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息子たちが選んだ未来に
料理が一段落し、息子たちは自然と二人の世界に入っていった。
声を潜めるわけでもなく、けれど周囲を気にする様子もない。
向かい合う二人の距離は近く、時折視線を交わしては微笑み合っている。
その様子を眺めながら、ゆっくりと箸を置いた。
「二人、仲がいいですね」
独り言のように漏らすと、一慶が小さく笑った。
「ええ。あんな幸せそうな顔を見ると、頑張って育ててきてよかったなと思います」
その言葉に、私はジョッキを持つ手を止める。
育ててきて、か……
実際に育ててきたからこそ出てくる言葉だろうな。
「水無瀬さんは……いえ、一慶さんは」
少し言い淀んでから、口を開く。
「うちと同じシングルファーザーだそうですね」
「ええ。妻は、ずいぶん前に亡くなりまして」
さらりとした口調だった。だが、その一言に含まれる年月の重みは、私にもよく分かる。
「……そうでしたか。うちと同じですね」
それ以上、言葉はいらなかった。
この人も、私が必死に真宙を育ててきたのと、同じ時間を生きてきたんだ。
「正直に言うとですね」
一慶が、視線を落としたまま続ける。
「仕事で家を空けることも多くて……気づいたら、息子の方が大人になっていた、なんてこともありました」
その言葉に思わず苦笑する。
「うちも、まったく同じですよ」
急な残業。休日出勤。一人で待たせてしまった夜の数を、何度数えたことか。
「それでも……」
一慶は、息子たちの方をちらりと見る。
「文句一つ言わず、あんなふうに笑ってくれるんですから……」
言葉が途切れた。それ以上は、言わなくても伝わる。
「ありがたい、ですよね」
私のその一言に、一慶は静かに頷いた。
「本当に」
しばらく、二人の間に穏やかな沈黙が流れる。
気まずさはない。むしろ、言葉にしなくても分かり合える心地よさがあった。
「実は……」
グラスを指でなぞりながら口を開く。
「今日まで、ずっと父親としてやり切ったと思える日を待っていたんです。息子が結婚すると聞いて……ようやく、報われた気がして……。まさか、こんな形で驚かされるとは思っていませんでしたが」
自嘲気味に言うと、一慶がふっと笑った。
「人生は、なかなか思い通りにはいきませんね」
「ええ、本当に」
「……それでも」
息子たちの方を見る。肩を寄せ合い、楽しそうに話す二人。
「幸せそうなら、それでいい」
その言葉は、もう迷いなく口をついて出ていた。
一慶は、少しだけ目を細めた。
「同じ気持ちです」
そう言って、ジョッキを持ち上げる。
「息子たちが選んだ人生に、乾杯しましょう」
グラスが、静かに触れ合った。
この人となら、これから先もきっと大丈夫だ。
父親として、息子を手放す寂しさはある。
だが、それ以上に安心できる相手に託せた。そんな確かな実感が、胸の奥に残っていた。
料理が進むにつれて、会話は少しずつ落ち着いていった。
息子たちは相変わらず楽しそうだが、先ほどよりも互いに体を寄せ合い、声も自然と低くなっている。
もう、完全に二人の世界だな。
私は苦笑しながら、箸を置いた。
「こうして見ると」
不意に、一慶が口を開く。
「もう、親の出る幕なんてないんだなと思いませんか。ついこの前まで、風邪を引いたら夜中に様子を見に行って……眠れないって言われれば背中をさすっていたのに……」
彼の言葉に記憶が、勝手に溢れてくる。
あの小さな背中は、いつの間にこんなに大きくなったんだ?
「今じゃ、親以外の隣で安心して笑っている」
「正直、少しだけ寂しいですね」
一慶は否定しなかった。
「ええ。ものすごく」
そう言ってから、少し間を置く。
「でも、それ以上に肩の力が抜けました。もう、全部を背負わなくていいんだって」
私の胸に、その言葉がすとんと落ちた。
二十五年間。守ることだけを考えてきた。
泣かせないように、困らせないように、道を誤らせないように。
「そうですね。これからは……支える側じゃなくて、見守る側なんでしょうね」
一慶が、静かに頷いた。
「ええ。口出ししたくなることもあるでしょうけどきっと、もう必要ないですね」
私はジョッキを持つ手を強く握った。
「真人さん。これから大我を、よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ、真宙をよろしくお願いします」
二人の間に、ゆっくりと確かな信頼が結ばれた瞬間だった。
そのとき……
「父さん?」
真宙が、不思議そうにこちらを見ていた。
「何、そんな真面目な顔してるの?」
「いや」
こんな姿を見られて少し照れてしまう。
「いい話をしてただけだ」
「ふーん?」
首を傾げながらも、真宙は大我の肩に寄りかかる。
その自然な仕草に、私はもう何も言えなくなった。
でも、一つだけわかったことがある。
真宙に愛する人ができても、父としての役目が終わるわけじゃない。ただ、形が変わるだけ。
守る手を、そっと離す。それは、負けじゃない。
胸の奥に残るほろ苦さと、確かな温もり。
私はそれを静かに噛みしめていた。
「それじゃあ今日はそろそろお開きにしましょうか」
気づけば、話も盛り上がり三時間ほど食事を楽しんでいた。
立ちあがると足元が覚束ない。
一歩踏み出そうとしてふらついた瞬間、大きな身体に包み込まれた。
「真人さん、大丈夫ですか?」
「すみませ――」
