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父親として……
大我の背後に立っていたもう一人の男性が、静かに一歩前へ出た。
落ち着いた雰囲気をまとった、穏やかな眼差しの男。
「大我。私もご挨拶をさせてもらっていいかな」
低く、よく通る声だった。
「あ、父さん。悪い……」
大我は少し照れたように視線を向け、私に紹介する。
「父の、水無瀬一慶です」
その言葉を受け、一慶は迷いのない動作で膝をつき、深く頭を下げた。
「水無瀬一慶と申します。大切に育てていらした真宙くんと、愚息との交際をお許しいただき、ありがとうございます」
丁寧な人だ。その所作に、私は自然と背筋を伸ばした。
同時に、胸の奥にわずかな引っかかりを覚える。
真宙が男性と付き合っていること。そして、その相手が自分の息子であることを彼は知っていた。
それがほんのわずかに私の心をもやつかせた。
「藤嶺真人です」
名乗りながら、言葉を選ぶ。
本来なら祝福の言葉を並べる場面なのだろう。
だが、自分の口から出たのは、思ってもみなかった質問だった。
「……あの。水無瀬さんは、その……」
一慶の目をまっすぐに見る。
「二人の交際に、反対はなさらなかったんですか?」
一瞬、真宙と大我が息を呑む気配が伝わってきた。
だが、一慶は少しも動じることなく、ふっと穏やかに笑った。
「最初に聞いた時は、正直驚きましたよ。ですが、今は性別だけで反対する時代でもありませんからね」
そう言って、彼は視線を息子たちへ向ける。
「異性であろうと同性であろうと、相手を傷つけるような付き合いだけはするな、と。それだけ伝えました」
真っ直ぐな言葉だった。飾り気も、言い訳もない。
その素直な言葉に思わず息を呑んだ。同時に、さっきの息子たちの幸せそうな表情が脳裏に浮かぶ。
「優しそうな息子さんですね」
そう言うと、一慶は少し照れたように目を細めた。
「ありがとうございます。真宙くんも、とても素直でいい子ですね」
その瞬間、真宙と大我の表情が一気に明るくなる。
「お父さん……ありがとう」
真宙の声は、少し震えていた。
「驚かせてごめん……」
「いや、私が勝手に女性だと思い込んでいただけだ」
そっと手を伸ばし、昔のように真宙の頭を撫でる。
その感触に、胸がきゅっと締め付けられた。
本当に、大きくなったな……もうすっかり大人だ。
「これから家族になる四人で、ゆっくり食事をしましょうか」
一慶の提案に、静かに頷いた。
「……ええ。そうですね」
こうして、ようやく顔合わせの席が、本当の意味で始まろうとしていた。
息子の幸せを、ちゃんと見届けよう。
まだ整理のつかない感情はある。
それでも息子が選んだこの選択を、否定する理由はどこにもない。
「お父さん。僕、大我の隣に座ってもいい?」
もう隠そうともしないその態度に思わず苦笑する。
「はは……いいよ。好きにしなさい」
今日は二人の門出を祝う場だ。それくらいのわがまま、聞かない理由はない。
こうやって、少しずつ離れていくんだな。
一抹の寂しさはある。だが、それ以上に誇らしかった。
真宙は大我の隣に腰を下ろしたが、その距離の近さに恋人同士なのだと改めて感じる。だが、違和感はなかった。
むしろ、安心しきった表情を浮かべる真宙を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「あの、よろしければ真人さん、と名前で呼ばせてもらっても?」
一慶が、少し柔らかい口調で言った。
「あ……ええ。構いません」
「では、私のことも一慶と」
同年代の男性を名前で呼ぶ機会など、いつ以来だろう。仕事では役職か苗字ばかりだから新鮮だ。
「一慶、さん」
口にしてみると、意外と悪くない。
「よろしくお願いします、真人さん」
