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第一章 (出逢い〜両思い編)
花村 柊 3
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気づくと、ぼくは脱衣所の椅子に横たわっていた。
「あれ?ぼく…」
すでに着替えも済ませてある。
柔らかくて気持ちが良い服だな。
「湯が熱すぎて逆上せたようだな。冷たいものを用意させよう」
フレッドはマクベスさんという執事さんを呼び、ぼくの為に冷たい飲み物を用意してくれた。
「この少し酸っぱいお水、すごく美味しい」
「ああ、レモンには体内をすっきりさせる効果があるからな。まだ飲むか?」
「ううん。たくさん飲んだからもう大丈夫」
フレッドはグラスを下げさせると、マクベスさんに食事の用意を指示し、ぼくをダイニングルームへと連れていってくれた。
ふと、昔……映画でみた王族の食事風景を思い出し、端から端までとてつもなく長いテーブルが出てきたらどうしよう…と密かに怯えていたが、
そこにはぼくの想像の三分の一ほどのテーブルが置かれていた。
あ、なんだ良かったとホッとした顔が表情に出てしまったのか、フレッドに『どうした?』と尋ねられてしまった。
「あの、物凄く長くて大きなテーブルがあるのかもと思ってたから…」
「ああ、よく知っているな。パーティー用のダイニングにはシュウのいうようなテーブルがあるぞ。ここは私専用のダイニングだから、小さいんだ。そっちが良ければ移動するが?」
「ええっ?いや、こっちが良い!!」
慌ててそういうとフレッドは笑って席へと着かせてくれた。
フレッドと向かい合わせに座ると、メイドさん達が食事をワゴンに乗せて持ってきた。
それをマクベスさんは綺麗な所作でテーブルに置いた。
「本日の前菜は真鯛のマリネ キャビアソースでございます」
「ありがとうございます。うわぁ、すごく綺麗。
このお魚も美味しそう」
「さあ、食べてくれ」
「はい。いただきます」
手を合わせて食事の挨拶をすると、フレッドが不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「シュウ、今の言葉はなんだ?」
「『いただきます』は、食事をいただく時にする挨拶だよ。作ってくれた人に対してと、そして、その食材の命をいただくということに対しての感謝の気持ちを込めて美味しくいただきますという挨拶をするんだ」
「なるほど。素晴らしい言葉だ。私も感謝しよう。
『いただきます』」
マクベスさんは驚きながらもにこやかに
「どうぞ、お召し上がりください」といって、部屋の隅に下がった。
これ、採れたてみたい。
前に海の近くの朝採れ市で食べたお刺身くらい新鮮な味がする。
キャビアって、チョウザメの卵だっけ?
初めて食べたけど、お刺身と合うんだな。すごく美味しい。
美味しすぎてあっという間に食べてしまった……。
がっついてるとか思われてないかな?と心配になったけれど、フレッドを見るとずっとニコニコしている。良かった。
「きのこのクリームスープでございます」
「ありがとうございます」
目の前に置かれたスープから美味しそうな匂いが柊の鼻をくすぐる。
「うーん、良い匂い。美味しそう」
お母さんは食事の作法にはうるさかった。
変な持ち方で食べると容赦なく手が飛んできた。
幼い頃はそれが辛くて、でも泣くとご飯を取り上げられたから必死で箸を使えるようになった。
おかげで箸使いは周りから褒められるほどだったけれど、洋食にはあまり縁がなかったので、よくわからない。
ぼくは洋画の食事のシーンを思い出しながら、ゆっくりとスープを飲んでみた。
「美味しいー!」
ひと口飲むと、きのこの濃い香りが一瞬で鼻に抜け、口の中には濃厚なきのこの旨味が広がった。
あまりにも美味しくて、これもあっという間に飲み干してしまった。
「さっきの前菜も美味しかったし、これもこんなに美味しいスープ初めて飲みました」
「お口に合いまして光栄です。シェフにも申し伝えておきますね」
マクベスさんが笑顔で下がると、フレッドが声をかけてきた。
「シュウ、食事を楽しめているようで良かった。口に合っているようだな」
