから、智さんも……」
「バカだな」
「えっ?」
「感じなくて当然だよ」
「あの、それ……どういう意味、ですか?」
「いいか? セックスは愛し合うことなんだよ。愛し合う二人の行為だから、気持ちよく感じるし幸せなんだよ。どちらかでも心が伴ってないセックスはただの暴力だ。暴力を受けて気持ちいいなんて思えないだろう? いいか? あんなクズとの暴力の記憶なんか、私が全て払拭してやる。暁は素直に私の愛を受けてくれたらいい」
そう、だったんだ……。
「智さん……智さんの愛を僕に、ください……」
僕の言葉に智さんは満面の笑みで僕を抱きかかえた。
慌ただしく去っていった田辺を見送り、残りのカレーを味わいながら食べ終えた。
小田切先生に連絡でもしてみようか。
迷惑になったら申し訳ないと思いつつも、
――これからはいつでもどんなことでも連絡してください。
と言われたことを思い出して、勇気を奮い立たせる。
<お忙しい中すみません。会ってお話しがしたいんですが、都合のいい日はありますか?>
震える指で送信ボタンをタップする。
ああ、送ってしまった……。
ドキドキする。
そう思ったのも束の間、あっという間に既読が付いたと思ったら、すぐに返信がきた。
<今日はお仕事何時に終わりますか?>
えっ、今日?
えっと……
<今日はいつでも大丈夫そうです>
こんな返事、社会人として不思議な気がするけどと思いながら送ると、またすぐに返事が来た。
<では少しお待たせしますが17時に会社の前に車を呼んでおきますので、それに乗ってください。運転手に行き先は伝えておきますので北原さんは乗るだけで大丈夫ですよ>
えっ、そんなのいいのかな……と思ったけど、ありがたく受けることにしよう。
<わかりました。お気遣いいただきありがとうございます。先生にお会いできるのを楽しみにしています>
という言葉と共に、早く会いたいと可愛い猫が駄々を捏ねているスタンプを一緒に送ってみた。
可愛すぎるかと思ったけど、えいっ! と気合を入れて送ると、
しばらく既読になったまま、返信がない。
ああ、失敗したと思っていると、
<私も楽しみにしています>
というメッセージと共に大きな犬が可愛い猫を優しくなでなでしているスタンプが送られてきた。
ふふっ。さっき駄々こねてるスタンプだったから合わせてくれたんだ。
ほんと、小田切先生ってこういうところも優しいんだな。
僕はあまりの可愛さに何度も何度もそのスタンプを見返してしまっていた。
あと少しで、小田切先生に会えるんだ……。
そう思うだけで胸がときめく。
ああ、こんな感情久しぶりだ。
中学生で自分がゲイだと認識してから憧れるだけで我慢していたけれど、大学に入ってからは憧れることもやめていた。
勝手に期待して傷つくくらいなら最初から憧れなんてやめてしまおうと心に蓋をしていた。
だけど、成人男性として欲求は深まるばかりで……。
その結果、安田さんみたいな人に身体を奪われることになってしまったわけだけど。
そのおかげと言っていいのかわからないけど、僕が不感症だということもわかったからこれでより一層、誰かに憧れるとか、好きになるとかやめようって思えた。
でも……。
あの日以来、小田切先生にはときめいてしまう。
何もかも知られてて、受け入れてもらえないと思っているのにときめきが止められない。
でもわかってるんだ。
小田切先生は僕を不憫に思って優しくしてくれているだけってことは。
だから期待するのはやめよう。
ただもう少しだけときめいていたい。
久しぶりのこの幸せな感情をいつでも思い出して幸せに浸れるように。
こんな時間にオフィスを出るなんて不思議な感じだ。
緊張しながらエレベーターを降り、玄関に向かうと本当に一台の車が停まっていた。
これかな? 小田切先生の言っていた車は。
でも、違ってたりしたらどうしよう。
どうしていいかわからずにいると、運転席からビシッと黒いスーツを着た男性が降りてきて、
「北原暁さま。運転手の白井でございます。小田切さまからお送りするようにもうしつかっております。さぁ、こちらにお乗りください」
と後部座席の扉を開いて中へと案内してくれる。
と同時に胸ポケットに入れていたスマホがブルっと振動するのを感じた。
急いでスマホを開くと
<連絡が遅くなってすみません。白井という運転手に行き先を伝えていますので、北原さんは乗るだけで大丈夫ですよ>
