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一花の幸せ
<side櫻葉一眞>
愛しい息子との18年ぶりの対面。
緊張で足が震えたまま一花の顔を見た途端、身体中の力が一気に抜けてしまったのは、あの時の可愛らしい笑顔そのままの姿の一花がそこにいたからだ。
出会って早々、恥ずかしい姿を晒してしまった私を笑うこともなく、心配して手を差し伸べてくれた一花。
辛い状況で育ってきたと聞いていたのに、なんと心清らかな子に育ってくれたのだろう。
彼の差し出してくれた手を握り、想いを告げると、
「お、とうさん……あえて、うれしい……」
と、私をお父さんと呼んでくれた。
これだけで今までの日々が報われた気がした。
あまりの嬉しさに一花を抱きしめると、その小ささに驚いてしまう。
この家で過ごしてずいぶん元気に健康になったと征哉くんから聞いていたが、それでこの細さか……。
それまでの一花の境遇を想像して心が痛くなる。
これからは決して辛い思いはさせないよ。
そう心の中で叫びながら一花を抱きしめていると、征哉くんの手がスッと私たちの中を引き離していく。
優しい声をかけているが、目には何か訴えるような強いものを感じる。
涙を流していた私のために一花がハンカチを差し出してくれる。
けれど一花の顔も涙に塗れて先に拭ってやりたくなる。
私が拭いてやりたいが流石に嫌がられるだろうかと思い、ハンカチを返そうとすると、征哉くんがさっと自分のハンカチを取り出し、一花の涙を優しく拭う。
一花もそれを嫌がるそぶりもなく、お礼を言っている。
「いつものことだろう」
その言葉がやけに気になった。
一花が怪我をして、そこから世話をなっていると言う話は聞いていたが、なんとなくそれ以上の気持ちが見え隠れしているような気がして、私は二人の様子を注意しながら見守ることにした。
すると、一花が恐る恐るといった声で私に声をかけてくれた。
「あの……さっき、『いちか』って……聞こえたんですけど……」
ああ、そうか。
あれから18年、毎日のように言っていた名前だったから、つい言ってしまっていたが、彼には一花ではない名前があるのだ。
勝手に名前をつけられていい気はしないだろうが、私と麻友子で一生懸命考えていた名前があることはだけは知って欲しかった。
櫻葉という漢字的にも響的にも可愛らしい名前に縁がある名前にしたい。
そして、おそらく最初で最後の子どもになるだろうから、私の名前も入れられたら……なんて意味も込めて、私たちにとって唯一の花という意味で一つの花、『一花』という名前をつけるつもりだった。
そう話すと、彼は涙を流しながら、
「僕……『一花』になりたいです」
と言ってくれた。
改名はできない話ではないが、私が思い出を語ったがために優しい一花が望みを叶えてくれようと無理をしているのではないかと思った。
けれど、征哉くんの反応は全く違う。
改名することに賛成しているようなそぶりさえある。
実は改名を考えていたのだという話に理由を尋ねれば、とんでもない事実を教えてくれた。
一花を攫った麻友子の幼馴染の女が、今の一花に『ひかる』という名前をつけ、その名前を散々罵りトラウマを植え付けていたのだという。
そのせいで名前を呼ばれるたびに今までの苦しいことを思い出していたのだと。
私たちから一花を奪った挙句、そんな酷いことをした犯人を許してはおけない。
きっと麻友子もそういうだろう。
私はその女に制裁を与えることを心に決めた。
私がもっと早く一花を探し出せていれば心の傷も最小限でいられたかもしれないのに。
自分の無力さを詫びると、一花は笑顔で
「今はすごく幸せで……それに、お父さんにも会えましたから」
と優しい言葉をかけてくれる。
天使のようなその優しさに涙が溢れて止まらない。
一花はそんな私を笑うこともなく、ハンカチを手に取り私の涙を拭ってくれた。
麻友子が亡くなったことを征哉くんから聞いたのだろう。
残念そうな表情を浮かべる一花に、お土産を持ってきていたのを思い出し、贈り物を手渡す。
「開けてごらん」
という声をかけると緊張と嬉しさが入り混じったような表情で、ゆっくりと包みを開けていく。
その優しい開け方を見守りながら、出てきたものを見て一花がどんな表情を見せてくれるかを少し緊張している私がいた。
この包みの中は、麻友子がお腹の中にいた一花のために一生懸命手作りしていたベビー服。
慣れない手つきで一針一針、縫っていた姿は今でも私の瞼に焼き付いている。
一花はそれを震える手で抱きしめながら、
「ふっ……うぅ……っ、うっ、うっ……っ、お、かぁ、さん……っ」
と声をあげて泣いた。
ああ、麻友子。
君の思いはちゃんと一花に伝わっているよ。
だから、安心してくれ。
「やっと一花に渡すことができて、麻友子も喜んでいるよ」
そう言って抱きしめた瞬間、ふわっと麻友子の存在を感じた気がした。
ああ、ここでようやく家族三人が揃ったんだな。
それもこれも一花をあの悪党どもから救ってくれた征哉くんのおかげだ。
一花と出会わせてくれたことに感謝の意を伝えると、征哉くんは
「私の方こそ、ひかる……いえ、一花くんに出会えたことを感謝しているのです」
と言い出した。
それは一体どういう意味だ?
