大富豪ロレーヌ総帥の初恋

波木真帆

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<閑話>  私のヒーロー  <後編>

「あっ、あのイケメン集団。食事が終わったみたい」

亜子の言葉に目をやれば、ささっと片付けをしているイケメンが見えた。
やっぱりできる男は片付けも素早い。
ああ、癒しの時間は終わりか……。

なんだか夢の時間が醒めていくようだ。
私たちの隣で一緒にあのイケメンたちの様子を楽しんでいたフランス人たちも残った食事をささっと平らげて片付けを始めた。
本当に現実に戻ってしまう。
まぁ、十分癒されて幸せな時間を過ごしたのだけど。

「もう帰るのかなぁ?」

「うーん、そうかも。あっ、でも別行動するみたい。お店の方に歩いている人もいるし」

「どうする? 私たちももう少しいようか」

「うん。まだヴァンショーも飲んでないし、それ飲んでちょっとあったまりながらぶらぶらしようよ」

「いいね」

今日泊まるホテルは目と鼻の先だし、明日の昼にはもうフランスを発たなくちゃいけない。
底冷えする寒さだけど最後の夜をもう少し満喫するのもいいかもしれない。

早速ヴァンショーを買いに行くと、店主さんがやけに機嫌がいい。

『あれ? 君たちはジャポネ?』

『はい。そうです。ヴァンショーを二杯ください』

『はいよ』

そう言って、ヴァンショーをカップに注ぎながら、

『さっき可愛いジャポネがヴァンショーを買いに来てくれてね。拙いフランス語で一生懸命言ってくれたのが可愛いかったんだよ』

と嬉しそうに教えてくれた。

『あっ、もしかしてその子って、白いモコモコのコート着てた子ですか?』

『ああ、そうだよ! もしかして知り合いなのかい?』

店主さんにキラキラとした目で見つけられたが、知り合いと呼べる関係ではない。

『残念ながら、私も可愛いと思って見ていただけです』

『なんだ、そうなのか。本当に可愛くてね、まるで天使が買いに来てくれたのかと思ったよ』

その感情のこもった声に、この人もあの子たちの可愛さに落ちたんだろうとわかる。

『天使が買いに来たヴァンショー、最高ですね』

『――っ、いいね。それ、これから使わせてもらうよ!』

そう言って、嬉しそうに私たちの代金はいらないよと言ってくれた。

あの可愛い天使のおかげで私たちにも幸運がやってきたみたい。

店主さんにお礼を言って、温かいヴァンショーを喉に流した。
一気に身体の中からポカポカと温かくなっていくのを感じながら、亜子と二人で笑い合った。

ヴァンショーを飲み終えてぶらぶらと散策していると、あのもこもこコートを着ている人を発見。
やっぱり可愛いから目立つよねぇ。
あれって……もしかして、ミシェル・ロレーヌ?

あの時、可愛い笑顔で手を振ってくれて胸を撃ち抜かれた相手がすぐ近くにいる。
ああ、やっぱり今日の私はツイてる。

誘われるようにふらふらと近づくと、ミシェルはさっと階段を上がってどこからともなく手にしたヴァイオリンを構えた。

えっ……まさか、ここで弾いてくれるの?

うそでしょ?

あまりの感動に足がガタガタと震える。
気づけば私たちは最前列でミシェルの演奏を独り占め。いや、二人占めしていた。

「きゃー、こんな贅沢。夢じゃない?」

けれど、その音色に誘われるように次々と人が殺到して、あっという間に階段下は人だかりになった。
二人占めではなくなったけれど、こんなにも素敵な演奏はみんなで聞かなきゃ勿体無い。

そう思い直して、演奏に聞き入る。
ああ、この人は何て美しい音を奏でるんだろう。

優しいのに力強く壮大で、それでいて甘い艶やかなや音色。
これがミシェルにしか弾けない音ってことだろうか。

うっとりと聞き入っている間に演奏が終わってしまった。
けれどその余韻に浸って、誰もその場から動こうともしない。

すると、突然ミシェルが声高らかに、

「あっ! ユヅルーっ! シュウゴも一緒に演奏しようっ!! こっちにきてーーっ!!」

と大声をあげた。
まさかの日本語。
しかもめっちゃ上手い。

周りのフランス人たちは意味もわからないだろうが、ミシェルが誰かの名前を読んだことだけは分かったようだ。

ミシェルが見つめる方向にさっと視線が注がれる。

その視線の先にはやっぱりあの可愛いもこもこコートの彼。
ロレーヌ総帥の恋人だという彼と、もう一人はさっき助けてくれたあのヒーロー!!

