虐待されていた天使を息子として迎え入れたらみんなが幸せになりました

波木真帆

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最後に手を伸ばすのは

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今まで見たことのない安慶名くんの表情に思わず笑みを溢すと、鳴宮くんがさっと直くんに声をかける。

「あのお兄ちゃんは、伊織だよ」

「いおい? こんちちはー」

直くんはさっきの鳴宮くんとの話を覚えていたようで、笑顔で安慶名くんに挨拶の言葉をかけた。
その直くんの笑顔は天使そのもの。その可愛い笑顔を間近で見てしまった安慶名くんは見たことがないほど顔を赤らめていた。

「――っ、あ、こ、こんに、ちは……」

顔を真っ赤にして直くんに挨拶する姿に鳴宮くんと絢斗はもう堪えきれないと言った様子で笑い出した。

「伊織ー! 顔赤いよ!」
「伊織くんも、こんな表情できるんだね!」

「あ、あの、これは一体……?」

いつもの安慶名くんならすぐに状況判断ができているはずなのに、志良堂が直くんを抱っこしている姿によほど混乱してしまったのか、まだこの事態を把握できていないようだ。

その様子を私たちと一緒に見ていた成瀬くんがようやく口を開いた。

「安慶名。この子は磯山先生と緑川教授のお子さんの直くんだよ。志良堂教授と鳴宮教授が私と安慶名を驚かせるために抱っこして連れてきたんだ」

「えっ、あ、ああ……そう、いうことか……」

成瀬くんの簡潔な説明に、やっとのことで安慶名くんも事態を飲み込めたようだ。

「さすが成瀬くん。最初少しだけ驚いていたがすぐに状況を理解していたな」

「安慶名の驚きが半端なかったので、逆に冷静になれただけですよ。私も国生こくしょう先生が突然可愛い子どもを抱いて現れたら多分今の安慶名以上に驚いていると思います」

国生先生というのは、医学部の学生だった成瀬くんの恩師だ。
国内外の医師が憧れるというほどの腕を持つ国生先生が桜城大学で特別講座をして以来の関係で、成瀬くんが優秀な成績で医学部を卒業したのち、弁護士としての道を選んだ時に最後まで反対した先生でもある。

確かに国生先生が可愛い子どもを抱っこして突然成瀬くんの目の前に現れたら、今の安慶名くん以上に困惑してしまうのは間違いないな。

「ちゅぐぅちゃ、おにちゃ、だれー?」

私が話をしている相手が気になったのだろう。
さて、直くんになんと紹介しようか……。

そう思っていると、ようやくいつもの勘を取り戻したらしい安慶名くんが突然話に加わってきた。

「直くん、彼は優一だよ。ゆういち」

「ちょ、安慶名っ!」

成瀬くんを「優一」と呼べるのはあの国生先生くらいか。他で呼んでいるのは聞いたことがない。
いや、誰も言えない雰囲気を醸し出しているから当然だ。

さすがの成瀬くんも戸惑っているようだったが、素直な直くんは安慶名くんの言葉をしっかりと真似していた。

「ゆーちー?」

「――っ!!」

コテンと小首を傾げる直くんに名前を呼ばれて、成瀬くんの頬が赤くなるのがわかる。
まさか、あの・・成瀬くんまで人間にしてしまうとはな。
こんな成瀬くんは初めてだ。

「ほら、成瀬くん。返事してあげなきゃ!」

「え、あ、はい。ゆ、優一だよ。よろしく」

この上なく優しい笑顔を向けると、直くんはホッとしたように笑顔を見せた。

「ゆーちー、よろちく」

可愛い笑顔に、この部屋にいる全員が心を癒されていく。
直くんは本当に天使なのかもしれない。

「せっかくだから、伊織と成瀬くんも直くんを抱っこさせてもらったら?」

「えっ、ですが……」

成瀬くんと安慶名くんが同時に私を見たのは、私が直くんを溺愛していることを知っているからだろう。
志良堂と違って若い男性に抱っこされるのは、複雑な気持ちはあるが成瀬くんと安慶名くんに邪な気持ちがないことははっきりとわかっている。だから直くんが嫌がらなければ、私が反対する理由はない。

「直くんが手を伸ばすなら私は構わないよ」

「ほら、磯山先生もそうおっしゃってくださっているから、抱っこさせてもらおう」

その言葉に安心したのか、安慶名くんは少し緊張しながらも

「おいで」

と手を伸ばした。

直くんは少し考えながらも自分から手を伸ばし安慶名くんに抱っこされにいく。

小さい子を抱っこした経験がないというのが丸わかりの安慶名くんの抱っこだったが、それでも直くんが嫌がることは一切なかった。

成瀬くんはその様子を見てホッとしたのか、そっと安慶名くんのそばに寄り、

「おいで」

と手を伸ばした。

直くんは躊躇う様子も見せずに成瀬くんに手を伸ばす。

さすが医師だけあって、抱っこの様子は安慶名くんよりもさまになっている。
彼は小児科の医師でも似合ったかもしれないな。

しばらくその様子を眺めていると、直くんが成瀬くん越しに私を見た。
すると、突然

「ちゅぐぅちゃ! ちゅぐぅちゃ!」

と声を上げ始めた。

慌てて駆け寄ると、直くんが飛び込んできそうな勢いで私に手を伸ばす。

「直くん、どうした?」

優しく声をかけると、直くんはホッとした表情を見せて、私の腕の中にすっぽりとおさまった。
その安心した表情がたまらなく可愛い。

「直くん、ずっと初めての人の腕に抱っこされて頑張ったもんね。そろそろ落ち着きたくなったんじゃないかな」

鳴宮くんの言葉に、志良堂が大きく頷く。

「なるほど、そういうことか。磯山、お前すっかり直くんの父親だな」

その言葉が何よりも嬉しかった。
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