そのやり取りを、息子たちがどこか面白そうに眺めている。
「父さんたち、同い年だよね」
「え?」
大我の言葉に、私は思わず声を上げた。
「一慶さん、五十歳ですか?」
「ええ。真人さんも?」
頷くと、一慶が目を見開き、すぐに微笑んだ。
「失礼ですが、もっとお若いと思っていました」
「ははっ。昔から、童顔だと言われまして」
そういう一慶さんこそ、落ち着きすぎだろう。
そんなことを思っていると、息子たちが顔を見合わせて笑い出す。
「父さんが若く見えすぎるんだよ」
「いや、父さんが落ち着きすぎなんだよ」
他愛ない息子たちのやり取りに、自然と笑みが溢れる。
気負わず、無理をせず、こうして同じ食卓を囲めることがすごく楽しい。こんな食事は初めてだ。
「何を飲まれますか?」
「運転がありますので、ノンアルコールで」
そう答えたところで、真宙がすかさず口を挟む。
「僕が運転するから、お父さんは飲んでいいよ」
「俺もだ。父さん、今日は飲みなよ」
息子たちの言葉に、一慶と顔を見合わせた。
「せっかくですし……」
「ええ。いただきましょうか」
注文を済ませ、運ばれてきたビールジョッキを手に取る。
「では」
一慶が軽く掲げた。
「息子たちの、幸せな門出に」
「乾杯」
グラスが静かに触れ合う。
喉を通るビールは、驚くほど美味しかった。
仕事の付き合いで飲む酒とは、まるで違う。
こんな気持ちで飲む酒は、久しぶりだ。
視線を向けると、真宙と大我は肩を寄せ合い、楽しそうに笑っている。
友人同士ではない。だが、恋人としても、まだ少し初々しい。
その姿を見て真宙がちゃんと愛されているとホッとする。
胸の奥に残っていた不安が、少しずつ溶けていく。
だったら、父親としてできることは一つだけだ。
息子の選んだ幸せを、信じること。
二人の幸せを願い、もう一度ジョッキを口に運んだ。
今日のビールは、今まで飲んだ中で一番美味しく感じられた。
落ち着いた雰囲気をまとった、穏やかな眼差しの男。
「大我。私もご挨拶をさせてもらっていいかな」
低く、よく通る声だった。
「あ、父さん。悪い……」
大我は少し照れたように視線を向け、私に紹介する。
「父の、水無瀬一慶です」
その言葉を受け、一慶は迷いのない動作で膝をつき、深く頭を下げた。
「水無瀬一慶と申します。大切に育てていらした真宙くんと、愚息との交際をお許しいただき、ありがとうございます」
丁寧な人だ。その所作に、私は自然と背筋を伸ばした。
同時に、胸の奥にわずかな引っかかりを覚える。
真宙が男性と付き合っていること。そして、その相手が自分の息子であることを彼は知っていた。
それがほんのわずかに私の心をもやつかせた。
「藤嶺真人です」
名乗りながら、言葉を選ぶ。
本来なら祝福の言葉を並べる場面なのだろう。
だが、自分の口から出たのは、思ってもみなかった質問だった。
「……あの。水無瀬さんは、その……」
一慶の目をまっすぐに見る。
「二人の交際に、反対はなさらなかったんですか?」
一瞬、真宙と大我が息を呑む気配が伝わってきた。
だが、一慶は少しも動じることなく、ふっと穏やかに笑った。
「最初に聞いた時は、正直驚きましたよ。ですが、今は性別だけで反対する時代でもありませんからね」
そう言って、彼は視線を息子たちへ向ける。
「異性であろうと同性であろうと、相手を傷つけるような付き合いだけはするな、と。それだけ伝えました」
真っ直ぐな言葉だった。飾り気も、言い訳もない。
その素直な言葉に思わず息を呑んだ。同時に、さっきの息子たちの幸せそうな表情が脳裏に浮かぶ。
「優しそうな息子さんですね」
そう言うと、一慶は少し照れたように目を細めた。
「ありがとうございます。真宙くんも、とても素直でいい子ですね」
その瞬間、真宙と大我の表情が一気に明るくなる。
