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第三章 (王都への旅〜王城編)
花村 柊 9−1
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「うん。あのね、ぼく……王都に行きたいんだ!」
ぼくが言った言葉に、フレッドは顔を真っ青にしてその場に蹲った。
「えっ? なに? どうしちゃったの?」
慌てて傍に駆け寄ると、フレッドはぼくをぎゅっと抱きしめてきた。
「シュウ……私のことが嫌いになったか?
だから出ていくというのか?
そうか、口付けか?
シュウがそんなに嫌ならもう二度と……」
「ちょ、ちょっと待って!!!
フレッド、落ち着いて!」
ぼくは涙を溜めたフレッドの目をじっと見ながら、
『大丈夫だから』と声をかけながら、落ち着くように背中をトントンと叩いた。
「ねぇ、ゆっくり聞いて。ぼく、フレッドと王都に行ってみたいんだ。嫌いになったとか、出ていくとかそんなことあるわけないよ。
ぼく、フレッドが大好きだから……。ねっ」
子どもをあやすように、ゆっくり言葉を選んで伝えると、フレッドの綺麗な瞳から宝石のような涙が流れた。
「シュウ……。悪かった。
シュウの口から王都へ行きたいって聞いて、パニックになってしまったんだ」
「ううん、大丈夫だよ。ぼくの言い方が悪かったんだよ。フレッドは気にしないで」
「いや、私が碌に聞きもせず……」
「ううん、ぼくが悪かったんだってば!」
そう言い合っているうちに、
どちらからともなく『ふふっ』と笑いが溢れた。
「フレッド……ゆっくり話すから話聞いてくれる?」
「ああ。ちゃんと聞くよ」
ぼくは両手を広げて、
「ねぇ、抱っこして。いつものようにフレッドの膝に座らせて」
とおねだりしてみた。
フレッドは満開の花のような笑顔でぼくをすぐに抱き上げ、ゆったりとした椅子に座り向かい合わせになるように膝に乗せてくれた。
ぼくはぎゅーっと抱きつき、フレッドの唇に自分のそれを重ね合わせた。
ちゅっと音を立てて離してから、
「フレッドとのキス、嫌になんて絶対にならないよ。
2人っきりだったらずっとしていたいくらい……なんだから」
恥ずかしくて少し小声で伝えると、フレッドは
ぼくの顎に手をかけ、唇を重ね合わせた。
ぼくの口が開いた瞬間、すぐに入り込んでくる肉厚な舌にも最近やっと慣れてきた。
舌を絡ませて、甘い唾液を舐め合い、舌先に少し噛み付いて唇を堪能してから同じタイミングで唇を離した。
「ふふっ」
それがすごく幸せで目が合うとつい、笑いが溢れた。
「フレッドといると、いつも笑顔になれるよ」
「ああ、私もだ」
フレッドの気持ちが落ち着いてきたところで、ぼくはさっきの話を切り出した。
「順序だてて話すね。今日、あの日記を最後まで読んだんだ。そしたら、冬馬さんはあの日記の他にもう一つ日記を書いてたんだって。
それが王城の図書室に置かれているって書いてあったから、ぼく、それを読みに行きたいんだ」
「トーマ王妃の本が王城に?」
「うん。ぼくの持っている方は冬馬さんの完全な個人の日記だけれど、王城に残されている方はその時代のことが詳しく書かれているみたい。どちらも日本語らしいから、きっとこの国の人には読めていないと思うんだけど……」
「図書室にそんな本あっただろうか……?
あっ!! もしかしたら、歴代の王しか入れないあの部屋の本棚に置かれているのかもしれないな」
へぇー、そんな部屋があるんだ。
なんかすごいな。
フレッドは顎に手を当てて、うーんと唸っていたが、最終的には王都に行くことを許してくれた。
あっ、もちろんフレッドも一緒に。
ここから王都まで急いでも1週間はかかるらしい。
馬車に慣れないぼくが一緒だから、今回はかなり休憩を増やして行くと言ってくれている。
だから、フレッドの計算では王都まで10日ほどかかる予定になっている。
向こうで1週間ほど過ごして、また同じルートでここまで帰るとなると、この屋敷をひと月は空けることになってしまう。
王都へ行くことを決めてから、フレッドは1日で2~3日分の仕事をこなすというハードスケジュールを自ら強いて、乗り切っていた。
そして、フレッドよりも大忙しだったのがデュランさん。
何せひと月も政務を休まないといけないのだから、フレッドの仕事の調整に大忙しだった。
ぼくの思いつきのせいで本当に申し訳なくて、
『迷惑かけてしまってごめんなさい』
とデュランさんに謝ったけれど、
「いえいえ、全然お気になさらなくても大丈夫ですよ。私もその時はお休みをいただきますので。
こんなに長くお休みを取れるのは初めてですからね、私も楽しみにしてるんですよ。それに帰ってきたら、またビシバシ働いてもらいますから。ふふっ」
ウインクをしながら、いたずらっ子のような笑顔で優しく言ってくれた。
ほんとフレッドの周りにいる人たちは優しいな。
そんな忙しい日々を過ごして3週間。
ようやく明日から王都へ向けて出発することになった。
ひと月にも渡る長期外出。
ぼくにとっては人生で初めての旅行だ。
フレッドは足りなくなれば宿場町で買えばいいと言っていたけれど、マクベスさんやシンシアさんたちが
「シュウさまのお身体に合うものでないと心配ですから」
とフレッドに言うと、
「そうか、それはそうだな」
と納得してしまい、ぼくがいつも使っているありとあらゆるものをみんなで準備してくれているので、荷物も相当量ある。
あまりの荷物の多さに『お馬さん、大丈夫かな……』と心配になって、そして、たくさんの荷物を運んでくれる馬たちに一度挨拶をしておきたくて、出発前にフレッドにお願いして厩舎に連れて行ってもらった。
屋敷の北側にある煉瓦と石材を使って作られた広々とした厩舎は、見た目がまるでホテルのような豪華な作りになっていた。
真ん中の小さな広間を挟んで右側に小さな厩舎、左側に大きな厩舎があり、小さい方はパーティーの招待客や宿泊するお客さまが使うらしい。
大きな厩舎には、馬車用の馬やフレッドの愛馬がいる。
この厩舎は屋根裏部屋のある2階建てで、屋根裏部屋が御者や従者、馬丁など馬に関わる使用人さんたちの住まいだそうだ。
屋根裏部屋と言っても外から見た感じ、ぼくが以前住んでいたアパートよりも広くて綺麗に見える。
「ヴィクター、どこにいる?」
フレッドが声をかけると、奥のスペースから驚いた様子で男性が1人飛び出してきた。
「はい。旦那さま。このような場所に来られるなんて、何か急用でもございましたか?」
「いいや、そうではない。私の伴侶が馬たちに挨拶したいというんで連れてきたんだ」
「はっ? う、馬たちに挨拶でございますか?」
ぽかんと口を開け、かなり驚いている様子だ。
挨拶したいって、なんかおかしかったかな?
