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特別な日常のひととき
その店員は、一慶を見るとふっと目を細めた。
「水無瀬さま。お越しくださってありがとうございます」
スッとその場に正座をして頭を下げる姿に、少し驚いてしまう。
だが、一慶は臆する様子もなく店員に話しかける。
「すみません。突然食べたくなって、予約もせずに伺ってしまいました。今日は大丈夫ですか?」
「もちろんです。水無瀬さまは予約なしでお受けするように、と店主の天沢からも申しつかっております。さぁ、どうぞ。お部屋にご案内いたします。お足元にお気をつけください」
物腰の柔らかい店員に案内され、奥に進む。
けれど、私は隣を歩く一慶の顔の広さに驚いていた。
ただの常連という雰囲気ではない。まるで特別な客のような扱いだった。
「真人さん。見てください」
一慶の声にハッとして、顔を上げる。
「外を見てください」
「えっ、外……?」
促されるまま、視線を窓に向ける。
するとそこには手入れの行き届いた広大な日本庭園があった。
「すごい……綺麗ですね……」
思わず足を止めてしまう。
まるで別の世界に来たようだった。
「すごいでしょう。真人さんに、この庭を見せたかったんですよ」
「あ、じゃあ一慶さんが言っていたすごいところって……」
「ええ。この庭です。この庭を眺めながら食べる料理は最高なんですよ」
その笑顔に、胸がどくんと跳ね、思わず見惚れてしまいそうになる。
「さぁ、部屋からゆっくり堪能しましょう」
「は、はい」
一慶に誘われ、庭を横目に廊下を進み、案内された部屋へと足を踏み入れた。
案内された部屋は、掘り炬燵式のテーブル席。
大きな窓からはあの美しい庭が一望できる。
「お料理は、おすすめコースでよろしいですか?」
店員の問いかけに一慶はすぐに了承し、店員は頭をさげ出て行った。
「真人さん。どうぞ」
さりげなく上座に案内されて戸惑うが、すでに一慶は向かいに腰を下ろしている。
少し緊張しながら席に着き、料理について尋ねた。
「蕎麦屋で、おすすめコースですか?」
「ええ。ここは日本蕎麦専門店なので、蕎麦以外の和食も絶品なんですよ。せっかくなら食べていかないともったいないです」
五十歳を過ぎ、若い時の食欲は落ちたが、同じ年の一慶がそこまで絶賛するのなら食べてみたい。
「あの、ここにはよく?」
「そうですね。年に何度かゴルフ帰りに立ち寄ります」
ゴルフ、か……
会社の経営者ともなると、そのような趣味もあるのだろう。
もしかしたら仕事の一環かもしれない。
「取引先の貴船コンツェルンの会長とゴルフを回ったあとに、ここを紹介されたんです。ここの店主の天沢さんと、貴船会長は友人らしくて」
「えっ、あの貴船コンツェルンの会長さん、ですか? 一慶さん、そんなすごい方とも交流があるんですね」
「貴船くんは元々、大学の後輩なんですよ。学部が違うので、在学中はそこまで交流がなかったんですが、社会人になってからはお互いに重要な取引先として仲良くしています」
一慶が思っていた以上に遠い世界の人のように感じて、少しだけ背筋が伸びる。
「すごい、ですね……」
「そんな大したことはないですよ」
そう謙遜するが、私にはとても輝いて見えた。
その時スッと襖が開き、食事が運ばれる。
おすすめコースというだけあって、最初は前菜のようだ。
数種類の小鉢は、料亭と見紛うほど美しく整えられ、箸をつけるのがもったいないと思ってしまうほどだった。
「どうぞごゆっくりお過ごしください」
店員が小鉢の中身を説明して、静かに立ち去っていく。
「ここの蕎麦がきは絶品なので、ぜひ。真人さんが好きな味だと思いますよ」
蕎麦がきは、これまでも何度か口にしたことはあるが、正直特別美味しいと思ったことはなかった。
けれど、一慶が勧めてくれるなら食べてみたい。素直にそう思えた。
一口サイズに切り分けて口に運ぶ。
もちっとしながらもふんわりと柔らかで口当たりなめらかなその食感は、白玉のよう。
甘味と香りがふわっと広がり、あまりの美味しさに心の声が漏れた。
「美味しい……」
「でしょう? 蕎麦がきって苦手な人も結構いますが、ここは厳選した蕎麦粉を手挽きで作っているので本当に美味しいんですよ」
今までの蕎麦がきのイメージがガラッと変わった。
こんなにも美味しいものだったんだなと改めて知った。
「この煮物も美味しいんですよ。優しい味なので真人さんも好きそうです」
一慶に勧められるまま、箸をつける。
「よかった。真人さんがこんなに食べてくれて、ここに連れて来た甲斐がありましたね」
一慶は小さく笑ってこちらを見つめる。
