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番外編
天使降臨 part3
<side月森五十鈴(櫻葉グループ社員食堂調理師)>
「早く終わらせるわよ!」
その言葉を合図に、今日はみんな一丸となって片付けを終わらせた。
私たちの気迫に社員さんたちも何かを感じ取ったのか、十五時を境に社食を利用する人はほとんどいなかった。
多分、各部署にもあの話が伝わっていたからだろう。
あの話、というのは、今朝の会長ご子息と貴船会長のラブラブな様子のことだ。
あの微笑ましい光景を見た社員たちの間で、その話はあっという間に広がった。
そして、帰りもお迎えに来るはず! という篠原さんの一言が決定打となり、社内はどこか浮き足だった空気に包まれていた。
「月森さん、あとこれで終わりです!」
「こっちも終わるよー!」
普段より明らかに早いペースで片付けが進んでいく。
誰も口には出さないけれど、目的は一つ。
ロビーに行くため!
その気持ちを一つに仕事を終わらせる。
「よし、終わり! みんなお疲れさま!」
私の一声と同時に、調理場のあちこちから小さな歓声が上がる。
「じゃあ、ちょっとロビーの様子でも見に行こうかしらねぇ」
「偶然通りかかるだけですけどね」
「そうそう、偶然。偶然」
白々しい言い訳を口にしながら、みんなそそくさと更衣室へ向かっていく。
もちろん、私もその偶然に乗る一人だ。
制服から私服に着替え、髪を軽く整えてロビーに向かう。
思わず足が止まった
「多くない?」
そこには、すでに大勢の社員たちが集まっていた。
壁際にさりげなく立っている人。
ソファに座っている人。
スマホを見ているふりをしている人。
けれど、その全員の視線がさりげなく……いや、全くさりげなくなく、入り口に向かっている。
「月森さん、こっち! こっち!」
小声で手招きする篠原さんの元に向かうと。ぎゅうぎゅうと隙間を詰められた。
「ねぇ、これ完全にみんなアレよね?」
「ええ。でも何も言わないの」
くすくすと笑いながらも、視線はロビーの入り口から外れない。
その時だった。
ざわついていた空気が、スッと静まった。
誰かの視線につられるように、入り口とは反対を見る。
「あっ……」
櫻葉会長が、ご子息を腕に抱いてロビーに現れたのだ。
そのままゆっくりと中央に歩み寄る。
まるでそこだけ時間が緩やかに流れているみたいに、みんなはただ静かにその様子を眺めていた。
「あっ、征哉さんだ!」
ご子息の言葉に、入り口に視線を向ける。
そこには凛々しい一人の男性。
背筋の伸びた立ち姿。整った顔立ち。
けれどその視線はただ一人の方向に向かっていて、私たちの姿など視界にも入っていないだろう。
「一花っ!」
冷静沈着で何事にも動じないと噂の貴船会長の、熱を帯びた声に胸が熱くなる。
駆け寄る貴船会長を見て、櫻葉会長がそっとご子息を下ろす。
「えっ?」
思わず、隣の篠原さんと顔を見合わせた。
怪我をして歩けないと聞いていたご子息が、自分の足で立っている。
その姿に思わず息を呑んだ。
でもそれだけじゃない。
少し頼りない足取りながら、一歩ずつ前に進んでいく。
その姿に駆け寄ってきていた貴船会長も足を止めた。
「うそ……歩いてる」
誰かがポツリと呟いた。
小さな手を伸ばしながら、ご子息は一歩ずつ前に進んでいく。
その様子に、誰も声を発さない。
固唾を呑んで見守る。
「せい、やさん……」
小さく呟きながら、一歩ずつ前に進んでいく姿に、私は心の中でがんばれ! と声援を送る。
そして……
その身体が、優しく抱き止められた。
「征哉さん。お仕事、お疲れさま」
ふわりと天使のような笑顔を見せたご子息が、そのまま貴船会長の顔に近づいていく。
「っ!」
誰かが息を止めた。
次の瞬間、ロビー中に悲鳴にも似た歓声が一気に弾けた。
「きゃーーっ!!」
「ちょっ、ロビーよ、ここ!」
「ああっ、無理無理無理。尊すぎるっ!」
あちこちで崩れ落ちる人、
口元を押さえる人。
肩を掴み合う人。
私も思わず胸を押さえた。
何、今の……