「シュウ、彼はこの厩舎の主任厩務員のヴィクターだ。
ヴィクター、彼は私の伴侶であるシュウだ」
フレッドに紹介してもらい、前に出て挨拶をする。
「ヴィクターさん。初めまして。シュウ・ハナムラです。いつもお馬さんのお世話ありがとうございます」
そう言って、にっこり笑って手を出そうとすると、
「シュウ、握手はいらない」
と、フレッドにさっと手を握られた。
ああ、こっちの挨拶では握手はしないんだっけ?
いい加減覚えなきゃね。
「フレッド、ごめんね。間違えちゃった……。
ヴィクターさんもごめんなさい」
「あわっ、あ……っ、えっ?」
目を見て謝ったんだけど、ヴィクターさんはぼくとフレッドを交互に見てはそわそわと落ち着きがない様子で、言葉になっていなかった。
あの?」
もう一度、声をかけてみたけれど、なかなか反応がない。
フレッドを見ると、仕方ないなと言った様子で
「おい、ヴィクター!」
と少し大きめの声で話しかけた。
ビクッと身体を震わせ、フレッドの方を見やったヴィクターさんに
「私の伴侶が美しいのは分かるが、そろそろ戻ってこい!」
と一喝すると、ヴィクターさんはハッと我にかえり、やっと挨拶をしてくれた。
「ご伴侶さま、申し訳ございません。
私、この厩舎で馬たちの飼育をさせていただいています主任厩務員のヴィクターと申します。お見知り置きくださいませ」
ヴィクターさんはすらっと背が高くて、フレッドとはまた違うタイプのイケメンさんだ。
濃い緑の長い髪をポニーテールのように高い位置で結っていて、すごく似合っている。
「ヴィクターさんが、フレッドのお馬さんたちを大切に育ててくれてるんだね」
「ああ、そうだ。
ヴィクター、馬たちに会えるか?」
「は、はい。もちろんでございます」
ヴィクターさんは手前のスペースにいる馬から順に見せてくれるようだ。
「こちらにいるのは、旦那さまとご伴侶さまが明日お乗りになる馬車を引く馬です。
名前は オルフェルと申します」
「えっと……この前、町に行った時に乗った馬車を引いてくれたのもこの子なんですか?」
「はい。このオルフェルと隣のスペースにおります ドリューが牽引しておりました」
オルフェルは焦げ茶色の毛色に鬣は薄い茶色。
この国の馬の毛色はほとんど焦げ茶色で、鬣はオルフェルのように薄い茶色か、赤色で、稀に青色と緑色のがいるんだって。
で、一番気になってた白馬とかいないらしい。
フレッドが白馬に乗ってたら、ほんとお伽話の王子さまそのものなのにな……って、フレッドも王子さまなんだっけ。
白馬に乗ってるとこ見てみたかったな。
「オルフェル、この間はありがとう。
明日からもよろしくね」
ぼくはさっとフレッドから離れると、トコトコと小走りでオルフェルのいるスペースの前に行き、話しかけてみた。
「あっ、ご伴侶さま、危のうございます!
オルフェルは……」
とヴィクターさんが急いで止めようとしてきたけれど、当のオルフェルはぼくに優しく擦り寄ってきたので、ぼくが手を伸ばして鼻をヨシヨシと撫でると目を細めて嬉しそうに『ヒィーン』と小さく嘶いていた。
「まさか! 信じられない! オルフェルが……?!」
ヴィクターさんの声に驚いて後ろを見ると、2人ともぽかんと口を開けてびっくりしている。
「んっ? フレッドもヴィクターさんも変な顔してどうしたの?」
ぼくの言葉にフレッドがさっと近づいてきて、
「オルフェルは馬車を牽引している時はとても言うことを聞く賢い馬なんだが……普段は気性が少し荒いというか、はじめての人にこんなふうに懐いたりはしないんだ……」
と話しながらも、目線はぼくの手に擦り寄ってきているオルフェルの方を見ている。
「いやぁ……びっくりだな。シュウは向こうで飼育の経験でもあるのか?」
「ううん、こんなに近くで見たのも初めてだよ。
オルフェル、すっごくカッコいいね!
ふふっ。よーしよし」
ぼくが擦り寄ってくるオルフェルの顔を撫でていると、フレッドは急に無口になって、
「ヴィクター、次の馬を紹介してくれ」
と言い、ぼくの手を引いてオルフェルから離れた。
ぼくはもう少しオルフェルを撫でていたかったけどな……と後ろ髪を引かれる思いで、次のスペースへと向かう。
「は、はい。こちらも明日旦那さまとご伴侶さまがお乗りになる馬車を引く馬です。
名前はドリューと申します」
「うわぁ、こっちは鬣が緑だ! かわいい!
