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気を抜ける場所
「いらっしゃい」
引き戸を開けた瞬間、カウンターの奥にいた店主の男性が顔を上げた。
「お、久しぶりだね、金橋さん。藤嶺さんも一緒か。接待か?」
「親父さん、今日は新しいお客さんも連れてきたんだ。ゆっくり話したいから奥の部屋、いいかな?」
「ああ。一番奥が空いてるよ」
「ありがとう」
金橋は慣れた様子で細い通路を進み、奥の障子を開けた。
「水無瀬さん。奥にどうぞ。藤嶺も隣に座れ」
そういうと、金橋は靴を脱いでさっさと座卓の手前に腰を下ろした。
「じゃあ、真人さんはこっちに」
奥の席に案内され、断ることもできないまま上座に座らされた。
テーブルは掘り炬燵になっていて、座りやすくていい。
「結構落ち着く店でしょう?」
「そうですね。気に入りました」
「何飲みます?」
金橋がメニューを広げながら声をかけてくる。
「俺、ビールにするけど、藤嶺は?」
「じゃあ、それで……あ、一慶さんは飲めないですよね。ノンアルにしようかな」
「いいえ。真人さんは飲んでください。私だけ、ノンアルで」
金橋がその反応を見逃すわけもなく、ニヤリと笑った。
「いやぁ、本当に大事にされてるな、藤嶺」
「だから、そういう言い方やめろって……」
顔が熱くなるのを誤魔化すように、おしぼりを広げる。
タブレットで注文すると、店員が飲み物を運んできた。
「では、とりあえず」
金橋がグラスを持ち上げる。
「藤嶺の久々の幸せそうな顔に乾杯」
「ちょっ……!」
「いいですね」
一慶まで賛同してグラスを持ち上げる。
「一慶さんまで……!」
抗議しながらも、結局自分もグラスを手に取るしかなかった。
軽く触れ合ったグラスが、小さく澄んだ音を立てた。
ビールを一口飲んだところで、金橋が早速料理をいくつか注文していく。
「ここの刺身、うまいんですよ。肉じゃがと餃子もおすすめ」
「へぇ、楽しみですね」
料理がすぐに運ばれてきて、美味しい匂いが食欲をそそる。
一慶は自然な動きで、取り分けた料理を真人の前に置いてくれる。
「餃子熱いんで気をつけてくださいね」
「ありがとうございます」
早速熱々の餃子に箸をつけたところで、
「なんか、お前たち……もう夫婦みたいだな」
ぼそっと呟いた金橋の一言に、危うく火傷しそうになった。
「あちっ……!」
「おいおい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……っ」
隣からすっと水の入ったグラスを渡されて、口につける。
なんとか火傷はしてなさそうだ。
「ゆっくり食べてください」
一慶から優しい言葉をかけられる。
「はい……」
餃子を頬張っただけなのに、妙に気恥ずかしい。
しかも、金橋が完全に面白がっている顔をしているのが余計に腹立たしい。
「いやぁ、藤嶺がこんな顔をするとはなぁ」
「どんな顔だよ」
「幸せそうな顔だよ」
ニヤニヤしながら即答されて、言葉に詰まる。
「別に、普通だろ」
「普通にしては、さっきから口元緩みっぱなしだぞ」
「っ」
思わず口元を隠す。
そんな私を見て、一慶が小さく笑った。
「真人さんは表情がわかりやすいですよね」
「一慶さんまで……」
もう勘弁してほしい。
でも、金橋はそんなやりとりを見て、笑って口を開いた。
「いや、藤嶺がこんなわかりやすくなったのは、多分水無瀬さんのおかげですよ」
「えっ」
「藤嶺は辛くても、困ってても、決して表情に出さず、自分でなんとかしようって思うタイプなんで。こうやって素の表情を見るのは、滅多にないですよ」
金橋の声色が、少しだけ柔らかくなる。
「昔からそうなんですよ。周りには平気な顔をして、自分で抱え込む。だからこっちは気づくのが遅れるんです。こうやって素の表情を見せられる相手ができて、よかったって思ってます」
「金橋……」
できるだけ人に頼らないように、と思って生きてきた。
でも、まさかそこまで気づかれているとは思わなかった。
「水無瀬さん。本当にありがとうございます」
初めて聞く金橋の真面目な声色に、驚いて見つめてしまう。
一慶も少し意外そうに目を瞬かせたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「私は何も特別なことはしてませんよ」
「いえ、してますよ。少なくとも、藤嶺がちゃんと笑えるようになった」
その言葉に胸の奥がじんわりと熱くなる。
自分では、そんなに変わったつもりはなかった。
けれど、こうして周囲に気づかれるくらいには、一慶といる時間が自分を変えていたのかもしれない。
「真人さん」
静かな声に顔を向ける。
一慶はどこか優しい目でこちらを見ていた。
「無理をしなくなったのなら、よかったです」
「無理なんて、別に……」
誤魔化すようにビールに口をつける。
冷たい液体が喉を通っていく。
「おい、ペース早いぞ」
「平気だって……」
「お前、自分で平気って言う時ほど危ないんだよ。今日は水無瀬さんがいるからまだいいが……」
呆れた声を聞き流しながら、もう一口飲んだ。
ここでは、もう気を遣わなくていいんだ。
その気の緩みが、私のペースを早くしていた。
