処刑予定の悪役令息に転生したのに、なぜか王子さまの膝上で甘やかされています

波木真帆

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第一章

勇気を振り絞って

「リュシエルさま。こちらへ」

リディに促され、馬車へ乗り込む。
リュシエルが席に座ると、リディも乗り込み、静かに扉を閉める。
馬車はゆっくりと動き出した。

窓の外の景色は、新野が暮らしていた街とはずいぶん違う。
白い石造りの建物が整然と並び、赤や青の屋根が陽光を受けてキラキラと輝いている。
通りは想像よりも広く、磨かれた石畳の上を行き交う人たちの服も、どこか華やかで活気づいていた。
馬車の揺れに身を任せながら、窓の外の景色に見入っていたその時……

「あっ!」

夢で見た、あの処刑台が組まれていた広場が現れた。
一瞬にして、あの処刑の記憶やヴァレリウスの冷たい眼差しがよぎり、息が詰まった。

「リュシエルさま。お顔の色が……」

リディが心配そうに手を差し出してくる。

「大丈夫。なんでもない」

そう告げると、そっと視線を窓の外から外した。
速い鼓動がなかなか落ち着かない。
ぎゅっと手を握り、ただ静かに、あの場所を通り過ぎるのを待つ。

あれは未来の世界の話。
今の自分とは、まだ関係ない。
これからあの未来を変えていくんだから……

自分にそう言い聞かせ、息を整える。その間に馬車はゆっくりと速度を落とし、大きな門の前で止まった。

「リュシエルさま。到着いたしました」

目の前に広がるのは、広大な敷地と立派な校舎。
ここがリュシエルやヴァレリウスが通う、ロイヤルスクール。
六歳から社交界デビューを迎える十八歳までの貴族の子どもたちが通う学校だ。
行き交う子どもたちは皆、リュシエルと同じ制服に身を包み、どこか誇らしげに歩いている。

「足元にお気をつけください」

リディの声に促され、馬車を降りた。
途端に、視線が刺さるように一斉に集まる。
敵地に降りたようなその空気感に、居心地の悪さを感じる。

ひそひそ、と小さな囁きがリュシエルの耳に届く。

セレナール家の……
わがままな……
近づかないほうが……

距離を取られる気配が、はっきりとわかる。
目に見えない壁が、周囲に張り巡らされているみたいだった。

ここではもう、そういう存在。それはわかっていたことだ。
でも、だからって何もしないのは違う。

ゆっくりと顔を上げる。

「おはよう」

できるだけ、普通に。
できるだけ、怖がられないように、笑顔で声をかける。

近くにいた生徒が、ぴくりと肩を揺らした。でも、返事はない。

すぐには、変わらない。だから少しずつ変えていこう。
そう思った次の瞬間……

「お、おはようございます」

小さな声が返ってきた。

それはたぶん、ほんの気まぐれみたいなものだったのかもしれない。
いや、それ以上にリュシエルが声をかけたから、無視することができなかっただけかもしれない。
でも今のリュシエルには、挨拶を返してくれたそれだけで胸の奥が、ふわりと軽くなる。
もっと、この気持ちを味わいたくなって、もう一度、別の方向へ声をかける。

「おはよう」

今度は、さっきより少しだけ声が出た。
また一瞬の沈黙があった。けれど今度は、別の子が小さな声を返してくれた。

「お、おはよう、ございます」

たったそれだけだけど、すごく嬉しかった。
やっぱり勇気を出して踏み出せば。変えられるんだ。
そんな考えが、ほんの少しだけ頭をよぎる。

少しだけ前を向けそうな気がして、リュシエルは校舎へと足を踏み入れた。

えっと、リュシエルの席は確か……

漫画の記憶を思い出し、窓際に目を向けたその時だった。
視線の先に、ひときわ整った輪郭が見えた。
ストレートの艶のある黒髪の隙間から覗く、切長の灰色の瞳。

ヴァレリウスだ。

昨夜の記憶が一瞬で甦る。

優しく撫でられた手。穏やかで柔らかな声。
夢の中の記憶だとわかっていても、あの優しい表情を思い出してしまう。

関わらないって決めたはず。
だけど……もしかしたら挨拶くらいなら、さっきの子たちのように返してくれるかも……
そんな淡い期待がよぎる。

挨拶、だけ……頑張ってみよう、か。
勇気を振り絞って、一歩踏み出す。

「おは――」

その声が届く前に、ヴァレリウスがこちらを一度だけ見た。
けれど、その視線は、驚くほど静かで、驚くほど冷たい。
そして、何事もなかったかのように逸らされた。

勇気を振り絞った言葉が、喉の奥で止まる。

自分の席からスッと立ち上がったヴァレリウスは、リュシエルの横を無言で通り過ぎていく。
まるで、リュシエルなど最初からそこにいなかったかのような扱いに胸の奥が、少しだけ冷たくなる。
さっきまでほんのり温かくなっていたはずの感情が、静かに落ちていく。

ああ……やっぱり、だめだ。
あれは、ただの夢。やっぱり、ヴァレリウスには関わってはいけない。
リュシエルはしっかりと自分に言い聞かせた。
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