ドリュー、よろしくね」
そう話しかけると、オルフェルと同じように近寄ってきてくれたから、
「ねぇ、ドリュー、この鬣触っていい?」
と聞いてみると、小さく『ヒヒーン』と嘶いた。
オッケーということかなと思って、そっと鬣に触れてみると綿毛のように柔らかくすごく気持ちがいい。
「わぁー、ドリューの鬣気持ちいいね。ふふっ。
ずっとモフモフしたくなっちゃうな」
ドリューに話しかけながら、鬣に触らせてもらっていると、フレッドはなにも言葉を発さないままじっとぼくとドリューを見ている。
何か気づいたのか、ヴィクターさんが
「あの、隣のスペースに荷馬車を引く馬が2頭居ります。名前は手前が ジョナサン、奥が ケニーと申します」
と次の馬たちを紹介してくれた。
「そっか、あのお馬さんたちがぼくたちの荷物を運んでくれるんだね」
口数の少なくなったフレッドにそう話しかけると、フレッドは口元はにっこりとしながらも、硬い雰囲気で
「ああ、そうだよ」
と答えてくれた。
ぼくはフレッドの様子が気になってしまって、
「ねぇ、フレッド……なにか怒ってる?」
と小首を傾げて聞いてみた。
「えっ? いや、そんなことあるわけないだろ」
「だって……さっきから全然話してくれないし……ぐす……っ」
話しているうちに寂しくなってきて、涙が滲んできた。
「えっ? ああ……シュウ。悪かった……。
あまりにもシュウが馬たちに優しく接して……あいつらもシュウに近づきすぎるからつい……」
「えっ? もしかして、フレッド……お馬さんたちにヤキモチ妬いていたの?」
思っても見ないフレッドの言葉に滲んでいた涙もどこかへ行ってしまった。
「ああ、そうだ」
「ふふっ、あっはっは。もう、フレッドったら!」
「悪かった」
決まり悪そうに謝るフレッドが可愛くて、声をあげて笑っていると、後ろでヴィクターさんが驚いていた。
「ヴィクターさん、どうかしたの?」
「えっ? あの……っ、その……」
フレッドの方をチラチラとみながらもなかなか言い出せないヴィクターさんに、フレッドは
「いいから申してみよ」
と促した。
「は、はい。旦那さまがこんなに感情を素直に出されていることに驚いていたのでございます。旦那さまは滅多なことでは表情にもお出しになりませんし、ましてや馬たちにヤキモチを妬かれるなどとは……」
「そうだな。今までの私なら有り得ぬことだな。これも全て我が伴侶、シュウのおかげだ。何せ、シュウは私の唯一だからな」
「まことでございますか??
それは、それはおめでとうございます!!」
満面の笑みで興奮気味にヴィクターさんはそうお祝いを言ってくれているけど、でもさ、唯一って、あ、アレが甘いのを知ってるってことだよね……? ってことは、ぼくとフレッドがそ、そういうことをしてるって言いふらしてるようなもので…………
わぁーーっ、恥ずかしい……。
ぼくはフレッドにだけ聞こえるように小声で話しかけた。
「ね、ねぇ、フレッド。あ、あんまり唯一って教えないでよ……」
ぼくの言葉にフレッドはさっと顔色を変えて、
「なぜだ?! 私は全世界の人々に教えたいくらいなのに!」
とぼくの手をぎゅっと握り訴えかけてきた。
ひぇーっ、全世界? やめて、やめて!
恥ずかしくて、ぼく死んじゃいそう……。
「シュウ! なぜなんだ?」
「だ、だって……ぼくが、その……フレッドの……味を、知ってるって言いふらしてるみたいで……は、恥ずかしいよ……」
フレッドの耳元でそう囁くと、フレッドはキョトンとした顔でぼくを見た。
「そ、そうか? そういうものなのか?
うーん……じゃあ、これからはどうしてもの場合だけにしておくか……」
なに? どうしてもの場合って?
唯一って言わなきゃいけない場合があるとか???
よくわからないけど、とりあえずはやめてくれるみたいだからいいか……。ふぅ。
そのあと、青い鬣の ジョナサンと一番体の大きい ケニーとも挨拶をして、次はフレッドの愛馬たちを紹介してもらうことになった。
厩舎の奥の一番広いスペースには仕切りをつけて、3頭が並んでいた。
馬車を引くオルフェルたちと違って、乗馬用の馬たちだからか、背中が長くて綺麗な体型をしている。
「シュウ、この3頭は私の馬たちだ。
一番奥の身体が大きいのが アンジー、コイツは安定力があるから乗っていても疲れにくい。
真ん中のが持久力がある ラリー、長時間の乗馬にはコイツが向いている。
それから一番手前のが従順で人懐っこい エイベル、この中では一番小柄だが、速度は一番速いぞ」
うわぁ……。3頭並ぶと壮観だな。
やっぱりどの子も顔が違う。
『アンジー』は綺麗な顔立ちしてるし、『ラリー』はフレッドのようにキリッとしたイケメン、『エイベル』はこどもっぽいというか、まだ幼い可愛い弟みたいな感じがする。
「うわぁー、スゴイ!」
ぼくはフレッドと真ん中の『ラリー』のスペースに近づくと、他の2頭もラリーのスペースに寄ってきて3頭の顔がぐっと近づいた。
それを順番に撫でてヨシヨシしてあげると、3頭は嬉しそうに嘶いた。
「ラリー、鬣触らせてね。うわぁ、鬣の感触もお馬さんによって違うんだね。ドリューは綿毛みたいに柔らかかったし、ラリーは長くてサラサラしてる。フレッドの髪の毛みたいだ。アンジーとエイベルはどうかな?」
2頭の目を見て『いい?』と尋ねると、まるで言葉がわかってるかのように、ぼくの方に鬣を向けてくれた。
アンジーは短いけど、ラリーのようにサラサラとしていて、エイベルはふわふわと柔らかかった。
「ああ、鬣触ってると癒されちゃうな」
ぼくが気持ちよくてうっとりとした顔をしていると、フレッドが
「シュウ、そんな顔を見せてはダメだ!」
と注意してきた。
見ると、ヴィクターさんが顔を真っ赤にしている。
えーっ、ぼくそんな変な顔してた?