というメッセージと共に車の詳細な情報も載せられていて、目の前のこれが小田切先生の用意してくれた車に間違いなさそうだ。
さすが弁護士さん。
僕が心配にならないようにしてくれたんだな。ありがたい。
「あの、ありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を下げ、車に乗り込んでから小田切先生に
<今、車に乗りました>
とメッセージを送った。
すぐに
<私はもう到着していますので、安心してください>
とメッセージが返ってきた。
続け様に可愛い犬が忠犬ハチ公のようにお利口さんに待っているスタンプまで送られてきて、思わず笑ってしまう。
「ふふっ。小田切先生、可愛い」
こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに……。
でも安田さんのことも解決したし、今日できっと終わり。
ずっと胸につかえていたものを綺麗さっぱり無くしてくれたし、それにこんなときめきまで思い出させてくれた先生には感謝しかない。
僕にできるせめてものお返しは支払いだけだ。
就職して4年。
それなりに稼いでいたし、ほとんど何もつかっていないから貯金だけはあるし、たっぷりと払わせてもらおう。
こんなにいっぱい払ってくれた気前のいい人がいたなというくらいの存在でいいから思い出してもらえるように……。
「お待たせいたしました。お気をつけてお降りください」
車が停まり、白井さんが後部座席の扉を開いてくれる。
「あ、ありがとうございます」
ドキドキしながら降りた僕の目に飛び込んできたのは、大きな一軒家。
「えっ、ここ、ですか?」
「はい。少々お待ちください」
白井さんはそういうと、その家のインターフォンを鳴らした。
ガチャリと鍵の開く音が聞こえて、中から小田切先生が駆け寄ってくる。
「北原さん、こんなところまでお越しいただきありがとうございます」
「あ、あの小田切先生。ここは……?」
「ここは私の自宅です。その方がゆっくりとお話しできると思いまして」
ああ、そういうことか。
確かに誰に聞かれているかわからない場所でする話じゃないもんな。
そのためにわざわざ自宅に案内してくれるなんて……本当に小田切先生っていい人だ。
「さぁ、どうぞ中に入ってください」
白井さんも車もいつの間にか帰ってしまっていて、僕は一人で家の中へと案内される。
リビングに足を踏み入れた途端、いい匂いが漂ってくる。
「なんか、いい匂いがします」
「ふふっ。わかりましたか? 夕食を用意しましたので、一緒に食べましょう」
「――っ、そんなっ、いいんですか?」
「ええ。北原さんに召し上がってもらおうと思ったら、久々に腕が鳴りました」
「えっ、これ……小田切先生の手料理なんですか?」
「はい。料理は趣味みたいなものなんですよ。いつも自分で作って食べているので、北原さんに召し上がっていただけると嬉しいです」
まるでレストランかと思ってしまうほど、美味しそうで綺麗に盛り付けられた料理が並んでいるのにこれが全部手作りだなんて……。
先生、すごすぎ……。
「さぁ、こちらに座ってください。せっかくなので、ワインも開けましょう」
「あっ、僕あまり強くなくて……」
「そうですか、じゃあ軽い口当たりのものにしておきましょうね」
そう言って先生が出してくれたのはりんごのスパークリングワイン。
「これはアルコール度数2%ほどのものですから、楽に飲めますよ」
「わぁ、そんなのがあるんですね! 楽しみです」
お酒の味自体は嫌いじゃない。
いや、むしろ好きなくらい。
ただ弱いだけなんだ。
壊れそうなほど繊細なワイングラスに注いでもらい、グラスを掲げると小田切先生がにこりと笑みを浮かべる。
その笑顔にドキドキしながら一口飲むと、まるでりんごそのものを食べているような濃い甘みが感じられた。
「わっ、美味しいです」
「ふふっ。よかったです。さぁ、料理もぜひ召し上がってください」
「は、はい。いただきます」
どれから手をつけていいのかもわからないくらい美味しそうな料理に迷ってしまう。
「この鴨肉のソテーは手前味噌ながら美味しくできたんですよ、どうぞ」
小田切先生が切り分けたお肉をフォークに乗せて差し出してくる。
えっ、これって……食べていいのかな?
