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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   12−2

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「うわぁ、すごい! 中世ヨーロッパみたいな街並みですね」

「ああ、それは僕も思った。ここは城下町だから大戦でもあまり戦火の影響を受けなくて、昔のままの街並みが残ってるんだって」

漫画や映画の中のようなそんな昔の光景にぼくはさっきまでの緊張も忘れて、ウキウキしながら町へと歩き始めた。

「そうだ! 名前だけど、『冬馬』って呼ばれたらすぐにバレちゃうから、そうだなぁ……『アン』って呼んで」

急遽決めた仮名があまりにも可愛くてぼくはつい言葉にしてしまった。

「『アン』、可愛いですね……もしかして、アンドリュー王から取ったんですか?」

冬馬さんは一瞬にして顔を真っ赤にして
『ふふっ。バレちゃった?』と笑いながら聞いてきた。

うん、やっぱり可愛いな……冬馬さん。

「じゃあ、柊くんも名前変えよっか。しゅうって呼び捨てにすると、彼が怒りそうだし。ふふっ」

さっき揶揄ったお返しと言わんばかりにフレッドを持ち出してくる。

「えー、何にしよう……。フレッドからは取りにくいなぁ。じゃあぼくは『はな』にします」

「ああ、名字から取ったんだね。良いね、可愛い。
じゃあここからは『花』と『アン』だよ! 間違えないようにね」

「『アン』わかりました! ふふっ」

「ふふっ。じゃあ、『花』行こっか」

ぼくたちは再び町に向かって歩き始めた。

物珍しくてキョロキョロと辺りを見渡してみると、町にはいろんな髪色の人が歩いている。
でも、白っぽくてもおどおどしていないし、濃い色でもふんぞり返っているわけでもない。
ぼくの髪色を見ても誰からも嫌悪感を感じない。

本当にこの時代は髪色で美醜なんて決めつけられないんだ。

この時代だったら、フレッドはきっと幸せな人生を送れたんだろうな……。
あんなに格好良いんだもんね。

誰にも愛されず不幸だった私を幸せにするためにシュウは異世界から来てくれたんだ……そう言ってくれたけれど、もし、これから美醜感覚が変わらずに時代が進んで行ったら……あんなに格好良いフレッドは誰からも愛されるオランディア王国の王子として家柄の釣り合った綺麗な人と結婚して幸せな人生を送っていたはずだ。

そうなったら、きっとぼくは必要ない。

フレッドと元の時代に戻った途端にぼくは元の世界に戻されたりして……?

嫌だ! フレッドと離れるなんて……。

でも……フレッドが誰からも愛される方が良いに決まってる。
それにあの時代に髪や瞳の色で蔑まれている人はフレッドだけじゃない。
その人たちだって、幸せになれるんだ。
ぼくひとりの我が儘でその人たちの人生を狂わせていい訳がない。

そうか!

もしかしたら、ぼくたちがこの時代にやって来た理由はこの国の間違えてしまった美醜感覚を訂正するためだったんじゃないだろうか……。

それが神さまの意思ならばそれは従わなければいけないだろう。

ぼくひとりの気持ちで考えて良いことじゃないんだ。



「花。どうした? 怖い顔してるよ?
ねえ、あっち見に行ってみようよ!」

フレッドによく似た髪色の人が幸せそうに歩いているのを見て、じっと考え込んでしまったぼくに何か気づいたのか、冬馬さんはぼくの腕を引っ張って、人だかりが出来ているところへ連れて行ってくれた。

そうだ、せっかく冬馬さんが気分転換にって城下に連れてきてくれたんだ。
落ち込んでたらダメだよね。
せっかくのこの機会を楽しまなくちゃ!

「今日は城下でどんな物が流行ってるか調べてみよう! まずはこれ!」

指さされた先には、ジュージューと音を立てながら美味しそうな匂いを撒き散らしている串に刺さった大きなお肉。

「と……アン、これ何ですか? やきとり?」

「うーん、ステーキという方が近いかな? 
大きいけど結構柔らかくて食べやすいよ」

そうなんだ。
でも、ひと口で食べられるかな。
見た目は顎が外れそうなほど大きいんだけど……。

「おじさん、これ1つくださいな」

とびっきりの笑顔を見せて店主のおじさんに声をかける冬馬さんは、すっかり女の子みたいだ。

「お嬢さんたちが食べるのかい? 
なら、小さく切ってやろう」

ぼくたちを見て、串に刺さったままじゃさすがに食べられないと思ったのか、おじさんはジュージューと音を立て美味しそうに焼けている一番美味しそうな串を1本取り、串から外して小さく切り分けてお皿に乗せ、ご丁寧にフォークも添えて手渡してくれた。

