不感症の僕が蕩けるほど愛されちゃってます

波木真帆

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もう少しだけ……

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今日、小田切先生に会えるんだ……。
そう思うだけで胸がときめく。

ああ、こんな感情久しぶりだ。

中学生で自分がゲイだと認識してから憧れるだけで我慢していたけれど、大学に入ってからは憧れることもやめていた。
どれだけ憧れたって絶対に思いが伝わらないことがわかっていたからだ。
勝手に期待して傷つくくらいなら最初から憧れなんてやめてしまおうと心に蓋をしていた。

だけど、成人男性として欲求は深まるばかりで……。

その結果、安田さんみたいな人に身体を奪われることになってしまったわけだけど。
そのおかげと言っていいのかわからないけど、僕が不感症だということもわかったからこれでより一層、誰かに憧れるとか、好きになるとかやめようって思えた。

でも……。

あの日以来、小田切先生にはときめいてしまう。
何もかも知られてて、受け入れてもらえないと思っているのにときめきが止められない。

最初からダメだと確定しているから、本当にただ思うだけだけど、それすらも捨てていた僕から見れば驚くべきことだ。

でもわかってるんだ。
小田切先生は僕を不憫に思って優しくしてくれているだけってことは。

だから期待するのはやめよう。
ただもう少しだけときめいていたい。

久しぶりのこの幸せな感情をいつでも思い出して幸せに浸れるように。


ああ、定時に終わってオフィスを出るなんてどれくらいぶりだろう?
もう思い出せないほど毎日頑張ってたんだな、僕。

緊張しながらエレベーターを降り、玄関に向かうと本当に一台の車が停まっていた。

これかな? 小田切先生の言っていた車は。

でも、違ってたり……。

どうしていいかわからずにいると、運転席からビシッと黒いスーツを着た男性が降りてきて、

「北原暁さま。運転手の白井しらいでございます。小田切さまからお送りするようにもうしつかっております。さぁ、こちらにお乗りください」

と後部座席の扉を開いて中へと案内してくれる。

と同時に胸ポケットに入れていたスマホがブルっと振動するのを感じた。

急いでスマホを開くと

<連絡が遅くなってすみません。白井という運転手に行き先を伝えていますので、北原さんは乗るだけで大丈夫ですよ>

というメッセージと共に車の詳細な情報も載せられていて、目の前のこれが小田切先生の用意してくれた車に間違いなさそうだ。

さすが弁護士さん。
僕が心配にならないようにしてくれたんだな。ありがたい。

「あの、ありがとうございます。よろしくお願いします」

頭を下げ、車に乗り込んでから小田切先生に

<今、車に乗りました>

とメッセージを送った。

すぐに

<私はもう到着していますので、安心してください>

とメッセージが返ってきた。
と同時に可愛い犬が忠犬ハチ公のようにお利口さんに待っているスタンプまで送られてきて、思わず笑ってしまう。

「ふふっ。小田切先生、可愛い」

こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに……。

でも安田さんのことも解決したし、今日できっと終わり。
ずっと胸につかえていたものを綺麗さっぱり無くしてくれたし、それにこんなときめきまで思い出させてくれた先生には感謝しかない。

僕にできるせめてものお返しは支払いだけだ。

就職して4年。
それなりに稼いでいたし、ほとんど何もつかっていないから貯金だけはあるしたっぷりと払わせてもらおう。
こんなにいっぱい払ってくれた気前のいい人がいたなというくらいの存在でいいから思い出してもらえるように……。

「お待たせいたしました。お気をつけてお降りください」

車が停まり、白井さんが後部座席の扉を開いてくれる。

「あ、ありがとうございます」

ドキドキしながら降りた僕の目に飛び込んできたのは、大きな一軒家。

「えっ、ここ、ですか?」

「はい。少々お待ちください」

白井さんはそういうと、その家のインターフォンを鳴らした。
ガチャリと鍵の開く音が聞こえて、中から小田切先生が駆け寄ってくる。

「北原さん、こんなところまでお越しいただきありがとうございます」

「あ、あの小田切先生。ここは……?」

「ここは私の自宅です。その方がゆっくりとお話しできると思いまして」

ああ、そういうことか。
確かに誰に聞かれているかわからない場所でする話じゃないもんな。
そのためにわざわざ自宅に案内してくれるなんて……本当に小田切先生っていい人だ。

「さぁ、どうぞ中に入ってください」

白井さんも車もいつの間にか帰ってしまっていて、僕は一人で家の中へと案内される。

リビングに足を踏み入れた途端、いい匂いが漂ってくる。

「なんか、いい匂いがします」

「ふふっ。わかりましたか? 夕食を用意しましたので、一緒に食べましょう」

「――っ、そんなっ、いいんですか?」

「ええ。北原さんに召し上がってもらおうと思ったら、久々に腕が鳴りました」

「えっ、これ……小田切先生の手料理なんですか?」

「はい。料理は趣味みたいなものなんですよ。いつも自分で作って食べているので、北原さんに召し上がっていただけると嬉しいです」

まるでレストランかと思ってしまうほど、美味しそうで綺麗に盛り付けられた料理が並んでいるのにこれが全部手作りだなんて……。
先生、すごすぎ……。
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