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特別な名で呼んでほしい

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「わっ!」

小さな身体にたくさんの荷物を持って戻ってきた彼は私の姿を見ると、目を丸くしてその場に立ち尽くした。

驚いた表情もなんて可愛らしいのだろう。

いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
どこかおかしなところでもあっただろうか?

驚いた理由を尋ねてみれば、どこぞの騎士に似ているという。
そうか、やはりこの地にも騎士がいるのだな。
ということはそこまで治安の良い場所ではないのか?
であるのに、こんなにも美しい子があんな暗闇をなんの武器も持たずにひとりで歩いていたとは……実に恐ろしいことだ。

そんなことを考えていると突然彼が私の上着を脱がせ始めた。
先ほどの靴を脱がせる行為といい、今の行為といい、彼は一体何を考えているのだろう……。

慌てて自分で脱げると制したのだが、傷口が広がるからと一蹴されてしまう。
どうやら応急処置をすると言っていたのは冗談ではなかったようだ。

だが、どうみても子どもの彼に手当てなど到底できそうにないが……。
まぁ、このままでいるよりはマシだろうか。

仕方がない。
子どもの遊びに付き合うのも仕事と思えばいい。

そう思っていたのに、私の服を脱がせ血塗れの腕が見えた途端、

「――っ! どこが少しの怪我なんですか! ほったからしてたら病気になることもあるんですよ!! もうっ!! いい大人なんだからしっかりしてください!!」

途轍もない勢いで怒鳴られた。
しかも至極真っ当な意見で。
虚勢を張っていたことも気づかれ、私は反論することもできず謝るしかできなかった。

彼が小さなタライのようなものに湯を張って持ってきてくれたおかげで傷口周辺についていた血が綺麗に洗い流されていく。
そして、彼はガーゼを手に取ると、ぎゅっと傷口に当て止血を始めた。
その無駄のない動きに驚きしかない。

まさか、この子はこの歳で医術の心得があるのか?
信じられないが、彼の動きを見る限りそうとしか考えられない。

彼が我が王国騎士団にいてくれたらとさえ願ってしまうほど、彼の手当は文句のつけようもなかった。
どこかで医術を学んだのかと問えば、やはり医師になるための訓練を受けていたようだ。

途中で辞めてしまったと言っていたが、これだけ手際のいい彼が辞めたのは本当にもったいなかったと言えるだろう。

それでも彼のおかげで私は処置を受けられている。
あの時出会ったのが、この美しく聡明な彼で私は幸運だったと言えよう。

処置が終わり改めて礼を言うと彼は何かを言いかけて止め、自分のことを話し始めた。
よくわからない単語ばかりだったが、彼がトモキという名前だと言うことと、私の話を聞いてくれていたことだけはよくわかった。

――人に名を尋ねるときはまず己から名乗るものだと思うが。

勝手にマナー知らずだと、怒りに任せてあのような態度をとってしまった自分を恥じた。
慌てて謝罪の言葉を述べたが、トモキに怒っている様子はない。

それよりも私の怪我の様子、特にどうやって傷を負ったのかを気にしているようだ。

警察にと言われて、よくわからなかったがどうやらここに騎士はおらず警察というものが守っているようだ。
ということはさっきトモキが話した騎士という言葉はよその国の話なのか。
その辺はまだよくわからない。

とにかく私も推測の域を出ていないが、伝えていた方がいいだろうと

「其方も信じてくれるかはわからぬが、どうやら私は別の世界へと飛ばされてきたようだ」

と告げると、案の定トモキは混乱しているように見えた。
頭がおかしくなったとさえ思われたかもしれない。
いや、それが普通だ。
私でも、突然現れた者に異世界からやってきたなどと打ち明けられたら信じる自信などない。
だがトモキにだけは真実を知ってほしいのだ。

私は自分がビスカリア王国で騎士団長を務めている者で、ならず者に襲われた直後にここにきてしまっていたことを告げた。
信じてもらえるかは半々……。
いや、多すぎか。

しかし、彼は笑顔を見せながら、

「あの、じゃあ……ここに好きなだけいてください。もしかしたら、何かのきっかけであなたの世界に帰れるかもしれませんから……」

と言ってくれた。

まさかこんな突飛な話を信じてもらえるとは……。
彼はどれだけ純粋なのだろう。

美しい顔と同様に心も綺麗なのだな。

彼が私を信じると言ってくれたことが何よりも嬉しくて私は心からのお礼の言葉を述べた。

何か着替えを出してくれるという彼に返事を返しつつ、私をバーンスタインと家名で呼ぶ彼に、君は私の命の恩人なのだからと説き伏せ、『クリス』と愛称で呼びかけるように頼んだ。

私を愛称で呼ぶものは両親だけだが、成人し騎士団長となった今では両親すらも滅多に呼ぶことはない。
それほど特別な名だ。

それを彼に呼んでほしいという意味を彼はわかってくれているだろうか?
騎士団長である私を愛称で呼ぶのは気が引けるといっていたが、なんとか読んでもらうことに成功した上に、彼を『トモキ』と呼ぶ権利までもらってしまった。

「わかった。トモキ……良い名だな」

そう告げると、彼は顔を真っ赤にして私の着替えをとってくると言って慌てて部屋を出た。

もしかしたらトモキも私に対して何かしらの感情を持ってくれているのだろうか?
まだそれを確かめる勇気はないが、それならば私は幸せなのだが……。
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