「わぁー、おじさんありがとう!
ほら、花も御礼言って」

「あ、おじさん……ありがとうございます」

美味しそうなお肉を目の前にして嬉しくて、おじさんに御礼を言うと、
おじさんは顔を真っ赤にしてぼくたちを見つめていた。

んっ? どうしたんだろう?
あっ、そうか……屋台のあんな強い火のそばにいると、顔も赤くなっちゃうよね。
あんなに暑い中、こんなサービスもしてくれてほんとありがたいな。

「ねぇ、熱いうちに食べちゃおう。ほら、あーんして」

「あ、ありがとう。あーん。あちっ、でも……おいひい」

冬馬さんが差し出してくれたお肉をハフハフさせながら食べていると、ふと周りの視線が気になった。
知らない間にぼくたちの周りにたくさんの人がいる。

あっ、しまった……。
今、ぼくは女の子なんだっけ。
こんな街中で大口開けて食べたりしてみっともないとか思われてる?
それとも、もしや男ってバレてるとか?

慌てて口を押さえて周りを見ると、みんなサーッと目を逸らしていく。

みっともないって思われたんだろうけど、目を逸らしたってことは見ないようにしてくれたのかな?
優しい人たちだな。
なら、大丈夫だよね。

「アンも食べてください。ほら、あーんして」

冬馬さんの手にあったお皿を持って、フォークを近づけると冬馬さんもあーんと口を開けて食べてくれた。

「うん、柔らかくて美味しいね」

口元に少しお肉のタレをつけて、蕩けるような笑顔を見せる冬馬さんが普段より少し幼く、そして可愛らしく見えた。

ハンカチで口元を拭ってあげようとポケットをゴソゴソ探していると、突然白いハンカチが差し出された。

「えっ?」

冬馬さんと2人でその手を見つめていると、

「これ、使って」

と声を掛けられた。

見ると、イケメンの部類に入るであろう青い髪に青い瞳の長身男性が立っていた。

「えっ? でも……」

見るからに豪華で高そうな刺繍のハンカチに受け取るのを躊躇ってしまう。

「いいんだ、君たちのためなら汚れても」

そう言って無理やりぼくの手にハンカチを掴ませそうとするその手を冬馬さんがさっと遮った。

「貴方は確か……ラッセル侯爵家のサンディー、さま……」

へぇ、この人侯爵家なんだ。
ハンカチといい服といい刺繍も仕立ても豪華だし確かに高そう。

それにしても、さすが冬馬さん。
貴族の名前はちゃんと覚えてるんだ!

「君たちみたいな平民の子にも名前が知られてるのか……参ったな」

と言いながらも冬馬さんに名前を呼ばれた男はニヤけた顔で笑っていた。

「あ、あの、申し訳ないんですけど、ハンカチは自分のがあるので大丈夫です」

やっとポケットから取り出したハンカチを冬馬さんに渡し、お辞儀をしてその場から去ろうとすると、

「ちょっと待てよ! この俺が声掛けてやったんだぜ。ちょっとその辺でお茶でもしようよ」

とぼくの腕を掴んできた。

「結構です。離してください!」

突き放すように断ったけれど、一向に手を離してくれない。

「ちょっと! 離して!」

冬馬さんが怒って声を出し、男の手を引き離そうとしてくれたけれど、あまりの強さに全然離れてくれない。
周りにたくさんいたはずの人たちは、侯爵家の人とトラブルになりたくないのかいつの間にかいなくなってしまっていて、誰も助けてはくれなかった。