無意識だったから恥ずかしい……。
「ほら、そろそろこっちにおいで」
そう言って、ぼくはフレッドの腕の中に抱き込まれた。
すると、アンジーたちが揃って嘶き出した。
「みんな、どうしたの?」
ヴィクターさんに尋ねると、フレッドをチラチラ見ながら口を開いた。
「……恐らく、その……ヤキモチを妬かれているのでは……ないかと」
「えっ?」
ヤキモチ?? アンジーたちが?
「ああっ! そうか! ごめんね」
ぼくは急いでフレッドから離れた。
「シュウ、どうしたんだ?」
「だって、アンジーたちがヤキモチ妬いてるって。
ぼくがフレッドを独り占めしてるって思ったんでしょ? アンジーたちの大事なご主人さまだもんね、フレッドは」
「「……はっ?」」
「えっ?」
ぼくとフレッド、ヴィクターさんはみんなで顔を見合わせたけれど、ぼくはなぜ2人が変な顔してるのか全くわからなかった。
「アンジー、ラリー、エイベル、君たちのご主人さまを独り占めしたりしないから、心配しないでね」
「い、いや……シュウ……そうではなくて……」
「んっ? なぁに?」
フレッドに顔を向けると、ヴィクターさんと2人で何やらヒソヒソと話をしていたけれど、
「いや、なんでもないんだ」
と笑顔を見せた。
「それよりも、明日からの旅行にアンジーを連れていくことにしたからな」
「えっ? アンジーも一緒に? いいの?」
「ああ、旅の途中で綺麗な湖を通るんだ。シュウがこの前、馬に乗ってみたいって言ってたからな。
その時、乗馬で少し散策でもしようかと思っているんだ。2人で乗るから、一番体が大きくて安定感のあるアンジーがいいだろう」
「そっか。アンジーよろしくね。いつもと違って、ぼくも一緒だから重いかもしれないけど、嫌な時はちゃんと教えてね」
アンジーにそう話しかけると、アンジーは大きく
『ヒヒーン』と嘶いた。
大喜びしているような鳴き声にぼくは嬉しくなった。
すると、その鳴き声に他の2頭が驚いたのか、急に
『ヒヒーン、ヒヒーン』と嘶き始めた。
その鳴き声は驚いたというより、むしろ怒っているように聞こえる。
「どうしたの? さっきまで大人しかったのに……」
そう言って2頭の顔をヨシヨシと撫でていると、
ラリーとエイベルがぼくの上着に噛み付いて、引っ張っている。
それに気づいたヴィクターさんが2頭を止めようとしていたけれど、ラリーもエイベルも離そうとしなかった。
「もしかして、一緒に行けないから寂しがってるのかな?」
ぼくのその言葉にエイベルがブフウゥと顔を振りながら鼻を鳴らした。
それはぼくの言葉に肯定しているように見えた。
「そっか、そうだよね。ずっと3頭で一緒に居たんだもんね。ごめんね」
そう言って鬣をヨシヨシしてあげると、エイベルが顔を使ってぼくを持ち上げようとする。
「んっ? なに? どうしたの?」
「エイベルはご伴侶さまを背中に乗せたいようです」
ヴィクターさんがそう教えてくれた。
「フレッド……どうしよう?」
「うーん、よし、練習がてら少し乗ってみるか」
「ええっ? いいの? 嬉しい!」
「まぁ、乗馬服ではないが大丈夫だろう。
エイベル、私の大事なシュウを振り落としたりするなよ」
フレッドがそう言うと、エイベルは嬉しそうに
『ヒヒーン』と嘶いた。
ぼくはフレッドに助けられながら、鞍をつけたエイベルの背中になんとか乗ることが出来た。
「うわぁ、高い!」
馬に乗ったぼくの目線はフレッドよりも随分と高い。
こんなに高いところからフレッドを見下ろしたのが初めてですごく新鮮な感じがする。
「ぼく、フレッドよりも高いよ!」
普段よりも高い目線に興奮が止まらない。
「シュウ、少し歩いてみるか」
「大丈夫かな?」
「私が手綱を持っているから心配しないでいい。
ほら、エイベル。シュウを落とすなよ」
フレッドの言葉にエイベルは『任せて!』と言わんばかりに鼻を鳴らして答えた。
フレッドは手綱を握りながら優しく摩って歩くよう促すと、エイベルはゆっくりと歩き出した。
蹄鉄の音だろうか。
エイベルの歩みに合わせて、パカパカと音がする。
なんだかとても心地良い。
それにしてもこの鞍、全然響かないな。
すごく安定していて乗りやすい。
これなら長時間乗っていてもお尻は痛くならなさそうだ。
「この鞍、すごいね。全然響かない!」
「シュウのところでは違うのか?」
「ぼくは実際に乗ったことがないからよくはわからないけど、乗っているのを見たことがあって、その時はお馬さんが歩いたり、走ったりするとその振動が伝わって、乗っている人の身体も少し跳ねていたよ」
「そうなのか。それでは長い時間乗るのは厳しいだろうな」
ヴィクターさんと2人で顰め面で顔を見合わせている。
ふふっ。きっとお尻が痛くなるのを想像したんだろうな。なんだかかわいい。
数十分エイベルの背中を楽しんで、厩舎へ戻ると
『今度はボクの番でしょ?』と言った様子でラリーがぼくを見てきた。
なんとなく断りきれずにフレッドにお願いして、ラリーの背中にも乗せてもらった。
さっき、エイベルに乗ったことで少し余裕が出来ていたぼくはフレッドに『ちょこっと走ったりってできるのかな?』とお願いしてみると、
ラリーを少し小走り気味に走らせてくれた。
パカラッパカラッとさっきより軽快な音が響く。
「わぁっ、気持ちいい!」
「今度一緒に乗った時はもっと速く走るから、もっと風を感じられるぞ」
「やったぁ! 楽しみにしてるね」
お馬さんたち全員に挨拶できたし、乗馬もできて今日はすごく充実した一日だった。
明日からの王都への旅……楽しみだな。
ぼくが言った言葉に、フレッドは顔を真っ青にしてその場に蹲った。
「えっ? なに? どうしちゃったの?」
慌てて傍に駆け寄ると、フレッドはぼくをぎゅっと抱きしめてきた。
「シュウ……私のことが嫌いになったか?
