息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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二人の夜

「あの、お風呂……入れてきますね」

自分の気持ちがよくわからず、今は一慶の前から離れていたほうがいいと思った。
その場から逃げるように風呂場に向かう。

湯張りのスイッチを押し、棚の中から新品のバスタオルを探す。

「あれ? 置いていたはずだったが……」

そう考えて思い出す。
荷物をまとめていた真宙がバスタオルを数枚腕に抱えていたことを。

「お父さん。バスタオル、新しいのあったよね? 持っていっていい?」

バスタオルくらい自分たちで好きなものを揃えたらいいのに、と思ったが、真宙の言葉に胸が温かくなる。

「お父さんが選ぶバスタオルがちょうどいい柔らかさで好きなんだよね」

そんなことを言われては断るなんてできなかった。

「好きなだけ持っていきなさい」

そう言った時の、真宙の表情はとても嬉しそうに見えた。

あれはあれで良かったが、一慶が使うバスタオルがないな。

仕方がない。使っていたバスタオルの中でも比較的新しそうなものを取り出す。
それを持って、リビングに戻った。
一慶はソファに座っていて、私の手元に目を向ける。

「すみません。新しいバスタオルがなくて……」

「いえ。喜んで使わせてもらいますよ」

柔らかく微笑みながら、タオルを受け取る一慶の手元に触れる。
ほんの一瞬、指先が微かに触れただけなのに、なぜか胸の奥がじんわりと熱くなる。

「あの、もうお湯も溜まっていると思うので、一番風呂どうぞ」

「家主の真人さんを差し置いて申し訳ないな」

「いえ、どうぞ。ゆっくり寛いできてください」

まだ風呂に入るには、一慶の中で早い時間だったのかもしれない。
けれど、今は一人になりかった。

一慶は少し迷ったように立ち上がり、「では先にいただきます」と微笑む。

「リビングを出て、奥の扉です」

着替えを手にリビングを出て奥の扉に向かう彼を見送り、深く息を吐く。

決して一慶と過ごすのが苦痛なのではない。
むしろ居心地が良すぎてどうしていいかわからなくなる。

気持ちを落ち着かせるために、目の前のワインをグッと一気に飲み干した。

「ああ……そういえば、布団がいるか」

客間に向かい、押し入れから布団を取り出す。
ついこの前、いい天気の日に干しておいて良かった。

ふかふかになっている布団に、思わず横たわった。

久しぶりにワインなんて口にしたからだろうか。
心地よい布団の感触に、気づけば眠ってしまっていた。

微かな物音……リビングの方でちょっと一慶の気配が通り過ぎるのを感じたような気がした。
でも、意識が溶けるように遠のき、私はさらに深い眠りに落ちていった。

<side一慶>

食事を手に真人の家に上がり込み、一緒に夕食を食べた。
わざと少し大きめに握った炊き込みご飯のおにぎりを、小さな口で頬張る姿に思わず頬が緩んだ。

食事だけで帰るつもりは毛頭なく、用意しておいたチョコレートを食後のデザートとして出してみた。

大我から、真宙は父親と同じでチョコレート、特にナッツ入りのものが好きだと聞いていた私は、コネを使って希少なチョコレートを手に入れた。

私の予想を遥かに超えて喜んでくれる姿に、可愛らしい人だと思った。

一か八かで持ってきた、チョコレートと相性のいいワインを取り出すと、真人は一緒に飲もうと誘ってくれた。
車の運転が……というと、泊まりを勧められ、心の中でガッツポーズをする。
車には急な泊まりのための用意がしてあるから問題はない。

本当は貸してくれると言ってくれた真人の着替えに心を動かされたが、おそらくどれだけ頑張っても彼のサイズは着られない。ここは一緒に夜を過ごせるだけで御の字だと思おう。

一番風呂を勧められ、リビングを出る。
脱衣所はほのかな入浴剤の香りに包まれていた。

この匂い……初めて会った時も同じ匂いがした。
ビールに酔い、おぼつかない足取りの真人を抱き止めた時と同じ匂いだ。

そうか、あれはこの匂いだったか。

真人の匂いに包まれたような気持ちで、私は浴室に足を踏み入れた。

決して広いというわけではないが、掃除の行き届いた清潔な風呂場に、真人の性格がよく現れている気がした。
なんせ、今日の泊まりは急に決まったもの。
それでこの清潔さだ。毎日丁寧に掃除をしていることが窺える。

この風呂にいつも真人が入っている。
それを想像するだけでなぜか興奮してしまう自分がいる。

邪な気持ちを捨て、急いで髪と身体を洗う。
湯船にしばらく浸かって、真人が渡してくれたバスタオルを使う。

ふわっと真人の匂いがしたような気がして、また昂ってしまいそうになる。
そんな気持ちを必死に抑え、浴室をでてリビングに向かったが、真人の姿が見えない。

「真人さん?」

声をかけながら、リビングの隣の部屋をのぞいてみる。
すると、そこには掛け布団の上に横たわる真人の姿があった。

「大丈夫ですか?」

慌てて駆け寄ったが、どうやら寝ているだけらしい。
同じ年とは思えない、かわいらしい寝顔に私はそっと目を細めた。
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