一慶からそんなことを言われるくらい、食が細くなっているとは思えないほど、次々と小鉢を空にしていく自分に、驚きを隠せなかった。
「水無瀬さま。お越しくださってありがとうございます」
スッとその場に正座をして頭を下げる姿に、少し驚いてしまう。
だが、一慶は臆する様子もなく店員に話しかける。
「すみません。突然食べたくなって、予約もせずに伺ってしまいました。今日は大丈夫ですか?」
「もちろんです。水無瀬さまは予約なしでお受けするように、と店主の天沢からも申しつかっております。さぁ、どうぞ。お部屋にご案内いたします。お足元にお気をつけください」
物腰の柔らかい店員に案内され、奥に進む。
けれど、私は隣を歩く一慶の顔の広さに驚いていた。
ただの常連という雰囲気ではない。まるで特別な客のような扱いだった。
「真人さん。見てください」
一慶の声にハッとして、顔を上げる。
「外を見てください」
「えっ、外……?」
促されるまま、視線を窓に向ける。
するとそこには手入れの行き届いた広大な日本庭園があった。
「すごい……綺麗ですね……」
思わず足を止めてしまう。
まるで別の世界に来たようだった。
「すごいでしょう。真人さんに、この庭を見せたかったんですよ」
「あ、じゃあ一慶さんが言っていたすごいところって……」
「ええ。この庭です。この庭を眺めながら食べる料理は最高なんですよ」
その笑顔に、胸がどくんと跳ね、思わず見惚れてしまいそうになる。
「さぁ、部屋からゆっくり堪能しましょう」
「は、はい」
一慶に誘われ、庭を横目に廊下を進み、案内された部屋へと足を踏み入れた。
案内された部屋は、掘り炬燵式のテーブル席。
大きな窓からはあの美しい庭が一望できる。
「お料理は、おすすめコースでよろしいですか?」
店員の問いかけに一慶はすぐに了承し、店員は頭をさげ出て行った。
「真人さん。どうぞ」
さりげなく上座に案内されて戸惑うが、すでに一慶は向かいに腰を下ろしている。
少し緊張しながら席に着き、料理について尋ねた。
「蕎麦屋で、おすすめコースですか?」
「ええ。ここは日本蕎麦専門店なので、蕎麦以外の和食も絶品なんですよ。せっかくなら食べていかないともったいないです」
五十歳を過ぎ、若い時の食欲は落ちたが、同じ年の一慶がそこまで絶賛するのなら食べてみたい。
「あの、ここにはよく?」
「そうですね。年に何度かゴルフ帰りに立ち寄ります」
ゴルフ、か……
会社の経営者ともなると、そのような趣味もあるのだろう。
もしかしたら仕事の一環かもしれない。
「取引先の貴船コンツェルンの会長とゴルフを回ったあとに、ここを紹介されたんです。ここの店主の天沢さんと、貴船会長は友人らしくて」
「えっ、あの貴船コンツェルンの会長さん、ですか? 一慶さん、そんなすごい方とも交流があるんですね」
「貴船くんは元々、大学の後輩なんですよ。学部が違うので、在学中はそこまで交流がなかったんですが、社会人になってからはお互いに重要な取引先として仲良くしています」
一慶が思っていた以上に遠い世界の人のように感じて、少しだけ背筋が伸びる。
「すごい、ですね……」
「そんな大したことはないですよ」
そう謙遜するが、私にはとても輝いて見えた。
その時スッと襖が開き、食事が運ばれる。
おすすめコースというだけあって、最初は前菜のようだ。
数種類の小鉢は、料亭と見紛うほど美しく整えられ、箸をつけるのがもったいないと思ってしまうほどだった。
「どうぞごゆっくりお過ごしください」
店員が小鉢の中身を説明して、静かに立ち去っていく。
「ここの蕎麦がきは絶品なので、ぜひ。真人さんが好きな味だと思いますよ」
蕎麦がきは、これまでも何度か口にしたことはあるが、正直特別美味しいと思ったことはなかった。
けれど、一慶が勧めてくれるなら食べてみたい。素直にそう思えた。
一口サイズに切り分けて口に運ぶ。
もちっとしながらもふんわりと柔らかで口当たりなめらかなその食感は、白玉のよう。
甘味と香りがふわっと広がり、あまりの美味しさに心の声が漏れた。
「美味しい……」
「でしょう? 蕎麦がきって苦手な人も結構いますが、ここは厳選した蕎麦粉を手挽きで作っているので本当に美味しいんですよ」
今までの蕎麦がきのイメージがガラッと変わった。
こんなにも美味しいものだったんだなと改めて知った。
「この煮物も美味しいんですよ。優しい味なので真人さんも好きそうです」
一慶に勧められるまま、箸をつける。
「よかった。真人さんがこんなに食べてくれて、ここに連れて来た甲斐がありましたね」
一慶は小さく笑ってこちらを見つめる。
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