「口に合うも何も、美味しすぎて頬っぺたが落ちてしまいそう。この食材は近くで採れたものなの?」
「なんでそう思うんだ?」
「だって、最初の前菜のお魚、すごく新鮮だったしきのこもすごく香りが良かったから」
ぼくが理由を話すとフレッドは驚きつつもにこやかに返してくれた。
「我が領地は周りを海と山に囲まれているから魚も肉も豊富なんだ。山にはきのこ類も多く自生しているし、フルーツや野菜、穀物の栽培も盛んに行われているぞ。今年は気候に恵まれて、どれも豊作だったようだ」
「へぇー、そうなんだ!ぼくの住んでいたところも海に囲まれていてね、お魚が美味しい地域がいっぱいあったよ」
「ほぅ。そうなのか」
「でも、自然相手のお仕事って大変だよね。不作の時や採れない時期はどうしているの?」
ぼくはコンビニで最近では商品発注も任されていた。
いつだったか、災害で作物に甚大な被害があった時は、供給がストップしてコンビニにその商品が入って来ないことがあったことを思い出した。
その時は海外からの輸入や備蓄で何とか再開できたものもあったらしいけれど、通常通りにコンビニに入ってくるのに数ヶ月要したものもあった。
コンビニで売られている加工品の多くは無くても生きていけるけれど、野菜やフルーツなどの生鮮食品は不作だとすぐに生活に直結してしまう。
フレッドは今年は豊作だって言ってた。
ということは、不作だった時もあるんだよね?
ここがどれくらい文明が発展しているのか、
まだぼくにはわからないけれど、きのこは自生していると言っていたから、きっと人工的に栽培することはしてないんじゃないかな?
「そうだな。魚や肉は乱獲を防ぐために領地内で食すというのを徹底させているので、減りすぎているということは恐らくないな。
困っているのは、きのこやフルーツ、野菜、穀物のような農産物だな。
5年前にこの領地一帯に酷い干ばつが起こって、それらがほぼ全滅したことがあったんだ。
その時は穀物は備蓄用のものを領民たちに配って、他の農産物は他の領地から高値で買い取って、何とか事なきを得た。
あれからまた作物が育てられるようになるか心配したのだが、翌年からは気候も安定して何とか栽培を続けられている。
しかし、あの経験を踏まえて、野菜やフルーツも備蓄しておける方法を考えて、大きな冷蔵庫で数ヶ月は備蓄できるようになったな。
ただ、全領民達の分となるとほんの少ししか置けないのがネックではあるのだが…」
うーん、なるほど。
でも、大きな冷蔵庫を作る技術はあるんだ。電気も通っているみたいだし、温室栽培ができれば、食料事情は今より改善しそうじゃない?
フレッドの秘書にせっかく雇ってもらったんだから、この領地のためにぼくも何か役に立てたらいいよね。
そのためにはこの世界についてまず勉強しないといけないけど。
先生も来てくれるって言ってたし、
高校行けなかったから、勉強出来るのすごく楽しみ!!
「ぼく、フレッドの右腕になれるように秘書の勉強頑張るよ!食料事情も改善できるようにしたいね」
ぼくがそう言うとフレッドばかりか部屋の隅で立っていたマクベスさんもすごく驚いた表情で微動だにしなかった。
「フレッド?ぼく、変なこと言った?」
ぼくが何度か呼びかけた声にようやく反応を返したフレッドは急に立ち上がってぼくの方へやってきた。
「シュウ、この領地のことをそこまで真剣に考えてくれてありがとう。君はやはり、私の伴、いや秘書にぴったりだ!君のおかげで我が領民達も今よりもっと幸せになれるな。もちろん、私も……」
最後の方はよく聞こえなかったが、フレッドは嬉しそうにぼくの手を握って笑顔を見せていたから良かったんだろう。
それよりも、ぼくはあのお風呂で感じたようなピリッとした感覚を味わうことはなかったことに違和感を感じていた。
てっきりフレッドが触ったからかと思っていたけれどどうやら違うようだ。
あの感覚一体なんだったんだろう…。
やっぱりただの静電気だったのかな?うん、きっとそうだよね。
それにしても領民さんたちの幸せをすぐに思えるなんて、きっと、フレッドは領民さんたちに慕われているんだろうな…。
そういうの、なんか格好いい。
その後、食事が続き、お魚料理、口直しのシャーベット、お肉料理(今日は鹿肉)、そして最後には沢山のフルーツが飾られたケーキが出てきた。