唇が重なり合っているところは見せてもらえなかったけれど、あんなにまっすぐで、あんなに愛おしいキス。初めて見た……
「はぁ……」
隣で篠原さんが大きく息を吐いた。
「この場にいられて幸せ……」
「本当ね……」
心が浄化されるような幸せな瞬間を見られて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「次は何を食べてもらおうかしら」
ポツリと呟くと、篠原さんがくすりと笑った。
「もう次のことを考えているの?」
「だって、また来てほしいじゃない」
ロビーに満ちるざわめきと、消えない余韻の中で私はそっと、次の献立を思い描いていた。
* * *
これで会社訪問編完結です。
次はクリスマスかな。
ロレーヌ家仕様のクリスマス、楽しんでいただけると嬉しいです♡
「早く終わらせるわよ!」
その言葉を合図に、今日はみんな一丸となって片付けを終わらせた。
私たちの気迫に社員さんたちも何かを感じ取ったのか、十五時を境に社食を利用する人はほとんどいなかった。
多分、各部署にもあの話が伝わっていたからだろう。
あの話、というのは、今朝の会長ご子息と貴船会長のラブラブな様子のことだ。
あの微笑ましい光景を見た社員たちの間で、その話はあっという間に広がった。
そして、帰りもお迎えに来るはず! という篠原さんの一言が決定打となり、社内はどこか浮き足だった空気に包まれていた。
「月森さん、あとこれで終わりです!」
「こっちも終わるよー!」
普段より明らかに早いペースで片付けが進んでいく。
誰も口には出さないけれど、目的は一つ。
ロビーに行くため!
その気持ちを一つに仕事を終わらせる。
「よし、終わり! みんなお疲れさま!」
私の一声と同時に、調理場のあちこちから小さな歓声が上がる。
「じゃあ、ちょっとロビーの様子でも見に行こうかしらねぇ」
「偶然通りかかるだけですけどね」
「そうそう、偶然。偶然」
白々しい言い訳を口にしながら、みんなそそくさと更衣室へ向かっていく。
もちろん、私もその偶然に乗る一人だ。
制服から私服に着替え、髪を軽く整えてロビーに向かう。
思わず足が止まった
「多くない?」
そこには、すでに大勢の社員たちが集まっていた。
壁際にさりげなく立っている人。
ソファに座っている人。
スマホを見ているふりをしている人。
けれど、その全員の視線がさりげなく……いや、全くさりげなくなく、入り口に向かっている。
「月森さん、こっち! こっち!」
小声で手招きする篠原さんの元に向かうと。ぎゅうぎゅうと隙間を詰められた。
「ねぇ、これ完全にみんなアレよね?」
「ええ。でも何も言わないの」
くすくすと笑いながらも、視線はロビーの入り口から外れない。
その時だった。
ざわついていた空気が、スッと静まった。
誰かの視線につられるように、入り口とは反対を見る。
「あっ……」
櫻葉会長が、ご子息を腕に抱いてロビーに現れたのだ。
そのままゆっくりと中央に歩み寄る。
まるでそこだけ時間が緩やかに流れているみたいに、みんなはただ静かにその様子を眺めていた。
「あっ、征哉さんだ!」
ご子息の言葉に、入り口に視線を向ける。
そこには凛々しい一人の男性。
背筋の伸びた立ち姿。整った顔立ち。
けれどその視線はただ一人の方向に向かっていて、私たちの姿など視界にも入っていないだろう。
「一花っ!」
冷静沈着で何事にも動じないと噂の貴船会長の、熱を帯びた声に胸が熱くなる。
駆け寄る貴船会長を見て、櫻葉会長がそっとご子息を下ろす。
「えっ?」
思わず、隣の篠原さんと顔を見合わせた。
怪我をして歩けないと聞いていたご子息が、自分の足で立っている。
その姿に思わず息を呑んだ。
でもそれだけじゃない。
少し頼りない足取りながら、一歩ずつ前に進んでいく。
その姿に駆け寄ってきていた貴船会長も足を止めた。
「うそ……歩いてる」
誰かがポツリと呟いた。
小さな手を伸ばしながら、ご子息は一歩ずつ前に進んでいく。
その様子に、誰も声を発さない。
固唾を呑んで見守る。
「せい、やさん……」