もしかして彼もヴァイオリニストだったの?

ミシェルの呼びかけに私たちの周りにいる人たちがキャーキャーと囃し立てる。
もう収拾のつかない状況に、さっと総帥が前に出てきた。

『ミシェル・ロレーヌの要請により、私の愛しい伴侶とその友人に演奏の許可を出す。演奏が聴きたければ、中央を開けろ!』

この騒がしい場所で総帥の声だけが響き渡る。
と同時に一瞬で水を打ったような静けさが訪れた。

これが、世界の上に立つ人間の声。

まさに王者の風格のようなものを感じる。

彼らがもこもこコートの可愛い子たちを守りながら、階段を上がっていくのをただただ茫然と眺めながら、静寂だけが過ぎていった。

あ、今から演奏をしてくれるんだよね。
これは絶対に撮らなきゃ!!
こんなチャンス、二度とない。

ハッと我に返りバッグに手をかけた瞬間、

『良いか。私の愛しい伴侶とその友人の姿を写真に撮ることはもちろん、此度の演奏を動画撮影することは禁ずる。もし、撮影をしているものがいればその時点で演奏は終了。撮影者は直ちに肖像権の侵害で逮捕する。また、もし此度の演奏動画を晒すようなことがあれば、ロレーヌ一族とパリ警察の威信にかけて徹底的に追い詰める。分かったな!』

総帥の威圧感たっぷりの声が響き渡るのと同時に一斉にバッグやポケットにスマホやカメラをしまう音がする。

ひぃーーっ!! 怖いっ!!

私も慌ててバッグにかけていた手をハンズアップして何も持っていないことを見せた。

すごいな。
誰一人破ろうとする人がいないなんて……。

そんな中、ミシェルと、私のヒーローと総帥の恋人が三人で並んでヴァイオリンを構える。
二人がもしもヴァイオリニストであっても、あのミシェルと一緒に弾くのはかなり荷が重いだろう。
だって、誰も知らないみたいだもの。

けれど、そんなのは演奏が始まったらあっという間にどこかに消えてしまった。

優しいのに力強く壮大で、それでいて甘い艶やかなや音色を奏でるミシェル。
楽譜に忠実で素直で清らかな音色を奏でる私のヒーロー。
そして、何より彼の感情が心に入り込んでくるような痺れる音色を奏でる総帥の恋人。

バラバラになりそうできちんと調和の取れた美しい音に感嘆のため息しか出ない。

こんな綺麗なクリスマスソング初めてだ。
気づけば私は涙を流していた。
ヴァイオリンってこんなに心に響くんだな。

演奏が終わると、一瞬の静寂ののちとんでもないほどの拍手と大歓声に包まれた。
そして響き渡るアンコールの声。

でもまさか弾いてくれるなんて思わなかった。

『静かに! 心優しい彼らがもう一曲だけ演奏をしてくれる。いいか、これで最後だ。静かにしなければ演奏は終わりだ! いいな!』

総帥の声が再度響き渡り、再び静寂が訪れる。

そこに流れた美しい音色。

Regarde-mo僕を見てi!
Embrasse-mo抱きしめていてI!
Ne me laiひとりにsse puleしないで
J’aime bie一緒にêtreavecいたい toi!
Je suis heあなたといux avec tると幸せoi!

そう訴えかけているような総帥の恋人の演奏に、ミシェルと私のヒーローも笑顔を浮かべながら美しい音を奏でていく。

ああ、これは総帥への愛の挨拶だ。
彼は本当に心から総帥を愛しているのだ。

それがひしひしと伝わってきて、身体の力が抜けていく。
演奏が終わった時には、誰も立っていることもできなかった。

ハッと我に返った時には、もうすでに彼らの姿はなく、その場に崩れ落ちた私たち観客だけ。

『今のは夢?』
『そうね、天使が見せてくれた夢かも』
『ああ、私たちは天使にあったんだ』

観客たちからそんな声が漏れる。

誰も何も映像も持たない。
本当だったかどうかの確認もできないけれど、それでも私たちの心には残っている。

あれが夢でもいい。

私たちは幸せな夜を過ごしたのだから。

そうして、私と亜子のフランス最後の夜は更けて行った。


  *   *   *

長くなったのでなんとか駆け足で終わらせました。
次回から本編に戻ります。
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