「うわぁ、ケーキだ!フルーツもいっぱい!」
「シュウが今日で17歳になったと言っていたから、シェフにバースデーケーキを出してもらうように頼んだんだ。シュウは甘いものは好きか?」
え…っ。
ぼくが今日17歳になったって話したこと、
ほんの一瞬だったのに覚えていてくれたんだ。
なにこれ、すごく嬉しい。
お母さんといた時ですら、いつも誕生日ケーキは近くのスーパーで売ってた100円の飾りも何もない小さなチーズケーキだった。
同級生の子たちが苺と生クリームがいっぱい乗った誕生日ケーキの話をしていた時は羨ましいと思ったこともあった。
でも、うちにはお金がないから仕方ない。そう思ってた。
だから、年に一度のこのチーズケーキを楽しみにしていたけれど、お母さんがいなくなってからはその小さなチーズケーキすら贅沢すぎて食べられなくなった。
その夢見ていたケーキが目の前にある。
しかも誕生日当日に…。
フレッドがぼくにこんなに優しくしてくれるのが嬉しくてたまらない。
柊は知らない間に涙をこぼしていた。
「シュウ?甘いものは苦手だったか?申し訳ない」
「ううん、違うの。こういうケーキ食べてみたかったんだ……お祝いしてくれてありがとう、フレッド」
「それなら、良かった。ケーキをいただこう。」
マクベスさんは手際良くコーヒーと切り分けたケーキをぼくの目の前に用意してくれた。
そのケーキの美味しいことといったら。
「こんな美味しいケーキ初めて食べたよ!上に乗ってる苺も他のフルーツも全部ここで採れたものなの?」
「ああ、全てそうだな。時期によって採れるフルーツが違うから、今は豊富な時期で良かった」
そうか。やっぱりきのこだけじゃなくて他の農産物もビニールとかガラスとかを使った温室栽培はやってないんだ。
だから自然な時期にしか採れないんだな、きっと。
「一番人気があるフルーツってなに?」
「そうだな。甘くてケーキにも合う苺じゃないか?どうだ?マクベス」
「はい。苺は万人問わず人気でございますね。他に桃とメロンは女性の皆さまから人気がございます。
男性の皆さまはミカンを好まれる方が多いようです」
ぼくも苺が一番好きだな。
ケーキといえば苺だし。
この世界にも同じようなフルーツがあるって、ほんと不思議だ。
あっ、そうじゃなくて温室栽培だった。
「この人気のあるフルーツが年中いつでも採れたらいいなって思ったりしない?」
「ああ、そうだな。王都ではフルーツは採れないから年中採れれば領地への旅行者も増えるかもしれないな」
ああ、そっか。王都までは一週間かかるんだっけ?
冷やして運べればフルーツも王都で売れそうだよね。
今はまだ出来るか分からないから言うのは早いよね。
早くフレッドの役に立てるようになりたいな。
「うん。この国に来てくれる人増えたらいいね。
あっ、そうだ!ねぇ、フレッド。お願いがあるんだけど…」
「んっ?なんだ?」
「こんなに美味しい食事を作ってくれたシェフの方に御礼が言いたいんだけど…」
ぼくの言葉にフレッドは『ああ、わかった』と告げると、
マクベスさんにシェフの方を呼ぶように指示していた。
数分後、顔を真っ青にしたシェフさんが現れた。
「あ、あの、何か問題でもご、ございましたでしょうか?」
「ローリー、そうではない。シュウがお前の作った食事にお礼が言いたいそうだ」
「ええっ?お、御礼で、ございますか?」
フレッドの言葉に驚愕の表情でローリーと呼ばれたシェフさんはぼくの方を向いた。
「ローリーさん、とても美味しいお食事をありがとうございました。全部美味しかったんですが、特に前菜の真鯛とスープのきのこが美味しかったです。それから、ケーキもありがとうございました!あんなに美味しいケーキを食べたのは生まれて初めてです」
一生懸命御礼を言うと、最初は驚いていたローリーさんの顔がだんだんと嬉しそうなものに変わっていった。
「あ、ありがとうございます。そんなに気に入っていただけて御礼まで…。料理人としてこんなに嬉しいことはありません」
涙声で御礼を言うローリーさんにぼくも少しもらい泣きをしてしまった。
「ローリー、彼はこれから毎日この家で食事をとる。これからも美味しい食事を頼むぞ」
フレッドがそう言うと、
「かしこまりました!!」