引き戸を開けた瞬間、カウンターの奥にいた店主の男性が顔を上げた。
「お、久しぶりだね、金橋さん。藤嶺さんも一緒か。接待か?」
「親父さん、今日は新しいお客さんも連れてきたんだ。ゆっくり話したいから奥の部屋、いいかな?」
「ああ。一番奥が空いてるよ」
「ありがとう」
金橋は慣れた様子で細い通路を進み、奥の障子を開けた。
「水無瀬さん。奥にどうぞ。藤嶺も隣に座れ」
そういうと、金橋は靴を脱いでさっさと座卓の手前に腰を下ろした。
「じゃあ、真人さんはこっちに」
奥の席に案内され、断ることもできないまま上座に座らされた。
テーブルは掘り炬燵になっていて、座りやすくていい。
「結構落ち着く店でしょう?」
「そうですね。気に入りました」
「何飲みます?」
金橋がメニューを広げながら声をかけてくる。
「俺、ビールにするけど、藤嶺は?」
「じゃあ、それで……あ、一慶さんは飲めないですよね。ノンアルにしようかな」
「いいえ。真人さんは飲んでください。私だけ、ノンアルで」
金橋がその反応を見逃すわけもなく、ニヤリと笑った。
「いやぁ、本当に大事にされてるな、藤嶺」
「だから、そういう言い方やめろって……」
顔が熱くなるのを誤魔化すように、おしぼりを広げる。
タブレットで注文すると、店員が飲み物を運んできた。
「では、とりあえず」
金橋がグラスを持ち上げる。
「藤嶺の久々の幸せそうな顔に乾杯」
「ちょっ……!」
「いいですね」
一慶まで賛同してグラスを持ち上げる。
「一慶さんまで……!」
抗議しながらも、結局自分もグラスを手に取るしかなかった。
軽く触れ合ったグラスが、小さく澄んだ音を立てた。
ビールを一口飲んだところで、金橋が早速料理をいくつか注文していく。
「ここの刺身、うまいんですよ。肉じゃがと餃子もおすすめ」
「へぇ、楽しみですね」
料理がすぐに運ばれてきて、美味しい匂いが食欲をそそる。
一慶は自然な動きで、取り分けた料理を真人の前に置いてくれる。
「餃子熱いんで気をつけてくださいね」
「ありがとうございます」
早速熱々の餃子に箸をつけたところで、
「なんか、お前たち……もう夫婦みたいだな」
ぼそっと呟いた金橋の一言に、危うく火傷しそうになった。
「あちっ……!」
「おいおい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……っ」
隣からすっと水の入ったグラスを渡されて、口につける。
なんとか火傷はしてなさそうだ。
「ゆっくり食べてください」
一慶から優しい言葉をかけられる。
「はい……」
餃子を頬張っただけなのに、妙に気恥ずかしい。
しかも、金橋が完全に面白がっている顔をしているのが余計に腹立たしい。
「いやぁ、藤嶺がこんな顔をするとはなぁ」
「どんな顔だよ」
「幸せそうな顔だよ」
ニヤニヤしながら即答されて、言葉に詰まる。
「別に、普通だろ」
「普通にしては、さっきから口元緩みっぱなしだぞ」
「っ」
思わず口元を隠す。
そんな私を見て、一慶が小さく笑った。
「真人さんは表情がわかりやすいですよね」
「一慶さんまで……」
もう勘弁してほしい。
でも、金橋はそんなやりとりを見て、笑って口を開いた。
「いや、藤嶺がこんなわかりやすくなったのは、多分水無瀬さんのおかげですよ」
「えっ」
「藤嶺は辛くても、困ってても、決して表情に出さず、自分でなんとかしようって思うタイプなんで。こうやって素の表情を見るのは、滅多にないですよ」
金橋の声色が、少しだけ柔らかくなる。
「昔からそうなんですよ。周りには平気な顔をして、自分で抱え込む。だからこっちは気づくのが遅れるんです。こうやって素の表情を見せられる相手ができて、よかったって思ってます」
「金橋……」
できるだけ人に頼らないように、と思って生きてきた。
でも、まさかそこまで気づかれているとは思わなかった。
「水無瀬さん。本当にありがとうございます」
初めて聞く金橋の真面目な声色に、驚いて見つめてしまう。
一慶も少し意外そうに目を瞬かせたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「私は何も特別なことはしてませんよ」
「いえ、してますよ。少なくとも、藤嶺がちゃんと笑えるようになった」
その言葉に胸の奥がじんわりと熱くなる。
自分では、そんなに変わったつもりはなかった。
けれど、こうして周囲に気づかれるくらいには、一慶といる時間が自分を変えていたのかもしれない。
「真人さん」
静かな声に顔を向ける。
一慶はどこか優しい目でこちらを見ていた。
「無理をしなくなったのなら、よかったです」
「無理なんて、別に……」
誤魔化すようにビールに口をつける。
冷たい液体が喉を通っていく。
「おい、ペース早いぞ」
「平気だって……」
「お前、自分で平気って言う時ほど危ないんだよ。今日は水無瀬さんがいるからまだいいが……」
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ここでは、もう気を遣わなくていいんだ。
その気の緩みが、私のペースを早くしていた。
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