小さく呟きながら、一歩ずつ前に進んでいく姿に、私は心の中でがんばれ! と声援を送る。
そして……
その身体が、優しく抱き止められた。
「征哉さん。お仕事、お疲れさま」
ふわりと天使のような笑顔を見せたご子息が、そのまま貴船会長の顔に近づいていく。
「っ!」
誰かが息を止めた。
次の瞬間、ロビー中に悲鳴にも似た歓声が一気に弾けた。
「きゃーーっ!!」
「ちょっ、ロビーよ、ここ!」
「ああっ、無理無理無理。尊すぎるっ!」
あちこちで崩れ落ちる人、
口元を押さえる人。
肩を掴み合う人。
私も思わず胸を押さえた。
何、今の……
唇が重なり合っているところは見せてもらえなかったけれど、あんなにまっすぐで、あんなに愛おしいキス。初めて見た……
「はぁ……」
隣で篠原さんが大きく息を吐いた。
「この場にいられて幸せ……」
「本当ね……」
心が浄化されるような幸せな瞬間を見られて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「次は何を食べてもらおうかしら」
ポツリと呟くと、篠原さんがくすりと笑った。
「もう次のことを考えているの?」
「だって、また来てほしいじゃない」
ロビーに満ちるざわめきと、消えない余韻の中で私はそっと、次の献立を思い描いていた。
* * *
これで会社訪問編完結です。
次はクリスマスかな。
ロレーヌ家仕様のクリスマス、楽しんでいただけると嬉しいです♡
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最後はやっぱり五十鈴さんでしめさせていただきました✨
朝見れなかった人たちはもちろん、朝も見た人も絶対に集まっちゃうので、大勢がロビーに集っちゃいました。
みんなさも偶然を装ってきてますが、バレバレですよね。
でも一花だけは気づいてなさそう(笑)
怪我をして歩けないはずの一花が一生懸命歩いて征哉の元に向かうのに、みんな涙流してます。
それほど感動的なシーン。
残念ながら見れなかった社員もいるかもなので、一花にはまたきてもらったほうがいいかもですね。
そのほうが社員のモチベーションが上がります。
征哉はしっかり守ってキス顔だけは見せませんが、
それも含めて尊いんですよね。
さて、コンペの結果も気になりつつ、次はサンタ編。
どうぞお楽しみに♡
いぬぞ〜さま。コメントありがとうございます!
ふふ🤭一花と征哉の尊いラブが、櫻葉グループの恋人たちに火をつけちゃいましたね(笑)
でも、確かにこんないいシチュエーションないですよね。
落とすなら今!ってことで、旦那がニャンコ&彼女に告白しまくりwww
幸せになれたおかげで仕事のモチベーションも上がり櫻葉グループの業績も爆あがり。
最高ですね✨
さて、ようやくクリスマス(笑)
一花と面識のない、サンタになれる人ってことで今回は公康サンタになりましたが、確かに一花ならまだ候補者はいますね。
直くんが色んな人とあってるんで難しいところですね。
旦那はこぞってパパに顔が似てるんで、旦那たちにあってたらアウトですしね。
難しいところです。もう祐悟に完璧な変装ができる道具とか開発してもらうしかないですね(笑)
四葩さま。コメントありがとうございます!
そうですね、ペンネームというのもよく分からなさそうなので、ひらがなで「さくらばいちか」が可愛いかもですね。
可愛いいちか先生の絵本。絶対に碧斗と琳のお気に入りだと思うので会えたら大喜びしそうですね。
多分出会った時30歳は過ぎてるだろう一花ですが、子どもたちの期待を裏切ることなく若くて可愛いお姫様みたいな姿で現れそうです(笑)
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がんばれ!がんばれ!って心の中で応援しながら征哉の元に辿り着くのを見守ってますね。
そしてお帰りなさいのチュー。
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でもチューした瞬間、見えてなくても大騒ぎなロビーwww
これは伝説になっちゃいましたね。