と声をあげ、お辞儀をして部屋を出ていった。
「今日食べたお料理は本当にどれも美味しくて、こんなにお腹いっぱいに食べられたのも、こんなにおしゃべりしながら食事ができたのもお母さんがいなくなってから初めてだったからすごく嬉しい。フレッドありがとう」
「これからはずっと食事は一緒だ。シュウに寂しい思いはさせないから安心してくれ」
フレッドの優しい言葉にぼくもまた嬉し泣きの涙が出てしまい、止まらなくなった。
フレッドは焦った顔をしていたが、
『嬉しくって…』と言うと、『そうか』と言って優しく抱きしめてくれた。
その時もやはりピリピリした感覚は感じなかった。
食事を終え、フレッドは部屋の前まで見送ってくれた。
「今週中には先生に来てもらうよう手配している。それまではマクベスにいろいろ教えてもらうと良い。今日は疲れただろうからゆっくり寝てくれ。何かあったら、枕元にある鈴を鳴らしてくれれば、私の部屋に聞こえる仕組みになっているから、私がすぐ駆け付ける」
フレッドのその優しさが嬉しくてにっこり笑うと、フレッドは急にぼくの頬に口を付けてきた。
「えっ?キス?」
びっくりして、口付けられた頬に咄嗟に手をやってしまった。
「あ、ああ、我が公爵家のおやすみの挨拶だよ。嫌だったか?」
あ、そうなんだ。
そういえばあっちでもキスやハグは挨拶で当たり前なんてところもあるしね。
よし。
「う、ううん。ビックリしただけ。
ねぇ、フレッド…ちょっとかがんで」
ぼくがそうお願いすると、フレッドは長い脚を屈めて同じ高さまでおりてくれたので、
『ちゅっ』
フレッドの頬にぼくもそっと口付けた。
「ぼくからもおやすみのキス。おやすみ、フレッド」
ぼくは恥ずかしくて、すぐに部屋の中へ入り扉を閉めた。
「あれ?ぼく…」
すでに着替えも済ませてある。
柔らかくて気持ちが良い服だな。
「湯が熱すぎて逆上せたようだな。冷たいものを用意させよう」
フレッドはマクベスさんという執事さんを呼び、ぼくの為に冷たい飲み物を用意してくれた。
「この少し酸っぱいお水、すごく美味しい」
「ああ、レモンには体内をすっきりさせる効果があるからな。まだ飲むか?」
「ううん。たくさん飲んだからもう大丈夫」
フレッドはグラスを下げさせると、マクベスさんに食事の用意を指示し、ぼくをダイニングルームへと連れていってくれた。
ふと、昔……映画でみた王族の食事風景を思い出し、端から端までとてつもなく長いテーブルが出てきたらどうしよう…と密かに怯えていたが、
そこにはぼくの想像の三分の一ほどのテーブルが置かれていた。
あ、なんだ良かったとホッとした顔が表情に出てしまったのか、フレッドに『どうした?』と尋ねられてしまった。
「あの、物凄く長くて大きなテーブルがあるのかもと思ってたから…」
「ああ、よく知っているな。パーティー用のダイニングにはシュウのいうようなテーブルがあるぞ。ここは私専用のダイニングだから、小さいんだ。そっちが良ければ移動するが?」
「ええっ?いや、こっちが良い!!」
慌ててそういうとフレッドは笑って席へと着かせてくれた。
フレッドと向かい合わせに座ると、メイドさん達が食事をワゴンに乗せて持ってきた。
それをマクベスさんは綺麗な所作でテーブルに置いた。
「本日の前菜は真鯛のマリネ キャビアソースでございます」
「ありがとうございます。うわぁ、すごく綺麗。
このお魚も美味しそう」
「さあ、食べてくれ」
「はい。いただきます」
手を合わせて食事の挨拶をすると、フレッドが不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「シュウ、今の言葉はなんだ?」
「『いただきます』は、食事をいただく時にする挨拶だよ。作ってくれた人に対してと、そして、その食材の命をいただくということに対しての感謝の気持ちを込めて美味しくいただきますという挨拶をするんだ」
「なるほど。素晴らしい言葉だ。私も感謝しよう。
『いただきます』」
マクベスさんは驚きながらもにこやかに
「どうぞ、お召し上がりください」といって、部屋の隅に下がった。
これ、採れたてみたい。
前に海の近くの朝採れ市で食べたお刺身くらい新鮮な味がする。
キャビアって、チョウザメの卵だっけ?
