息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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落ち着かない

「それならよかった……」

ふっと優しい笑みを向けられて、胸がどくんと跳ねる。

「私で役に立つなら、いつでも隣で寝ますよ」

さらりと言われたその言葉に、思考が一瞬止まった。

「えっ……」

聞き返す声が、自分でも少し情けなく感じるほど間抜けだった。

一慶は笑顔を浮かべたまま、ただ静かにこちらを見ている。
冗談でも軽口でもない。そのままの意味で言っているのが、表情から伝わってきた。

「い、いつでもって……」

言いかけて、途中で詰まる。
さすがに落ち着かない。

「眠れない夜が続くよりは、いいでしょう?」

「それは、そうですけど……」

反論したいのに、反論の材料が出てこない。
実際、昨夜は驚くほどよく眠れたのも事実だ。

でも、「いつでも隣で」は、どう考えても距離感がおかしい。

「真宙くんが、気になりますか?」

「えっ、なんで真宙……?」

「だって、さっき慌てていたでしょう?」

「あっ」

そう言われてさっきの電話を思い出す。

「いや、あれはその……」

私たちが、すでに一夜を共にするような関係だと誤解されたんじゃないか、と思ってしまっただけだ。
そんな私の考えを見透かしたように、一慶はふっと笑った。

「大丈夫です。真宙くんも大我も誤解なんてしてませんよ」

「えっ? どうして?」

隣で寝起きの声が聞こえて、勘違いされてもおかしくないのに。

「もし、真人さんが想像しているようなことがあったら……そんな元気に話したりできませんから」

「それって、どうい……」

言いかけて、ハッとする。
言葉の意味に気づいてしまって、途中で止まった。

「っ!」

一気に顔が熱くなる。
一慶は、そんなこちらの反応を見て、ほんの少しだけ目を細めた。

「冗談ですよ」

「じょ、冗談……」

安心するべき言葉のはずなのに、なぜか余計に動揺する。

そんな私を見て、一慶はゆっくりベッドから起き上がる。
何事もなかったように立ち上がった。

「朝食……いや、もう昼食ですね。準備をしてきますから、ゆっくりしていてください」

「は、はい……」

まだ頭が追いつかないまま返事をする。
部屋を出る直線、一慶がふと振り返った。

「真人さん」

「な、なんですか」

「今の顔、外ではしないでくださいね」

「えっ?」

「可愛いすぎです」

そう言って、静かに扉が閉まった。

残されたベッドで、しばらく動けないまま座り込む。

「今のも、冗談? ああ、もう分からない」

熱くなった頬を押さえながら、どうしていいか分からず、枕に突っ伏した。

「なんなんだ、もう」

さっきまでのやりとりが、頭の中をぐるぐると回り続ける。

いつでも隣に寝ますよ。
可愛すぎです。

冗談だと言われても、冗談で済ませるには温度が残りすぎている。

そのとき、ふわりとかすかに空気が動いた気がした。

「……?」

思わず顔を上げる。
当然、ここに一慶はいない。
でも、確かに残っている気配のようなものがある。

「少し、落ち着こう」

自分に言い聞かせるように呟いて、枕に頭を埋める。
なのに、余計に落ち着かない。

そのとき、ピロンとメッセージの通知音が聞こえた。

鼓動が速いまま、スマホを手に取る。

<週末の温泉旅行、楽しみにしてるね>

無邪気な真宙のメッセージに、思わず息を吐いた。

「楽しみにって……」

画面を見つめたまま、少しだけ力が抜ける。

一慶と、真宙と、大我と温泉旅行。

それだけのはずなのに、今の自分にはただの旅行とは思えない。

まるで、何かが少しずつ決まっていくみたいに……

考えすぎだと思っても、なんとなく胸の奥がざわついていた。

ベッドに横たわっていると、コンコン、と控えめなノック音がした。

「真人さん」

わずかに開いた扉から聞こえる声は、今、私の頭の中を占領していた人物そのもの。

「ご飯、できましたよ」

「あ、はい」

慌てて身体を起こす、
まだ少し熱が残る顔のまま、ベッドから起き上がる。
ドアを開けると、一慶がそこに立っていた。

「すみません。一人でさせてしまって……」

ぼーっとしていたから、手伝うことも忘れてしまっていた。

「いえ、構いませんよ」

一慶は優しい笑みを浮かべ、自然な動きで私の横に並んだ。

「朝食というよりは、お昼に近いですが……」

そう言って歩き出す。
そのまま何事もないように、キッチンに向かう後ろ姿を見ていると、さっきの会話が夢だったような気さえしてくる。

さっきまであんな冗談を言っていた人か……?

疑いたくなるくらい、落ち着いている。
緊張していた自分が恥ずかしくなるほどだ。

テーブルには美味しそうな和食が並んでいた。
向かい合って座ると、ようやく少しだけ呼吸が整った。

最初は味噌汁。
丁寧に出汁がとっていて、美味しい。

ほっと一息ついたところで、一慶がふと口を開いた、

「真人さん」

「は、はい」

反射的に背筋が伸びる。

「週末の温泉ですが……」

その単語で、心臓が一瞬止まりかける。

「は、はい」

「準備は特に必要ないと思いますが、何か持っていきたいものはありますか?」

「持っていきたいもの……」

そういえば何も考えてなかった。
温泉の話が出て、自分はただ流れに乗っているだけ。

「特には……ないですけど……」

「じゃあ、私の準備に付き合ってもらえますか?」

「えっ、何かあるんですか?」

「ええ。大事なものが」

そう言うと、一慶は意味深に笑ってご飯を口に運んだ。
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