こういうのがマナーだっけ?
あまりにも緊張しすぎて何も考えられず、僕は言われるがままに口を開くと小田切先生はそれを僕の口に運んでくれた。
「あっ! すごく美味しいですっ!!! うわっ、何これ。初めて食べたけど、本当に美味しいですっ!」
びっくりするほど美味しくて興奮してしまう。
「ふふっ。お口にあったようで何よりです。こちらの鯛のポワレも自信作なんです。どうぞ」
あまりの興奮に僕は出されるがままに食べまくってしまった。
夕食を終え、片付けを手伝おうとすると
「食洗機ですぐに終わりますから、ソファーに座っていてください」
とにこやかにかわされる。
無理やり手伝いますともいえなくてソファーに座って待っていると、本当にあっという間に片付けが終わった。
先生は冷蔵庫を開けながら、
「甘いものはお好きですか?」
と尋ねてくる。
もちろん、甘いものはどんなものでも大好き。
はいと答えると冷蔵庫からケーキが出てきた。
「えっ、もしかしてこれも先生の手作りですか?」
「はい。もちろんですよ。チーズケーキは比較的簡単に作れますから」
「えーっ、すごい、です……」
仕事もものすごくできるのに、料理だけでなくデザートまで作れるなんて……本当にスーパーマンみたいな人だな。
「このチーズケーキには、この前のあのコーヒーがよく合うんですよ」
ソファーの前にあるテーブルに置いてくれたのは、あの時と同じコーヒーの香り。
「いい香り……。僕……実は、コーヒーが苦手なんですけど……」
「えっ? そうだったんですか?」
「はい。でも……小田切先生が出してくれるこのコーヒーだけは好きです。本当に無理してるとかじゃなくて、本当に美味しくて好きなんです」
「ふふっ。そうなんですね。実は、私もコーヒがあまり得意ではないんですよ」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。でもバリスタの友人が私にも美味しく飲めるコーヒーを調合してくれて、それだけは飲めるようになったんです。そのバリスタの友人曰く、コーヒーの好みがピッタリと合う人は運命の相手なんだそうですよ」
「え――っ!!」
運命、の……相手?
うわっ……冗談でも、たとえ嘘でも嬉しいっ!!
「それくらいコーヒーは奥が深いってことらしいんですけどね。ほんの少しの配合の違いで全く違う味になるそうですから、同じ味が好きというのが運命だというのはあながち間違いじゃないかもしれませんね」
それって、小田切先生も僕のことを運命の相手だと思ってくれてる、とか……?
いやいや、そんなことあるわけない。
だって、僕は男だし……先生も男だし……。
僕はゲイだけど、先生は違うに決まってる。
こんな素敵な人、女性が放っておくわけないんだし。
期待しちゃダメだ。
こんな素敵な時間を過ごせるだけで十分なんだから。
ケーキとコーヒーを味わっていると、先生はソファーの隣に置いていた鞄から書類を取り出した。
ああ、あの話だ。
夢の時間もこれで終わり。
シンデレラみたいに夢から覚めるんだ。
少し寂しく思いながら、チーズケーキの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
「北原さんから請け負ったあのご相談の件ですが、全て解決いたしました」
「はい。ありがとうございます」
田辺の言った通りだ。
ああ、小田切先生と過ごせる時間も本当にもうこれで終わってしまうんだ……。
安田さんとのことが解決して嬉しいはずなのに、これから先生と過ごせない方が辛くてたまらない。
一緒に過ごせないどころか、先生からのメッセージも、あの可愛いスタンプももう見られなくなっちゃうんだな。
この数日、先生からのメッセージが届くたびにドキドキして、胸の奥が疼いて幸せな時間だったのに……。
僕の話を真剣に聞いてくれたのが先生が初めてで、ただの憧れだと思っていたのに、僕はいつの間にか本気で先生のことを好きになっていたみたいだ。
もう会えないとわかってから自分の思いに気づくなんて、僕はどれだけばかなんだろう。