初めて食べたけど、お刺身と合うんだな。すごく美味しい。
美味しすぎてあっという間に食べてしまった……。
がっついてるとか思われてないかな?と心配になったけれど、フレッドを見るとずっとニコニコしている。良かった。
「きのこのクリームスープでございます」
「ありがとうございます」
目の前に置かれたスープから美味しそうな匂いが柊の鼻をくすぐる。
「うーん、良い匂い。美味しそう」
お母さんは食事の作法にはうるさかった。
変な持ち方で食べると容赦なく手が飛んできた。
幼い頃はそれが辛くて、でも泣くとご飯を取り上げられたから必死で箸を使えるようになった。
おかげで箸使いは周りから褒められるほどだったけれど、洋食にはあまり縁がなかったので、よくわからない。
ぼくは洋画の食事のシーンを思い出しながら、ゆっくりとスープを飲んでみた。
「美味しいー!」
ひと口飲むと、きのこの濃い香りが一瞬で鼻に抜け、口の中には濃厚なきのこの旨味が広がった。
あまりにも美味しくて、これもあっという間に飲み干してしまった。
「さっきの前菜も美味しかったし、これもこんなに美味しいスープ初めて飲みました」
「お口に合いまして光栄です。シェフにも申し伝えておきますね」
マクベスさんが笑顔で下がると、フレッドが声をかけてきた。
「シュウ、食事を楽しめているようで良かった。口に合っているようだな」
「口に合うも何も、美味しすぎて頬っぺたが落ちてしまいそう。この食材は近くで採れたものなの?」
「なんでそう思うんだ?」
「だって、最初の前菜のお魚、すごく新鮮だったしきのこもすごく香りが良かったから」
ぼくが理由を話すとフレッドは驚きつつもにこやかに返してくれた。
「我が領地は周りを海と山に囲まれているから魚も肉も豊富なんだ。山にはきのこ類も多く自生しているし、フルーツや野菜、穀物の栽培も盛んに行われているぞ。今年は気候に恵まれて、どれも豊作だったようだ」
「へぇー、そうなんだ!ぼくの住んでいたところも海に囲まれていてね、お魚が美味しい地域がいっぱいあったよ」
「ほぅ。そうなのか」
「でも、自然相手のお仕事って大変だよね。不作の時や採れない時期はどうしているの?」
ぼくはコンビニで最近では商品発注も任されていた。
いつだったか、災害で作物に甚大な被害があった時は、供給がストップしてコンビニにその商品が入って来ないことがあったことを思い出した。
その時は海外からの輸入や備蓄で何とか再開できたものもあったらしいけれど、通常通りにコンビニに入ってくるのに数ヶ月要したものもあった。
コンビニで売られている加工品の多くは無くても生きていけるけれど、野菜やフルーツなどの生鮮食品は不作だとすぐに生活に直結してしまう。
フレッドは今年は豊作だって言ってた。
ということは、不作だった時もあるんだよね?
ここがどれくらい文明が発展しているのか、
まだぼくにはわからないけれど、きのこは自生していると言っていたから、きっと人工的に栽培することはしてないんじゃないかな?
「そうだな。魚や肉は乱獲を防ぐために領地内で食すというのを徹底させているので、減りすぎているということは恐らくないな。
困っているのは、きのこやフルーツ、野菜、穀物のような農産物だな。
5年前にこの領地一帯に酷い干ばつが起こって、それらがほぼ全滅したことがあったんだ。
その時は穀物は備蓄用のものを領民たちに配って、他の農産物は他の領地から高値で買い取って、何とか事なきを得た。
あれからまた作物が育てられるようになるか心配したのだが、翌年からは気候も安定して何とか栽培を続けられている。
しかし、あの経験を踏まえて、野菜やフルーツも備蓄しておける方法を考えて、大きな冷蔵庫で数ヶ月は備蓄できるようになったな。
ただ、全領民達の分となるとほんの少ししか置けないのがネックではあるのだが…」
うーん、なるほど。
でも、大きな冷蔵庫を作る技術はあるんだ。電気も通っているみたいだし、温室栽培ができれば、食料事情は今より改善しそうじゃない?
