俺の天使に触れないで  〜アルと理玖の物語〜

波木真帆

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彼と出会った日 <前編>

俺の名前は戸川とがわ理玖りく。先日20歳になったばかりの大学2年生。

一応、東京出身だけど、父親の仕事の関係でアメリカに8年、イギリスに4年、フランスとドイツに1年ずつ住んでいて、高校入学と同時に日本に戻ってきた。

どこの土地もそれぞれ思い出もあるし、友達もいるし大好きだったけれど、今でもよく思い出すのは、ドイツ。
まあ、日本に戻る前の最後の1年だったからというのも理由のひとつだろうと思う。

ドイツではハンブルクというところに住んでいた。
ドイツ第二位の人口を持つ都市だけあって、活気に満ち溢れて、治安は概ね良く日本人でも過ごしやすかったように思う。
俺はその時、日本人学校に通っていて、学校内ではほぼ英語で通じたが、一歩外へ出ると通用する言語はドイツ語が主流で、英語だけで日常生活をおくるのは難しい。

元々、ドイツにいるのは1年だと最初から親に言われていたからドイツ語を習得するまでには至らないだろうと思っていたが、いかんせん英語だけで乗り切れないとなると習得が必須になる。
まあ、習得して損はないだろうと、俺は親に頼み込み、日本人学校の夏休みを利用して、ホームステイに行くことにした。

学校から提示された都市の中から俺が選んだのは、ミュンヘンだった。
来年から日本の高校へと進学する俺のために、日本にいる祖父母が日本の昔の……夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、川端康成……といった名だたる文豪たちの小説を送ってくれた。
その中で俺の目にとまったものは、森鴎外だった。

森鴎外のその短編集はドイツが舞台だったからか、実際にドイツに住んでいた俺にとっては身近なものに感じた。
家族旅行でベルリンに行き、【舞姫】の舞台を回った。小説に描かれていたものが目の前にあるその感動に心を打たれた。

次に回るのは【うたかたの記】にしよう、そう考えていた時、このホームステイを決めた。
学校から提示された都市の中で、一番行きたかったノイシュヴァンシュタイン城に一番近い場所がこのミュンヘンだった。

そんな不純な理由で決めたホームステイ先だったが、行ってみるととても良いホストファミリーだった。

ゴールドに近い明るいブラウンの短髪にブラウンの瞳、長身のder Vaterお父さんのエーベル、暗めの長いブロンドがサラサラでとても綺麗な青い瞳のdie Mutterお母さんのラウラ、そして、俺より3つ下とは思えない長身で大人びた顔立ちのder Sohn息子のカールの3人家族。

3人とも俺を本当の家族のように扱ってくれて、ドイツ語を習得したい俺のために家の中でも外でもドイツ語で話しかけてくれた。なかなか理解できない時も根気強く待ってくれて、そのおかげか2週間を過ぎる頃にはだいぶ会話もできるようになった。

そんな俺にテストしてみようとエーベルが言って、家族が良く行くというカフェに連れて行ってくれた。

住んでいるところから少し郊外にある、そこにぽつんと佇むカフェ。

【cafe Einhorn 一角獣

変わった名前のカフェだなと思った。

「オレもここで初めてカフェの注文を自分だけでやったんだ!」

カールが自慢げに俺に言う。

ああ、このカフェはこの家族の歴史を見てきてるんだ。
その1ページに俺が入れてもらえる喜び、本当の家族になれた気がした。

カランカラン

大きめのウエルカムベルを鳴らして、中に入るとそこはなんとも暖かみのある空間が広がっていた。

近寄ってきた店員にエーベルが、

「あの席に行ってもいいかな?」

と尋ねる。

どうやらいつも座る席らしい。
店員がどうぞといってくれて、4人でその席へと足を運んだ。

可愛い小窓から明るい陽射しが差し込んでくる。

ああ、癒されるってこんな感じか…と思ったとき、

ラウラが

「ここに来ると癒されるのよね」

と俺にウィンクしながら言ってきた。

俺が同じことを思ったのに気づいたのか。なんだかこそばゆい。

メニューを開いて、家族のおすすめや食べてみたいものを選び、店員を呼んだ。

全ての注文は俺がする。

自分のドイツ語がちゃんと通じるのかドキドキして少し声が震えたが、

Alles klarかしこまりました.」

と店員が答えて去っていく姿を見て、どっと力が抜けた。

エーベルもラウラもカールもよくやったと喜んでくれて、とても嬉しかった。

料理を待つ間、俺も少しは日本のことを家族に知ってもらおうかと鞄に忍ばせていた折り紙をテーブルに出した。
これも祖父母からの贈り物に入っていたものだ。

「それ、何?」

突然テーブルに置いた色とりどりの正方形の紙が気になったのか不思議そうにカールが聞いてくる。

「ふふっ。ちょっと待ってて。面白いもの作るから」

俺が折り始めると、3人の視線をひしひしと感じる。

失敗しないようにと願って折り続けたものは、折り紙としてはオーソドックスな折り鶴。

最後に後ろに空気を入れて、鶴を立たせると3人が目を輝かせて折り鶴を見つめていた。

「リク!! ただの紙が鳥になった!! スゴイ!」

カールが大興奮だ。

ラウラが折り鶴を手に取り、驚いている。

「ねぇ、もっとたくさん折って!!」

ラウラがそう頼むので、俺はいろんな色を出して次々と鶴を折っていった。

3人はその間、俺の手元をじっと見ていたが、

「リクの手は神のようだ。どんなふうにやっているのか全くわからないが、本当に素晴らしい」

エーベルが天を仰ぎながらそんなことを言う。

いや、大袈裟だけど……と思いながらも、でも褒められるのは嫌じゃない。

調子に乗って、俺は鶴だけじゃなく兜や風船、紙飛行機なんかも折ってみた。

テーブルが折り紙でいっぱいになった頃、料理が運ばれてきた。

あ、しまった、片付けないと!

そう思った時、料理を持ってきた店員の目が折り紙に集中していることに気づいた。

「あ、あの?すみません、すぐに片付けますね」

そう言うと、店員はハッとした顔をして、

 Inhaberオーナー、ちょっときてください!」

と大声でカフェのオーナーを呼び出した。

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