旧天沢家別邸で幸せのお裾分けいただきました

波木真帆

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試してみましょうか?

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広い縁側に置かれた沓脱石には綺麗な草履とシンプルな男性用の草履が置かれていた。
先に草履を履き庭に下りた麻生さんにさっと手を差し出されて、

「ゆっくりでいいですよ」

と声をかけられながら、女性用の綺麗な草履に足を滑らせた。

慣れないと痛みを伴うのではないかと思っていた草履だったけれど、実際に履いてみると驚くほど履きやすい。
これもやっぱり浅香さんが用意してくれたイリゼホテルのものだからなのか。
今日のような機会でもないと、こんなにすごい草履を一生履くこともなかったかもしれないな。

「少し歩きますが奥に東屋があるので行ってみましょうか」

「はい。こっちは結婚式を執り行ったお庭とは違う方ですね」

「ええ、少し地味なんですが私はこっちの庭が好きでよく一人で散策するんですよ。心を落ち着けたい時には最適な場所です」

「ああ、それはなんとなくわかる気がします」

僕もここの庭の雰囲気、好きかも。
なんだかホッとする。

少し歩いていると、小川が見えてきてその近くに綺麗な東屋が現れた。
庭に小川があるというのも珍しい。
さすが旧天沢家別邸だ。

小さな休憩スペースかと思っていた僕の予想に反して、周りは綺麗な真っ白な花に囲まれた少し広めの東屋は僕の興味を引くには十分な場所だった。

「えっ、どうしてこれが……?」

「不思議でしょう?」

「だって、これ……夏の花ですよ」

東屋の周りを綺麗に囲んでいる白い花は、どうみてもセリの花。

自分の名前がここからつけられたと聞いてから、好きになった花だったからいつ咲くのかもよく知っている。

「さすがよくお分かりですね。でも、この庭では一年中綺麗な花を咲かせてくれるんですよ。庭師の話では、この土壌がセリの花と相性がいいらしいということですが、よくわかっていません。それでもこの花がいつも私を癒してくれていたんです。とても綺麗でしょう?」

「ええ。こんなに綺麗に咲き誇っているのはなかなか見られないですよ」

「日南さんに初めてお会いした時に、ここの風景を一緒に見たいと思ったんです。夢が叶いました」

「そんな夢だなんて……」

「本当ですよ。あなたを一目見た時にこの花を思い出したんです。私にはあなたがまるでこの花の女神のように見えましたよ。それでお名前伺ったら、瀬里さんと仰るのでこれは運命だと思いました」

「麻生さん……」

「あ、勘違いしていただきたくないんですが、私は名前が同じだからといって好意を抱いたわけではありません。それはあくまでもきっかけの一つですから。私の料理を美味しそうに召し上がってくださったあの表情からずっと惹かれていました。仕事に対して一生懸命なところにも好感を持っていましたよ」

「僕なんかをそんな……っ」

麻生さんのように素敵な人が僕に惹かれるなんてあるはずない。

「僕なんかだなんて仰らないでください。私は本気でそう思っているんですよ。今日の結婚式で涙を流されているのも可愛らしいと思っていました」

「いえ、でも、あれはプロとしてはダメです……」

「そんなことありませんよ。プロである前に一人の人間です。他人の幸せを心から喜べる人こそ、幸せな時間を提供する仕事には最適だと思います。もっと自信を持ってください」

「麻生さん……」

麻生さんの言葉ひとつひとつが僕の心を温めてくれる。

「日南さん、私の気持ち……伝わっていますか? それとももっと私の思いを素直にぶつけた方がいいですか?」

そう言われてもなんて返したらいいのかわからない。
僕が何も言えずにいると、麻生さんは僕の手をぎゅっと握って真っ直ぐに僕を見つめながら口を開いた。

「私は日南さんが好きです。これから先の人生を一生一緒に歩んで行きたいと思っています。ですから、私の恋人になっていただけませんか?」

「――っ!! ほ、本当に……?」

「ええ。信じられませんか?」

「でも、僕なんかが麻生さんの恋人になんて……」

「僕なんかと仰らないでと言ったでしょう? 私は日南さん、いえ、瀬里さんが好きなんです。受け入れてもらえませんか?」

握られた手がほんのり冷たくて、麻生さんが緊張してくれているのがわかる。
それって、麻生さんが本当に僕を好きだってこと?

「あの、僕……今まで人を好きになったことがなくて、その……麻生さんに抱いている気持ちがそういう好きなのかどうか、わからなくて……」

「それは、私のことを好ましく思ってくださっているということですか?」

「それはもちろん。素敵だと思いますし、一緒にいて安心します。でもそれを好きかと聞かれたら、よくわからなくて……」

「それならいい方法がありますよ。相手を好きか一瞬でわかる方法があります」

「えっ? それ、なんですか?」

「試してみましょうか?」

「はい。お願いします」

僕がそう言った途端、麻生さんの顔が近づいてきて、気づいた時には麻生さんの唇が僕の唇に重なっていた。
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