フレッドの秘書にせっかく雇ってもらったんだから、この領地のためにぼくも何か役に立てたらいいよね。
そのためにはこの世界についてまず勉強しないといけないけど。
先生も来てくれるって言ってたし、
高校行けなかったから、勉強出来るのすごく楽しみ!!
「ぼく、フレッドの右腕になれるように秘書の勉強頑張るよ!食料事情も改善できるようにしたいね」
ぼくがそう言うとフレッドばかりか部屋の隅で立っていたマクベスさんもすごく驚いた表情で微動だにしなかった。
「フレッド?ぼく、変なこと言った?」
ぼくが何度か呼びかけた声にようやく反応を返したフレッドは急に立ち上がってぼくの方へやってきた。
「シュウ、この領地のことをそこまで真剣に考えてくれてありがとう。君はやはり、私の伴、いや秘書にぴったりだ!君のおかげで我が領民達も今よりもっと幸せになれるな。もちろん、私も……」
最後の方はよく聞こえなかったが、フレッドは嬉しそうにぼくの手を握って笑顔を見せていたから良かったんだろう。
それよりも、ぼくはあのお風呂で感じたようなピリッとした感覚を味わうことはなかったことに違和感を感じていた。
てっきりフレッドが触ったからかと思っていたけれどどうやら違うようだ。
あの感覚一体なんだったんだろう…。
やっぱりただの静電気だったのかな?うん、きっとそうだよね。
それにしても領民さんたちの幸せをすぐに思えるなんて、きっと、フレッドは領民さんたちに慕われているんだろうな…。
そういうの、なんか格好いい。
その後、食事が続き、お魚料理、口直しのシャーベット、お肉料理(今日は鹿肉)、そして最後には沢山のフルーツが飾られたケーキが出てきた。
「うわぁ、ケーキだ!フルーツもいっぱい!」
「シュウが今日で17歳になったと言っていたから、シェフにバースデーケーキを出してもらうように頼んだんだ。シュウは甘いものは好きか?」
え…っ。
ぼくが今日17歳になったって話したこと、
ほんの一瞬だったのに覚えていてくれたんだ。
なにこれ、すごく嬉しい。
お母さんといた時ですら、いつも誕生日ケーキは近くのスーパーで売ってた100円の飾りも何もない小さなチーズケーキだった。
同級生の子たちが苺と生クリームがいっぱい乗った誕生日ケーキの話をしていた時は羨ましいと思ったこともあった。
でも、うちにはお金がないから仕方ない。そう思ってた。
だから、年に一度のこのチーズケーキを楽しみにしていたけれど、お母さんがいなくなってからはその小さなチーズケーキすら贅沢すぎて食べられなくなった。
その夢見ていたケーキが目の前にある。
しかも誕生日当日に…。
フレッドがぼくにこんなに優しくしてくれるのが嬉しくてたまらない。
柊は知らない間に涙をこぼしていた。
「シュウ?甘いものは苦手だったか?申し訳ない」
「ううん、違うの。こういうケーキ食べてみたかったんだ……お祝いしてくれてありがとう、フレッド」
「それなら、良かった。ケーキをいただこう。」
マクベスさんは手際良くコーヒーと切り分けたケーキをぼくの目の前に用意してくれた。
そのケーキの美味しいことといったら。
「こんな美味しいケーキ初めて食べたよ!上に乗ってる苺も他のフルーツも全部ここで採れたものなの?」
「ああ、全てそうだな。時期によって採れるフルーツが違うから、今は豊富な時期で良かった」
そうか。やっぱりきのこだけじゃなくて他の農産物もビニールとかガラスとかを使った温室栽培はやってないんだ。
だから自然な時期にしか採れないんだな、きっと。
「一番人気があるフルーツってなに?」
「そうだな。甘くてケーキにも合う苺じゃないか?どうだ?マクベス」
「はい。苺は万人問わず人気でございますね。他に桃とメロンは女性の皆さまから人気がございます。
男性の皆さまはミカンを好まれる方が多いようです」
ぼくも苺が一番好きだな。
ケーキといえば苺だし。
この世界にも同じようなフルーツがあるって、ほんと不思議だ。
あっ、そうじゃなくて温室栽培だった。
「この人気のあるフルーツが年中いつでも採れたらいいなって思ったりしない?」
「ああ、そうだな。王都ではフルーツは採れないから年中採れれば領地への旅行者も増えるかもしれないな」
ああ、そっか。王都までは一週間かかるんだっけ?
