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帰国後の約束

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「シャツもスーツもクリーニングに出してもらってありがとうございます」

「いや、気にすることはないよ。夜出すと、朝に届けてくれるから私も毎日お願いしてるんだ」

「いいですね、それ。クリーニングって自分で持っていくとなかなか難しいんですよね。行きたい時はお店も閉まってるし……だから、僕、いつも溜めちゃって……」

「ああ、ここのコンシェルジュは本当に優秀なんだよ。そういうのもあってここのマンションを選んだようなものだからね。アメリカから帰ってきたら、しばらくここで住むといいよ」

「えっ?」

誉さんの口から思いがけない言葉が出てきて驚きの声を漏らした僕とは対照的に、誉さんはニコニコと微笑んで僕を見つめている。

「宇佐美くんは帰国してからどこに住むつもりなんだ?」

「どこって……あっ!」

そうだ。
出張に出る前に住んでいたアパートは解約したんだ。
帰ってきたらあの家で由依と住むつもりで……。

でも、もうあの家には住めない。
いや、あんな家に住みたくない。

「アメリカにいながら、こっちで家を探すなんて難しいだろう? ここに住んでゆっくり探したらいいよ」

「でも、そこまでしてもらったらご迷惑じゃ……」

「ふふっ。言っただろう? 迷惑なら最初から誘ったりしないよ。部屋はあるし、宇佐美くんなら問題ないよ。弟の友人なら身元も確かだしね」

正直、ものすごく助かる話だ。
今まで住んでいたアパートは結構人気で僕が解約したと同時に次が決まっているって言ってたから戻ることもできないし、内見もせずに不動産屋とやりとりするのも気が進まない。

しばらく住ませてもらえたら、その間にゆっくり探せるのは魅力的だ。

「あの、じゃあ……ぜひお願いします。その間の家賃や光熱費はちゃんとお支払いしますから」

「ふふっ。家賃はいらないよ。ここは賃貸じゃないんだ。だから、何も心配せずに住んでくれたらいい」

「賃貸じゃない? えっ……すごいっ! あっ、ごめんなさい」

あまりにもびっくりして心の声が漏れてしまった。
恥ずかしい。

「ふふっ。褒めてもらえて嬉しいよ。宇佐美くんは素直で可愛いな」

「えっ、そんな……可愛いなんて……」

「いや、本当だ。紘と同じ歳だなんて全然思えないよ。あいつは口開けば文句ばかりだからな」

そう言って誉さんは楽しそうに笑った。
なんだかんだ言いながら兄弟仲がいいんだな。
そうでもなきゃ、あんな突然呼び出してきてくれるわけないか。


「さぁ、そろそろ空港に送ろう」

「はい。ありがとうございます」

「車の中で少し話を聞かせてもらうから」

「は、はい。なんでも聞いてください」

「ふふっ。緊張しなくていいよ」

弁護士さんってもっと威圧感があって話しにくそうな人が多いのかも……って思ってた。
誉さんってすごく話しやすいし、なんでも話してしまいそうだな。
何を話しても味方になってもらえるって安心感があるんだな、きっと。


「今まで彼女の態度でおかしいなと思うことはなかった?」

「うーん、確かに付き合い始めの頃から、夜とか連絡が取れなかったり、メッセージ送ってもなかなか既読にならないこともあってそこは少し気になってました。普段はどんな時でもスマホを手放さないのに、メッセージに気づかないことがあるのかなって」

「そんな時、彼女はなんだって?」

「お風呂に入ってそのまま寝ちゃったとか、スマホ持たずにコンビニに行って友達と会って話してたとか言ってましたね。今思えば、きっとあの男と会ってたんですね。気づかなかった僕が鈍感すぎたのかな……」

「宇佐美くん、君には悪いところはないって言っただろう? でも、今の話からすると最初から二股してたんだな。わかった。この話はこれくらいにしておこう」

僕が落ち込み始めたことに配慮してくれたんだろう。
そこからは僕が今、行っているL.A支社の話をいろいろと聞いてくれた。

大変なクライアントとの打ち合わせから、L.A支社の様子、僕が会社から借りているアパートの管理人さんが毎日のように連れてきているラブラドールが可愛いとかいうたわいもない話まで聞いてくれてすごく楽しかった。

そうこうしている間にあっという間に空港に着き、そのまま降ろされるのかと思ったら駐車場に入って行って驚いた。

「あ、あの……もうその辺の適当なところで降ろしてもらって大丈夫ですよ」

「ああ、気にしないでいいよ。もうすぐ依頼人と空港で待ち合わせしてるんだ。だから、中まで一緒に行くよ」

「あ、そうだったんですか」

なんだ、恥ずかしい。
僕のためにわざわざ付き添ってくれるのかと思って、期待しちゃった。

あれ?
僕、何を期待してるんだ?

もうなんだか昨日からおかしいな。

きっとあのせいだ。
それでおかしくなってるんだ。

そうだ、そうだと自分に言い聞かせながら僕は空港であらかじめ送っておいた荷物を受け取り、チェックインしようとした時、スッと誉さんが僕の隣にやってきて、カウンタースタッフに

「このロサンゼルス便、ファーストクラスに変更して下さい」

と言い出した。

「ちょ――っ、ファ、ファーストクラス? 誉さん、何言ってるんですか?」

「ふふっ。気にしないでいいよ」

「いや、気にしないでいいって……」

「いいから、いいから」

あまりのことにびっくりして戸惑っている間に、チケットはあっという間にファーストクラスに変更されてしまった。

「はい、チケットだよ」

手渡された航空券の真ん中の目立つ位置にある『F』のマークに手が震える。

「あの、なんでこんな……っ」

「まだ体調も万全じゃないだろう? そんな時にエコノミーで長時間のフライトなんか無理に決まってる。本当は行かせたくないくらいだが、今回は元々紘が無理やり帰ってきてもらったんだからな。兄として、当然のことだよ。だから何も言わずに受け取ってくれ」

僕がファーストクラスだなんて烏滸がましいけど、もう変更もできないしここはありがたく受け取ろう。
正直飛行機で眠れる気がしなかったしな。

「本当にありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。あの、それからここまで送っていただいてありがとうございました」

「いいよ。気をつけて。時々メールを送るから確認して返してくれたらいいから」

「はい。わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」

僕はもう一度お礼を言って、セキュリティチェックに向かった。
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