顔を上げると、目の前に凛々しい顔が現れて胸がドクンと震えた。
声を潜めるわけでもなく、けれど周囲を気にする様子もない。
向かい合う二人の距離は近く、時折視線を交わしては微笑み合っている。
その様子を眺めながら、ゆっくりと箸を置いた。
「二人、仲がいいですね」
独り言のように漏らすと、一慶が小さく笑った。
「ええ。あんな幸せそうな顔を見ると、頑張って育ててきてよかったなと思います」
その言葉に、私はジョッキを持つ手を止める。
育ててきて、か……
実際に育ててきたからこそ出てくる言葉だろうな。
「水無瀬さんは……いえ、一慶さんは」
少し言い淀んでから、口を開く。
「うちと同じシングルファーザーだそうですね」
「ええ。妻は、ずいぶん前に亡くなりまして」
さらりとした口調だった。だが、その一言に含まれる年月の重みは、私にもよく分かる。
「……そうでしたか。うちと同じですね」
それ以上、言葉はいらなかった。
この人も、私が必死に真宙を育ててきたのと、同じ時間を生きてきたんだ。
「正直に言うとですね」
一慶が、視線を落としたまま続ける。
「仕事で家を空けることも多くて……気づいたら、息子の方が大人になっていた、なんてこともありました」
その言葉に思わず苦笑する。
「うちも、まったく同じですよ」
急な残業。休日出勤。一人で待たせてしまった夜の数を、何度数えたことか。
「それでも……」
一慶は、息子たちの方をちらりと見る。
「文句一つ言わず、あんなふうに笑ってくれるんですから……」
言葉が途切れた。それ以上は、言わなくても伝わる。
「ありがたい、ですよね」
私のその一言に、一慶は静かに頷いた。
「本当に」
しばらく、二人の間に穏やかな沈黙が流れる。
気まずさはない。むしろ、言葉にしなくても分かり合える心地よさがあった。
「実は……」
グラスを指でなぞりながら口を開く。
「今日まで、ずっと父親としてやり切ったと思える日を待っていたんです。息子が結婚すると聞いて……ようやく、報われた気がして……。まさか、こんな形で驚かされるとは思っていませんでしたが」
自嘲気味に言うと、一慶がふっと笑った。
「人生は、なかなか思い通りにはいきませんね」
「ええ、本当に」
「……それでも」
息子たちの方を見る。肩を寄せ合い、楽しそうに話す二人。
「幸せそうなら、それでいい」
その言葉は、もう迷いなく口をついて出ていた。
一慶は、少しだけ目を細めた。
「同じ気持ちです」
そう言って、ジョッキを持ち上げる。
「息子たちが選んだ人生に、乾杯しましょう」
グラスが、静かに触れ合った。
この人となら、これから先もきっと大丈夫だ。
父親として、息子を手放す寂しさはある。
だが、それ以上に安心できる相手に託せた。そんな確かな実感が、胸の奥に残っていた。
料理が進むにつれて、会話は少しずつ落ち着いていった。
息子たちは相変わらず楽しそうだが、先ほどよりも互いに体を寄せ合い、声も自然と低くなっている。
もう、完全に二人の世界だな。
私は苦笑しながら、箸を置いた。
「こうして見ると」
不意に、一慶が口を開く。
「もう、親の出る幕なんてないんだなと思いませんか。ついこの前まで、風邪を引いたら夜中に様子を見に行って……眠れないって言われれば背中をさすっていたのに……」
彼の言葉に記憶が、勝手に溢れてくる。
あの小さな背中は、いつの間にこんなに大きくなったんだ?
「今じゃ、親以外の隣で安心して笑っている」
「正直、少しだけ寂しいですね」
一慶は否定しなかった。
「ええ。ものすごく」
そう言ってから、少し間を置く。
「でも、それ以上に肩の力が抜けました。もう、全部を背負わなくていいんだって」
私の胸に、その言葉がすとんと落ちた。
二十五年間。守ることだけを考えてきた。
泣かせないように、困らせないように、道を誤らせないように。
「そうですね。これからは……支える側じゃなくて、見守る側なんでしょうね」
一慶が、静かに頷いた。
「ええ。口出ししたくなることもあるでしょうけどきっと、もう必要ないですね」
私はジョッキを持つ手を強く握った。
「真人さん。これから大我を、よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ、真宙をよろしくお願いします」
二人の間に、ゆっくりと確かな信頼が結ばれた瞬間だった。
そのとき……
「父さん?」
真宙が、不思議そうにこちらを見ていた。
「何、そんな真面目な顔してるの?」
「いや」
こんな姿を見られて少し照れてしまう。
「いい話をしてただけだ」
「ふーん?」
首を傾げながらも、真宙は大我の肩に寄りかかる。
その自然な仕草に、私はもう何も言えなくなった。
でも、一つだけわかったことがある。
真宙に愛する人ができても、父としての役目が終わるわけじゃない。ただ、形が変わるだけ。
守る手を、そっと離す。それは、負けじゃない。
胸の奥に残るほろ苦さと、確かな温もり。
私はそれを静かに噛みしめていた。
「それじゃあ今日はそろそろお開きにしましょうか」
気づけば、話も盛り上がり三時間ほど食事を楽しんでいた。
立ちあがると足元が覚束ない。
一歩踏み出そうとしてふらついた瞬間、大きな身体に包み込まれた。
「真人さん、大丈夫ですか?」
「すみませ――」
顔を上げると、目の前に凛々しい顔が現れて胸がドクンと震えた。
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