だから出ていくというのか?
そうか、口付けか?
シュウがそんなに嫌ならもう二度と……」
「ちょ、ちょっと待って!!!
フレッド、落ち着いて!」
ぼくは涙を溜めたフレッドの目をじっと見ながら、
『大丈夫だから』と声をかけながら、落ち着くように背中をトントンと叩いた。
「ねぇ、ゆっくり聞いて。ぼく、フレッドと王都に行ってみたいんだ。嫌いになったとか、出ていくとかそんなことあるわけないよ。
ぼく、フレッドが大好きだから……。ねっ」
子どもをあやすように、ゆっくり言葉を選んで伝えると、フレッドの綺麗な瞳から宝石のような涙が流れた。
「シュウ……。悪かった。
シュウの口から王都へ行きたいって聞いて、パニックになってしまったんだ」
「ううん、大丈夫だよ。ぼくの言い方が悪かったんだよ。フレッドは気にしないで」
「いや、私が碌に聞きもせず……」
「ううん、ぼくが悪かったんだってば!」
そう言い合っているうちに、
どちらからともなく『ふふっ』と笑いが溢れた。
「フレッド……ゆっくり話すから話聞いてくれる?」
「ああ。ちゃんと聞くよ」
ぼくは両手を広げて、
「ねぇ、抱っこして。いつものようにフレッドの膝に座らせて」
とおねだりしてみた。
フレッドは満開の花のような笑顔でぼくをすぐに抱き上げ、ゆったりとした椅子に座り向かい合わせになるように膝に乗せてくれた。
ぼくはぎゅーっと抱きつき、フレッドの唇に自分のそれを重ね合わせた。
ちゅっと音を立てて離してから、
「フレッドとのキス、嫌になんて絶対にならないよ。
2人っきりだったらずっとしていたいくらい……なんだから」
恥ずかしくて少し小声で伝えると、フレッドは
ぼくの顎に手をかけ、唇を重ね合わせた。
ぼくの口が開いた瞬間、すぐに入り込んでくる肉厚な舌にも最近やっと慣れてきた。
舌を絡ませて、甘い唾液を舐め合い、舌先に少し噛み付いて唇を堪能してから同じタイミングで唇を離した。
「ふふっ」
それがすごく幸せで目が合うとつい、笑いが溢れた。
「フレッドといると、いつも笑顔になれるよ」
「ああ、私もだ」
フレッドの気持ちが落ち着いてきたところで、ぼくはさっきの話を切り出した。
「順序だてて話すね。今日、あの日記を最後まで読んだんだ。そしたら、冬馬さんはあの日記の他にもう一つ日記を書いてたんだって。
それが王城の図書室に置かれているって書いてあったから、ぼく、それを読みに行きたいんだ」
「トーマ王妃の本が王城に?」
「うん。ぼくの持っている方は冬馬さんの完全な個人の日記だけれど、王城に残されている方はその時代のことが詳しく書かれているみたい。どちらも日本語らしいから、きっとこの国の人には読めていないと思うんだけど……」
「図書室にそんな本あっただろうか……?
あっ!! もしかしたら、歴代の王しか入れないあの部屋の本棚に置かれているのかもしれないな」
へぇー、そんな部屋があるんだ。
なんかすごいな。
フレッドは顎に手を当てて、うーんと唸っていたが、最終的には王都に行くことを許してくれた。
あっ、もちろんフレッドも一緒に。
ここから王都まで急いでも1週間はかかるらしい。
馬車に慣れないぼくが一緒だから、今回はかなり休憩を増やして行くと言ってくれている。
だから、フレッドの計算では王都まで10日ほどかかる予定になっている。
向こうで1週間ほど過ごして、また同じルートでここまで帰るとなると、この屋敷をひと月は空けることになってしまう。
王都へ行くことを決めてから、フレッドは1日で2~3日分の仕事をこなすというハードスケジュールを自ら強いて、乗り切っていた。
そして、フレッドよりも大忙しだったのがデュランさん。
何せひと月も政務を休まないといけないのだから、フレッドの仕事の調整に大忙しだった。
ぼくの思いつきのせいで本当に申し訳なくて、
『迷惑かけてしまってごめんなさい』
とデュランさんに謝ったけれど、
「いえいえ、全然お気になさらなくても大丈夫ですよ。私もその時はお休みをいただきますので。
こんなに長くお休みを取れるのは初めてですからね、私も楽しみにしてるんですよ。それに帰ってきたら、またビシバシ働いてもらいますから。ふふっ」
ウインクをしながら、いたずらっ子のような笑顔で優しく言ってくれた。
ほんとフレッドの周りにいる人たちは優しいな。
そんな忙しい日々を過ごして3週間。
ようやく明日から王都へ向けて出発することになった。
ひと月にも渡る長期外出。
ぼくにとっては人生で初めての旅行だ。
フレッドは足りなくなれば宿場町で買えばいいと言っていたけれど、マクベスさんやシンシアさんたちが
「シュウさまのお身体に合うものでないと心配ですから」
とフレッドに言うと、
「そうか、それはそうだな」
と納得してしまい、ぼくがいつも使っているありとあらゆるものをみんなで準備してくれているので、荷物も相当量ある。
あまりの荷物の多さに『お馬さん、大丈夫かな……』と心配になって、そして、たくさんの荷物を運んでくれる馬たちに一度挨拶をしておきたくて、出発前にフレッドにお願いして厩舎に連れて行ってもらった。
屋敷の北側にある煉瓦と石材を使って作られた広々とした厩舎は、見た目がまるでホテルのような豪華な作りになっていた。
真ん中の小さな広間を挟んで右側に小さな厩舎、左側に大きな厩舎があり、小さい方はパーティーの招待客や宿泊するお客さまが使うらしい。
大きな厩舎には、馬車用の馬やフレッドの愛馬がいる。
この厩舎は屋根裏部屋のある2階建てで、屋根裏部屋が御者や従者、馬丁など馬に関わる使用人さんたちの住まいだそうだ。
屋根裏部屋と言っても外から見た感じ、ぼくが以前住んでいたアパートよりも広くて綺麗に見える。
「ヴィクター、どこにいる?」
フレッドが声をかけると、奥のスペースから驚いた様子で男性が1人飛び出してきた。
「はい。旦那さま。このような場所に来られるなんて、何か急用でもございましたか?」
「いいや、そうではない。私の伴侶が馬たちに挨拶したいというんで連れてきたんだ」
「はっ? う、馬たちに挨拶でございますか?」
ぽかんと口を開け、かなり驚いている様子だ。
挨拶したいって、なんかおかしかったかな?