「ほら、騒がないで。ちょっとお茶するくらい良いだろ」

掴んだぼくの腕を離そうともせず、逆に逃げないようにとギリギリと強めていくのがわかる。

「いたっ! 腕、離して……」

痛みにぼくが顔を顰めると、冬馬さんは

「わかった! わかったからとりあえず、花の腕を離して! お茶に付き合えばいいんでしょ?」

とぼくの腕を引き離そうとした。

冬馬さんの言葉に男はニヤリと笑って、

「最初からそう言ってくれれば、痛い思いしなくて良かったのに……。まぁ、いい。行こうぜ」

と掴んでいたぼくの腕を離し、今度は冬馬さんの手を握り歩き始めた。

「痛いっ! 強く握らないでよ」

「握っとかないとお前ら逃げる気だろ?
そうはさせるかよ」

『ははっ』と笑いながら、冬馬さんを引っ張るようにズンズンとどこかへ向かって歩いている。

ぼくは冬馬さんに手を引かれながら、ジンジンとする腕の痛みに耐えていた。

「花、腕大丈夫?」

心配そうに見つめる冬馬さんの視線に、ぼくも腕がどうなっているのだろうと気になってこっそり袖を捲って見てみると、腕には男の指の痕がしっかりと残っていて赤く熱を持ってしまっていた。

「大丈夫だよ、心配しないで」

ジンジンと痛みは酷くなってきたけれど、冬馬さんに心配させたくなくてそう返した。

男はぼくたちのことなど気にする様子もなくどんどん先へと進んでいく。

「ねぇ、一体どこまで行くの?」

「いいから大人しくついてくればいいんだよ」

冬馬さんが尋ねるもそう言ってぼくたちを引っぱりながら歩き続けていく。
だんだんと町の中心から離れていくのに恐怖を感じ始めた頃、

「ほら、ここだよ。このカフェで一緒にお茶飲んでくれたら帰してやるから」

と連れてこられたのは、庭の木々が窓を覆い隠すように生い茂り外からは中の様子が全く見えない、カフェというよりは古めかしい民家だった。

この人、最初の印象とは違って口調も荒くなってきて少し怖い……。

そんな人と怪しさ満載の雰囲気が漂うその場所に入りたくはなかったが、ものすごい力で冬馬さんが引っ張られていく。

家の玄関らしき扉の前でようやく男が立ち止まった時、冬馬さんがぼくの手を離した。

「花だけでも逃げて! 今のうちにほら、早く!」

小声でそう訴えながら、ぼくの身体をそっと外に押し出そうとした。

ぼくを助けようとしてくれる冬馬さんの気持ちは嬉しいけれど、冬馬さん1人こんな怪しい場所に置き去りにはできない!

ぼくはそっと冬馬さんの手を握り返し、

「2人一緒じゃなきゃ意味ないよ」

そう言うと、冬馬さんは小さく『うん』と頷いた。

男は扉を開けるとぼくたちを乱暴に中に入れ込んだ。

その怪しげなカフェとやらは昼間だというのに中は薄暗く、ランプがいくつか置かれている。

やはり庭の木々のせいで光が入らないからこんなに暗いんだ。
外から見られたら困るものでもあるとか?
ぼくはそっと部屋の中を見渡したが、特に危なそうなものは見当たらなかった。

部屋中にテーブルと椅子が所狭しと並べられていて
ぼくたちはその一番奥のソファー席に並んで座らされ、行く手を阻むかのように通路近くに男が座った。

「ここでお前たちが紅茶を一緒に飲んでくれたら、それで満足なんだ、俺は。
それにしても、お前ら可愛いな。こんな可愛い子が平民にいたなんて知らなかったな」

ぼくたちを上から下まで舐め回すようにじっくりと眺める男のそのニヤリとした顔が気持ち悪くて仕方がない。

男が『おい!』と叫ぶと、奥から別の男がトレイに紅茶入りのカップを乗せて持ってきた。

この男は貴族だろうか?
服装を見る限り、平民とも貴族とも判断がつかない。

給仕とは思えないような仕草でカチャカチャと音を立てながら、その男はテーブルにカップを置いて、また奥へと去って行った。

「ここは滅多に手に入らない美味しい紅茶が飲める店なんだ。さぁ、飲んでみてくれ」

満面の笑みで『ほら、ほら』と勧めてくるのが怪しすぎてたまらない。

こんな人が勧める紅茶に口をつけたりして大丈夫なんだろうか?
不安を感じつつも、カップを持ち上げるとなんとも言えないツーンと鼻に付く臭いがした。

これが紅茶?
マクベスさんやブルーノさんが淹れてくれるものとは全く別物だ。
こんな紅茶、有り得ない!