冷やして運べればフルーツも王都で売れそうだよね。
今はまだ出来るか分からないから言うのは早いよね。
早くフレッドの役に立てるようになりたいな。
「うん。この国に来てくれる人増えたらいいね。
あっ、そうだ!ねぇ、フレッド。お願いがあるんだけど…」
「んっ?なんだ?」
「こんなに美味しい食事を作ってくれたシェフの方に御礼が言いたいんだけど…」
ぼくの言葉にフレッドは『ああ、わかった』と告げると、
マクベスさんにシェフの方を呼ぶように指示していた。
数分後、顔を真っ青にしたシェフさんが現れた。
「あ、あの、何か問題でもご、ございましたでしょうか?」
「ローリー、そうではない。シュウがお前の作った食事にお礼が言いたいそうだ」
「ええっ?お、御礼で、ございますか?」
フレッドの言葉に驚愕の表情でローリーと呼ばれたシェフさんはぼくの方を向いた。
「ローリーさん、とても美味しいお食事をありがとうございました。全部美味しかったんですが、特に前菜の真鯛とスープのきのこが美味しかったです。それから、ケーキもありがとうございました!あんなに美味しいケーキを食べたのは生まれて初めてです」
一生懸命御礼を言うと、最初は驚いていたローリーさんの顔がだんだんと嬉しそうなものに変わっていった。
「あ、ありがとうございます。そんなに気に入っていただけて御礼まで…。料理人としてこんなに嬉しいことはありません」
涙声で御礼を言うローリーさんにぼくも少しもらい泣きをしてしまった。
「ローリー、彼はこれから毎日この家で食事をとる。これからも美味しい食事を頼むぞ」
フレッドがそう言うと、
「かしこまりました!!」
と声をあげ、お辞儀をして部屋を出ていった。
「今日食べたお料理は本当にどれも美味しくて、こんなにお腹いっぱいに食べられたのも、こんなにおしゃべりしながら食事ができたのもお母さんがいなくなってから初めてだったからすごく嬉しい。フレッドありがとう」
「これからはずっと食事は一緒だ。シュウに寂しい思いはさせないから安心してくれ」
フレッドの優しい言葉にぼくもまた嬉し泣きの涙が出てしまい、止まらなくなった。
フレッドは焦った顔をしていたが、
『嬉しくって…』と言うと、『そうか』と言って優しく抱きしめてくれた。
その時もやはりピリピリした感覚は感じなかった。
食事を終え、フレッドは部屋の前まで見送ってくれた。
「今週中には先生に来てもらうよう手配している。それまではマクベスにいろいろ教えてもらうと良い。今日は疲れただろうからゆっくり寝てくれ。何かあったら、枕元にある鈴を鳴らしてくれれば、私の部屋に聞こえる仕組みになっているから、私がすぐ駆け付ける」
フレッドのその優しさが嬉しくてにっこり笑うと、フレッドは急にぼくの頬に口を付けてきた。
「えっ?キス?」
びっくりして、口付けられた頬に咄嗟に手をやってしまった。
「あ、ああ、我が公爵家のおやすみの挨拶だよ。嫌だったか?」
あ、そうなんだ。
そういえばあっちでもキスやハグは挨拶で当たり前なんてところもあるしね。
よし。
「う、ううん。ビックリしただけ。
ねぇ、フレッド…ちょっとかがんで」
ぼくがそうお願いすると、フレッドは長い脚を屈めて同じ高さまでおりてくれたので、
『ちゅっ』
フレッドの頬にぼくもそっと口付けた。
「ぼくからもおやすみのキス。おやすみ、フレッド」
ぼくは恥ずかしくて、すぐに部屋の中へ入り扉を閉めた。
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