「シュウ、彼はこの厩舎の主任厩務員のヴィクターだ。
ヴィクター、彼は私の伴侶であるシュウだ」
フレッドに紹介してもらい、前に出て挨拶をする。
「ヴィクターさん。初めまして。シュウ・ハナムラです。いつもお馬さんのお世話ありがとうございます」
そう言って、にっこり笑って手を出そうとすると、
「シュウ、握手はいらない」
と、フレッドにさっと手を握られた。
ああ、こっちの挨拶では握手はしないんだっけ?
いい加減覚えなきゃね。
「フレッド、ごめんね。間違えちゃった……。
ヴィクターさんもごめんなさい」
「あわっ、あ……っ、えっ?」
目を見て謝ったんだけど、ヴィクターさんはぼくとフレッドを交互に見てはそわそわと落ち着きがない様子で、言葉になっていなかった。
あの?」
もう一度、声をかけてみたけれど、なかなか反応がない。
フレッドを見ると、仕方ないなと言った様子で
「おい、ヴィクター!」
と少し大きめの声で話しかけた。
ビクッと身体を震わせ、フレッドの方を見やったヴィクターさんに
「私の伴侶が美しいのは分かるが、そろそろ戻ってこい!」
と一喝すると、ヴィクターさんはハッと我にかえり、やっと挨拶をしてくれた。
「ご伴侶さま、申し訳ございません。
私、この厩舎で馬たちの飼育をさせていただいています主任厩務員のヴィクターと申します。お見知り置きくださいませ」
ヴィクターさんはすらっと背が高くて、フレッドとはまた違うタイプのイケメンさんだ。
濃い緑の長い髪をポニーテールのように高い位置で結っていて、すごく似合っている。
「ヴィクターさんが、フレッドのお馬さんたちを大切に育ててくれてるんだね」
「ああ、そうだ。
ヴィクター、馬たちに会えるか?」
「は、はい。もちろんでございます」
ヴィクターさんは手前のスペースにいる馬から順に見せてくれるようだ。
「こちらにいるのは、旦那さまとご伴侶さまが明日お乗りになる馬車を引く馬です。
名前は オルフェルと申します」
「えっと……この前、町に行った時に乗った馬車を引いてくれたのもこの子なんですか?」
「はい。このオルフェルと隣のスペースにおります ドリューが牽引しておりました」
オルフェルは焦げ茶色の毛色に鬣は薄い茶色。
この国の馬の毛色はほとんど焦げ茶色で、鬣はオルフェルのように薄い茶色か、赤色で、稀に青色と緑色のがいるんだって。
で、一番気になってた白馬とかいないらしい。
フレッドが白馬に乗ってたら、ほんとお伽話の王子さまそのものなのにな……って、フレッドも王子さまなんだっけ。
白馬に乗ってるとこ見てみたかったな。
「オルフェル、この間はありがとう。
明日からもよろしくね」
ぼくはさっとフレッドから離れると、トコトコと小走りでオルフェルのいるスペースの前に行き、話しかけてみた。
「あっ、ご伴侶さま、危のうございます!
オルフェルは……」
とヴィクターさんが急いで止めようとしてきたけれど、当のオルフェルはぼくに優しく擦り寄ってきたので、ぼくが手を伸ばして鼻をヨシヨシと撫でると目を細めて嬉しそうに『ヒィーン』と小さく嘶いていた。
「まさか! 信じられない! オルフェルが……?!」
ヴィクターさんの声に驚いて後ろを見ると、2人ともぽかんと口を開けてびっくりしている。
「んっ? フレッドもヴィクターさんも変な顔してどうしたの?」
ぼくの言葉にフレッドがさっと近づいてきて、
「オルフェルは馬車を牽引している時はとても言うことを聞く賢い馬なんだが……普段は気性が少し荒いというか、はじめての人にこんなふうに懐いたりはしないんだ……」
と話しながらも、目線はぼくの手に擦り寄ってきているオルフェルの方を見ている。
「いやぁ……びっくりだな。シュウは向こうで飼育の経験でもあるのか?」
「ううん、こんなに近くで見たのも初めてだよ。
オルフェル、すっごくカッコいいね!
ふふっ。よーしよし」
ぼくが擦り寄ってくるオルフェルの顔を撫でていると、フレッドは急に無口になって、
「ヴィクター、次の馬を紹介してくれ」
と言い、ぼくの手を引いてオルフェルから離れた。
ぼくはもう少しオルフェルを撫でていたかったけどな……と後ろ髪を引かれる思いで、次のスペースへと向かう。
「は、はい。こちらも明日旦那さまとご伴侶さまがお乗りになる馬車を引く馬です。
名前はドリューと申します」
「うわぁ、こっちは鬣が緑だ! かわいい!
