息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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ふたりのひととき

「真人さん。どうぞ」

運ばれてきた蟹のパスタを器用に取り分けて、一慶が皿を差し出す。

「蟹、多すぎですよ。一慶さんの分が……」

「大丈夫ですよ。ちゃんと分けてますから」

そう言うが、どう見ても明らかに私の皿にのった蟹のほうが多い。
今までなら、美味しいものは全て真宙の皿に多めに入れてきた。
私が蟹を好きなように、真宙も蟹が大好物だったから。
息子に多く入れるのは、父親として当然のことだった。

きっと一慶も大我に同じことをしてきたのだろう。
だから今、私に多く分けてくれるのか。
彼の中で、私が家族側に入っているのかもしれない。
そんなことを考えながら、蟹の身を口に運ぶ。

「やっぱり蟹は最高ですね」

「ええ。やっぱり外で食べると、また違いますね」

小さな幸せが静かに重なっていく。
沈黙が訪れても、気まずさはない。
それは、長年子どもたちを育ててきた者同士だけが感じられる、静かで温かな空気だった。

「デザートも頼みますか?」

食事の後、一慶が声をかけてくれた。
真宙と外食するときは、必ずデザートまで頼んでいたことを思い出す。

「一慶さんも食べますか?」

「ええ。シェアしましょうか」

もしかしたら、大我とこうしてシェアして食べていたのかもしれない。
やはりどこの家庭も同じなのだと頬が緩む。

「いいですね」

メニューを見て、気になっていたティラミスと、リモーネジェラートを頼む。
運ばれてきたジェラートを一口。

「ん! 美味しいですよ。一慶さんもどうぞ」

さっぱりとした酸味が心地よくて、ついいつもの癖で自分のスプーンを渡してしまった。

「あっ……」

慌てて新しいスプーンを取ろうとしたが、一慶は私の使ったそれでジェラートを口にした後だった。

「すみません、私の使ったものを……」

謝ったが、一慶は特に気にする様子を見せない。

「別に気にしないでいいですよ。私たちはもう家族なんですから」

家族……それでいいのだろうか。
自分でも理由のわからない小さな引っ掛かりを覚えながらも曖昧に笑って頷いた。

デザートを食べ終え、席を立つ。
伝票に手を伸ばそうとすると、一慶がスッとそれを取った。

「今日は私がお誘いしたので、ご馳走させてください」

「でも、さっきもコーヒーショップで……」

あの時も気付けば一慶が支払ってくれていた。
毎回ご馳走になるのも申し訳ない。

「じゃあ、また食事をしましょう。その時ご馳走になりますよ」

そんな提案をされればそれ以上拒むこともできない。
この歳になって会計で揉めるのも店に迷惑だろう。

一慶の提案を受け入れ、お礼を言って店を出た。

夜風が心地よく頬を撫でる。昼間の柔らかさとは違う、少しだけ冷えた空気が私の心を落ち着かせる。

「ご馳走さまでした。ここの食事は、どれも美味しかったですね」

「ええ。真人さんとだったからなおさら。一人だと味気ないですからね」

さらりと言われた言葉に、胸が小さく跳ねる。
帰れば、それぞれの静かな家が待っている。
けれど今はまだ、同じ時間の余韻の中にいた。

「今日は……誘ってくださって、ありがとうございました」

素直にそう言うと、一慶は少しだけ目を細めた。

「こちらこそ。正直に言えば、私が一人で帰るのが嫌だったんです」

冗談めかした言い方ではない。
穏やかで、まっすぐな声。

「寂しさを紛らわせるために、付き合っていただきました」

「それは、お互い様ですね」

思わず笑い合う。

子どもたちの巣立ちを見届けた夜。
一人で過ごさずによかったのだろう。

「もしよろしければ」

一慶が車のドアを開けながら、続ける。

「これからも時々、こうして食事でもしませんか。子どもたち抜きで」

その言葉の響きが、胸の奥で静かに広がる。

「そうですね。ぜひ」

答えると、一慶の表情がふっと柔らいだ。
車に乗り込み、エンジンが静かにかかる。夜の街を流れるライトが、フロントガラスに滲む。

不思議だ。さっきまで胸にあった寂しさが、今はどこかへ薄れている。
隣に、同じ気持ちを知る人がいる。それだけで、こんなにも違うのかと驚いてしまう。

「自宅までナビしてもらってもいいですか?」

「あ、そうですね。とりあえずこの道をまっすぐ」

隣で案内しながら、やがて車は自宅の前に止まった。

「素敵なお家ですね」

会社の代表をしている一慶の家と比べたらかなり小さな家だろう。
普通ならお世辞だとわかるが、彼の表情にはそれは見えない。
私と真宙が過ごしてきた家を見つめてくれる眼差しがお世辞ではないと語っている。
それが嬉しい。

「今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ。また連絡します」

ドアを開け、外に出る。夜の空気が静かに満ちている。
車が走り去るのを見送りながら、胸に手を当てた。

一人になり、寂しいはずの夜。けれど、不思議と心は温かい。

息子は新しい家へ。
そして自分もまた、知らない一歩を踏み出しているのかもしれない。

静かな玄関の扉を開けながら、ふと思う。

これからの夜は、少しだけ違うものになるのかもしれない、と。
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