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気持ちがついていかない
「どうだ? 気に入ったなら、先方に話を通してみるが」
一慶の言葉に、真宙がパッと顔を明るくした。
「大我。ここ、前に連れて行ってくれたお店だよね?」
「ああ。あの絶品蕎麦を真宙に食べさせたかったからな」
そのやりとりに、私も一慶も思わず目を瞬かせる。
「なんだ、もう連れて行ってたのか?」
「うん。大学卒業の時、記念のデートにいいかと思って連れて行ったんだ。天沢さんには父さんに内緒にしてって頼んでおいたから」
「お前な……」
呆れたように言いながらも、一慶の声にはどこか柔らかさが滲んでいる。
真宙はそんな二人を見て、楽しそうに笑った。
「でもね、あそこ本当に素敵だったよ。庭もすごく綺麗で、空気も澄んでて、なんだか時間がゆっくり流れているみたいだった」
その言葉に、私も頷きしかない。本当にあのお店も、庭も、日常から離れた心地良い空間だったから。
「また行きたいなって、ずっと思ってたんだよね」
真宙がふとこちらを見た。
その視線が、私と一慶を一瞬だけなぞる。
「今度さ、みんなで行かない?」
「えっ、みんなで?」
「うん。せっかくだし、お父さんたちも一緒に」
無邪気な提案のようでいて、なんとなくどこか含みのある言い方に感じてしまう。
「で、でも先週行ったばかりだし……」
あの時は結局一慶が行きも帰りも運転してくれた。
三時間はかかる道のりをまた行かせるのは忍びない。
「長時間のドライブは疲れるかも」
そういうと、一慶がテーブルの下で握っていた手をそっと強めた。
視線を向けると、優しい眼差しを向けられる。
「三時間のドライブくらい平気ですよ」
「でも……」
「心配なら、近くに温泉宿があるので泊まりましょうか。疲れも癒えますよ」
「えっ」
思わぬ提案が飛んできて、一瞬思考が止まった。
温泉宿に、泊まり?
いやいや、そんなこと……っ。
けれど、思考が止まった私をよそに真宙は楽しそうな声をあげる。
「それ、楽しそう! 家族旅行っていうのも初めてだし、行ってみたい! ねぇ、大我」
「そうだな。泊まりのほうが時間は気にしなくていいかもな。でも、すぐに予約なんて取れる?」
「それは問題ない」
あの蕎麦のお店も特別待遇で予約なしに入れてもらっていた一慶だ。
温泉宿もすぐに予約は取れるだろう。
「やった! じゃあ決まりだね」
真宙が嬉しそうに大河に寄りかかる。
私だけが驚きと戸惑いで思考が追いつかないままだった。
「あの、真人さん? 旅行、大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、はい。あの、でも……本当に、いいんですか?」
こんな急に旅行を決めるなんて……
今までなら考えられない。
それ以上にまだ心がついていけない。
「私は、真人さんと一緒に出かけられるなら嬉しいですよ。でも、真人さんが迷惑なら……」
「いやっ、その……迷惑、とかじゃないですけど……」
正直、まだ思いが通じ合ったばかりで、旅行に行くということに気持ちがついていけてないだけだ。
「それじゃあ、ゆっくり楽しみましょう」
テーブルの下でそっと握られた手の温もりが、まだ戸惑いを隠せない私の心を安心させてくれる。
「じゃあ、スケジュールは僕たちで決めるから、お父さんたちはついてきてくれるだけでいいよ」
ビールの酔いも少しはあるんだろう。
すっかり浮かれ切った真宙と、そんな真宙を優しく見守る大我の姿に目を細める。
それから二人は、真宙の部屋に上がり、私たちは片付けを始めた。
「すみません。真宙、すっかりはしゃいでしまって」
「いいえ。真宙くんと大我のおかげでこうして真人さんと一緒にいられるんですから。むしろ喜んでますよ」
嘘偽りのない、まっすぐな言葉が私の心を弾ませる。
「真人さん。片付けは私がしておきますから、お風呂に入ってきてください」
「でも、真宙と大我くんが……」
「あの二人なら、旅行のことで盛り上がってますからまだ入らないでしょう。待ってたら寝るのが遅くなりますよ」
そう言われて、私は脱衣所に向かった。
あまり一慶を待たせておくのも申し訳なくて、さっと風呂から出てリビングに戻った。
ソファに一人、座っていた一慶は、私が出てきたのをみて、ふっと優しい笑みを浮かべた。