ドリュー、よろしくね」
そう話しかけると、オルフェルと同じように近寄ってきてくれたから、
「ねぇ、ドリュー、この鬣触っていい?」
と聞いてみると、小さく『ヒヒーン』と嘶いた。
オッケーということかなと思って、そっと鬣に触れてみると綿毛のように柔らかくすごく気持ちがいい。
「わぁー、ドリューの鬣気持ちいいね。ふふっ。
ずっとモフモフしたくなっちゃうな」
ドリューに話しかけながら、鬣に触らせてもらっていると、フレッドはなにも言葉を発さないままじっとぼくとドリューを見ている。
何か気づいたのか、ヴィクターさんが
「あの、隣のスペースに荷馬車を引く馬が2頭居ります。名前は手前が ジョナサン、奥が ケニーと申します」
と次の馬たちを紹介してくれた。
「そっか、あのお馬さんたちがぼくたちの荷物を運んでくれるんだね」
口数の少なくなったフレッドにそう話しかけると、フレッドは口元はにっこりとしながらも、硬い雰囲気で
「ああ、そうだよ」
と答えてくれた。
ぼくはフレッドの様子が気になってしまって、
「ねぇ、フレッド……なにか怒ってる?」
と小首を傾げて聞いてみた。
「えっ? いや、そんなことあるわけないだろ」
「だって……さっきから全然話してくれないし……ぐす……っ」
話しているうちに寂しくなってきて、涙が滲んできた。
「えっ? ああ……シュウ。悪かった……。
あまりにもシュウが馬たちに優しく接して……あいつらもシュウに近づきすぎるからつい……」
「えっ? もしかして、フレッド……お馬さんたちにヤキモチ妬いていたの?」
思っても見ないフレッドの言葉に滲んでいた涙もどこかへ行ってしまった。
「ああ、そうだ」
「ふふっ、あっはっは。もう、フレッドったら!」
「悪かった」
決まり悪そうに謝るフレッドが可愛くて、声をあげて笑っていると、後ろでヴィクターさんが驚いていた。
「ヴィクターさん、どうかしたの?」
「えっ? あの……っ、その……」
フレッドの方をチラチラとみながらもなかなか言い出せないヴィクターさんに、フレッドは
「いいから申してみよ」
と促した。
「は、はい。旦那さまがこんなに感情を素直に出されていることに驚いていたのでございます。旦那さまは滅多なことでは表情にもお出しになりませんし、ましてや馬たちにヤキモチを妬かれるなどとは……」
「そうだな。今までの私なら有り得ぬことだな。これも全て我が伴侶、シュウのおかげだ。何せ、シュウは私の唯一だからな」
「まことでございますか??
それは、それはおめでとうございます!!」
満面の笑みで興奮気味にヴィクターさんはそうお祝いを言ってくれているけど、でもさ、唯一って、あ、アレが甘いのを知ってるってことだよね……? ってことは、ぼくとフレッドがそ、そういうことをしてるって言いふらしてるようなもので…………
わぁーーっ、恥ずかしい……。
ぼくはフレッドにだけ聞こえるように小声で話しかけた。
「ね、ねぇ、フレッド。あ、あんまり唯一って教えないでよ……」
ぼくの言葉にフレッドはさっと顔色を変えて、
「なぜだ?! 私は全世界の人々に教えたいくらいなのに!」
とぼくの手をぎゅっと握り訴えかけてきた。
ひぇーっ、全世界? やめて、やめて!
恥ずかしくて、ぼく死んじゃいそう……。
「シュウ! なぜなんだ?」
「だ、だって……ぼくが、その……フレッドの……味を、知ってるって言いふらしてるみたいで……は、恥ずかしいよ……」
フレッドの耳元でそう囁くと、フレッドはキョトンとした顔でぼくを見た。
「そ、そうか? そういうものなのか?
うーん……じゃあ、これからはどうしてもの場合だけにしておくか……」
なに? どうしてもの場合って?
唯一って言わなきゃいけない場合があるとか???
よくわからないけど、とりあえずはやめてくれるみたいだからいいか……。ふぅ。
そのあと、青い鬣の ジョナサンと一番体の大きい ケニーとも挨拶をして、次はフレッドの愛馬たちを紹介してもらうことになった。
厩舎の奥の一番広いスペースには仕切りをつけて、3頭が並んでいた。
馬車を引くオルフェルたちと違って、乗馬用の馬たちだからか、背中が長くて綺麗な体型をしている。
「シュウ、この3頭は私の馬たちだ。
一番奥の身体が大きいのが アンジー、コイツは安定力があるから乗っていても疲れにくい。
真ん中のが持久力がある ラリー、長時間の乗馬にはコイツが向いている。
それから一番手前のが従順で人懐っこい エイベル、この中では一番小柄だが、速度は一番速いぞ」
うわぁ……。3頭並ぶと壮観だな。
やっぱりどの子も顔が違う。
『アンジー』は綺麗な顔立ちしてるし、『ラリー』はフレッドのようにキリッとしたイケメン、『エイベル』はこどもっぽいというか、まだ幼い可愛い弟みたいな感じがする。
「うわぁー、スゴイ!」
ぼくはフレッドと真ん中の『ラリー』のスペースに近づくと、他の2頭もラリーのスペースに寄ってきて3頭の顔がぐっと近づいた。
それを順番に撫でてヨシヨシしてあげると、3頭は嬉しそうに嘶いた。
「ラリー、鬣触らせてね。うわぁ、鬣の感触もお馬さんによって違うんだね。ドリューは綿毛みたいに柔らかかったし、ラリーは長くてサラサラしてる。フレッドの髪の毛みたいだ。アンジーとエイベルはどうかな?」
2頭の目を見て『いい?』と尋ねると、まるで言葉がわかってるかのように、ぼくの方に鬣を向けてくれた。
アンジーは短いけど、ラリーのようにサラサラとしていて、エイベルはふわふわと柔らかかった。
「ああ、鬣触ってると癒されちゃうな」
ぼくが気持ちよくてうっとりとした顔をしていると、フレッドが
「シュウ、そんな顔を見せてはダメだ!」
と注意してきた。
見ると、ヴィクターさんが顔を真っ赤にしている。
えーっ、ぼくそんな変な顔してた?