「安田はすでに警察に身柄を拘束されています。今回の逮捕は公務執行妨害での逮捕ですが、すでに皆さんに書いていただいた告訴状と告発状は受理されていますので、その件でも逮捕されることになっています。一応初犯ですが被害人数とその悪質性から他にも余罪があると思われますのでそちらの捜査もされることになっています。今回は間違いなく実刑になりますので、北原さんの前に安田が現れることは当分ありません。ご安心ください」
「小田切先生……本当にありがとうございます。僕……なんてお礼を言ったらいいか……」
「私は弁護士としてやるべきことをやっただけですから」
先生にとって仕事の一つでも、先生と出会えたことは僕にとって大きな人生の転機だった。
だから、精一杯のお礼をしないと。
「あの、僕……本当に感謝してるんです。だから、お礼はいくらでもお支払いします。お好きな額を仰って下さい!」
「えっ?」
「僕、仕事ばっかりで趣味もないし、買い物も全然してないんでお金だけは貯まってます。だから、先生にいくらでもお支払いできると思います。僕の感謝の気持ちなので、先生のお好きな額を仰って下さい」
せめて先生の記憶にでも残れたらそれだけでいい。
他の望みなんて僕には勿体無い。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい。北原さん、お金なんて結構ですよ」
「えっ……どうしてですか?」
僕が小田切先生にできる唯一のことなのに……。
「私は、北原さんの力になりたくて、私ができることをしただけです。北原さんにお金をいただくつもりは最初からありませんでしたよ」
「でも、それじゃあ……僕の気が済まないんです。あの、じゃあお金じゃなくても何か僕にしてほしいことはありませんか? 僕も先生の力になれることはありませんか? お願いです。僕にも何か先生のためにさせて下さい」
「北原さん……」
「お願いします!」
僕は必死に頭を下げた。
なんとかして先生の記憶に残りたい。
その思いでいっぱいだったんだ。
「じゃあ、北原さん……あなたにしか、頼めないことをお願いしてもいいですか?」
「えっ、僕にしかできないことですか?」
「ええ。どうでしょう?」
「はい。どんなことでも言って下さい。僕、なんでもしますから」
「その言葉……私以外には言ってはいけませんよ」
「えっ?」
何を言われたのかわからなくて聞き返そうとすると、先生は何も言わずにスッと立ち上がりそのまま僕の隣に腰を下ろした。
「わ――っ! えっ、あの……」
急に手を握られてドキドキする。
何?
一体何がどうなってるの?
「北原さん」
「は、はい……」
何?
どうして先生に見つめられてるの?
綺麗な瞳に見つめられて、心臓がもたないよ!
「私の、恋人になってください」
「……えっ? い、ま……なん、て……?」
「北原さんを初めて見たときから惹かれていました。北原さんの憂いが解決するまではと思って必死に抑えてきましたが、もう我慢できないんです。絶対に幸せにしますから、私の恋人になってほしいんです」
「えっ、あっ……えっ? あ、あの……ほ、んとうに? じょう、だんとか……?」
「冗談でこんなこと言いませんよ。私は弁護士ですから、嘘をついたり騙したり決して傷つけたり泣かせたりしないと誓います。ですから、北原さんの恋人にしていただけませんか? はい以外の言葉は聞きたくないです。北原さん、どうか……」
小田切先生の切羽詰まったような瞳に、僕は夢見心地のまま
「は、い……せん、せいの……こい、びとに、して、ください……」
と答えていた。
「ああっ! 暁っ!」
「――っ!!」
先生に名前を呼ばれただけで胸がドキドキする。
その上、ギュッと抱きしめられたら心臓がおかしくなってしまいそう。
「せん、せぃ……」
「違う、智と呼んでください」
「さとし、さん……」
「ふふっ、暁に呼ばれるだけで嬉しいですよ」
先生……智さんも僕と同じ気持ちなんだ……。
「智、さん……僕も嬉しいです……」
「暁……キスしても?」
「えっ!! き、キスですか?」
「ええ、ダメですか?」
「い、いいえ。は、初めてなので、うまくできるか、わからないですけど……」
「えっ? 初めて?」
智さんの反応に驚きながらも頷くと、智さんは茫然として僕を見つめた。
