息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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息子への贈り物と優しいメッセージ

「もう、お父さん。飲み過ぎだよ」

さっと真宙が私の身体を支えようと手を伸ばした。
だが、一慶は優しく真宙に声をかけた。

「息子たちの幸せな結婚が決まって、嬉しかったんだよ。今日だけは許してやってくれ。真人さんは私が車まで連れて行こう」

そう告げると、真宙は嬉しそうに笑顔を見せた。

「それじゃあ、お願いします」

私を一慶に託し、真宙は大我と並んで歩き始めた。

「さぁ、真人さん。行きましょうか」

「すみません、お手を煩わせてしまって……」

「いいえ。私たちはもう家族ですから、気にしなくていいですよ」

強く肩を抱かれて歩き始める。それがなぜか無性に心地良い。
不安を覚えることもなく、私は駐車場に連れて行かれた。

真宙と大我が別れを惜しむように話をしているのが見える。
その中で、私は一慶に優しく助手席に座らされていた。
リクライニングを下げ、私を楽にしてくれる。その気遣いが嬉しい。

「それじゃあ、気をつけて帰ってください」

「はい。今日は楽しい時間でした。ありがとうございます」

なんとかお礼を告げる。
真宙が運転席に乗り込み、私たちは水無瀬親子に見送られて駐車場を出た。

「悪い、少し飲みすぎた」

「いいよ、大我のお父さんが言ってたように嬉しいお酒だったなら嬉しいよ」

「ああ、本当に嬉しかったよ。真宙、良い人と巡り会えて良かったな」

そっと真宙に視線を向けると、真宙は笑顔で頷いていた。

「僕……初めてだったんだ。人を好きになったのが。ずっと誰も好きになれないって思ってたけど、大我に会って初めて身体が震えたっていうか……好きっていう感情を知ったんだ」

「そうか……それだけ、特別な存在だったんだな」

和奏とは愛情はあったが、身体が震えるようなそんな感覚を味わったことはなかった。
真宙に特別な人ができたことを素直に喜びたい。

「結婚式なんかは考えてるのか?」

「まだそこまでは。とりあえず一緒に住み始めて、これからのことをゆっくり考えようかって」

そう言われて気づく。
真宙が家を出ていくことに。

大学も、そして就職が決まった後もうちから通ってくれていたが、とうとう出ていくのか。
だが、二十五年も一緒に住んでくれたのだから引き留めるなんてことはしたくない。

「二人の仕事場に行きやすい、良い家が見つかるといいな」

「うん。今ね、不動産屋さんをいろいろ当たっているんだ。ただ……」

楽しそうだった真宙の声が少し暗くなる。

「どうした?」

「男同士だとなかなか大家さんの許可が出なくて……」

どうやら同性カップルの場合、思わぬトラブルなどを危惧し、賃貸契約の許可が降りないといった事情があるようだ。

「そうか……」

なんと言ってやれば良いのか、うまい言葉が見当たらない。
今まで気づかなかったが、こういったところで差別を味わうことはあるようだ。
ただ、人を好きになっただけなのにな。

「あ、ごめん。心配させるつもりじゃないんだ。だから、僕たち共同名義で家を買おうかなって考えてて」

「家を、買う?」

確かにそれなら問題はないだろうが、購入するとなるとかなりの金額が動く。
それこそ、二人の仕事場に近い場所ならかなり都心だから、マンションでもそこそこするだろう。

「うん。今、二人で買えそうなところを探しているから心配しないで」

真宙はそう言っていたが、やはりここは父として、大切な息子の門出を祝ってやりたい。

自宅に戻り、着替えのために自室に向かう。
そして、和奏のドレッサーの引き出しを開けた。

ここには和奏が真宙のために書いていた妊娠日記や、成長を見守る親子手帳。そして、真宙がプレゼントしてくれた手紙や絵など大切なものを全て残してある。その一番下の引き出しにある小さな箱を取り出した。

その箱には通帳が二冊。どちらも真宙名義のものだ。

一つは、和奏が亡くなった時の生命保険一千万円が手付かずで入っている。
大きくなった真宙に渡そうと置いていた。
もう一つは……真宙が生まれてから毎月三万円を貯金していたものだ。
そして、真宙が就職してから毎月家に入れてくれていたお金も一緒に貯金している。
これも一千万はあるだろう。

これを二人の新生活に役立てて貰えばいい。

私はそれを持って、リビングに下りた。

「真宙。ちょっといいか」

キッチンで明日の朝食の準備をしてくれていた真宙に声をかける。

「父さん。どうしたの?」

「ちょっとそこに座ってくれ」

私の声に何かを察したのか、エプロンを取りながらこちらにやってきた。
そして、ラグの上に静かに腰を下ろした。

「これを受け取ってくれ」

「えっ、これ……」

差し出した通帳を見て、真宙が驚きの表情を見せる。

「どうして二冊も?」

「一つはお前のお母さんからだ」

「これって……」

「生命保険だよ。受取人は最初から真宙にしていたんだ」

そう告げると、真宙は目を潤ませた。
きっと和奏の、母の愛を感じたのだろう。
真宙はそっと通帳を胸に抱き、小上がりにある和奏の仏壇に視線を向けた。

「母さん……僕が、男の人と結婚するって聞いたら、どう思うかな……」

真宙がポツリと呟く。だが、そんな心配はいらない。

「喜ぶに決まっているだろう。和奏は、真宙が笑っていればそれでいいって言ってくれるよ。なぁ、和奏」

きっとすぐ近くで私たちを見守ってくれているだろう和奏に聞こえるように呼びかけると、ふっと空気が動いた気がした。

「真宙は、何も気にせず大我くんと幸せになればいい」

そういうと、真宙は表情を和らげて、小さく頷いた。

「こっちは私が真宙のために月々貯めていたものだ。これも二人の新生活の足しにしてくれ」

「父さん、いいの?」

「もちろんだ。真宙が結婚するときに渡そうと思っていたから受け取って欲しい」

「ありがとう。父さん」

これで私ができることは終わった。
部屋に向かう真宙を見送り、一人になったリビングでふぅと息を吐いた。

すると、胸ポケットに入れていたスマホがブルブルと振動を告げる。
取り出すと、画面には<一慶>という名前が出ていた。

これから連絡を取り合うこともあるだろうとメッセージアプリのIDを交換したんだった。

仕事以外でメッセージをやり取りする相手はほとんどいない。
高校や大学の友人も、子育てに忙しい毎日で自然と疎遠になってしまっていた。

プライベートで送られる久しぶりのメッセージに少し緊張しながらタップする。

<無事に帰れましたか? 今日は久しぶりに楽しい酒が飲めました。ありがとうございます。今度、また息子たちの話でもしながらお酒を飲みましょう。一慶>

飲みすぎていた私を心配してくれるメッセージに、ほんのり胸が温かくなる。

どうしよう、なんて返そうか悩む。仕事のメールなら迷うことなくかけるのに……
でも、既読をつけてしまったし、何も返さなければさらに心配させてしまうだろう。

<こちらこそ、ご心配をおかけしてすみません。でも本当に楽しい時間が過ごせました。息子たちの――

そこまで書いて指が止まる。
そして、書いていた<息子たちの>という言葉を消した。

<また、ぜひご一緒させてください。真人>

最後にその言葉をつけて、送信ボタンを押した。
すぐに既読がつき、ポンと返ってきた可愛い犬のOKスタンプに思わず笑みが溢れた。
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