そう尋ねながらも、ここにきてからの一花への征哉くんの距離の近さが気になっていた。
もしかして……。
そう思いながら、尋ねれば、
「私は今、彼と真剣にお付き合いさせていただいています。私の生涯のパートナーとして心から愛しています」
と堂々と言い切った。
もしかして征哉くんは一花に好意を持っているのではないかと思ったが、二人が付き合っていて、しかも生涯のパートナーとして考えているとまで言い出すとは思わなかった。
一花がなんの異も唱えないところを見ると、これは征哉くんの独りよがりというわけではなさそうだ。
だが、それならばはっきりしておかなくてはいけない。
「一花をパートナーに選んで征哉くんが父上から受け継いだこの会社はどうするつもりだ?」
後々、一花が捨てられるようなことだけは絶対に避けなければならないことだからな。
もし、会社が大事だというのなら、二人の仲を認めるわけにはいかない。
けれど、征哉くんは会社よりも一花を共に人生を歩み大切にしたいと言ってくれた。
征哉くんの気持ちはよくわかった。
残るは一花の気持ちだ。
「僕……征哉、さんが……好きです。だから、ずっとそばにいたいです……お父さん……許して、くれますか?」
震えながらも芯の通った強い目でしっかりと言われたら、反対などできるはずもない。
一花を心から愛してくれる征哉くんとなら幸せになれるだろう。
私も麻友子もずっと一花の幸せだけを望んでいたのだからな。
愛しい息子との18年ぶりの対面。
緊張で足が震えたまま一花の顔を見た途端、身体中の力が一気に抜けてしまったのは、あの時の可愛らしい笑顔そのままの姿の一花がそこにいたからだ。
出会って早々、恥ずかしい姿を晒してしまった私を笑うこともなく、心配して手を差し伸べてくれた一花。
辛い状況で育ってきたと聞いていたのに、なんと心清らかな子に育ってくれたのだろう。
彼の差し出してくれた手を握り、想いを告げると、
「お、とうさん……あえて、うれしい……」
と、私をお父さんと呼んでくれた。
これだけで今までの日々が報われた気がした。
あまりの嬉しさに一花を抱きしめると、その小ささに驚いてしまう。
この家で過ごしてずいぶん元気に健康になったと征哉くんから聞いていたが、それでこの細さか……。
それまでの一花の境遇を想像して心が痛くなる。
これからは決して辛い思いはさせないよ。
そう心の中で叫びながら一花を抱きしめていると、征哉くんの手がスッと私たちの中を引き離していく。
優しい声をかけているが、目には何か訴えるような強いものを感じる。
涙を流していた私のために一花がハンカチを差し出してくれる。
けれど一花の顔も涙に塗れて先に拭ってやりたくなる。
私が拭いてやりたいが流石に嫌がられるだろうかと思い、ハンカチを返そうとすると、征哉くんがさっと自分のハンカチを取り出し、一花の涙を優しく拭う。
一花もそれを嫌がるそぶりもなく、お礼を言っている。
「いつものことだろう」
その言葉がやけに気になった。
一花が怪我をして、そこから世話をなっていると言う話は聞いていたが、なんとなくそれ以上の気持ちが見え隠れしているような気がして、私は二人の様子を注意しながら見守ることにした。
すると、一花が恐る恐るといった声で私に声をかけてくれた。
「あの……さっき、『いちか』って……聞こえたんですけど……」
ああ、そうか。
あれから18年、毎日のように言っていた名前だったから、つい言ってしまっていたが、彼には一花ではない名前があるのだ。
勝手に名前をつけられていい気はしないだろうが、私と麻友子で一生懸命考えていた名前があることはだけは知って欲しかった。
櫻葉という漢字的にも響的にも可愛らしい名前に縁がある名前にしたい。
そして、おそらく最初で最後の子どもになるだろうから、私の名前も入れられたら……なんて意味も込めて、私たちにとって唯一の花という意味で一つの花、『一花』という名前をつけるつもりだった。
そう話すと、彼は涙を流しながら、
「僕……『一花』になりたいです」
と言ってくれた。