目を丸くして驚いている智さんを見て、一気に顔が赤くなる。
やっぱりこの歳になって初めてなんて引かれたかも。
「あ、あの……い、いやに、なっちゃいましたか?」
「そんなことっ! あるわけないだろう!!」
「――っ!!」
突然変わった智さんの口調にびっくりしてしまう。
でも、そんな少し荒々しい口調の智さんもカッコよくてドキドキする。
「ああっ、すみません。驚かせてしまいましたか?」
「いえ、今の口調がいいです。今のが素の智さんですか?」
「暁……ああ、そうだよ」
「ふふっ。かっこいいです。あ、あの、キス……してください。僕、智さんと、キス、したいです……」
「ああっ!! 暁っ!!」
「んんっ!!」
智さんの肉厚で柔らかな唇が重なった瞬間、甘い痺れが身体中を駆け巡った。
その刺激にびっくりして唇を開いた瞬間、智さんの舌がスッと滑り込んできた。
「ふぁ……っ……んんっ」
智さんの舌がまるで生き物のように僕の口内を動き回る。
クチュクチュと唾液の絡まるいやらしい音を立てながら舌先に絡みつかれ吸いつかれるだけで身体の奥が疼いてくる。
なんだろう、この感覚。
今まで感じたこともない。
「んぁ……っん」
キスをしながら、智さんが僕の耳たぶを弄ぶ。
こんなとこ触ったって何も感じるわけがないのに、どうして身体の奥がゾクゾクするの?
もう自分の身体じゃないみたいだ。
口内をこれでもかというほど貪られ智さんとのキスに溺れていると、ゆっくりと唇が離れていく。
智さんの熱が消えていくのが嫌なのに、情熱的なキスに身体の力がすっかり抜けて動けない。
「さ、とし、さん……も、っと……」
「ふふっ。暁はキスが好きか?」
優しい声に頷くと、もう一度唇が重なった。
チュッチュッと唇を啄まれるだけですごく気持ちがいい。
僕、本当にキスが好きだ。
いや、違う。
智さんとのキスが好きなんだ。
「暁、愛してるよ」
「さと、しさん……ぼ、くも……」
「暁、このまま抱きたい……いい?」
「――っ!!」
その言葉に自分の気持ちとは裏腹に身体がピシッと強張るのを感じた。
「暁?」
「あ、あの……ぼ、く……」
なんて言えばいい?
抱かれても何も感じないって?
そんなこといったら智さんに絶対に嫌われてしまう。
智さんには知られたくない!
「あの……ごめん、なさい……っうっ、ぐすっ」
智さんが好きなのに……。
ごめんなさいしか言えない……。
辛くて涙が滲んでくる。
すると、突然身体がすっぽりと包まれて、
「どうして暁が謝るんだ? 暁は何もしてないだろう? 私は性急すぎただけなんだ。恋人になってくれただけで幸せなのに、早く暁を自分のものにしたくて……暁の気持ちを考えてなかった。私こそ、悪かった」
と本当に申し訳なさそうに謝ってくれた。
「ちが――っ、智さんは、ぐすっ、悪くないです、うっ……うっ」
「無理しないでいい。時間をかけてゆっくりと恋人になろう」
「ちが――っ、本当に違うんですっ。僕が……僕が……何も感じないから……智さんがつまらないと、思って……」
「暁……それはどういう意味なんだ?」
これを知られたら嫌われる……。
でも、もう隠しておくことなんてできない。
だって、僕の身体がおかしいんだから。
「僕……何も感じないんです……。あ、あの……や、安田さんに、その……されてた、時も……痛くて、気持ち悪いだけで、何も感じなくて……ずっと早く終わればいいって、そればっかり考えてて……だから、智さんも……」
「バカだな」
「えっ?」
「感じなくて当然だよ」
「あの、それ……どういう意味、ですか?」
「いいか? セックスは愛し合うことなんだよ。愛し合う二人の行為だから、気持ちよく感じるし幸せなんだよ。どちらかでも心が伴ってないセックスはただの暴力だ。暴力を受けて気持ちいいなんて思えないだろう? いいか? あんなクズとの暴力の記憶なんか、私が全て払拭してやる。暁は素直に私の愛を受けてくれたらいい」
そう、だったんだ……。
「智さん……智さんの愛を僕に、ください……」
僕の言葉に智さんは満面の笑みで僕を抱きかかえた。
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