息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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息子の恋人

「お父さん。実は……会ってもらいたい人がいるんだ」

夕食後にケーキを食べようなどと言い出した時点で、覚悟をしていた。
真宙まひろは、大事な話がある時、決まって甘いものを用意する。

やっぱり、その話なんだろうな。

息子に恋人がいるらしいことには、薄々気づいていた。
二十五年間、男手一つで大切に育ててきたのだ。
いずれこういう日が来ることを、考えていなかったわけじゃない。

とうとう、この日が来たか……

頭では理解していたはずなのに、いざ目の前にすると、胸の奥がわずかに軋む。


私、藤嶺ふじみね真人まさとは高校卒業と同時に両親を事故で亡くした。
それ以来、孤独を紛らわせるように勉強に打ち込み、大学三年生で公認会計士試験に合格。
四年生では就職を見据えて大手監査法人で非常勤スタッフとして実務経験を積み、社会人になってからは実務補習と修了考査を経て無事に公認会計士となった。

真面目に働く姿が上司の目に留まり、娘さんを紹介され、気づけば結婚していた。
夫婦というより友人に近い関係だったが、愛情は確かにあった。

両親に早く孫を抱かせたい。そんな妻の願いを叶えたくて、結婚して半年で彼女は妊娠した。
順調な経過を経て生まれた息子は、驚くほど私に似ていた。
妻も、義両親も、笑顔でその誕生を喜んでくれていた。

——けれど、幸せは長くは続かなかった。

退院の日。
義父の運転する車で自宅へ向かう途中、トラックと正面衝突した。
妻と義両親は帰らぬ人となり、奇跡的に助かったのは、私と……生まれたばかりの息子だけだった。

それから二十五年。
ただ前を向いて、必死に息子を育ててきた。

ようやく、報告できる……
天国の妻と、義両親、そして両親もきっと喜んでくれるだろう。

「そうか。私はいつでもいいよ。相手の都合に合わせよう」

「ありがとう、お父さん。じゃあ、すぐに日にち決めちゃうね」

弾んだ声に、時の流れを思い知る。
ついこの前まで、小さな手を引いて歩いていた気がするのに。

和奏わかな……真宙が結婚だぞ」

天に向かって呟く。この報告をする日まで、頑張ろうとずっと思っていた。
ようやくその時が来た。父としての役目も、そろそろ終わるのかもしれない。



それから二週間後。顔合わせの日。

特別な時に着るスーツに袖を通し、和奏からもらったネクタイを締める。
支度を終えた真宙が、落ち着かない様子でこちらをちらちらと見てきた。

「どうした? そんなに緊張しなくてもいい。真宙が選んだ相手なら、父さんは何も心配していないよ」

「いや、その……大事なこと、まだ話してなくて……」

歯切れの悪い言い方に、胸がざわつく。

「大事なこと……? それってまさか、相手が未成年とか、既婚者だとか――」

「それは絶対にないよ。本当に素敵な人だから。約束する」

即答に近い口調に、ほっと胸を撫で下ろした。法に触れていないのなら、特に問題はない。

「それなら大丈夫だ。一回り以上年上でも、父さんのライバル会社の社員でも、真宙が選んだ人なら反対はしないよ」

「う、うん……そうだね」

納得したようでいて、どこか迷いの残る声。

何か、ある。自分の息子だ。隠そうとしてもわからないわけがない。
だが、今更追及しても変わらない。

助手席に真宙を乗せ、顔合わせ会場のホテルへ向かう。

「相手もうちと同じで、シングルファーザーに育てられたんだよ」

「そうなのか。うちの事情も全部話しているのか?」

「うん。でも、寂しいなんて感じることなく、大切に育ててもらったよって伝えてる」

「真宙……」

仕事が忙しく、急な残業で一人待たせてしまったことは何度もある。
それでも、いつも笑顔で出迎えてくれた息子。
ちゃんと、私の思いは伝わっていたんだとわかる。
相手の家も、きっと同じような時間を過ごしてきたのだろう。
シングルファーザーとしての苦労を語れる相手に出会えることが、少しだけ嬉しかった。

駐車場に車を停め、ロビーへ向かう。

「相手は、まだ来ていないみたいだな」

「今向かってるって。先に部屋に入っててってさ」

スマホを片手に教えてくれる。どうやら相手からメッセージが来ていたようだ。

「そうか。じゃあ、行っておこうか」

予約してくれた和食店に向かい、個室へ通される。
席順に迷う間もなく、真宙は奥に腰を下ろした。私もその隣に座る。
挨拶を済ませたらあとで、席は替えればいい。

高級ホテルの和食処には仕事で来ることはあっても、プライベートで訪れることはほとんどない。
少し緊張しつつ、運転があるからノンアルコールにしようかと考えていると襖の向こうから声がした。

「お連れさまがお越しになりました」

襖が静かに開き、現れたのは二人の美丈夫。

一瞬、状況を理解できなかった。
背の高い、よく似た雰囲気の男が二人。どちらも整った顔立ちで、スーツの着こなしも様になっている。

あれ?

視線を巡らせるが、女性の姿はない。
その時、隣に座っていた真宙がぱっと表情を明るくし、立ち上がった。

大我たいが

その呼びかけに、左側の男性が柔らかく微笑んだ。

「真宙。待たせてごめん」

自然に交わされる視線。距離の近さ。迷いのない空気に、胸がざわりと波立つ。

まさか……
一つの考えが頭をよぎったとき、真宙が声をかけてきた。

「お父さん。その……」

真宙が言い淀み、一度、小さく息を吸う。

「彼が、僕の恋人の、水無瀬みなせ大我さん」

こいびと……

言葉が、頭の中で反響する。

恋、人……?

視線が、大我と呼ばれた男性に吸い寄せられる。
彼は一歩前に出ると、迷いのない動作で膝をつき、深く頭を下げた。

「初めまして。水無瀬大我と申します。真宙さんとは、大学生の頃からお付き合いをさせていただいています。本日は、お時間をいただきありがとうございます」

丁寧な口調。落ち着いた声。そして何より、真宙の隣に立つことを当然としている立ち位置。

男、か……
ようやく、現実が追いつく。

息子の恋人が、男性。
想像すらしていなかった事実に、心臓がどくりと音を立てた。

あの時、言い出しにくそうにしていたのは、そういう、ことか……

頭が真っ白になる一方で、不思議と視線は逸らせなかった。
真宙は大我を見上げ、安心しきった表情を浮かべている。

真宙のこんな顔、最近は見なかったな……

「……あ、ああ。真宙を……よろしく」

用意していたはずの言葉は出てこず、それだけが精一杯だった。
だが、その一言に真宙の肩がわずかに緩んだのが分かった。
緊張していたのは、私だけじゃなかったようだ。

大我はほっとしたように微笑み、はっきりと答えた。

「はい。真宙さんを、大切にします」

その言葉に、真宙の目がきらりと輝く。互いを見つめ合う二人の姿は、紛れもなく恋人同士のそれだった。

男、か……

驚きはまだ消えない。心臓の鼓動も落ち着く気配がない。

それでも……嫌じゃ、ない。

拒否反応が出ないことに、自分自身が一番驚いていた。
困惑はある。戸惑いもある。だが、目の前の光景に嫌悪感はなかった。

孫の顔は、もう見られないのか。そんな考えが、一瞬だけ胸を刺した。
でも……真宙がこんなに幸せそうなら……これでいいんだと、ゆっくりと息を吐いた。
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