「お父さん……ありがとう」
真宙の声は、少し震えていた。
「驚かせてごめん……」
「いや、私が勝手に女性だと思い込んでいただけだ」
そっと手を伸ばし、昔のように真宙の頭を撫でる。
その感触に、胸がきゅっと締め付けられた。
本当に、大きくなったな……もうすっかり大人だ。
「これから家族になる四人で、ゆっくり食事をしましょうか」
一慶の提案に、静かに頷いた。
「……ええ。そうですね」
こうして、ようやく顔合わせの席が、本当の意味で始まろうとしていた。
息子の幸せを、ちゃんと見届けよう。
まだ整理のつかない感情はある。
それでも息子が選んだこの選択を、否定する理由はどこにもない。
「お父さん。僕、大我の隣に座ってもいい?」
もう隠そうともしないその態度に思わず苦笑する。
「はは……いいよ。好きにしなさい」
今日は二人の門出を祝う場だ。それくらいのわがまま、聞かない理由はない。
こうやって、少しずつ離れていくんだな。
一抹の寂しさはある。だが、それ以上に誇らしかった。
真宙は大我の隣に腰を下ろしたが、その距離の近さに恋人同士なのだと改めて感じる。だが、違和感はなかった。
むしろ、安心しきった表情を浮かべる真宙を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「あの、よろしければ真人さん、と名前で呼ばせてもらっても?」
一慶が、少し柔らかい口調で言った。
「あ……ええ。構いません」
「では、私のことも一慶と」
同年代の男性を名前で呼ぶ機会など、いつ以来だろう。仕事では役職か苗字ばかりだから新鮮だ。
「一慶、さん」
口にしてみると、意外と悪くない。
「よろしくお願いします、真人さん」
そのやり取りを、息子たちがどこか面白そうに眺めている。
「父さんたち、同い年だよね」
「え?」
大我の言葉に、私は思わず声を上げた。
「一慶さん、五十歳ですか?」
「ええ。真人さんも?」
頷くと、一慶が目を見開き、すぐに微笑んだ。
「失礼ですが、もっとお若いと思っていました」
「ははっ。昔から、童顔だと言われまして」
そういう一慶さんこそ、落ち着きすぎだろう。
そんなことを思っていると、息子たちが顔を見合わせて笑い出す。
「父さんが若く見えすぎるんだよ」
「いや、父さんが落ち着きすぎなんだよ」
他愛ない息子たちのやり取りに、自然と笑みが溢れる。
気負わず、無理をせず、こうして同じ食卓を囲めることがすごく楽しい。こんな食事は初めてだ。
「何を飲まれますか?」
「運転がありますので、ノンアルコールで」
そう答えたところで、真宙がすかさず口を挟む。
「僕が運転するから、お父さんは飲んでいいよ」
「俺もだ。父さん、今日は飲みなよ」
息子たちの言葉に、一慶と顔を見合わせた。
「せっかくですし……」
「ええ。いただきましょうか」
注文を済ませ、運ばれてきたビールジョッキを手に取る。
「では」
一慶が軽く掲げた。
「息子たちの、幸せな門出に」
「乾杯」
グラスが静かに触れ合う。
喉を通るビールは、驚くほど美味しかった。
仕事の付き合いで飲む酒とは、まるで違う。
こんな気持ちで飲む酒は、久しぶりだ。
視線を向けると、真宙と大我は肩を寄せ合い、楽しそうに笑っている。
友人同士ではない。だが、恋人としても、まだ少し初々しい。
その姿を見て真宙がちゃんと愛されているとホッとする。
胸の奥に残っていた不安が、少しずつ溶けていく。
だったら、父親としてできることは一つだけだ。
息子の選んだ幸せを、信じること。
二人の幸せを願い、もう一度ジョッキを口に運んだ。
今日のビールは、今まで飲んだ中で一番美味しく感じられた。
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