そして、ポンポンと自分の隣を叩き、私を呼び寄せた。
一慶の言葉に、真宙がパッと顔を明るくした。
「大我。ここ、前に連れて行ってくれたお店だよね?」
「ああ。あの絶品蕎麦を真宙に食べさせたかったからな」
そのやりとりに、私も一慶も思わず目を瞬かせる。
「なんだ、もう連れて行ってたのか?」
「うん。大学卒業の時、記念のデートにいいかと思って連れて行ったんだ。天沢さんには父さんに内緒にしてって頼んでおいたから」
「お前な……」
呆れたように言いながらも、一慶の声にはどこか柔らかさが滲んでいる。
真宙はそんな二人を見て、楽しそうに笑った。
「でもね、あそこ本当に素敵だったよ。庭もすごく綺麗で、空気も澄んでて、なんだか時間がゆっくり流れているみたいだった」
その言葉に、私も頷きしかない。本当にあのお店も、庭も、日常から離れた心地良い空間だったから。
「また行きたいなって、ずっと思ってたんだよね」
真宙がふとこちらを見た。
その視線が、私と一慶を一瞬だけなぞる。
「今度さ、みんなで行かない?」
「えっ、みんなで?」
「うん。せっかくだし、お父さんたちも一緒に」
無邪気な提案のようでいて、なんとなくどこか含みのある言い方に感じてしまう。
「で、でも先週行ったばかりだし……」
あの時は結局一慶が行きも帰りも運転してくれた。
三時間はかかる道のりをまた行かせるのは忍びない。
「長時間のドライブは疲れるかも」
そういうと、一慶がテーブルの下で握っていた手をそっと強めた。
視線を向けると、優しい眼差しを向けられる。
「三時間のドライブくらい平気ですよ」
「でも……」
「心配なら、近くに温泉宿があるので泊まりましょうか。疲れも癒えますよ」
「えっ」
思わぬ提案が飛んできて、一瞬思考が止まった。
温泉宿に、泊まり?
いやいや、そんなこと……っ。
けれど、思考が止まった私をよそに真宙は楽しそうな声をあげる。
「それ、楽しそう! 家族旅行っていうのも初めてだし、行ってみたい! ねぇ、大我」
「そうだな。泊まりのほうが時間は気にしなくていいかもな。でも、すぐに予約なんて取れる?」
「それは問題ない」
あの蕎麦のお店も特別待遇で予約なしに入れてもらっていた一慶だ。
温泉宿もすぐに予約は取れるだろう。
「やった! じゃあ決まりだね」
真宙が嬉しそうに大河に寄りかかる。
私だけが驚きと戸惑いで思考が追いつかないままだった。
「あの、真人さん? 旅行、大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、はい。あの、でも……本当に、いいんですか?」
こんな急に旅行を決めるなんて……
今までなら考えられない。
それ以上にまだ心がついていけない。
「私は、真人さんと一緒に出かけられるなら嬉しいですよ。でも、真人さんが迷惑なら……」
「いやっ、その……迷惑、とかじゃないですけど……」
正直、まだ思いが通じ合ったばかりで、旅行に行くということに気持ちがついていけてないだけだ。
「それじゃあ、ゆっくり楽しみましょう」
テーブルの下でそっと握られた手の温もりが、まだ戸惑いを隠せない私の心を安心させてくれる。
「じゃあ、スケジュールは僕たちで決めるから、お父さんたちはついてきてくれるだけでいいよ」
ビールの酔いも少しはあるんだろう。
すっかり浮かれ切った真宙と、そんな真宙を優しく見守る大我の姿に目を細める。
それから二人は、真宙の部屋に上がり、私たちは片付けを始めた。
「すみません。真宙、すっかりはしゃいでしまって」
「いいえ。真宙くんと大我のおかげでこうして真人さんと一緒にいられるんですから。むしろ喜んでますよ」
嘘偽りのない、まっすぐな言葉が私の心を弾ませる。
「真人さん。片付けは私がしておきますから、お風呂に入ってきてください」
「でも、真宙と大我くんが……」
「あの二人なら、旅行のことで盛り上がってますからまだ入らないでしょう。待ってたら寝るのが遅くなりますよ」
そう言われて、私は脱衣所に向かった。
あまり一慶を待たせておくのも申し訳なくて、さっと風呂から出てリビングに戻った。
ソファに一人、座っていた一慶は、私が出てきたのをみて、ふっと優しい笑みを浮かべた。
そして、ポンポンと自分の隣を叩き、私を呼び寄せた。
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