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近づけない理由
それを目にして手が止まる。
どうして、電話なんか……
あの女性とまだ一緒にいるはずなのに。
何を言われるのかわからなくて、電話をとる気になれない。
ただ茫然と電話が切れるのを待っていると、真宙が不思議そうに尋ねてくる。
「お父さん、誰? 取らないの?」
「あ、いや……ちょっと、今は……」
言葉を濁すけれど、なんと言っていいのかわからない。
まだ画面には<水無瀬一慶>の名前が光ったまま。
真宙の視線が、画面に向いた気がして慌てて隠そうとしたけれど、
「えっ? 大我の、お父さん……?」
その一言に、思わず息を呑んだ。
見られた。どうしよう。なんと言って誤魔化そうか。
「取らないの?」
「今、食事中だからあとでかけなお――」
あとでかけ直す、そう言おうとしたら、真宙の手がスッと私のスマホに伸びてきた。
「じゃあ、代わりに大我に出てもらおう」
そういうと、私の手からスマホを取り、止める間もなく大我に渡してしまった。
「大我、お願い」
大我はにこりと笑いながら、電話をとった。
ーもしもし、父さん。
かすかに電話口から一慶の声が聞こえるような気がしたけれど、何を話しているかはわからない。
ー今、真宙の実家でお義父さんと三人で食事をしているんだ。
そんな言葉を聞きながら、真宙が電話中の大我に話しかける。
「大我。お義父さんにも来てもらったら?」
真宙の突然の提案に、私は急いで止めた。
「一慶さん、予定があるみたいだから誘わないほうがいいよ」
「そう? 大我、どう?」
私の言葉を聞く素振りもなく、真宙は大我に尋ねた。
すると大我はそのまま電話口の一慶に話をしてしまっていた。
ー聞こえた? 真宙が父さんもどうかなって言ってるけど。あー、来る? オッケー、じゃあ待ってるよ。
「えっ、ちょっ……」
私が戸惑っている間に、話がまとまってしまったようで大我は電話を切ってしまった。
「すぐに来るそうです」
大我が何気なくそう言って、スマホをテーブルに置く。
その一言で、現実が一気に押し寄せてきた。
来る?
ここに……?
「どれくらいで着くって?」
「ちょうど近くにいたみたいだから、すぐに着くって」
真宙は嬉しそうに笑っている。
だが、その横で私はうまく言葉が出せなかった。
どうしよう……
こんなことになるなら、さっさと電話に出ていればよかった……
今更、後悔しても遅い。
それから本当にすぐにインターフォンが鳴った。
まだ気持ちが落ち着いていないのに。
「はーい」
何も知らない真宙が立ち上がり、大我とともに玄関に向かう。
そんな二人を止める間もなかった。
私は一人、椅子に座ったまま動けなかった。
玄関口で話している声が聞こえる。
その声がだんだんと近づいてきて、リビングの扉が開いた。
「真人さん、こんばんは。急にすみません」
一週間ぶりに聞く、一慶の声。
その声を聞いた瞬間、胸が大きく跳ねた。
思わず顔を上げる。
リビングに入っていた一慶は、先週末一緒に過ごした時のような穏やかな笑みを浮かべていた。
そのことに少しだけホッとする。
「お邪魔します」
「は、はい。どうぞゆっくりしていってください」
そう言いつつも、胸のざわめきはなかなか落ち着かなかった。
「真人さん。お土産持ってきたんです。食事が終わったらみんなで食べましょう」
一慶が紙袋を手に、私が座っていたダイニングテーブルに近づいてきた、その時……
ふわりと、かすかに嗅いだことのない香りが届いた。
「っ」
思わず息を止める。
甘くて柔らかい、女性ものの香水の香り。
一慶が近づいたことで、それははっきりとわかった。
頭の中に、あの光景が甦る。
横断歩道の向こう側で、一慶の隣にいたあの女性。
あの人の香りだ。
それに気づいた時、少しだけ残っていた安堵感が一気に崩れ去った。
「真人さん? どうかしました?」
一慶が一歩こちらに近づく。
反射的に、一慶を避けてしまった。
「いえ、大丈夫です」
これ以上近づかれると、その香りが強くなる。