改名はできない話ではないが、私が思い出を語ったがために優しい一花が望みを叶えてくれようと無理をしているのではないかと思った。
けれど、征哉くんの反応は全く違う。
改名することに賛成しているようなそぶりさえある。
実は改名を考えていたのだという話に理由を尋ねれば、とんでもない事実を教えてくれた。
一花を攫った麻友子の幼馴染の女が、今の一花に『ひかる』という名前をつけ、その名前を散々罵りトラウマを植え付けていたのだという。
そのせいで名前を呼ばれるたびに今までの苦しいことを思い出していたのだと。
私たちから一花を奪った挙句、そんな酷いことをした犯人を許してはおけない。
きっと麻友子もそういうだろう。
私はその女に制裁を与えることを心に決めた。
私がもっと早く一花を探し出せていれば心の傷も最小限でいられたかもしれないのに。
自分の無力さを詫びると、一花は笑顔で
「今はすごく幸せで……それに、お父さんにも会えましたから」
と優しい言葉をかけてくれる。
天使のようなその優しさに涙が溢れて止まらない。
一花はそんな私を笑うこともなく、ハンカチを手に取り私の涙を拭ってくれた。
麻友子が亡くなったことを征哉くんから聞いたのだろう。
残念そうな表情を浮かべる一花に、お土産を持ってきていたのを思い出し、贈り物を手渡す。
「開けてごらん」
という声をかけると緊張と嬉しさが入り混じったような表情で、ゆっくりと包みを開けていく。
その優しい開け方を見守りながら、出てきたものを見て一花がどんな表情を見せてくれるかを少し緊張している私がいた。
この包みの中は、麻友子がお腹の中にいた一花のために一生懸命手作りしていたベビー服。
慣れない手つきで一針一針、縫っていた姿は今でも私の瞼に焼き付いている。
一花はそれを震える手で抱きしめながら、
「ふっ……うぅ……っ、うっ、うっ……っ、お、かぁ、さん……っ」
と声をあげて泣いた。
ああ、麻友子。
君の思いはちゃんと一花に伝わっているよ。
だから、安心してくれ。
「やっと一花に渡すことができて、麻友子も喜んでいるよ」
そう言って抱きしめた瞬間、ふわっと麻友子の存在を感じた気がした。
ああ、ここでようやく家族三人が揃ったんだな。
それもこれも一花をあの悪党どもから救ってくれた征哉くんのおかげだ。
一花と出会わせてくれたことに感謝の意を伝えると、征哉くんは
「私の方こそ、ひかる……いえ、一花くんに出会えたことを感謝しているのです」
と言い出した。
それは一体どういう意味だ?
そう尋ねながらも、ここにきてからの一花への征哉くんの距離の近さが気になっていた。
もしかして……。
そう思いながら、尋ねれば、
「私は今、彼と真剣にお付き合いさせていただいています。私の生涯のパートナーとして心から愛しています」
と堂々と言い切った。
もしかして征哉くんは一花に好意を持っているのではないかと思ったが、二人が付き合っていて、しかも生涯のパートナーとして考えているとまで言い出すとは思わなかった。
一花がなんの異も唱えないところを見ると、これは征哉くんの独りよがりというわけではなさそうだ。
だが、それならばはっきりしておかなくてはいけない。
「一花をパートナーに選んで征哉くんが父上から受け継いだこの会社はどうするつもりだ?」
後々、一花が捨てられるようなことだけは絶対に避けなければならないことだからな。
もし、会社が大事だというのなら、二人の仲を認めるわけにはいかない。
けれど、征哉くんは会社よりも一花を共に人生を歩み大切にしたいと言ってくれた。
征哉くんの気持ちはよくわかった。
残るは一花の気持ちだ。
「僕……征哉、さんが……好きです。だから、ずっとそばにいたいです……お父さん……許して、くれますか?」
震えながらも芯の通った強い目でしっかりと言われたら、反対などできるはずもない。
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私も麻友子もずっと一花の幸せだけを望んでいたのだからな。
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