大富豪ロレーヌ総帥の初恋

波木真帆

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愚かな訪問者

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食事の後すぐにセルジュは電話で業者をよび、荷物の搬出を始めた。

さすがセルジュが手配しただけあって手際がいい。
あっという間に室内の全ての荷物を運び出し完了となった。

物一つ残っていないガランとした室内をただ茫然とみているユヅルに最後に全ての部屋を見て回ろうと声をかけ、一緒に回った。

床や柱についた傷、その一つ一つにアマネと過ごした想い出があるのだろう。
少し涙を潤ませながら、愛おしそうに、そして悲しげに見つめるユヅルのこの表情を忘れないように心に刻み込み、気丈にももう大丈夫と話すユヅルの手をとって、玄関へと向かった。

三台の大きなトラックの横に停めてある車に乗り込もうとユヅルをエスコートしていた時、突然ユヅルの名を呼ぶ無粋な声が聞こえた。

見れば、顔中汗まみれにして、はぁっはぁっと息を荒くしている制服姿の男子学生がいた。

ユヅルが驚きながらも授業中じゃないのか? と尋ねているということはおそらくクラスメイトなのだろう。
まさかユヅルを引き止めにきたのではあるまいな?

だが、少しだけいい? とでもいうようにユヅルが私を見上げてくるのだから、ここで反対などできるはずもない。
ユヅルには寛大な紳士だと思われていたいのだ。

快く賛成しながらも、私はセルジュに目をやった。

セルジュは私の意図をすぐに察知し、スッと男子学生の近くに移動し、気配を消して立っていた。
これで彼が何かよからぬことを考えればすぐにセルジュが対応できる。

ユヅルが彼と向き合うと、彼は少し緊張した面持ちでなんと声をかけていいのか悩んでいるようだったが、ユヅルがもう二度と会えないが元気でと声をかけた瞬間、一気に顔色を変えた。

きっと大学でまたユヅルと再会できるとでも思っていたのだろう。

私と一緒にフランスに行くのだと嬉しそうに話すユヅルに、怒りを見せながら大声を出してくる彼を危険人物だと判断して、急いでユヅルから引き離す。

ユヅルの腰を抱き私に引き付けると、彼はすぐに私の意図に気付いたようだ。

ユヅルとの時間を邪魔するとでもいいだけに睨みつけ文句を言ってくるが、こっちから見れば弱い犬がキャンキャン吠えているだけで怖くも何もない。

自分の立場をわからせてやろうと、

「君がどれだけ足掻いてももう遅い。ユヅルは私のものだ。その意味がわかるだろう? 君がどれだけユヅルを想っていたとしても、もう君のものにはならないよ、絶対に」

と言ってやると、彼は私への憎しみを全開にしながら

「ふざけるな。お前みたいなオヤジに江波を渡すわけがないだろう!」

と罵ってきた。

ふざけているのはお前の方だ。
本当にユヅルのことが好きなら、どうしてユヅルを一人にしておいたんだ?

自分がこの小さな町で男が好きなのだと後ろ指を刺されたくないばかりに、ユヅルとの距離を離していたくせに、いざ私が連れて帰ろうとすると途端に自分のものだと主張してくる。

そんな愚かな主張が聞き入れられるとでも思っているのか?
人のことをオヤジ呼ばわりしているが、こいつは外見だけでなく中身も考えも全てが子どもだ。

そもそもこの男がユヅルを手にして何をしてやれるとでもいうのだ?
まだ自分も親に養ってもらっている立場のくせに。

外国人の容貌で疎まれていると感じていたユヅルがこの男の家で生活をして、何の幸せを得られるというのか?
ただただ辛い思いをするだけじゃないか。

ユヅルが彼と共にいて幸せになれる保証など何もない。

正論を叩きつけると、何も言い返せなくなった彼はユヅルの同情を引こうと思っているのか、俺のそばにいてくれと泣きながらユヅルの前で土下座を始めた。

しかし、ユヅルは彼に

「ごめん。でも僕、決めたんだ。エヴァンさんのそばで一生一緒に生きていくって。だから、小澤くんのそばにはいられない」

とキッパリと言い切ってくれた。

ああ、ユヅル!
私はユヅルがそう断言してくれたことが嬉しくてたまらないよ。

流石にここまで言われたら諦めるだろうと思っていたが、諦めの悪いこの男はあろうことかユヅルが自分のものだったのにと大声を上げながら、ユヅルに突進してきた。

だが、私がみすみすとユヅルを手放すわけがない。

彼の身体が動いたのと同時に、私はユヅルを自分の身体で覆い隠し彼の姿が見えないようにギュッと抱きしめた。

強張っていたユヅルの身体から力が抜けていくのがわかる。

私に抱きしめられてホッとしてくれるのか。
ああ、幸せだな。

ふと目の前の彼に目をやると、セルジュがピッタリと横に張り付いている。
にこやかなセルジュの表情とは裏腹に彼は苦悶の表情を浮かべている。

まぁ、それもそうだろう。
セルジュは合気道の達人。
腕を捻りあげるなど造作も無いのだからな。

「これ以上、ユヅルさまに手を出そうとするなら腕が折れますよ。それでもいいのですか?」

にこやかな表情のセルジュの口がそう動いているのがわかる。

ああ、あれは本気で怒っているな。
ああなったセルジュはもう誰も止められない。

彼はあまりの恐怖と痛みで慌てながら謝罪の言葉を口にしていたが、ユヅルはそんな様子には全く気付かずに

「小澤くん、今日はわざわざ来てくれてありがとう。僕はエヴァンさんと一緒にずっと元気でいるから、心配しないで」

と彼へのトドメの一撃を放った。

エヴァンさんとずっと一緒に……そう堂々と宣言されてきっと心が砕けたことだろう。
だが、私からもトドメを刺してやろう。

私は見せつけるようにユヅルの頬にキスを贈った。
これを唇にしなかったのは、可愛いユヅルのキス顔を奴に与えたくなかったからだ。

ユヅルのキス顔を知るのは私だけでいい。

彼は私とユヅルのキスを見て、地団駄を踏みながら怒りを表していたが、グイッと腕の捻りを強められて苦しそうにしている。

ユヅルは優しいから痛がるそぶりを見せる彼に声をかけていたが、セルジュに捻りあげられていることを言えない彼は大丈夫だと返していた。

ふうん、その辺りは空気が読めるようだな。

もう雑魚との話は終わりだ。

私はユヅルを車に誘導し、後部座席に乗り込んだ。
私たちが乗り込むのを確認してセルジュも乗り込み、すぐに車は動き出した。

痛さから解放されて茫然としていた彼は、少し遅れてから、我々の車に向かって何かを叫んでいた。

だが、悪いな。
この車は防音仕様。
運転席から遮断された後部座席の内部の声は聞こえないようになっていると同時に、外の音も聞こえないんだ。

ぱくぱくと金魚のように口が動いているしかわからない。

諦め悪く追いかけてくる彼を車で引き離し、ようやく彼の姿は見えなくなった。
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