それが耐えられなかった。
どうして、電話なんか……
あの女性とまだ一緒にいるはずなのに。
何を言われるのかわからなくて、電話をとる気になれない。
ただ茫然と電話が切れるのを待っていると、真宙が不思議そうに尋ねてくる。
「お父さん、誰? 取らないの?」
「あ、いや……ちょっと、今は……」
言葉を濁すけれど、なんと言っていいのかわからない。
まだ画面には<水無瀬一慶>の名前が光ったまま。
真宙の視線が、画面に向いた気がして慌てて隠そうとしたけれど、
「えっ? 大我の、お父さん……?」
その一言に、思わず息を呑んだ。
見られた。どうしよう。なんと言って誤魔化そうか。
「取らないの?」
「今、食事中だからあとでかけなお――」
あとでかけ直す、そう言おうとしたら、真宙の手がスッと私のスマホに伸びてきた。
「じゃあ、代わりに大我に出てもらおう」
そういうと、私の手からスマホを取り、止める間もなく大我に渡してしまった。
「大我、お願い」
大我はにこりと笑いながら、電話をとった。
ーもしもし、父さん。
かすかに電話口から一慶の声が聞こえるような気がしたけれど、何を話しているかはわからない。
ー今、真宙の実家でお義父さんと三人で食事をしているんだ。
そんな言葉を聞きながら、真宙が電話中の大我に話しかける。
「大我。お義父さんにも来てもらったら?」
真宙の突然の提案に、私は急いで止めた。
「一慶さん、予定があるみたいだから誘わないほうがいいよ」
「そう? 大我、どう?」
私の言葉を聞く素振りもなく、真宙は大我に尋ねた。
すると大我はそのまま電話口の一慶に話をしてしまっていた。
ー聞こえた? 真宙が父さんもどうかなって言ってるけど。あー、来る? オッケー、じゃあ待ってるよ。
「えっ、ちょっ……」
私が戸惑っている間に、話がまとまってしまったようで大我は電話を切ってしまった。
「すぐに来るそうです」
大我が何気なくそう言って、スマホをテーブルに置く。
その一言で、現実が一気に押し寄せてきた。
来る?
ここに……?
「どれくらいで着くって?」
「ちょうど近くにいたみたいだから、すぐに着くって」
真宙は嬉しそうに笑っている。
だが、その横で私はうまく言葉が出せなかった。
どうしよう……
こんなことになるなら、さっさと電話に出ていればよかった……
今更、後悔しても遅い。
それから本当にすぐにインターフォンが鳴った。
まだ気持ちが落ち着いていないのに。
「はーい」
何も知らない真宙が立ち上がり、大我とともに玄関に向かう。
そんな二人を止める間もなかった。
私は一人、椅子に座ったまま動けなかった。
玄関口で話している声が聞こえる。
その声がだんだんと近づいてきて、リビングの扉が開いた。
「真人さん、こんばんは。急にすみません」
一週間ぶりに聞く、一慶の声。
その声を聞いた瞬間、胸が大きく跳ねた。
思わず顔を上げる。
リビングに入っていた一慶は、先週末一緒に過ごした時のような穏やかな笑みを浮かべていた。
そのことに少しだけホッとする。
「お邪魔します」
「は、はい。どうぞゆっくりしていってください」
そう言いつつも、胸のざわめきはなかなか落ち着かなかった。
「真人さん。お土産持ってきたんです。食事が終わったらみんなで食べましょう」
一慶が紙袋を手に、私が座っていたダイニングテーブルに近づいてきた、その時……
ふわりと、かすかに嗅いだことのない香りが届いた。
「っ」
思わず息を止める。
甘くて柔らかい、女性ものの香水の香り。
一慶が近づいたことで、それははっきりとわかった。
頭の中に、あの光景が甦る。
横断歩道の向こう側で、一慶の隣にいたあの女性。
あの人の香りだ。
それに気づいた時、少しだけ残っていた安堵感が一気に崩れ去った。
「真人さん? どうかしました?」
一慶が一歩こちらに近づく。
反射的に、一慶を避けてしまった。
「いえ、大丈夫です」
これ以上近づかれると、その香りが強くなる。
それが耐えられなかった。
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