無意識だったから恥ずかしい……。
「ほら、そろそろこっちにおいで」
そう言って、ぼくはフレッドの腕の中に抱き込まれた。
すると、アンジーたちが揃って嘶き出した。
「みんな、どうしたの?」
ヴィクターさんに尋ねると、フレッドをチラチラ見ながら口を開いた。
「……恐らく、その……ヤキモチを妬かれているのでは……ないかと」
「えっ?」
ヤキモチ?? アンジーたちが?
「ああっ! そうか! ごめんね」
ぼくは急いでフレッドから離れた。
「シュウ、どうしたんだ?」
「だって、アンジーたちがヤキモチ妬いてるって。
ぼくがフレッドを独り占めしてるって思ったんでしょ? アンジーたちの大事なご主人さまだもんね、フレッドは」
「「……はっ?」」
「えっ?」
ぼくとフレッド、ヴィクターさんはみんなで顔を見合わせたけれど、ぼくはなぜ2人が変な顔してるのか全くわからなかった。
「アンジー、ラリー、エイベル、君たちのご主人さまを独り占めしたりしないから、心配しないでね」
「い、いや……シュウ……そうではなくて……」
「んっ? なぁに?」
フレッドに顔を向けると、ヴィクターさんと2人で何やらヒソヒソと話をしていたけれど、
「いや、なんでもないんだ」
と笑顔を見せた。
「それよりも、明日からの旅行にアンジーを連れていくことにしたからな」
「えっ? アンジーも一緒に? いいの?」
「ああ、旅の途中で綺麗な湖を通るんだ。シュウがこの前、馬に乗ってみたいって言ってたからな。
その時、乗馬で少し散策でもしようかと思っているんだ。2人で乗るから、一番体が大きくて安定感のあるアンジーがいいだろう」
「そっか。アンジーよろしくね。いつもと違って、ぼくも一緒だから重いかもしれないけど、嫌な時はちゃんと教えてね」
アンジーにそう話しかけると、アンジーは大きく
『ヒヒーン』と嘶いた。
大喜びしているような鳴き声にぼくは嬉しくなった。
すると、その鳴き声に他の2頭が驚いたのか、急に
『ヒヒーン、ヒヒーン』と嘶き始めた。
その鳴き声は驚いたというより、むしろ怒っているように聞こえる。
「どうしたの? さっきまで大人しかったのに……」
そう言って2頭の顔をヨシヨシと撫でていると、
ラリーとエイベルがぼくの上着に噛み付いて、引っ張っている。
それに気づいたヴィクターさんが2頭を止めようとしていたけれど、ラリーもエイベルも離そうとしなかった。
「もしかして、一緒に行けないから寂しがってるのかな?」
ぼくのその言葉にエイベルがブフウゥと顔を振りながら鼻を鳴らした。
それはぼくの言葉に肯定しているように見えた。
「そっか、そうだよね。ずっと3頭で一緒に居たんだもんね。ごめんね」
そう言って鬣をヨシヨシしてあげると、エイベルが顔を使ってぼくを持ち上げようとする。
「んっ? なに? どうしたの?」
「エイベルはご伴侶さまを背中に乗せたいようです」
ヴィクターさんがそう教えてくれた。
「フレッド……どうしよう?」
「うーん、よし、練習がてら少し乗ってみるか」
「ええっ? いいの? 嬉しい!」
「まぁ、乗馬服ではないが大丈夫だろう。
エイベル、私の大事なシュウを振り落としたりするなよ」
フレッドがそう言うと、エイベルは嬉しそうに
『ヒヒーン』と嘶いた。
ぼくはフレッドに助けられながら、鞍をつけたエイベルの背中になんとか乗ることが出来た。
「うわぁ、高い!」
馬に乗ったぼくの目線はフレッドよりも随分と高い。
こんなに高いところからフレッドを見下ろしたのが初めてですごく新鮮な感じがする。
「ぼく、フレッドよりも高いよ!」
普段よりも高い目線に興奮が止まらない。
「シュウ、少し歩いてみるか」
「大丈夫かな?」
「私が手綱を持っているから心配しないでいい。
ほら、エイベル。シュウを落とすなよ」
フレッドの言葉にエイベルは『任せて!』と言わんばかりに鼻を鳴らして答えた。
フレッドは手綱を握りながら優しく摩って歩くよう促すと、エイベルはゆっくりと歩き出した。
蹄鉄の音だろうか。
エイベルの歩みに合わせて、パカパカと音がする。
なんだかとても心地良い。
それにしてもこの鞍、全然響かないな。
すごく安定していて乗りやすい。
これなら長時間乗っていてもお尻は痛くならなさそうだ。
「この鞍、すごいね。全然響かない!」
「シュウのところでは違うのか?」
「ぼくは実際に乗ったことがないからよくはわからないけど、乗っているのを見たことがあって、その時はお馬さんが歩いたり、走ったりするとその振動が伝わって、乗っている人の身体も少し跳ねていたよ」
「そうなのか。それでは長い時間乗るのは厳しいだろうな」
ヴィクターさんと2人で顰め面で顔を見合わせている。
ふふっ。きっとお尻が痛くなるのを想像したんだろうな。なんだかかわいい。
数十分エイベルの背中を楽しんで、厩舎へ戻ると
『今度はボクの番でしょ?』と言った様子でラリーがぼくを見てきた。
なんとなく断りきれずにフレッドにお願いして、ラリーの背中にも乗せてもらった。
さっき、エイベルに乗ったことで少し余裕が出来ていたぼくはフレッドに『ちょこっと走ったりってできるのかな?』とお願いしてみると、
ラリーを少し小走り気味に走らせてくれた。
パカラッパカラッとさっきより軽快な音が響く。
「わぁっ、気持ちいい!」
「今度一緒に乗った時はもっと速く走るから、もっと風を感じられるぞ」
「やったぁ! 楽しみにしてるね」
お馬さんたち全員に挨拶できたし、乗馬もできて今日はすごく充実した一日だった。
明日からの王都への旅……楽しみだな。
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