「アン、飲んだらダメ!」

今にも口をつけそうになっている冬馬さんのカップを夢中で手で払い落とすと、カップはパリーンと大きな音を立てて床に散らばった。

「お前、何しやがる! 可愛いからってなんでも許されると思うなよ、ただの平民のくせに!」

怒りまくった男がぼくに詰め寄ってくる。
胸倉を掴まれ、ソファーに押し倒された。

「ゔっ、やめっ……くるし、い」

「花!! おい、離せ! 離せよ!」

冬馬さんが男の腕を離そうと必死に引っ張ろうとしているが、力の差は歴然。

「お前はうるさいんだよ!」

男は冬馬さんの方に振り向くとぼくの胸倉を掴んでいた手を片方離して、冬馬さんの頬を思いっきり引っ叩いた。

「ゔっ……っ」

パーンという大きな音と共に冬馬さんは受け身を取ることも出来ないまま吹っ飛ばされ、ドタンッという音を立てて床に倒れた。

「アンっ!!」

ぼくは必死に大声を出したけれど、冬馬さんは身動きひとつせず床に倒れたままだ。

「大人しくしてりゃ吹っ飛ばされずに済んだものを……手こずらせやがって。
もういい! 薬で眠らせてからゆっくり味わってやろうかと思ってたが、このままヤッてやる。無反応なやつヤるのも飽きてきたとこだったしちょうどいい。おい! アラン! 早く来るんだ!」

その声にさっき紅茶を運んできた男が奥から走ってくる。
こいつもやっぱり仲間だったんだ。

「お前はそっちの床に倒れてる奴、ヤらせてやるよ」

「やりぃー!」

アランという男は、すぐに冬馬さんに近づくと軽々と持ち上げ、ぼくが押し倒されているソファーの端に座らせた。
冬馬さんの頬は真っ赤に腫れ上がり、痛々しい。
あの衝撃でまだ意識を失っているようでグッタリとしている。

「アンに触るなっ!!」

ぼくが必死に大声で叫んでも男は聞く耳を持たずに、冬馬さんの顔を撫でながら、

「俺も動いてる方が良かったけどな。でもまあ、いいか。こいつ、可愛いし」

と上機嫌だ。

「ああ、こいつら結構上物だぞ」

ぼくの上に乗っている男も機嫌良くぼくに向き直り、

「お前は俺が可愛がってやるからな」

そう言って、舌なめずりしながらニヤリと笑うと、男は大きな手でぼくの両手を上に押さえつけた。

「イヤだ! 離せ! 触るな!」

一生懸命もがいて逃げようとするけれど、手を押さえつけられ押し倒された上に跨られているから身動きひとつ取れない。

「離せ! やめろ!」

自分が女の子の格好をしていることも忘れてそう叫んでも、男は気にする様子もなく器用にぼくのワンピースのボタンを外していく。

「ほんとにお前可愛いなぁ。白くて綺麗な肌をしてるし、今回は当たりだったな。ひひひっ」

はぁはぁと興奮し、舌を出しながら男の顔がぼくの首筋に近づいてくる。

「イヤだぁー!! フレッド、助けてーー!!!」

力の限りそう叫んだ瞬間、ドォーーーンという大きな音があがった。

地震かと見紛うような大きな音にぼくも男も驚いて、音がした方を見ると、破壊された入り口には今名前を叫んだ愛しい人の姿があった。

「フ、レ……ッド……」

ウソ……、助けに来てくれた!
えっ? これは現実?

「貴様……っ!」

ぼくと目があった瞬間走り寄ってくるフレッドの声が聞こえたかと思ったら、

「グハッッ!」

という呻き声と共にぼくの上から男が消えていた。

たくさんの足音と一緒に
『バキッ』『ドスッ』『ドゴッ』と
何かを思いっきり壁に叩きつけるような重い音や
『カハッ』『ゲホッ』『グゥッ』という呻き声が部屋中に響く中、

ぼくの耳にはずっと聞きたかった愛しい人の声だけが鮮明に聞こえた。

「シュウ! シュウ! 大丈夫か?」

「……フレ、ッド……」

大声で叫んでいたせいか声が掠れてしまったけれど、大好きなフレッドの名前を呼ぶことができた。

「ああ、シュウ! 無事で良かった!」

目にいっぱい涙を溜め、ぼくを抱きしめてくれるフレッドの温もりにこれは夢じゃないと確信できた。

あっ――、

「アン……は?」

「えっ? 陛下ならそこに……」

「……ち、がう……とうま、さん……は?」

「ああ、トーマ王妃も大丈夫、無事だよ」

「よ、かった……」

冬馬さんの無事を知った途端、ぼくは全身の力が抜けてしまい意識を失ってしまった。
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